シルバーブラスト

水月さなぎ
水月さなぎ

それぞれの思惑

公開日時: 2022年4月6日(水) 21:08
文字数:4,794

 エリオット・ラリーは今年で四十八歳になる。


 若い頃は金糸のようだった金髪も、五十に近付いた今ではかなりくすんでしまっている。


「もうすぐ、もうすぐだ」


 と、エリオットは一人部屋で呟く。


 ワインを傾けながら、豪華な調度品に囲まれた部屋の中で満足そうに笑う。


 彼は支配者だった。


 一人きりの支配者は、自らの計画が順調に進んでいることに満足している。


 長い歳月を戦い抜いてきた彼は、その戦いにおいて最も大きな障害となる少女を殺すことだけを望んできた。


 ランカ・キサラギ。


 彼女を殺せばランカの支配地域は北部にまで広がる。


 先代当主を殺すことは成功したが、ランカ・キサラギはなかなか殺せない。


 護衛に囲まれているだけではなく、生意気にも本人が特殊な武術を身につけているようで、護衛を突破したとしても、後少しのところで返り討ちに遭ってしまうのだ。


 針のような武器で身体を刺された部下は、たったそれだけのことで身動きが取れなくなり、激痛に苛まれたという。


 何か特殊な毒薬でも使ったのかとその身体を調べたが、薬物反応は全く出てこなかった。


 針治療に詳しい医者に質問をしてみると、どうやら治療に使う経穴を攻撃に用いたようだと言っていた。


 人体の仕組みを知り尽くし、経穴に対して深い知識が無ければ不可能な事で、その上激しく動いている戦闘中に正確な位置を攻撃するなど、人間業ではないと驚愕していた。


 人間業ではないと言われても、あの小娘は間違いなく人間なのだ。


 要するに血の滲むような修練を積み重ね、その技術を身につけたのだろう。


 八年前に死にかけたことがそのきっかけなのかもしれないが、厄介なことに変わりはない。


 エリオット・ラリーはリネスにおける第一期移民を始祖に持ち、そこから数えて八代目の当主だった。


 移民当時から有力者だったラリー家は、ピアードル大陸南部に本拠地を置き、同じように移民としてやってきた仲間の為に尽力したという。


 それはもう歴史でしか学べない過去の出来事だが、リネスという惑星の発展に最も貢献してきたのは、間違いなくラリー家なのだ。


 勢力は徐々に大きくなっていき、ラリー家はピアードル大陸南部において絶大な権力を発揮するようになった。


 表立って活動するような事はなかったが、あそれでもリネス大統領選挙などではこちらの望む相手を当選させたり、その後は何かと影響力を与えたりと、影の支配者と言っても過言ではない力を振るってきた。


