「さてと。なら全力で勝負するかな」
マーシャはヘッドギアを取り出して頭に被る。
シルバーブラストの最大同調装置であるそれを被れば、マーシャは限りなく無敵だった。
「ちょっとマーシャ!? それはいくら何でも大人気ないと思うですよっ!」
「アネゴ……そこまでして勝ちたいんだ……」
「………………」
シオンもシャンティもオッドも、かなり呆れている。
「勝負は全力が基本だろう?」
同調装置を利用することにより、マーシャの意識はシルバーブラストと一体化する。
原始太陽系を突っ切る時にのみ使用した奥の手を、たかだか辺境惑星の艦隊如きに利用するのは過剰だと、シオンは言いたいのだろう。
しかしこれはマーシャにとって辺境艦隊との戦いではなく、レヴィとの勝負なのだ。
ならば、自分に出せる全力で臨まなければならない。
「全力っていうか……それはチートツール装備状態だと思うですよ……」
「ふふん。『星暴風《スターウィンド》』を相手取るのだから、これぐらいは当然だ」
悪びれる様子もなく、マーシャは操縦桿を握る。
「シオンは半数を天弓システムで壊滅させてくれ。残りは手を出すなよ。レヴィの獲物だ」
「はいはい。了解ですよ~」
「俺達の出番は……」
「無さそうだね……」
過剰戦力で臨む勝負に、電脳魔術師《サイバーウィズ》と砲撃担当の出番は無さそうだった。
下手に手出しをすると、勝負に水を差したと恨まれかねない。
軍艦で例えるなら第一戦闘配備状態にもかかわらず、電脳担当と砲撃担当はまったりとした空気で見物を決め込んでいた。
そこから先はリネス宇宙軍艦隊にとっての悲劇だった。
暴れ回る百のレーザー砲にあっさりと半数の戦闘機がやられてしまい、撤退することも許されずに、蒼い戦闘機が残りの戦闘機を蹴散らしていく。
しかもその戦闘機の攻撃は、五十センチ砲を旋回させてレーザーブレードのように一閃させるという悪夢のようなものだった。
これでは一撃で複数の戦闘機がやられてしまう。
戦闘機とは思えない、悪夢のような戦い方だ。
数で圧倒的に上回る利点を活かして何とか包囲攻撃をしようとしたのだが、まるで当たらない。
ひらりひらりと避けられてしまう。
操縦技術に差がありすぎるのだと思い知らされるには十分だった。
情けなくも撤退準備をしようとしたところで、今度は敵母船である筈の銀翼の船が襲いかかってきた。
シルバーブラストはマーシャの全力操縦により、両翼を衝突させて戦艦を破壊するという必殺技『アクセルハンマー』を炸裂させていた。
今度は右翼を機関部にぶつけた。
推進力を失った戦艦に、今度は容赦無くミサイルをぶちかます。
残る二隻は唖然としながら、それを見ていたに違いない。
あんなものは間違っても宇宙船の戦い方ではない。
宇宙船の戦い方とは、戦闘機が前衛を引き受けてくれている間に、ミサイルや主砲などで援護をしたり、敵戦艦に攻撃をしたりするのがその役割で、あくまでも後衛なのだ。
それが前衛に出てきて体当たりなど、悪夢以外の何物でもない。
ショックから立ち直る隙も与えずに、マーシャは次の戦艦に襲いかかっていった。
戦艦と戦闘機が全滅するまで、十分もかからなかった。
敵の全滅は当然として、勝負の結果はマーシャの勝利だった。
同調装置を最大限利用した上の全力操縦が勝敗を決したらしい。
レヴィが敵の戦闘機を全滅させたのは、マーシャが敵戦艦を全滅させた十八秒後だった。
僅かな差だが、しかし決定的でもある。
マーシャはご機嫌な様子で尻尾をぶんぶん揺らしている。
同調装置を外して、敵戦艦の残骸を徹底的に破壊する。
万が一にも残骸からこちらの情報を回収されてしまったら、後々不味い事になってしまう。
証拠映像や、こちらの情報が何も無ければ手出しは出来ない。
それには生き残りの殲滅と、残骸の徹底破壊が最低条件だ。
半壊した敵戦艦からは脱出艇で逃げ出そうとする者も居たが、それはレヴィが容赦無く撃墜している。
逃げ出す者にとどめを刺すのは趣味ではないが、自衛の為にはやむを得ない。
「やれやれ。負けちまったな。流石はマーシャだ……と言うべきなんだろうけど……」
