「うぅ~……」
居心地が悪い。
人の視線がちくちくと突き刺さる。
今のマーシャはもふもふを晒してしまっている。
カツラと腰巻きはレティーに取り上げられ、亜人としての特徴を露わにしたまま歩いているのだ。
もちろん目立つし、人の視線も受けてしまう。
元々が美人なので男性の視線を受けることは良くあるが、こんな風に好奇の視線を向けられるのは居心地が悪い。
レヴィの希望でもふもふを晒して歩くことはあるが、それはレヴィが隣に居てくれるから平気なのだ。
レティーではレヴィの代わりにはならない。
「大丈夫よ。侮蔑的な視線なんて感じないでしょう?」
「うぅ~。それはそうだけど。でもそれって多分、付け耳尻尾だと思われているからだろうし」
「ふふふ。そうね。アクセサリーとして萌えているのかもね」
そう言ってレティーはマーシャの耳に触る。
もちろん付け耳ではなく本物の獣耳だ。
ぴくぴく動いて、とても温かい。
「レティーはロッティで馴染んでいるから亜人を差別しないのか?」
「うーん。そういう訳でもないと思うけどね。ロッティで暮らさなくても、わたしはきっとマーシャちゃんに萌えていたと思うわよ。だって可愛いもの。きっと今マーシャちゃんを見ている人たちも同じ気持ちだと思うわ」
「う~」
周りの視線からは物珍しさを感じる。
確かに差別や侮蔑的な視線は感じない。
それはマーシャが美人であると同時に、あつらえたように耳尻尾が似合っている所為でもある。
普段は『美女』として見られているマーシャだが、耳尻尾が付いていると『可愛い』に変化するのだ。
少し子供っぽく見えてしまうのと、ゆらゆら揺れる尻尾が可愛らしいのと、相乗効果で萌えてしまう。
近付いて声を掛けてみたいと考える男性も何人かいたが、女性二人相手に一人でそんなことをする度胸のある勇者は滅多にいない。
「と言う訳で、気にせずに楽しみましょ」
「う~……」
レティーが選んでくれたゲリラインのコットンポンチョとカラフルなリブニットスカートを身につけたマーシャは、渋々ながらも彼女に付き合う羽目になるのだった。
★
マーシャがレティーというアグレッシブな女性に振り回されている頃、レヴィはギルバートとの待ち合わせ場所に到着していた。
宇宙港にあるホテルの最上階スイートルームに呼び出されたレヴィは、そこに用意してあった変装グッズに辟易としていた。
てっきりカツラとサングラス程度のものだと思っていたのだが、ギルバートはそのあたり徹底していた。
カツラは当然だが、サングラスではなくカラーコンタクト、そして顔を変える為の偽装皮膚、更には体格を変える為のオーバーボディスーツまで用意してあった。
しかもそのオーバーボディスーツはやたら筋肉質なのだ。
中年メタボ仕様を用意されるよりは遙かにマシだが、こんなマッチョな姿になるのも遠慮したい。
「どうだ。これだけ揃えば誰が見ても『レヴィアース・マルグレイト少佐』だとは気付かない筈だ」
得意気に言うのはエミリオン連合軍の中でもかなりの重鎮である筈のギルバート・ハイドアウロ中将。
偉い人の筈なのに、何故か馬鹿に見えてしまう。
「……やりすぎじゃないですかね?」
これをフル装備する自分を想像したくないレヴィは、やんわりと拒否して見せたのだが、しかしギルバートは了承しなかった。
「今回の訓練にはテックス大佐も来るぞ」
「う……」
アンドリュー・テックス大佐のことはレヴィも知っている。
戦闘機部隊の大隊長であり、一時期はレヴィと激しく争っていた人でもある。
階級はあちらの方が上だが、レヴィの操縦技術に目を付けていたアンドリューは、事あるごとにレヴィを訓練へと誘い、ドッグファイトを強要していたのだ。
レヴィは一度も負けたことが無いので、あちらからは結構恨まれているかもしれない。
つまりレヴィの事を悪い意味でよく知っているということだ。
顔を見ればそうだと分かる程度には。
死んでいる筈のレヴィアース・マルグレイトが自分の部隊の戦技教官としてやってきたなどと知ったら、かなり厄介なことになってしまうのは分かりきっていた。
「どうしてテックス大佐が? 俺と折り合いが悪いのは知っているでしょう?」
レヴィが嫌そうに問いかけるが、ギルバートは平然としていた。
「今も昔も戦闘機部隊の統括責任者は彼だぞ。その訓練に大佐がついてくるのは当然だ」
「先に言っておいてくださいよ、そういうことは」
「言ったら断られるだろうと思ったからな」
「当たり前でしょう」
「だから言わなかった」
「………………」
このオッサンを今すぐ蹴飛ばしてやりたい……と思ったが、辛うじて堪える。
「そういう事情もあるから、変装は徹底してもらう必要がある。これは君の保身の為に必要な事だと思うが?」
