「どうしても嫌か?」
「嫌だ」
「そうか。なら仕方ないな」
意外なことに、マーシャは大人しく引き下がってくれた。
もう少し食い下がられると思っていたレヴィはほっとした。
しかしほっとしたのも束の間だった。
マーシャはとんでもない最終兵器を持ち出してきたのだ。
伝家の宝刀を抜いたとも言う。
「私の我が儘に付き合ってくれないというのなら仕方ない。私もレヴィの我が儘に付き合う義理はないな」
「へ?」
「今後はもふもふ禁止だ」
「なっ!?」
マーシャの尻尾はレヴィのお気に入りだ。
触れば触るほど心地いいもふもふは、今やレヴィにとって無くてはならないものだった。
無ければ生きていけない。
それぐらいにお気に入りだった。
いや、依存していると言ってもいいのかもしれない。
「パーティーに行かないなら、今後一切尻尾には触らせない。それでもいいなら好きにしてくれていい」
「行きますっ!」
即答だった。
迷う暇すらなかった。
そんな最終兵器を持ち出されてしまっては、レヴィに逆らう権利など無いのだ。
もふもふ禁止など、レヴィに耐えられる訳がない。
「……分かっていたことではあるけど、いざ目の当たりにすると、想像以上のアホっぷりだな」
そしてマーシャは自分自身で持ち出しておきながら、レヴィの変わり身の早さに呆れてしまう。
憧れていた相手がアホになってしまうというのは、思った以上の残念っぷりだった。
しかし身近に感じられてしまう部分もあって、それほど悪い気もしないという、実に複雑な気分でもあるのだ。
それはマーシャ以外の人たちにとっても同じことだった。
「変わり身が早すぎる……」
頭を抱えて呆れるオッド。
尊敬する上司がアホになってしまったのが非常に残念なようだ。
「まあ、アニキが楽しそうにしているならいいんじゃない?」
シャンティの方もやや呆れているが、それでもレヴィのああいった面白い部分は好きなので歓迎していた。
「レヴィさんってアホだったんですね~。面白いですです」
シオンの方はアホだと言いながらも面白そうにしている。
シオンもマーシャのもふもふは大好きなので、レヴィの気持ちがよく分かるのだ。
しかしあそこまでアホにはなれない。
自分にはないものを見せられて、少しだけ新鮮な気持ちになっているのかもしれない。
「シオン。アレを見習っちゃ駄目だよ」
嫌な予感がしたシャンティはシオンに注意する。
真似をされては困ると思ったのだろう。
「駄目ですか?」
シオンが不思議そうに首を傾げる。
「……真似したいの?」
「あそこまで自分に正直なのはいいことだと思うですよ」
「……うーん。間違ってはいないんだけどなぁ。でもちょっと違うと言いたい。でも何が間違っているかと言われたら説明しにくいなぁ」
シャンティが困ったようにぼやいている。
自分に正直なのはいいことだ。
しかしシオンのような美少女がアホになるのは困る。
「やめておけ」
しかしオッドの方がバッサリと切り捨ててくれた。
「どうしてですか? オッドさん」
「自分に正直なのは悪いことじゃない。しかし、シオンは俺たちにアホだと思われたいのか?」
「それは嫌です」
「ならばやめておいた方がいい。レヴィの真似をしたら、間違いなくそうなる」
「うーん。確かにそうですね。今もレヴィさんのことをちょっとアホだと思っちゃいましたし。あたしが同じように思われるのは嫌ですね」
「思い留まってくれて何よりだ」
「ありがとうです。オッドさん」
「礼を言われるようなことはしていない」
美少女がアホになるところを阻止したというのは立派なことだが、オッドとしては礼を言われるほどのことをしたつもりはない。
「それでもありがとうです」
「………………」
オッドは何も言わずにシオンの頭を撫でた。
子供相手にはどう接したらいいかよく分からない。
シャンティとは家族同然なので接し方も心得ているが、会ったばかりの女の子はどう接したらいいか分からないのだ。
