シルバーブラスト

水月さなぎ
水月さなぎ

レヴィアース・マルグレイトの現状2

公開日時: 2021年2月18日(木) 11:00
文字数:3,998

「……もしかして、徴兵ですか?」


「その通り。一年で終わるはずの兵役期間が、運悪くエミリオン連合のお偉いさんの目に留まって、こっちに引き抜かれたのさ。いくら士官待遇だからって、強制的に軍人にされたらたまったもんじゃないんだけどな」


「………………」


 セントラル星系第二惑星『ホルン』。


 惑星資源が少ない上に、人が住むにはあまり豊かではない惑星なので、どうしてもエミリオン連合への依存度が大きい場所でもある。


 その為、実質的にはエミリオン連合の属国扱いとなっている。


 エミリオン連合からの要請には逆らえない。


 逆らえば支援が止まるので、拒否権は最初から存在しない。


 軍人になりたがる人間が少ないので、軍は慢性的な人手不足であり、仕方なく毎年、一定の年齢に達した男性を一年間徴兵することで補っている。


 兵役は一年で、それが完了すれば就職活動を行える。


 強制的な徴兵なので、逆らえば投獄される。


 惑星ホルンはあまり住みやすい星ではないが、そこで生まれた以上、星を出て移住するのも難しいので、人々は現状に甘んじている。


 過酷というほどの環境ではないので、不満はそれほど出ていない。


「驚きました。では元々軍人になるつもりはなかったのですね?」


「当たり前だろ。兵役期間が完了したら、運送屋に就職するつもりだったのに。まったく、なんでこんなことになったのか」


「運送屋って……トラックの運転手になりたかったんですか?」


「いや。宇宙の運送屋の方。セントラル星系内なら中型機で行き来が出来るだろう? 惑星間高速配達人を目指していたんだ」


「……なるほど。それで戦闘機操縦の心得があったんですか」


「まあな。大型の宇宙船よりも、小型機や中型機の操縦が好きだった。宇宙を飛び回るのが楽しくて、ずっと操縦者になりたいって思っていたんだ」


「ある意味で夢は叶っていると言えなくもないですけどね」


「軍人にだけはなりたくなかったよ」


 レヴィアースがなりたかったのは、あくまでも運送屋だ。


 そしてゆくゆくは個人の運び屋として独立するつもりだった。


 その為に操縦訓練もこなしてきたし、訓練校でも優秀な成績を残してきた。


 しかしそれが仇になったのだろう。


 優秀すぎる成績を残した所為で、ホルンの徴兵では宇宙軍に配属され、しかもそこでもずば抜けて優秀だった為、エミリオン連合からスカウトされてしまった。


 本当ならば、今頃は運送屋として活躍しているか、上手くすれば独立して夢の運び屋家業に精を出していた筈なのだ。


 それなのに、現実は人を殺し続ける軍人稼業。


 嘆きたくなるのも無理はない。


 手を汚したくないと思える時期はとっくに通り過ぎていて、殺した人間のことを数えるのもやめて久しい。


 そんなことをすれば鬱病患者まっしぐらになってしまうことは目に見えていた。


 しかし人を殺したくないという気持ちが消えた訳ではない。


 仕方のないことだと割り切っていても、気分が悪いことに変わりはないのだ。


 そんな性格なので、闇を呑み込むことも出来ないし、表沙汰に出来ない汚れ仕事に従事するのも気が進まない。


 覚悟など最初から出来ていないし、するつもりもなかった。


 強制的に軍人にされたレヴィアースが貫くべき意地でもあった。


 覚悟なんかしてたまるか。


 彼はそう考えているのだ。


「なるほど。その態度の理由には納得がいきました」


 そういうことならば覚悟が出来ていなくても仕方が無い。


 いや、覚悟しないことこそがレヴィアースなりの意地なのだろう。


 そう考えると責めることも出来ないし、レヴィアースはそれでいいと思ってしまった。


 いや、そのままで居て欲しいと思ってしまった。


 軍人としては失格なのかもしれないが、それがレヴィアースらしさなのだとしたら、その個性を失って欲しくない。


 オッドはレヴィアースに対して弟のような感情を抱いていたので、そう考えてしまったのだ。


「嫌だという気持ちは分かりましたけど、それでも任務ですからね。気乗りしないにしても、表向きは従う必要があります」


「分かってるさ。理解のある部下で助かるよ」


「光栄です」


 宇宙の戦場では背中を預け合える相手であり、自分の副官でもある。


 オッド自身の戦闘機操縦技術は並よりも少し上程度で、レヴィアースとはかなりの差があるのだが、それでも背中を預け合える相棒として成立しているのは、オッドがレヴィアースの操縦の癖を誰よりも理解しているからだった。