「……このまま帰るという選択肢も、俺にはあると思うんですけど」
「一度引き受けた仕事をやる前から投げ出すのは、責任ある大人のすることではないと思うがな」
「………………」
その通りだった。
がっくりと肩を落としてから、レヴィは諦めたように変装グッズを身につけ始めるのだった。
銀髪のカツラとグリーンのカラーコンタクト、神経質そうな顔を形作っている偽装皮膚、そして筋肉質のオーバーボディスーツを装着したレヴィは、見た目だけなら完全な別人になっていた。
今のレヴィをマーシャが見ても、すぐには本人だと気付かないだろう。
「出来る事なら声も変えたいところだが、変声機はすぐに見抜かれるからな。肉声で何とかならないか?」
「あー、こんな感じでどうですかね?」
レヴィは意図的に声を変えてみた。
いつもと違う声を意識して、神経質そうなものにしてみたのだ。
普段のレヴィとは違う声になっているので、ギルバートも感心したように頷いた。
「印象からして違っているから、これなら大丈夫だろう」
これで準備は整った。
ギルバートとレヴィはホテルの部屋から出て、宇宙港へと向かう。
このまま訓練エリアまで直行するようだ。
チェックアウトはしていなかったので、ギルバートは今夜ここに泊まるのかもしれない。
道中、ギルバートは今回使用する戦闘機の資料を渡してきた。
「君に乗って貰うのはこの機体だが、大丈夫か?」
「民間機ですね。セイバーズ社のシードシリーズですか」
「民間機としては最高の機体だ」
「そうですね。でも軍用機を相手取るには厳しい性能だと思いますけど」
戦闘機は軍用機だけではなく、民間機も数多く製造されている。
故人で宇宙を旅することも珍しくない世の中なので、護衛用、自衛用として、戦闘機の需要が高まっているのだ。
民間企業はそのニーズに応えてかなり高性能な戦闘機を製造しているが、やはり性能的には軍用機に劣る。
というよりも軍用機に匹敵するような、もしくはそれ以上の性能を持つ戦闘機などを造ってしまえば、それこそエミリオン連合軍を警戒させてしまうだけである。
軍にも負けない製品を造れる会社という売りは強いのだが、しかしそんなことをしておっかない相手を刺激するのはリスクが高すぎる。
結果として、民間機は軍用機にやや劣る性能になってしまっている。
民間企業が軍用機以上の性能を発揮出来る技術を開発した場合、それを製品化する前に軍へと売り込む方を選ぶ場合が多いのだ。
ただし、リーゼロックだけは別である。
自社にPMCも抱えているリーゼロックは、宇宙船や戦闘機の性能向上には遠慮容赦無く励んでいるし、それらの性能はエミリオン連合軍の制式採用機を圧倒的に上回っている。
エミリオン連合軍はリーゼロックを警戒しているが、ロッティだけではなく、宇宙経済にもそれなりの影響を与えているリーゼロックを正面から敵に回すのはリスクが高すぎるので、結果として自分達が下手に出る取引を強いられている。
そう考えるとクラウスの手腕がかなり恐ろしく思えるのだが、ここまで権力が強化されたのはここ数年のことなので、恐らくはマーシャが力を貸していることも大きいのだろう。
しかしそれは、あくまでもリーゼロックが例外というだけで、他の企業では事情が変わってくる。
「現状ではこのシード・セブンが最も最新鋭機の性能に近い。君が乗れば軍用機相手だろうと蹴散らせるだろう」
「いや。シード・シリーズは乗ったことが無いんですけど?」
「一時間も乗れば勘どころは掴めるだろう?」
「そりゃまあ、そうですけど……」
「頑張ってくれ」
「軍用機は乗せてくれないんすね」
「軍用機には個体認証セキュリティが付いているのを忘れたか?」
「……今思い出しました」
「認証をさせてくれるのなら乗せてやってもいいぞ」
「遠慮しておきます」
そんなことをすれば一発で『レヴィアース・マルグレイト』だとバレてしまう。
冗談ではなかった。
「はあ……。スターウィンドを持ってこられたら一番手っ取り早かったんだけどなぁ」
「間違いなく目を付けられるぞ。というよりも、調べさせてくれるなら大歓迎だが」
「それは無理ですね」
あのスターウィンドは自らの半身であり、マーシャがレヴィの為だけに造ってくれたものなのだ。
他の人間に調べさせるなど、論外だった。
結局のところ、性能の劣る民間機で軍用機を相手取るしか道は残されていない。
しかしレヴィにはそれでも勝てる自信があった。
ただ、そんなことをすればアンドリューから余計な興味を持たれそうだなぁと考えると、かなり気が重くなるのだった。
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