結局、街に出て仕事を探す以外の方針は決まらなかった。
レヴィアースはいつまでもロッティに居られる訳ではないし、面倒を見続けられる訳でもない。
マティルダ達にはどうしても自立して貰う必要があるのだが、見た目も中身も子供である二人にどんな仕事を紹介したものか、悩んでしまうのも事実だった。
子供にも仕事はある。
ただし、お手伝い程度のものだった。
生きていけるほどの金を稼げる仕事は無い。
少なくとも表の仕事としては存在しない。
ならば裏稼業に行くしかないのだが、それも気が進まない。
裏の世界にはあまり関わって貰いたくなかったのだ。
贅沢を言ってられる状況でもないのだが、せっかく助けた子供達には出来る限り幸せになってもらいたい。
こんなことならロッティに送ったりせず、自分の目の届く範囲で面倒を見れば良かったと一瞬だけ思ったりもしたが、すぐに無駄だと考え直した。
どれだけ隠そうとしても、亜人の子供を匿っていることがバレたらタダでは済まない。
捕獲任務に関わっていたとなれば尚更だ。
自分は軍人としてはかなり優秀な方だと自覚しているので、定期的な監視もついているだろう。
今はただの休暇中なのでそこまではしていないだろうが、日常生活のどこかでは必ず監視の目がある筈だ。
そんな中でマティルダ達を隠し切れる自信は無い。
つまり、現状ではこれが最善なのだ。
自分の目の届かない範囲で行動させることになったとしても、それがマティルダ達を守る最善の方法だと確信している。
このマンションも短期で借りているので、いつまでも居られる訳ではない。
マティルダとトリスの二人で住むにしても、完全前払い制で、保証人が必要ない賃貸にしなければならないので、どうしてもある程度の費用がかかってしまう。
生活に必要な金も稼がなければならない。
当面はレヴィアースが資金を渡せば済むし、それだけの余裕もある。
しかしいつまでもという訳にはいかないのだ。
どうしても二人には自活してもらう必要がある。
しかしその為の方法が見えてこないのが困りものだった。
「私達はしばらく路上生活でも構わないぐらいなんだけどな」
「うん。しばらくはそれで我慢出来ると思う」
荒れた生活には慣れているマティルダ達は、そこまで贅沢は言わなかった。
路上生活ならば、費用は最低限で済む。
それに裏の世界ならば、それなりに住むところもあるだろう。
「それじゃあ助けた意味がないだろ。俺が安心出来る生活をしてくれないと、心配でたまらない」
「………………」
「………………」
本気で心配してくれているのは分かるのだが、少しばかり理想が高すぎるとも思う。
だけど自分達を本気で心配してくれるのが嬉しくて、二人は顔を見合わせて笑った。
レヴィアースに警戒心を抱いたままだったトリスも、この時点で彼を完全に信用している。
彼の持つ不思議な魅力が、疑うことをいつの間にかやめさせたのだ。
傍に居ると安心出来る。
もっと一緒に居たいという気持ちにさせられる。
きっとマティルダも同じ気持ちなのだろう。
レヴィアースは数日後にはロッティから居なくなる。
自分達はそれまでに自立して、彼を安心させなければならない。
それが助けて貰った恩返しとして、唯一出来ることでもある。
しかし裏社会も路上生活も駄目となると、確かに難儀してしまうのだった。
「僕たちの戦闘能力なら、裏社会でも十分に通じるつもりなんだけど」
「うん。闘うことなら得意だ」
「それは十分すぎるほど理解しているけどな……」
げんなりとするレヴィアース。
マティルダに圧倒されていた時のことを思い出しているのだろう。
正規の訓練を受けた軍人であるレヴィアースを圧倒出来る子供。
それだけでも驚異的だった。
確かに子供であっても裏社会で通用するだろう。
それでも、レヴィアースは彼らに表の世界で生きて貰いたかった。
我が儘だということは分かっているが、それでもギリギリまでは足掻きたかったのだ。
最終的にはそれしかないという覚悟も決めているが、出来る限りは普通の仕事を探したかった。
少なくとも、それが出来る間は諦めたくないと思っていた。
ロッティの街並みは活気があり、歩いているだけで楽しいものだった。
都市部の風景など知らなかったマティルダ達は興味深そうに見ているが、どこか遠い世界の景色であるという意識も拭えなかった。
これからここで生きていくのだということは分かっているのだが、まだその実感が湧かない。
通り過ぎる人々。
そしてすれ違う人々。
彼らは自分達とは無関係で、日々を平和に生きている。
それが少しだけ妬ましいと思った。
しかし自分達に誰かを妬む資格など無い。
問答無用で、無残な殺され方をした仲間達に較べたら、遙かに恵まれているからだ。
今の幸せを大事にしなければ、助けてくれたレヴィアースに対して申し訳ない。
そういう気持ちを持っていた。
「まあ仕事についてはもう少し探してみるか。正規の求人情報だと難しいが、個人で人手を募集しているところもあるかもしれないし。情報屋を当たれば早いんだが、ロッティはまだ勝手が分からないからなぁ。あと、そういう仕事は大抵が裏の方だし」
嫌そうにぼやくレヴィアース。
表の世界で生きて欲しいという希望をまだ捨てていない。
「レヴィアース。お腹空いた」
マティルダがお腹を押さえてレヴィアースに訴えた。
まだ昼には早いのだが、街を歩き続けたのと、テンションが上がっていたのもあって、カロリー消費が早かったようだ。
