シンフォの勝利を祝って、オッドのご馳走による打ち上げが行われた。
「それではシンフォの勝利を祝って~」
「かんぱーいっ!」
「かんぱーいっ!」
マーシャが音頭を取って、他のメンバーがそれぞれにジョッキを掲げる。
参加者は主賓であるシンフォ、そしてマーシャ、レヴィ、オッド、シオン、シャンティ、最後に整備士のゼストがいる。
ご馳走目当てで乗り込んできた整備士は、早速酒とつまみに食いついている。
「いや~。良かった良かった。これでシンフォはしばらく安泰だな」
レヴィがばんばんとシンフォの肩を叩いている。
手加減を忘れて居るので、シンフォはかなり痛そうだ。
しかし祝ってくれる相手を邪険には出来ない。
「こら。レヴィ。他の女とあまりいちゃつくな」
そしてマーシャが割り込んでくる。
独占欲が強いので、他の女性と仲良くしているのを近くで見せられるのは面白くないらしい。
そしてオッドの方はすぐに参加出来なくなった。
最初にたっぷり作っておいた筈の料理があっという間に無くなってしまい、すぐにおかわりという声が聞こえてきたのだ。
そろいもそろって食欲が旺盛なので、どれだけ作っても足りるということがない。
「お、恐るべし胃袋魔神共……」
オッドは台所に立ちながら一人戦慄していた。
シンフォ達を食欲魔神化してしまうレベルの料理を作ってしまう自分のことは完全に棚上げしている。
最初の方はシオンも手伝おうとしたのだが、そうしていると料理に全くありつけなくなると分かってからはテーブルにかじりついている。
手伝うよりも料理を食べることの方が大事らしい。
オッドもシオンの気紛れに期待していた訳ではないし、手伝って貰ったところで皿運びぐらいしか任せられないので特に不満は無かったのだが、少しだけ様子がおかしいことが気になった。
飲んで、食べて、盛り上がって、騒いで……というのが三時間ほど続くと、ようやく落ち着きを取り戻していた。
シオンとシャンティは早々に疲れてしまい、ソファで仲良く眠っている。
小柄な二人なのでソファが一つでも十分に余裕があるらしい。
そんな二人にオッドは毛布を掛けてやる。
「じゃあ俺たちもそろそろ退散するかな」
「そうだね~。ちょっと足取りがふらふらしていて、帰れるかどうか怪しいけど」
ゼストとシンフォがふらふらしながら立ち上がる。
しかしマーシャがご機嫌な足取りで二人に近付く。
「それなら心配いらないぞ~。二人の部屋はちゃんと取っておいたから。はい。これルームキー。ここと同じ最上階が二部屋空いていたから、どちらでも好きな方を使ってくれ」
「……ここって、スイートルームエリアだよな」
「流石はマーシャさん……」
スイートルームをあっさりと二部屋取ったマーシャに呆れつつも、自力で家まで戻る自信も無かったので、大人しく甘えることにした。
それにスイートルームというのもなかなか興味深い。
自腹では絶対に泊まれない環境に身を置くのもいいのかもしれない。
「よーし。マーシャ。俺たちも退散するぞ~」
「お~」
二人ともご機嫌な様子で腕を組んでいる。
マーシャはそれほど酔うタイプではないのだが、その場の雰囲気に流されたらしい。
彼女が酔いにくいのは理性を保たなければならないという自制心によるところも大きいのだろう。
酔った方が楽しい時は、あっさりと自制を外すのかもしれない。
★
シンフォがスイートルームに入って、シャワーを浴びてそろそろ寝ようと考えていた頃、呼び出しベルが鳴った。
「誰? マーシャさんかな。それともオッドさん?」
バスローブを緩く着ていたが、胸元をしっかりとしめておく。
着替えるよりはこれの方がマシだろうという判断だ。
「よう。俺だ。入ってもいいか?」
「ゼストさん? いいけど、何?」
「………………」
外に居たのはゼストだった。
部屋の外で待たせるのも申し訳ないので、そのまま中に入って貰う。
「お前、そういうところ無防備だよな?」
「へ?」
