三年前、セントラル星系第九惑星エステリが長年の交渉の末、ようやくエミリオン連合に加盟することになった。
エステリはエミリオン連合のやり方に異を唱え、ずっと連合加盟を拒否してきた国家だった。
本来なら力ずくで従わせるところだが、エステリの科学力と軍事力は非常に高く、エミリオン連合軍を投入したところで相当な犠牲が出ると言われていた。
何とか戦いを回避して連合加盟をさせたいと願っていたエミリオン連合首脳部は、ようやく前向きな回答を得られてほっとしていたという。
これでセントラル星系に存在する全ての惑星がエミリオン連合に加盟したことになる、と喜んだ。
宇宙に大きな影響を持つエミリオン連合が、同一星系にある惑星一つ従えられずそのままになっている、というのは外聞上大変よろしくない。
これで他の加盟国に対する示しも付くというものだ。
しかしそれこそがエステリの罠だった。
連合の加盟手続きの為に、連合首脳部のトップである議長と、その側近達がエステリに降りた。
その護衛を務めたのが当時のエミリオン連合軍第八艦隊、グレアスが指揮する部隊だった。
第八艦隊の旗艦はグレアスと共に軌道上からの監視を行い、レヴィやオッド達は地上へ降りて会場の護衛任務に就いていた。
戦闘の可能性は低かったので、何事もなく終わると思われていた。
しかしそこで悲劇が起こる。
エステリ首脳部は自らを餌にして連合首脳部を招き入れ、そして殺害した。
レヴィ達が止める間もなくそれは行われた。
エステリの首相と当時の連合議長が握手を交わした瞬間、狙撃されたのだ。
護衛が探知出来ないほどの超長距離狙撃だった。
最初に議長、そして側近も次々と狙撃され、残ったのはエステリの首脳部と護衛のレヴィ達だけだった。
レヴィ達は必死で抵抗したが、敵陣の真っ只中であり、援軍は軌道上にしか存在しない。
エミリオン本国からの援軍も期待出来ない。
議長とその側近が殺された以上、一時的な指揮系統の混乱は避けられない。
そんな中でもレヴィとオッド、そして仲間達は辛うじて生き残っていた。
ほんの十数人の生き残りをまとめて、レヴィは軌道上のファルコンへと通信を行った。
命令を仰ごうと思ったのだ。
しかしそこで待っていたのは、議長が罠に嵌まって殺されたという事実を揉み消す為に、エステリの首都ごと壊滅させる、という最悪の手段だった。
軌道上からミサイルを撃ち込んで皆殺しにする、という極めて物騒な手段ではあるが、この上なく有効な手段でもあった。
エミリオン連合としてはエステリの罠にかかって議長と側近が殺されたという事実を残す訳にはいかなかったのだ。
そんなことになればエミリオン連合の結束に亀裂が入り、今後の外交に大きな影響を与えてしまう。
議長と側近達はエステリに向かう途中、宇宙船の事故で死亡、という事実が後から発表された。
後任は一ヶ月後に選ばれ、エミリオン連合首脳部は何事もなかったかのように機能していた。
その後、首脳部を失ったエステリは、国家としての姿を失った。
高い技術力も軍事力も首都に集中していたので、その時の事件でほとんどの戦力を失ってしまったのだ。
連合全体のことを考えるなら、確かにあれが最善手だったのかもしれない。
罠に嵌めたという事実を当事者ごと消し去ったのだから。
死人に口なしである。
だからと言って、保身の為に巻き添えで殺されたレヴィ達が納得出来る訳がない。
任務中における敵方の攻撃で犠牲になった、というのなら理解出来る。
それは軍人として覚悟するべき死に方であり、その状況ならば嫌々軍人になったレヴィでさえ納得しただろう。
しかし都合の悪い事実を揉み消す為だけに殺されたというのは、到底納得出来ることではない。
連合も、それを実行したグレアスのことも決して許せるものではない。
あの時レヴィが生き残ったのは運が良かっただけだった。
重傷のオッドを助けることが出来たのもたまたまだ。
しかし生き残ったのはレヴィとオッドの二人のみ。
他は全員死んだ。
目の前で、悲鳴を上げながら、絶望しながら、呪いながら死んでいったのだ。
それからは亡霊として、偽の身分で生きてきたレヴィとオッドである。
今の人生が悪いとは言わない。
それなりに楽しく、充実した日々だと思う。
それでも、忘れられない傷は存在するのだ。
許せない過去は存在するのだ。
だから殺す。
過去を清算する為に。
死んでいった仲間の為などとは言わない。
自分の為だ。
