「………………」
「………………」
レストランゾーンを探して二人でうろついていたのだが、気がついたら人気の無い場所に出てしまった。
どうやら迷ったらしい。
中は広すぎるので、こういうこともあるだろう。
「ここはどこだ……?」
「うーん。ちょっと待ってくださいね。地図データを照合してみるですよ」
「………………」
そういうことが出来るのなら最初からしておけば迷わずに済んだと思うのだが。
まあ、生身でネットワークにアクセスするにはそれなりの疲労も伴うようだし、使わずに済むのならそうしたかったのだろう。
「あ、分かったですです。ここは格納庫の近くですね」
「格納庫? スカイエッジの?」
「はいです。だから人気が無いですよ」
「なるほど」
格納庫の近くならば、スカイエッジを着陸させる為にある程度のスペースが必要になるし、移動させた後は整備士達も持ち主も格納庫の中で作業をするだろうから、着陸スペースに人がいなくなるのは必然だった。
「えーっと。レストランゾーンからはかなり離れちゃいましたね」
「……場所は分かるか?」
「はいです。地図データを照合したのでバッチリですです」
「最初からそうすれば良かったんじゃないのか?」
「せっかくなのでオッドさんのエスコートを楽しみにしていたですよ」
「………………」
そんなものを楽しみにしないで欲しい。
歩いていたのはなんとなくだし、なんとなくで目的地に到着出来ると考えていた自分の甘さが嫌になる。
「それは悪かったな」
「いいですよ~。その分、オッドさんとデート気分が味わえましたし」
「……俺としてはお守りの気分だが」
「じゃあお守りデート?」
「……それはデートと言えるのか?」
「オッドさんがロリコンになれば言えるですね~」
「………………」
「にゃうっ!?」
ずびしっとチョップをしておいた。
悪ふざけをそのままにしておくつもりはない。
「誰がロリコンだ」
「ご、ごめんなさいです~……」
涙目で頭をさするシオン。
いい加減、学習してくれても良さそうなのだが。
「とりあえず、場所が分かるならシオンが先導してくれ」
「う~。分かりましたです~……」
まだ涙目になっているが、自業自得なので心配はしない。
「あれ?」
「どうした?」
「えっと、その……」
「?」
シオンは少し遠くを見ている。
よく見ると小さな人影があった。
かなり離れているので分かりづらいが、二人の人間が何やら言い合いをしているようだ。
「あの人、グラディウスさんですね」
「分かるのか?」
「生身の目だと見えませんけど、監視カメラのハッキング映像を見ればグラディウスさんだって分かるです」
「………………」
便利すぎて怖い機能だった。
こういう人間離れした機能を日常的に使われると、人間の中に混じって生活をする上で支障が出るのではないかと心配になる。
俺は知っているから構わないが、知らない人間が見たら何事かと思うだろう。
「何か言い合いをしているみたいですけど……」
「聞こえるのか?」
「監視カメラは音までは拾ってくれないみたいです」
「そうか」
「気になるですか?」
「少しな」
気になっているのは彼女自身ではなく、彼女の飛び方なのだが、それが原因でトラブルになっているのだとしたら、少しばかり成り行きが気になる。
「じゃあ出歯亀……もとい覗きに行くですよ~」
「……楽しそうだな」
「他人のトラブルは楽しそうですから~」
「………………」
一体どういう育てられ方をしたのだろう。
シオンの情操教育は恐らくマーシャの担当だろうが……
「………………」
こういう性格になるのは必然のような気がした。
マーシャ自身がトラブルメーカーのようなものだからな。
その傍で活躍してきたシオンならば、いっそのこと楽しむぐらいの肝の太さが身についていてもおかしくはない。
あどけない子供の外見で、内面は結構えげつないのかもしれない。
「オッドさんもちょっとは興味あるでしょ? グラディウスさん、結構美人さんですよ?」
「……まあ、多少は興味がある」
「おお~。やっぱり美人さんだからですか?」
「そういう訳じゃないが。というよりも、顔を見ていないのに美人かどうかはまだ判断がつかないだろう」
「あ、そっか。オッドさんには見えないんでした」
「………………」
感覚の違いが大きすぎて話がかみ合わない。
しかしシオンの見ているものを俺が共有することは出来ないので、これは仕方のないことなのだろう。
シャンティならば共有出来るかもしれないが。
「じゃあちょっと近付くですよ」
「食事はいいのか?」
「こっちの方が面白そうですし」
「………………」
困った性格だ。
しかし俺も気になり始めているので付き合うことにした。
どのみち、シオンを一人で放っておく訳にもいかない。
二人の会話が聞こえる位置にまで移動する。
「ふふふ~。ワクワクしますね~」
「趣味が悪いぞ」
「ついてきているオッドさんに言われたくないですです~」
「………………」
確かにその通りだな。
シオンが行くならついて行くしかないのだが、それでも興味が無いと言えば嘘になる。
「何か怒鳴っているですね」
「ああ」