「いや。何でもない。まあ心配であることは確かだが、そこはお前の問題だしな」
「何のこと?」
「だから、何でもない。それにいい目の保養だし」
「へ?」
女性の恥じらいというものは、あまり無いらしい。
というよりも、バスローブを着てきっちりと胸元を閉めているのだから、問題無いと判断しているらしい。
問題は山ほどあるのだが、本人が気にしていないのならば他人がどうこう言うことでもないのだろう。
「ちょっと話があるんだ」
「話?」
ソファに向かい合って座った二人はじっとお互いを見つめる。
シンフォは相手の話を聞く時はしっかりと目を見るので、相手もつられてそうなってしまうことが多い。
「スポンサーの件なんだけどな」
「あ、うん。大丈夫だよ。急いで探さなくても、マーシャさんがかなりのお金を融通してくれたから。といっても、賭け金の利益をそのま、ということらしいんだけどね」
マーシャが賭けた元金はそのままで、儲け分だけをシンフォに渡してくれた。
それはシンフォが自分の稼ぎとして意識しやすくする為だろう。
「そりゃすげえな。だがスポンサーはいた方がいいだろ?」
「それはそうだけど。でもグラディウス以外の機体に乗るつもりは無いし。そうなると融通の利くスポンサーを見つけるのが難しくなると思うんだよね」
「俺がなってやるよ」
「へ?」
いきなりの提案に唖然となるシンフォ。
何を言われたのか理解していないらしい。
「何だよ。俺がスポンサーじゃ不満か?」
「そ、そんなことはないんだけど、でも、どうして?」
約束通りにマーシャから大金を受け取った現状では、一人でも困らないシンフォだったが、いずれはスポンサーを見つける必要があると考えていた。
ただし、今度は信頼出来る人を選びたいと考えていたが。
「別に。グラディウスはうちの機体だし、整備も改造も俺が担当するんだろう? それなら宣伝代わりにちょうどいいと思ったんだ。お前の腕なら十分に元は取れるだろうしな」
「………………」
そうは言っているが、ゼストの店に宣伝は必要無い。
彼の店を利用するのは現役のレーサーがほとんどであり、その利益だけで十分に経営していけるのだ。
一般人はあまり利用しないので、宣伝をする意味が無い。
だからゼストがシンフォのスポンサーになるメリットはほとんど無い筈なのだが。
それなのにこんなことを言い出したのは、やはりシンフォの為なのだろう。
自分が本当に望んだ飛翔が出来るように。
スポンサーによっては飛び方にまで注文を付けてくる人もいる。
そんなスポンサーに目を付けられて潰されてしまったレーサーも少なくはない。
やっと本当に望んだ世界を手に入れたシンフォを、そんな目に遭わせたくなかった。
損をする訳ではない。
シンフォの活躍次第では十分に元が取れる。
そしてシンフォ自身のファンとして、一番近い場所からその活躍を見ることが出来るのだ。
店の利益は棚上げしたとしても、心情的にはゼストにとって悪い話ではない。
今回この提案を持ちかけてきたのはマーシャであり、その為の支度金も預かっているが、そんなものがなくてもゼストはシンフォに力を貸したいと思っていた。
天才的な技倆を持つ操縦者でありながら、どこか無防備で、脆いところのある彼女を近くで支えたいと思ったのだ。
「どうだ? 悪い話じゃないと思うぜ。俺にとっても、お前にとっても」
「うん。そうだね」
「よし。じゃあ俺の店の為にもしっかり活躍しろよ」
ゼストがシンフォに手を差し出してくる。
シンフォは泣き笑いの表情でその手を握った。
「もちろんっ!」
しっかりと握って、そして笑いかけた。
この笑顔が見られただけでも、スポンサーになって良かったと思えるゼストだった。
こうしてシンフォは新しいスポンサーを得ることによって、更なる活躍を見せることになる。
思うままに飛び続けるシンフォの活躍を見て、自分も同じコースを飛ぼうとするレーサーも出てくるのだが、やはり浮島が密集する下方地帯では思うように操縦が出来ないことを思い知る。