復讐は、自分がすっきりして、納得して、そして未練をなくす為に行うことなのだから。
「でも、だからこそ諦めきれないよな」
自分の為だからこそ、エゴを貫く為だからこそ、ここで見逃すことは出来ないのだ。
「さてと。マーシャがどんな手段であいつらを潰すのか、お手並み拝見といきますか」
恐らくは天弓システムによる集中攻撃だろうが、他の船をどうやって牽制するのか、ちょっとした見物だった。
楽しみですらある。
そしてその予想は、いい意味で外れた。
いや、度肝を抜かれたという方が正しいのかもしれない。
「……常識ブレイカーにもほどがあるぜ」
レヴィはそんな風に呆れ混じりの呟きを漏らす。
それほどまでに、マーシャの取った行動は宇宙船の、そして操縦者の常識を破壊するようなものだった。
★
一番最初に犠牲となったのは、六番艦アルベルトだった。
アルベルトの船員達は何が起こったのかまるで理解していなかった。
ただ、凄まじい衝撃が襲いかかってきて、船の機能がほぼ麻痺してしまったことだけは理解した。
「何がどうなっているっ!?」
「あ、あんなの無茶苦茶だっ!!」
周りでそれを見ていたエミリオン連合の軍人達も唖然としている。
銀翼の船がいきなりアルベルトに突撃し、そして体当たりを行ったのだ。
普通、そんなことをすれば船が無事では済まない。
敵の船はもちろんのこと、自分達の船も無事では済まない筈なのだ。
それなのにそんなことをしてきたシルバーブラストが信じられなかった。
しかしアルベルトは行動不能、そしてマーシャ達のシルバーブラストは無傷だった。
そして次の船へと襲いかかる。
どうして無事なのかは分からない。
しかしこのままではアルベルトの二の舞だということは理解していたので、他の船は必死で逃げようとした。
既にレヴィへの集中攻撃は止んでいる。
それどころではないからだ。
しかしシルバーブラストは最新鋭の宇宙船であり、現行のものよりも遙かに優れた性能を持っている。
急加速で迫るシルバーブラストの特攻を、他の船は避けられなかった。
砲撃を行い牽制しようとするが、防御システムに阻まれる。
エネルギー防御が硬すぎて、本体にまでダメージが通らないのだ。
そして、ようやくレヴィにもマーシャが何をしたのか理解出来た。
対物防御を展開したまま、体当たりをかましたのだ。
それもただの対物防御ではない。
恐らく、攻撃用に強化した硬化防御とも言える代物になっている筈だ。
最初からそういう操縦を想定していたとしか思えない仕様だった。
硬化防御から急加速までの流れが恐ろしいほどに滑らかで、狙いが正確すぎて分かりづらいが、これは凄まじい操縦技術だった。
いくら硬化防御を行っていても、当てどころを間違えばただでは済まない筈だ。
シルバーブラストの両翼で攻撃しているので、そこ以外では船に不具合が生じてしまうだろう。
宇宙船は精密部品だらけであり、ある程度無茶な操縦には耐えられても、非常識すぎる操縦には耐えられない。
耐えられる部分を限定して、ああいった攻撃を行っているに違いない。
「……俺に憧れる必要、無いと思うけどな」
憧れるのは、その相手が目指す位置にいるからだ。
しかし戦闘機はともかくとして、マーシャの宇宙船操縦技術は超一流だった。
あんな無茶な操縦は他の誰にも出来ない。
出来たとしても、船の性能が追いつかない。
端翼であれほどまでに正確な攻撃を行うには、勘どころと目測が必要になる。
加速中にも微調整が必要だろう。
それらを何の苦もなく行っているあたり、とんでもない操縦技術だと思う。
「恐らくシオンがサポートしているんだろうが、それにしたって凄いな」
レヴィはマーシャの操縦を惚れ惚れする思いで見つめていた。
次々と軍艦を行動不能にしていくシルバーブラスト。
その追い打ちとして天弓システムが襲いかかる。
マーシャとシオンは息がぴったり合っていて、数の差をものともしない。
二人の操縦技術が凄まじいというのもあるが、船の性能も凄まじい。
グレアスが欲しがるのも理解出来た。
あっという間に七隻の戦闘艦が潰された。
レヴィは惚れ惚れしながらそれを見ている。
『おい、いつまで私達だけに働かせるつもりだ? いい加減、攻撃に加われ』
そしてのんびりと見物していたら、マーシャから不機嫌そうな通信が入ってきた。
確かにマーシャ達だけに働かせすぎだった。
「悪い悪い。あまりにも見事な操縦だからしばらく見ていたかったんだ」
レヴィは悪びれずにそう言った。
本心だったので、心からの賞賛でもあった。