怒鳴り声が聞こえる。
怒鳴っているのはグラディウスではなく、スーツを着た中年男性のようだ。
ちなみにグラディウスの方はシオンの言う通り、なかなかの美人だった。
年齢は二十代後半ぐらいだろう。
すらりとした体つきをしているが、華奢な訳ではない。
鍛えられているところは鍛えられて、引き締まっているところはしっかりと引き締まっている。
そういうバランスのいい身体をしている。
……変な意味ではなく、純粋に操縦者として理想的な身体をしているということだ。
灰色に近い銀髪は後ろの方で乱暴に結ばれており、あまり手入れされているようには見えない。
きっと外見にはあまり気を遣っていないのだろう。
化粧もしているようには見えない。
折角の美人なのに勿体ないとは思うが、きっと彼女にとっての優先順位に美容関連は含まれていないのだろう。
軍時代の女性整備士にもそういうタイプがいたので、よく分かる感覚だった。
大きな空色の瞳は悔しげに陰っているが、明るい笑顔を見せるようになればきっと化粧気の無い顔でも美貌が際立つようになるだろう。
「シンフォ! 何度言えば分かるんだっ! 基準のコースから大きく外れるなと注意しただろうがっ! どうしてあんなことをするんだっ!」
スーツ姿の中年男はグラディウスを怒鳴りつけている。
どうやら彼女はシンフォという名前らしい。
ヴァレンツにはよくある響きの名前だ。
「すみませんっ! 今はまだ慣れていないですけど、でも極めればあのコースが一番速いんですっ!」
「そんな訳があるかっ! そういうことは一度でも結果を出してから言えっ!」
「だから、結果を出すにはまだ練習が必要なんですっ!」
「プロのレーサーが本番で練習とかふざけるなっ!」
怒鳴りつけている中年男は唾を飛ばす勢いで感情が加速しているが、怒鳴りつけられている側はひたすら頭を低くしている。
立場的には彼女がかなり下なのだろう。
どういう関係なのかは分からないが、あまりいい結果には終わりそうにない。
「まったく。最初は期待の新人とか言われていたから目を掛けてやったものの、落ちぶれてしまえばどこまでも落ちていくんだな」
「………………」
吐き捨てるような中年男の言葉に、シンフォは悔しげに俯く。
何か言いたいことはある筈なのに、何も言い返せない自分が悔しいのかもしれない。
「大体、仮にスピードが上がったとしても、あんな目立たないコースを飛んだところで、客が盛り上がる訳がないだろうが」
「………………」
「スカイエッジ・レースは速さが全てではないんだぞ。客商売である以上、レースそのもので観客を盛り上げる必要がある。お前の飛翔はそれを真っ向から否定しているんだぞ。分かっているのか?」
「そ、それは分かっていますけど……。でも私はどうしても速く飛びたいんです。あれを極めれば私はもっと速くなれる。そういう確信があるんですっ!」
シンフォは必死で中年男に食い下がっている。
速さを追求するのはレーサーの本能でもあるのだろう。
操縦者として、その気持ちは少しだけ理解出来る。
確かに観客を盛り上げる為にある程度パフォーマンスも必要なのだろうが、それでもレーサーの本質は『より速く飛ぶ』ことにあるのだろう。
一定の速度を超えて見えてくる『世界』があるのだ。
そしてその世界を何度も見ている彼女は、新しい世界をずっと求めている。
その世界に呼ばれているのかもしれない。
だからこそ、新しいことに挑戦する。
どうして会ったことすらもないシンフォの気持ちが分かるのか。
それはレヴィと少しだけ似ていると感じているからなのかもしれない。
操縦者としての天性。
結果だけ見れば彼女はレベルの低い操縦者だが、俺は彼女の飛翔にレヴィの才能と同じものを感じた。
だからこそ気になっているのかもしれない。
新しい世界に手を伸ばそうとするその姿が、レヴィと重なったから。
それはかつて、レヴィが目指していたものと同じなのだ。
誰よりも速く、誰よりも巧みに、機体を操る。
そして新しい世界を見る。
『星暴風《スターウィンド》』にだけ見えていた世界があることを、俺は知っている。
地上と宇宙、娯楽と命懸けの戦場という大きな差はあるものの、根本にあるものは同じだと思う。
速度と共に限界を越えようとする意志。
それはレヴィアース・マルグレイトがその手に掴んだものであり、オッド・スフィーラがその手に掴めず挫折したものでもある。
挫折を悔しいと思う気持ちはもちろんあった。
それでも隣を飛んでくれるレヴィが代わりにそれを手にしてくれたから、俺の代わりにどこまでも飛んでくれたから、そこで満足してしまったのだ。
自分の代わりに何処までも賭けてくれる存在に全てを託したような気持ちになってしまった。
その頃の気持ちを少しだけ思い出して、懐かしさと共に苦い気持ちも蘇る。
レヴィにとっては勝手な願いを押しつけられて迷惑だったのかもしれない。
だけどそんなことをおくびにも出さず、いつも通りに笑ってくれて、無敵でいてくれるのが嬉しかった。
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