シルバーブラスト

水月さなぎ
水月さなぎ

ようこそリネス刑務所へ

公開日時: 2021年12月8日(水) 07:07
文字数:3,676

 現在スターウィンドに出せる最速のスピードで惑星リネスに到着したレヴィは、ようやく一息吐いた。


 三時間はかかると思われた道程だが、実質二時間ほどで到着したのだから、やはり彼の操縦者としての腕前は超一流だった。


 速度はシルバーブラストの方が上だが、小回りが利くお陰で余計な大回りをしなくて済んだ分、長距離のスピードはこちらの方が上回っているのかもしれない。


 今回は運び屋代理としてそれが発揮された訳だが、戦闘においては更に目立つ活躍をしてくれることだろう。


 そしてリネス軌道上にある宇宙港と連絡を取った。


 通常、居住可能惑星には地上と軌道上の二つに宇宙港がある。


 これは地上に降りる場合の宇宙船と、軌道上で荷物を引き渡す事のみを目的としている業者の宇宙船を分ける為だ。


 荷物そのものは地上よりも宇宙空間にある施設や工場などで使われる場合が多い。


 レヴィの場合はワクチンそのものは地上で使うものだが、スターウィンドでは軌道上の宇宙港しか利用出来ないので、荷物を引き渡してから地上に降りてのんびりしようと思ったのだが、予想通りにそこで問題が起きた。


 クロドから預かった銀色のアタッシュケースと、運送依頼の電子書類、代理人にレヴィを指名した委任状を提示したのだが、税関の検査が終わると何故かリネス警察がやってきた、という訳だ。


「失礼ですが、荷物の中身について教えていただけますか?」


 厳しい表情で問い詰めてくるのはハインツ・エリック警部と名乗った男だった。


 レヴィよりも身長の高い大柄な男で、金髪青眼の中年だった。


 その鋭い雰囲気は、大型狩猟犬を連想させる。


「書類に書いてあったでしょう。この惑星で広まっていると言われる感染病のワクチンですよ。少なくとも、俺はそう聞いた」


 トラブルになることは予想していたが、どうしてこんなことになっているのかについてはまだ分からなかったので、レヴィは正直に答えた。


 じろじろと遠慮無く睨んでくるエリック警部は、その言葉に嘘が無いことを悟った。


 長年の経験から、目の前にいる相手が嘘を吐いているかどうかぐらいは、機械を使わなくても口調と態度で判断出来る。


 その相手がどれほど凶悪なのかも、一目見れば大体のことは分かる。


 しかしレヴィン・テスタールと名乗る運び屋からは、そんな雰囲気は感じられなかった。


 完全な堅気ではないが、しかし犯罪に手を染めるような人間でもない。


 むしろどこかお人好しくさい部分がある。


「確かにこの依頼書は本物で、委任状も本物です。恐らく貴方に委任したクロド・マース氏もこのことは知らなかったでしょうね」


「何が言いたいんです?」


「アタッシュケースの中身はワクチンではなかった、という事です」


「……何が入っていたんです?」


 予想通りの展開だが、ワクチンではないとすれば、何が入っていたのだろう。


「高濃度の麻薬です。通称『ミアホリック』」


「………………」


 これは流石に予想を超えていた。


 いや、最初からそういう予想はしていなかったのだが、まさか宇宙の運び屋初仕事が麻薬とは……


 少しだけ自分の不運を呪いたくなるレヴィだった。


 スターリットの運び屋時代も、合法麻薬なら運んだことはあるが、それだって違法性の無い代物だった。


 法に触れるような真似はしない。


 誰かを陥れるような事もしない。


 それはレヴィの矜持でもあった。


 それが麻薬の運び屋?


 悪い冗談としか思えない。


「そのミアホリックっていうのはどの程度の麻薬なんです?」


「一般流通している麻薬とは完全に別物です」


「?」


「どちらかというと強化剤ですね。服用した人間は通常の数倍もの身体能力を得ることが出来ると言われています」


「ドーピング剤ってことですか?」


「そういうことです」


「スーパーマンになれる薬? そんなもの、一般市民が利用したところで大したメリットがあるようには思えないんですけどね」


 通常の麻薬に求められる効果ははっきりしている。


 強力な幻覚作用、快感の増幅、多幸感などだ。


 細かい部分は他にも色々あるらしいが、とにかく通常の感覚よりも違うものが体験出来るという事は共通している。


 それは人間の感覚を強制的に誤魔化してると言えなくもないが、だからこそ嵌まる人間も多いのだろう。


 麻薬の流通はどこの世界でも止まらない。


 警察は厳重に取り締まっているが、密輸は後を絶たない。


「確かに通常の麻薬として利用する場合はそうですが、肉体強化を目的として使用する場合はそうとも限りません。特に人間同士の争いが必要になってくる場合には重宝されます」