『むぅ……。そう言って貰えるのは嬉しいが、半分はシオンのサポートがあってのものだ』
「だろうな。でも凄いな」
『うぅ……。まあ、褒め言葉として受け取っておく』
どうやら照れているらしい。
可愛いところもあるな、とレヴィの口元が緩む。
あの小さなマティルダがこんなにも変わってしまったのは複雑だが、嬉しい気持ちの方が大きい。
照れている表情すらも想像出来てしまう。
『そ、それよりも残りは旗艦のライオットだけだぞ。私が独り占めしてもいいなら、潰してしまうけど、どうする?』
「いや。俺がやる」
『だったらサボるな』
「悪いな」
惚れ惚れしてしまったからこそサボっていた、というのは言い訳でしかないが、事実でもあった。
見惚れるような操縦だったのは確かなのだから。
他人の操縦に見惚れるのは珍しい。
自分の腕に確固たる自負があるからこそ、他人にそこまでのものを感じることが少ないのだ。
しかしマーシャは間違いなくその一人だった。
それが自分を目指した結果だとすれば、なんだか誇らしい気持ちにもなるのだ。
「行ってくる」
『うん』
グレアスは撤退しようとしている。
最後の旗艦ライオットは進路を変えて遠ざかっている。
しかし逃がすつもりはない。
ここで逃がしてしまえば、レヴィの生存がエミリオン連合に知られてしまう。
そうなると今後の身の安全が確保出来ない。
それは困るのだ。
レヴィはスターウィンドを加速させてライオットへと迫る。
砲撃が襲いかかってきたが全て避ける。
エネルギー防御も展開出来るが、そうなると攻撃が出来なくなるので、全て舵だけで避けた。
このスターウィンドはレヴィにとっても扱いやすい機体だった。
操縦桿やコンソールがなじみ深いものというだけではなく、過去のレヴィが物足りないと思っていた部分のほとんどを満たしてくれている。
レヴィの腕に対して、機体の性能が追いつかないのが普通だった。
もっと加速したい。
もっと無茶な操縦が出来る。
そういった気持ちがあるのに、機体が応えてくれない。
そんなもどかしさがあった。
しかしこのスターウィンドは違う。
レヴィの求める性能を満たしてくれているのだ。
だからこそ、思う存分無茶が出来る。
レヴィ自身は無茶だとは思っていない、当然の操縦が可能になるのだ。
「さあて、決着を付けようか、グレアス・ファルコン」
通信は行わない。
必要な言葉は既に告げた。
こちらの意志は変わらないので、言葉を交わす必要は無い。
ライオットからは通信が入ってきているが、無視し続けている。
恐らくは命乞いだろうが、そんなものを聞き届けてやるつもりはなかった。
無残に殺された命達を思い出す。
自分が守り切れなかった部下達の死体を思い出す。
決して忘れられない、苦い思い出。
殺したからと言って、それは消えないだろう。
だけど、区切りは付けられる。
だからレヴィは攻撃を続けた。
スターウィンド最大の武器である五十センチ砲を次々と撃っていき、ライオットを追い詰めていく。
戦闘機の砲撃では一撃必殺とはいかないが、それでも着実にダメージは与えられる。
レヴィのスターウィンドは通常の戦闘機と違い、砲撃の口径が倍以上もある。
戦艦並の口径なので、戦艦を沈めることも容易なのだ。
もちろん、本人の操縦技術と砲撃技術が優れていることが前提だが。
レヴィはその両方を満たしている。
「なぶり殺しは趣味じゃないけど、まあ仕方ないか」
絶望を与えて殺す。
レヴィはそう決めていた。
自分達が味わった絶望に等しいだけのものを与えたいのだ。
死ぬまでに、少しでも多くの絶望を。
その為に敢えてちまちまと攻撃しているのだ。
本来ならば一撃で決められる。
艦橋を狙って『バスターブレード』を一閃させれば、それでお終いなのだ。
散々砲撃を行い、相手の砲台を潰し、そして行動不能にしてから『バスターブレード』を一閃させた。
爆発する戦艦を、レヴィはなんとも言えない表情で見ていた。
爽快な気分には全くならない。
むしろどこまでも苦々しい。
しかし、これで守れなかった部下達に少しだけ報いてやることが出来たような気持ちになった。
ほんの少しだけ、自分を許せるようになった。
だから、最後は笑った。
これでいいのだと、自分を納得させた。
そして残骸を徹底的に破壊してから、レヴィはシルバーブラストへと戻るのだった。
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