 ラリー家はずっとそんな支配を続けてきたのだ。


 無慈悲な支配というほど酷いものではない。


 傘下に入る者は、むしろ手厚く迎えてやった。


 しかしその反面、支配下に入ることを拒む者には、徹底的な制裁を加えてきた。


 自らの支配下に無い者を、そのままにしておくことは出来ない。


 一度でも支配の蜜を味わうと、それを手放せなくなるし、それを維持する為にどんなことでも出来るようになる。


 そうせずにはいられなくなる、と言った方が正しいのかもしれない。


 支配とは、盤石なものでなければならない。


 その為にはキサラギが邪魔なのだ。


 小競り合いはうんざりするほど続けた。


 それが効果的ではない事は学習し尽くした。


 ならばどちらかが壊滅覚悟でぶつかるしかない。


 もちろんエリオットに自陣を壊滅させるつもりはなかった。


 キサラギにはラリーのような警察や軍に対する影響力は無い。


 純粋な兵の数で言えば、こちらが圧倒的に勝っている。


 問題はあちらの兵の質だった。


 一人一人が、恐ろしく強い。


 放埒に振る舞っているラリーの人材とは違い、あちらは日々の鍛錬に励んでいるのだろう。


 しかしこちらも同じようにする訳にはいかない。


 放埒な振る舞いこそがラリーの人望に繋がっているのだから。


 今更そこに規律を求め、厳しい訓練を課そうとすれば、離反する者も出てくるだろう。


 組織には、それに向いたやり方というものがある。


 キサラギのやり方はラリーには馴染まないし、それに倣うつもりもない。


 チンピラにはチンピラなりの使い方というものがあるのだ。


 彼らを一騎当千の兵隊にするのに必要なものは揃った。


 ミアホリックのアンプルは、攻め込むに十分な数を仕入れている。


 思わぬ邪魔が入ったりして手間取る事もあったが、警察の大部分はこちらの意志に従うように手懐けているので、一部があれを取り締まったところで、その流れは止められない。


 後は迎撃衛星のプログラム書き換えさえ完了すれば、絶対的な攻撃力が手に入る。


「邪魔はさせん。今度こそ、北部を手に入れる」


 何度も邪魔されてきた支配の道程。


 第二期の移民は、自由を求める気風が強すぎた。


 支配を受け入れず、自由と独立を掲げ、何度も南部を脅かしてきた。


 キサラギはそれを良しとして彼らの旗頭に立つことを選んだようだが、このリネスは人類が降り立った時からラリーが支配してきたのだ。


 後から来た連中の好きにはさせない。


 数百年を超えるラリー家の妄執を、エリオットはしっかりと受け継いでいる。


 ラリーという血筋が、支配の権勢に取り憑かれているのかもしれない。


 それを分かっていても、今更このやり方を、この性質を変えるつもりはなかった。


 それこそがラリーの名を持つ者の誇りでもあるのだから。


「父さん。少しいいかな?」


 キサラギへ攻め込む戦略を頭の中で練っていると、息子であるヴィンセント・ラリーが部屋に入ってきた。


「ヴィー。何の用だ?」


「キサラギとはもうすぐ全面戦争なんだろう?」


 ヴィンセントは今年で二十一歳になる息子で、エリオットによく似た顔立ちをしている。


 金髪はキラキラと輝き、短く整えられている。


 容姿もそこそこ整った方で、女性にはかなりモテるだろう。


 青い眼にはギラギラとした野心が秘められている。


 これはラリーの血筋には珍しくない事で、常に誰かの上に立ち、そして支配したいという欲求に突き動かされている。


 エリオット自身も、ヴィンセントと同じ年齢の頃はこういう眼をしていた。


 ここ十年ほどで表には出さないように落ちついてきたが、まだ若い息子にそれを求めるのは酷だろう。


 まだ制御出来るような年齢ではない。


「キサラギを潰すのはいいけどさ、ランカは生かしておいてよ。捕虜にしたいんだ」


「……殺しておいた方が確実なんだぞ。生かしておいたら、後々の障害になることは分かりきっている」


 この息子はランカにご執心らしい。


 美女に弱いのは昔からだが、少しは状況を考えろと言いたくなる。


 ラリーの跡継ぎとしての才能は申し分ない。


 支配への欲求がやや強すぎるところもあるが、それは歳を経れば落ちついてくるだろう。


 今は傘下企業の一部を任せているが、なかなか上手くやっているようで、一家の収入もヴィンセントの手腕により微増した。


 しかし、この悪癖だけは何とかしなければならない。


「だって勿体ないよ。あんな美少女は滅多にいるものじゃないし。どうしても手に入れたいんだ」


「……他に美女を何人も侍らせている癖に、まだ足りないのか」


 女が欲しいのなら手の届く範囲でいくらでも居るだろうに……と呆れ果てるエリオット。


 しかし支配とは欲望を求めることでもあり、ヴィンセントはその点において実にラリーの血を色濃く受け継いでいた。


