トリスを空の家に送り届けた後、マーシャはリーゼロックPMCにレヴィを迎えに行った。
今頃はハロルド達とぶっ通しの模擬戦を繰り広げている筈だが、まさか負けてはいないだろう。
「マーシャーーーー!!!」
マーシャが迎えに来るなり、レヴィが飛びついてきた。
「ふぎゃっ!?」
飛びついてきたのを支えきれず、マーシャはそのまま床に押し倒される。
マーシャを怪我させないようにレヴィがしっかりと受け身を取ったので、痛みは無かったが、かなり驚いてしまう。
「うわあああああああっ! マーシャマーシャマーシャー!!」
マーシャに抱きついてから号泣するレヴィ。
かなり酷い状態になっている。
「ど、どうしたんだ?」
そんなレヴィを宥めながら、マーシャはよしよしと頭を撫でる。
子供相手にするようなことだが、この状態のレヴィは子供よりも酷いので、これぐらいでちょうどいいのだ。
「うううう~っ! あいつら酷いんだぜ。一対一の模擬戦をぶっ通しでさせた後、集団戦で俺をリンチしてきたんだぜ……」
「うわ……それは酷いな……」
「しかもそれに勝ったら今度は盛大なブーイングなんだぜ」
「……それも酷いな」
どちらがより酷いかは意見が分かれるだろう。
レヴィにしてみれば連戦の後のリンチであり、ハロルド達にしてみれば連戦で疲弊させたにも拘わらずボロ負けしたのだ。
どちらにとっても相手を酷いと罵りたくなる結果なのは間違いない。
「しかも終わったら格闘訓練に付き合わされたんだ……」
「それは流石に負けただろう?」
「ボロ負けだよっ! リンチだよっ! 生身であれだけ戦えるなら戦闘機でちょっと負けるぐらいいいじゃねえかっ! ってぐらいにボロ負けだよっ!」
「ご愁傷様……」
「やっと、やっと迎えに来てくれた。これで解放される……」
「よしよし。大変だったな」
本当に大変だったらしいので、心からいたわる。
「もふもふに癒やされたい……」
「既にもふってるじゃないか……」
言葉にする前にマーシャの尻尾を撫でまくっているレヴィだった。
これで本当に回復するのだから、もふもふマニアとは恐ろしい。
マーシャにぎゅーぎゅー抱きついてもふっているレヴィに、ハロルドとイーグルが近付いてきた。
「やれやれ。情けないな、この程度で音を上げるとは。リーゼロックPMCの訓練はもっと過酷だぞ」
「そうだぞ。腕利きの操縦者の癖に情けないな」
ハロルドもイーグルも言いたい放題だった。
自分達が可愛がってきたマーシャを独占されて面白くないらしい。
気持ちはよく分かるが、レヴィも譲るつもりはなかった。
「俺はPMCじゃねえしっ! あとこれだけリンチが続けば体力関係無しにメンタルが疲弊するわっ!」
「リンチとは失礼な。集団戦を想定した訓練じゃないか」
「そうだそうだ。たった三十対一ぐらいで情けないことを言うな」
「その認識がおかしすぎるだろっ!?」
「…………確かにおかしいな」
三十対一って……
それはもうリンチを通り越して拷問というのではないだろうか。
「というか、よく勝てたな……?」
いくらレヴィでも連戦後にその数はきついと思うのだが、どうして勝てたのかが不思議だった。
「スターウィンドのリミッターを解除したから」
「な……。あれを使ったのか」
「使わなきゃ負けてたしなぁ……」
「模擬戦で使うようなものじゃないだろうに」
「模擬戦で慣れておかないと本番で使いこなせないかもしれないだろう?」
「それはそうかもしれないが。身体は大丈夫なのか?」
「全然大丈夫じゃない。その状態で格闘訓練だぜ。虐めだよ」
「それは間違いなく虐めだな……」
スターウィンドにはある程度のリミッターを掛けてある。
機体の全能力を出せないように、手順を踏まないとそのリミッターを解除出来ないようにしてあるのだ。
どうしてそんなことをしているのかというと、単純に操縦者の命を守る為だ。
スターウィンドはマーシャとヴィクターの共同開発だが、ヴィクターの方は人間の耐久度や感性に無頓着な為、性能重視の設計をしてくる。
お陰でそのまま乗ってしまえば操縦者を殺しかねないほどに危ない仕様になってしまう。
具体的には慣性相殺が機能しきれないほどのスピードを出したり、人間の脳が耐えられないほどの強度で同調波を送って機体との同調を高めたりなど。
操縦者の命を無視しているような仕様を採用する訳にはいかず、マーシャはそこからマイルド仕様に調整しているのだが、そのまま切り捨てるにはあまりにも惜しい性能でもあるので、リミッターを掛けることによって本来の性能を封じているのだ。