操縦技術そのものは、ほぼ互角だと知っている。
しかし負けるのはやはり悔しかった。
宇宙における勝負で負けた経験が無かったので、この感情も初めてだった。
そう考えるとそれなりに新鮮なのだが、それでも悔しいことに変わりはない。
「むむぅ……」
成長したマーシャを褒めるべきか、それとも尻尾びんたの機会を失ったことを悔やむべきか、かなり本気で悩んでいた。
そこで悩むのがレヴィらしさでもある。
シルバーブラストの格納庫へと戻ってきたスターウィンドは、すぐに推進機関を停止させる。
レヴィが中から出てくると、マーシャがすぐに飛びついてきた。
「うわっ!?」
「勝ったっ!」
「うぐ。負けた……」
レヴィに抱きついたマーシャは嬉しそうにはしゃいでいる。
マーシャがここまではしゃぐのは珍しい、と思いながらくしゃくしゃと頭を撫でた。
子供みたいなはしゃぎっぷりは、もちろん勝利の歓びだろう。
そう考えるとかなり複雑だが、しかし大喜びしているマーシャを見ると、レヴィも嬉しくなる。
尻尾がいつも以上に激しく振られているところを見ると、本当に嬉しくてたまらないらしい。
「何だよ。俺を負かしたのがそんなに嬉しいのかよ」
レヴィがむくれて見せると、マーシャは勢いよく頷いた。
「嬉しいっ!」
「………………」
そんなにハッキリ言わなくても……と凹んでしまうレヴィ。
「そこまで喜ばれると流石に悔しいな」
「だって嬉しいし。それに、少しだけ追いつけた気がするから」
「とっくに追いついているだろ」
「そうかな?」
「そうだよ」
それはレヴィも認めている。
追いつかれるのは嬉しい。
だけど追い越されるのはやっぱり悔しい。
年齢差を考えると、今後はどんどん引き離されそうな気がするのが尚更悔しい。
マーシャはまだ十九歳なのだ。
身体能力も反応速度も、まだまだ全盛期だ。
だが三十を超えているレヴィは、これから身体能力も衰えるだろうし、いつかはマーシャに引き離される時が来る。
それが悔しくないと言ったら嘘になるが、それでも自分を目指してくれている者がめきめきと腕を上げていくのは嬉しいと思ってしまう。
自分がいつか宇宙を離れる時が来ても、それでも自分を目指してくれる誰かが何かを引き継いでくれるような、そんな気がするのだ。
弟子の成長を喜ぶ師匠の気持ちとは、案外こんなものかもしれない。
レヴィはマーシャに操縦を教えた事がある訳ではない。
それでも目指すべき目標としてずっと追いかけてくれて、そして追いついてくれたのだ。
今更ながら、そのことにちょっとした感動があった。
マーシャはただ勝った事が嬉しいのではない。
ずっと目指していた目標に、本当の意味で追いつけたことが嬉しいのかもしれない。
だからいつもよりずっとはしゃいでいる。
そんなマーシャを可愛いなぁと思いながら、その身体を抱き上げた。
「それで、何をして欲しいんだ?」
「ふふふん。何をして貰おうかな。もふもふ禁止は駄目なんだろう?」
「駄目だっ!」
それだけは断固拒否だっ! とレヴィがマーシャを睨んだ。
金色の眼にはちょっぴり涙が滲んでいた。
「ならデートがいいな」
「それぐらいならお安いご用だ」
「プランはレヴィに任せるから」
「オッケー」
「健全なデートでよろしく」
「……ホテルは?」
「健全なデートでよろしく」
二度目の言葉は、とても冷ややかだった。
「ハイ……」
しょんぼりしながらも、レヴィはさっそく頭の中であれこれデートプランを組み上げるのだった。
「そして夜はレヴィが何か作って欲しい」
「料理までするのか。希望メニューは?」
「肉なら何でもいい」
「流石は肉食獣」
「当然だ」
こうして、ミスティカに向かう道中のトラブルは、二人の勝負の題材にされたり結果としてラブラブレベルを引き上げたりもしてしまうのだった。
全滅させられたリネス宇宙軍第三艦隊にとっては悲惨なだけだったが、それは自業自得というものだろう。
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