そしてレーサー達は改めてシンフォの腕を賞賛するのだ。
『グラディウス』はスカイエッジの伝説的なレーサーとしてその名を広げていく。
そしてヴァレンツで知らない者の居ない存在として、活躍していくことになる。
★
「………………」
俺を六人が好き放題に食い散らかしてくれたので、かなりの惨状になっている。
これを一人で片付けるとなると、一時間以上かかってしまうだろう。
流石に疲れてしまった。
「……寝よう」
寝る前にシャワーを浴びる。
いつもの服ではなく、バスローブを羽織ってからベッドに移動した。
子供達をソファに寝かせて自分はベッドで眠ることに僅かな抵抗もあったが、今更二人を部屋まで送り届けるほどの気力はないので、このままにしておく。
「……?」
眠りについてから一時間ほど経過すると、誰かが俺のベッドに潜り込んできた。
殺気を感じる訳ではないので、シャンティかシオンが寝ぼけて入ってきたのだろう。
ぼんやりと目を開けると、シオンがそこにいた。
「おい。起きたなら自分の部屋に戻れ」
「嫌ですぅ……」
「………………」
そのまま俺のバスローブを掴んでから、ぎゅっとしがみついてくる。
引っ張られたことで、素肌にシオンの頭が当たってしまう。
服がはだけそうになって、かなり不味い。
この状態は言い逃れが出来ない。
「おい、離れろ」
「嫌です」
「シオン……?」
シオンの様子がおかしい。
昼間から少し様子がおかしいとは思っていたが、何かあったのだろうか。
「どうかしたのか?」
引き離すのを止めて、軽く頭を撫でる。
悩みがあるのなら、聞いてやることぐらいは出来る。
解決する為に手を貸せるかは、内容次第だが。
「何でもないです……」
「………………」
バスローブに水が染み込む。
泣いていると分かって更に戸惑う。
しかし声を掛けると更に泣いてしまいそうで怖かった。
「ただ、今はこうさせて欲しいです」
シオンが泣いている理由も分からず、慰めることも出来ず、ただしたいようにさせておく。
今日は楽しい一日だった筈だ。
シンフォが勝利して、この先には何の不安も無くなった。
打ち上げでも楽しそうにしていた。
シオンが落ち込むようなことは何も無かった筈なのだ。
それなのに、どうして泣いているのだろう。
「………………」
どうすることも出来ないのなら、気が済むまでそうさせてやろうと思った。
シオンが泣き止むまで、傍に居てやろうと、そう思った。
★
「おはようございますっ!」
「……おはよう」
朝になると元気いっぱいのシオンに起こされた。
はだけたバスローブの上にシオンがマウントポジションで乗っかっている。
かなり屈辱的な耐性だ。
「お腹が空いたですです~」
すっかり元気を取り戻しているので、少し安心した。
空元気でも振る舞えるぐらいに回復しているのなら、後は時間が解決してくれるだろう。
「眠い……」
「ごーはーんっ!」
「………………」
もう少し寝させて欲しいのだが、シオンは容赦無く身体を揺さぶってくる。
昨日のしおらしさはどこへ消えたと思いながらも、元気になったことは素直に嬉しい。
「分かった。作ってやるから部屋の片付けを手伝え」
「あうう……確かに酷い惨状ですけど、これをあたし一人で?」
惨状を見て嫌そうな顔をするシオン。
この惨状を作り出した一人の癖に。
「シャンティを起こせばいい。そうすれば戦力が増える。二人で頑張れ」
「オッドさんは?」
「片付けてから食事を作るのと、シオンたちが片付けている間に食事を作ってすぐに食べられるようにするのと、どちらがいい?」
「頑張るですですっ!」
張り切るシオンはシャンティを容赦無く起こしていく。
そして子供達二人は部屋を片付け、俺は食事を作るのだった。
いつも通りの、少しだけ騒がしくも平和な日常。
こんな日が続けばいいと、いつも通りに願うのだった。
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