「ランカが手に入るなら、他の女なんてどうでもいいよ。あの子の美少女っぷりは別格だって、父さんも知っているだろう?」


「………………」


 それに関しては否定出来ない。


 至高の芸術品を人の形にしたような、ある種独特の美しさを持つのがランカ・キサラギという少女だった。


 あつらえたように和装が似合う立ち振る舞い。


 人形のように整った容姿を持ちながらも、意志の強い黒い瞳が彼女を誰よりも人間らしく見せている。


 輝きを失わない至高の宝石。


 それがエリオットのランカに対する人物評価だ。


 しかしだからこそ、彼女を生かしておくのは危険だ。


 ランカの為ならば命も惜しまないという人間がどれだけいるのか、エリオットはよく知っている。


 もしも上手く手に入れたとしても、絶対に誰かが助けに来る。


 その時真っ先に乗り込んで来るのは、間違いなく出所したばかりのタツミ・ヒノミヤだろう。


 彼も一騎当千の猛者であり、棒術使いとしてはリネス最強の男だ。


「やはり駄目だ。危険すぎる」


「父さん。頼むよ」


「諦めろ」


「別に考え無しに言っている訳じゃないよ。ランカさえ手に入れれば、北部を支配するのに有利だって思うんだよ」


「どういう意味だ?」


「殺すよりも生かして有効利用した方がいいってことさ。僕がランカを手に入れて、そして子供を産ませたらどうなると思う? その子はラリーの血筋だけではなく、キサラギの血筋でもあるんだ。北部はキサラギの血筋なら従う人間も多いだろう? 将来的には悪くない案だと思うけどね」


「………………」


 肝心なところで馬鹿すぎる……と呆れるエリオット。


 しかし息子への情からなのか、口には出さない。


 北部はキサラギに従っている訳ではない。


 キサラギが北部の民の自由を尊重しているからこそ、彼らを盟主だと認めているのだ。


 もしもキサラギがラリーのような支配を始めたとすれば、民はすぐにでも彼らを見限るだろう。


 血筋によってではなく、その心意気によって認められているのだという事を、ヴィンセントはまだ理解出来ていない。


 エリオットも本当の意味で理解している訳ではない。


 ただ、そういうものだと割り切っているだけだ。


 受け入れるつもりも、理解するつもりも無い。


 だからこの息子がそれを理解出来ないことを責めるつもりもない。


「分かった。そこまで執心しているのなら好きにしろ。ただし、こちらはランカを殺すつもりで動く。あの娘が欲しいのならば、独自で動くんだな。援護もしないし、捕まった場合は助けない。自力で何とかしろ」


 当主の意向を無視して動くのならば、それ相応のリスクを覚悟しろという事だろう。


 普通ならそこで怯むのだが、ヴィンセントのランカに対する執心は、それを押しのけるだけの大きさだった。


「やったっ! もちろん好きに動かせてもらうよっ!」


「言っておくが、お前が駄目になってもオズワルドがいる。いざという時に助けて貰えるなどという期待はするなよ」


 オズワルド・ラリーはヴィンセントの弟だ。


 今はまだ十四歳の少年だが、いずれは成長して、兄とラリーの相続権を争うようになるだろう。


 ラリーの血筋にしては覇気に欠ける性格なので、今後の教育が必要になるが、しかしその前に兄であるヴィンセントが倒れれば、自動的にオズワルドがラリーを継ぐことになる。


 死んでも代わりの跡継ぎがいる以上、勝手な行動で自滅するような息子を助けるつもりはない、という事だ。


「分かってるって。それぐらいのリスクを負ってこそ、手に入れる甲斐があるってものだ」


「お前……いつか女で身を滅ぼすぞ……」


 美女好きもそこまで行くと生き様と言っていいレベルだな……と呆れるが、エリオットはその裏で冷酷な計算もしていた。


 ヴィンセントがランカに接触して、何らかの無力化に成功すれば、その隙にキサラギを追い詰める事が可能だ。


 ミアホリックを使用した兵隊を送り込み、一気に踏み潰す。


 ランカという旗頭を失ったキサラギならばそれも容易だ。


 その後、ヴィンセントがランカに返り討ちに遭ったとしても、復帰する頃には動かすべき兵隊がいない、という状況を作り出せる。


 つまり息子を捨て駒にして、キサラギを潰そうと考えたのだ。


 冷酷なようだが、これがラリーの名を持つ者の本質でもある。


 ヴィンセントもそれを不満に思ったりはしない。


「美女で身を滅ぼすなら、むしろ本望ってね。なら僕は好きに動くことにするよ」


「ああ」


 ご機嫌な様子で出て行く息子をため息で見送ってから、やれやれと肩を竦めた。


 ヴィンセントの行動は、イレギュラー要素として計算しておかなければならない。


 どういう結果になるかは分からないが、キサラギにラリーの血を混ぜるのも、それはそれで面白そうだと笑った。




 状況が動くのは、この日から五日後になる。




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