リミッターを解除するとスターウィンドのスピードはおよそ一.七倍になるが、その分慣性相殺システムがサポートしきれなくなり、レヴィの身体にかなりの負荷がかかることになる。
長時間操縦すれば内臓も圧迫されて命に関わるだろう。
それだけではなく、機体にもかなり無理をさせることになるので、外壁が凹んだり、推進機関のオーバーホールが必要になったりもする。
一度解放すれば操縦者の命だけではなく、機体の命も危うくなるような切り札なのだ。
そんな物騒な切り札を模擬戦で使うというのは、かなりどうかと思うが、確かに本番に向けた慣れが必要なことも確かだった。
しかしレヴィは現状で無敵なのだから、無理にリミッター解除モードを使う必要も無いと思うのだが。
「身体の方は大丈夫か?」
「大丈夫じゃねえし。その状態で格闘訓練リンチだぞ。マジで死ぬかと思った」
「………………」
それは惨い。
呆れた顔でハロルド達を見るマーシャ。
いくら何でも大人気ないと責めているのだろう。
「……そうは言うけどなぁ」
「割とぴんぴんしてたぜ」
ハロルドとイーグルはマーシャに恨みがましそうな視線を向けられて、気まずそうに視線を逸らす。
ずっと可愛がっている女の子にそんな視線を向けられるのはいたたまれないのだろう。
「つーかスターウィンドにあんな隠し球があったなんて聞いてねえし」
「今回ばかりは勝つつもりでいたのにな」
「どうやったら負けさせられるのか、また考えなければならない」
「負けっぱなしのこっちの身にもなってくれよ」
「うーん……難しいところだなぁ……」
リミッター解除についてはマーシャにも責任がある。
それにリーゼロックPMCは腕利きの傭兵達の集まりであり、戦闘機操縦者達は特に自分の腕に自信を持っている。
いくら相手が『星暴風《スターウィンド》』とはいえ、集団リンチでなお負けっ放しでは悔しい気持ちになるのも理解出来る。
「そこまで悔しいならレヴィと模擬戦をしなければいいんじゃないか? そうすれば不愉快な気分になることもないし」
「そうだそうだ。このバトルジャンキー共め。俺はマーシャとトリスとちびトリス達ともふもふしたいだけなんだ。むさい男共と模擬戦三昧なんてまっぴらご免だ」
「……その理由もどうかと思うけど」
マーシャに便乗して抗議するレヴィだが、理由がかなり酷い。
「それは駄目だ」
「俺たちが全力を出しても勝てない、つまり目標として追いかけられる相手っていうのは珍しいからな。ここは是非ともPMCの質向上に協力して貰いたいね」
「うーん。そう言われるとリーゼロックの身内としては断りづらいものがあるなぁ」
「マーシャ!?」
「いや、ほら。私もリーゼロックの一員みたいなものだし」
「そ、それはそうかもしれないけど。だからってリーゼロックに俺を売るつもりかよ?」
「お爺さまは買う気満々っぽいけど?」
「売るなっ!」
「だから私が先に売約したんだ。お爺さまに買われていたら真っ先にPMC行きだったぞ」
「それは困るっ!!」
「だろう? だったらたまに協力するぐらいは妥協して欲しいな。レヴィが全力で戦う機会が増えれば、その分、スターウィンドのデータも取れるし、機体強化も出来るんだから」
「むむむ……確かに機体強化は魅力的だが……」
レヴィも一流の戦闘機操縦者だ。
自分の機体が強化されると聞けば嬉しくなるのは必然だった。
しかし虐めだと言いたくなるぐらいの模擬戦三昧には耐えられない。
どうすればいいのか、本気で悩んでしまう。
「それに操縦者であっても格闘訓練はしておいた方がいいと思うぞ。なんだかんだで身体が資本だしな」
「俺が言いたいのは頻度の問題だ。こいつらは明らかにやりすぎ」
「うーん。本人はそう言ってるけど?」
マーシャは困ったような視線をハロルド達に向ける。
しかしハロルド達は首を横に振って否定した。
「俺たちには十分元気に見える」
「マーシャちゃんが傍に居ればもふもふパワーですぐに回復だろうしな」
「鬼畜発言してんじゃねえよっ!」
「あはは……」
確かにマーシャのもふもふパワーがあれば元気いっぱいになるのは間違いない。
もふもふマニアとはそういう生き物なのだ。
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