「………………」


 つまり使用目的が違うと言いたいらしい。


 麻薬というよりはドーピング用の薬なのだろう。


「ということですので、貴方を逮捕しなければならなくなりました」


「………………」


 まあ、この流れではそうなるだろう。


 大変ありがたくないのだが、ここで無駄に逆らうほどレヴィは愚かでもない。


 しかし逮捕されるのも困る。


 犯罪者の個体情報は採取された後、各惑星に送信される。


 逃げ出した犯罪者が他の惑星に簡単に入り込めないようにする為の手段なのだが、送信された情報が、書類上は故人となっているレヴィアース・マルグレイトと完全に一致した、などという事になったら流石に困る。


 逮捕されるのは仕方無いにしても、個体情報の採取だけは何としてでも避けたいところだ。


「俺は何も知らなかった……では済まされないのは分かっていますが、拘留期間は短くなると思いますよ。俺の仲間が後からこの星にやってきます。俺達の船にはこの件を委任したクロド・マースも乗っていますし。出来れば猶予を貰いたいところなんですがね」


「貴方の事情は理解しています。ですがこちらも上からの指示でして。麻薬の密輸は厳しく取り締まるのがリネス警察の方針であり、その犯人に対しては保釈も猶予も応じない、と」


「保釈も無理なんですか?」


 マーシャが合流してくれれば保釈金を払って貰えると思っていたのだが、そうなるとますますもって逮捕されるのは困る。


「完全に無理ということはありませんが、金額の桁が違います」


「相場は?」


「この場合は十億ぐらいですね。もっとも、保釈を通り越した裏技も存在しますが、そちらも金額の桁が違います」


「………………」


 それは保釈金とは言わない。


 裏技とやらも含めて、明らかにどす黒い欲望が絡んでいる。


「エリック警部。貴方は仮にも警官でありながら、そんなことを見過ごしているんですか?」


 流石のレヴィも非難めいた態度で責めざるを得ない。


 エリック警部も苦々しげに息を吐いた。


 納得している訳ではないらしい。


「これを見逃さなければもっと大きな被害が出るんです。犯罪と分かっていても、見逃すことで犠牲が減るのなら、私は敢えて黙認します。そもそも、私の立場では上層部に意見など出来ません」


「ふうん。リネスは感染病だけではなく、かなり厄介なことになっているみたいだな」


 馬鹿馬鹿しくなったレヴィは丁寧な態度を捨てて、素の喋り方になった。


 色々と面倒くさくなったのだ。


「一つだけ訊きたい事がある」


「何でしょう」


「俺はまだ犯罪者と確定した訳ではない筈だが、個体情報は採取されるのか?」


「それはもちろんされます。ただし、犯罪者の情報として登録されるのは裁判が終わって罪状が確定した後となります」


「なるほど。それまでは保留という訳か。その情報が他の星に流れる事も無い訳だな?」


「そういうことになります。何か都合の悪いことでもありますか?」


「大いにあるが、それは個人的な事情だ」


「過去に犯罪歴があるのですか?」


「あってたまるか。逮捕されるのすらこれが初めてだ。ただ、俺も色々と訳ありでね。個体情報が他に流れるのは出来るだけ避けたいところなのさ」


「無罪だと判明すれば自動的に消去されるでしょうが……現状では何も言えませんね」


「だろうな。まあいい。たかが麻薬だ。捕まったところで即死刑って事は無いだろうよ。それなら俺の無実は仲間が証明してくれる。今は大人しく捕まってやるさ」


「ご協力、感謝します」


 こうして、レヴィは大人しく手錠を掛けられるのだった。


「うーむ。人生初逮捕。初手錠。なかなかに新鮮な体験だな」


 アホなことを言っているが、もちろん危機感が無いから言えることだった。


 しかし最初に接触した警官がエリック警部だったのは、彼らにとって運が良かったとも言える。


 これがもしリネス警察上層部の思想に汚染されたろくでもない人間だったなら、レヴィは強行突破で逃げ出していた可能性がある。


 対人格闘では警官をも叩き伏せる実力を持ち、愛機のスターウィンドまで辿り着けばレヴィを止められる人間は誰も居ない。


 そしてシルバーブラストと合流してしまえば、後はどうとでも逃げられる。


 相手が礼儀を守るならばレヴィも同じようにするが、そうでないのならばとことんまで無茶でお返しするのが彼の流儀だ。


 しかしそれと同時にここでレヴィが捕まったのは、リネス警察にとってある意味不運と言えなくもない。


 何故ならば、その所為で怒れる猛獣を招き寄せることになるのだから。


 その猛獣が誰の事を示しているのか、もちろん言うまでもないだろう。



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