「ん? そうか。じゃあ少し早いけど飯にするか?」
「うん。何か美味しいものが食べたいな」
「よし。任せろ」
ロッティのことはよく知らないが、携帯端末を操作してグルメ情報を表示させる。
「二人とも、何が食べたい?」
「僕はなんでもいいけど」
「肉!」
「なるほど。狼は肉食獣だもんなぁ」
マティルダとトリスの見た目は狼ベースの亜人なので、可愛らしい肉食獣を連想させたようだ。
マティルダの方はマンションで食べた肉のレトルト商品が大のお気に入りだったので、他の肉も食べてみたかったのだ。
「よし。じゃあ肉料理でいくか」
「うん。肉食べたい」
「分かった分かった」
キラキラした銀色の瞳でレヴィアースを見上げるマティルダ。
腰巻きで隠している尻尾がぶんぶん揺れているのが分かる。
せっかく人間のフリをしているのに、これじゃあすぐにバレてしまうじゃないかと慌てるトリス。
とりあえず自分の身体でその動きを隠しておいた。
人の視線からマティルダの背中が死角になるような位置に身体を移動させる。
呆れつつも、少しだけ嬉しかった。
マティルダがあんなに素直に笑ってくれているのを見ると、トリスも嬉しくなってしまうのだ。
トリスはジークスに居た頃にマティルダが笑うのを一度も見たことがなかった。
いつも何かに絶望していて、それでも諦めきれずに足掻く姿は知っている。
その姿に憧れていた。
前を見据えて、決して折れない姿を尊いと思っていた。
それはトリスには手の届かない強さだと思っていたから。
だけど今のマティルダは普通の子供みたいに笑ったり拗ねたりしている。
それが当たり前であるかのように振る舞っている。
こんな一面を持っていたのだということに驚き、そして少しだけショックでもあった。
気付けなかったことが悔しい。
そして自分ではマティルダにあんな表情をさせてやれないことが悔しかった。
その点でもレヴィアースには感謝しているが、それでも悔しい気持ちは拭えない。
あの位置には自分が立ちたかったという気持ちも、確かに存在しているのだ。
「………………」
自分の気持ちには少し前から気付いていた。
決して口には出さないと決めていたけれど、それでもああいうマティルダを見ると複雑な気持ちになってしまうのだ。
これからも気持ちを告げることはないだろう。
ただ、ああいうマティルダを近くで見ていられたら、それはどんなに……
「………………」
しかし、それを許さない光景がある。
仲間の死体。
悪意に満ちたジークスの人間。
トリスの思考が幸せに傾こうとすると、必ずその光景が邪魔をしてくる。
忘れることを決して許さない、憎悪の炎がトリスを焦がす。
「トリス?」
そんなトリスの様子にマティルダが気付いて、心配そうな表情になる。
レヴィアースから離れて、トリスの顔を覗き込む。
紫の瞳が戸惑いに揺れる。
「どうした? 調子が悪いのか?」
「……何でもないよ。心配掛けてごめん」
「そうか? 調子が悪かったらすぐに言うんだぞ」
「うん」
素直に心配してくれるマティルダ。
少し前までは自分が嫌いだと言っていたマティルダ。
そんなマティルダが、心から心配そうな表情を向けてくる。
この短期間で彼女は変わったのだろう。
そしてその変化を否定しない。
ありのままを受け入れている姿が眩しかった。
「ん?」
くんくんとマティルダの鼻がひくつく。
「レヴィアース!」
「どうした?」
「あれ、美味しそうだ」
「どれ?」
「あれっ!」
マティルダが指さしたのは、肉串の店だった。
道沿いの小さな店舗で、数種類の串焼き肉を売っている。
グリルで焼かれている串焼き肉とタレの香ばしい匂いがここまで届いてきた。
「確かに美味そうな匂いだな」
「食べたい!」
「よし。じゃあ買いに行くか」
「うんっ!」
道の向こう側にある店にマティルダはすぐに突撃しようとした。
「って、マティルダ!?」
赤信号の横断歩道をマティルダはすぐに飛び出した。
確かに今なら車は少ないが、あまりにも危険な行為だった。
しかしこれはレヴィアースの落ち度でもあった。
二人を引き連れながら街を歩き回り、横断歩道も何度か渡ったのだが、青信号と赤信号の知識は与えていなかった。
当然、知っているものだと思っていたのだ。
疑問に思わず、二人とも質問しなかったのも理由の一つだ。
しかし閉鎖された環境で育ってきたマティルダとトリスには、横断歩道どころか、信号の知識すら存在しなかった。
横断歩道は向こう側に渡るもの、という認識で行動するようになったが、信号についてはそれほど気にしていなかったのだ。
トリスの方もそれは同様で、どうしてレヴィアースがそこまで焦っているのかが分からずに首を傾げる。
危険性に気付いているのはレヴィアースだけなのだ。
「ちょっと待て、マティルダ!」
「え?」
しかし声を掛けたのが不味かった。
振り返ったマティルダは、迫ってきた車への反応が遅れる。
「え……?」
いつものマティルダならば、それでも余裕で避けただろう。
しかし今のマティルダはレヴィアースに振り返って、意識をそこに向けていたので、迫っている車に対する反応が遅れた。
「マティルダ!!」
レヴィアースが叫ぶが既に遅い。
「っ!!」
小さな身体が派手に吹っ飛ばされた。
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