「どうして頭を撫でるですか?」
「いや。なんとなく。嫌なら止めるが」
「嫌じゃないですよ~。お爺ちゃんがよくやってくれるけど、結構好きですです~」
「お爺ちゃん?」
「クラウスお爺ちゃんですです」
「ああ、なるほど」
クラウスにとってはシオンも孫のようなものなのかもしれない。
マーシャへの可愛がりっぷりを見る限り、シオンのことも可愛がっていそうだ。
「最初はよく分からなくて、お爺ちゃんに質問してたですよ」
「何を?」
「どうして撫でるのかな~って」
「何と言われたんだ?」
「可愛がられるのは子供の特権、そして可愛い女の子の特権だそうです」
「なるほど。真理だ」
オッドは感心したように頷いた。
確かにその通りだと思ったのだ。
「だからオッドさんもいつでもあたしを撫でていいですよ~」
「………………」
そう言われても困るのだが、そういう気持ちになった時は遠慮しなくて良さそうだとは思った。
子供扱いを怒る子供も居たりするので、そういうことで気を遣わなくて済むのはありがたい。
「気が向いたらそうする」
「了解ですです」
あどけなく笑うシオンは本当に可愛らしい。
ほのぼのとした気持ちになれる。
「よし。じゃあ早速買い物だ」
「へいへい。分かったよ。人間、諦めが肝心だよな」
「そうそう。諦めが肝心だ。ついでにデートもするぞ」
「そっちは大歓迎なんだけどなぁ……」
大歓迎といいつつも、エミリオンに降りるのは気が進まないようだ。
しかし街中を歩くだけならば変装まではしなくて大丈夫だろう。
少しだけ髪の色を変えて、眼鏡を付ければ問題無い。
マーシャはレヴィの為に用意した黒髪のカツラと眼鏡を着用させる。
「うん。いつもと違って面白い」
「人の顔を見て面白いって言われてもなぁ」
「じゃあ格好いい」
「そう言われるのは大歓迎」
「うん。格好いいぞ」
マーシャはにこにこしながらレヴィを見ている。
黒髪眼鏡のレヴィはいつもと違って新鮮な雰囲気だった。
しかし金色の瞳はそのままだ。
変わった部分と、変わらない部分。
本来の色ではないので少しアンバランスだが、そこも含めて楽しかった。
「じゃあ行こう」
「へいへい」
マーシャの方は既に耳尻尾は隠している。
カツラと腰巻きはマーシャにとって慣れたものなので、すぐに準備出来るのだ。
「オッド達も自由に外に出て構わないからな。個体情報は削除しているんだから、万が一見つかったとしても誤魔化しが利くし」
「分かった。しかし外に出る用事も無いからな。大人しくしておく」
「僕は外に出たいな。いろいろ見て回りたい」
「じゃああたしも出るです~」
オッドは大人しくしているつもりのようだが、シャンティとシオンの方は出かけたくてたまらないようだ。
「………………」
子供達二人だけで出かけるのは少しだけ心配だった。
「オッド」
レヴィがオッドに呼びかける。
何を言いたいのか、すぐに察した。
「分かりました。一緒に行きます」
「頼む」
「うん。オッドがついていてくれるなら安心だ」
シャンティとシオンの外見はただの子供であり、しかも大変可愛らしい。
二人だけで歩いていたら変なものに絡まれるかもしれないと心配したのだ。
レヴィとマーシャもオッドがついて行ってくれると聞いて安心した。
「うん。じゃあ荷物持ちと引率よろしくね」
シャンティの方はたくさん買い物をするつもりのようで、荷物持ちが増えたことを喜んだ。
「………………」
引率よりも荷物持ちに重点を置かれているのが困りものだが、こういうちゃっかりした部分はいつものことなのでオッドも苦笑するだけだった。
「オッドさん。引率よろしくですです」
「ああ」
こうして、それぞれ別行動としてエミリオンの街を歩くことになった。
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