 どうしてそれが出来るのかは分からない。


 恐らくは接する時間が長いからだろうと考えている。


 オッドにはレヴィアースがどうしたいのか、どう動きたいのかというのが、なんとなく分かるのだ。


 それはレヴィアースにとっても同じ事で、お互いの呼吸が合っていると言える関係だ。


 だからこそレヴィアースはオッドを重宝しているし、いつの間にか副官という立ち位置に据えていた。


 中尉ならば副官としても合格ラインの階級なので、特別扱いしているという意識も無かった。


 実際、副官としては有能なのだ。


 雑務を任せると手早く片付けてくれるのでかなり助かる。


「でも、実際に子供がいたりしたら……」


「大尉?」


「いや。何でも無い」


「まさか……」


 嫌な予感がしたオッドは恐る恐るレヴィアースを見る。


 気まずそうに視線を逸らすレヴィアース。


 もしかしたら、こっそりと助けるつもりなのかもしれない。


 それは明らかに任務放棄であり、銃殺対象にもなってしまうような行為だった。


「いや、ほら。表沙汰に出来ないことなら、こっそりやるぐらい、なぁ?」


「………………」


「そんな目で見るなよ。オッドだって嫌だろう?」


「それはそうですけど……」


 亜人とは言え、子供を捕まえて実験体として提供するなど、やりたくはないに決まっている。


 その気持ちはオッドも同じだ。


 しかし彼は任務として割り切っている。


 それが軍人としての仕事だと思っているからだ。


 レヴィアースにはそれが出来ない。


 出来ないままでいいと思ったからこそ、責めることも出来ない。


「まあ、実際はそこまで都合良く生き残りに遭遇出来るとも思えないけどな。嫌なことだが、俺たちがやるのは後始末って奴なんだろうよ」


「……そうですね」


 ジークス政府側は徹底的に亜人を殺そうとしている。


 生き残りなど許す筈がない。


 ましてや子供達を生き残らせる理由などないのだ。


 子供はいずれ成長して大人になる。


 その際、必ずジークスの人間を憎悪するだろう。


 そんな危険因子を生き残らせるぐらいなら、皆殺しにした方が安全だという判断だろう。


 子供を殺す事に対する罪悪感などある筈がない。


 相手は人間ではなく、亜人なのだから。


 彼らにとって家畜同然の存在を殺すことに、罪悪感を求める方がどうかしている。


 レヴィアースは亜人に会ったことはないが、それでも知性を持っている以上、対等な存在だと思っている。


 だからこそこういう扱いは納得がいかなかった。


「あー、やだやだ。さっさと退役して自由気ままに活動したいぜ」


「……本気で言ってるのが分かるだけに、恐ろしいですね」


「もちろん本気だぜ。好き好んで軍人になった訳じゃないしな。むしろ嫌々仕事をしているのが現状だ」


「………………」


 嫌がっているのを無理に引き留めることは出来ない。


 しかし皮肉なことに、誰よりも軍人として優秀なのがレヴィアースなので、同意も出来ないのだ。


 オッドとしてはレヴィアース以外の上官には従いたくないというほどに、彼を信頼している。


 しかし引き留める権利も無い以上、無言を貫くしかないのだ。


 口を開けば、引き留める台詞しか出てこないのだから。


「そんな顔するなよ。心配しなくても、見捨てたりはしないから」


「大尉……」


 口には出さなくても、顔には出ていたのだろう。


 隠しきれなかったことを恥じるオッドだが、レヴィアースの温かい言葉にも嬉しくなってしまう。


 結局、彼はこういう性格なのだ。


 上官として部下に責任がある以上、簡単に見捨てることは出来ない。


 情に厚い性格をしているのだ。


 不器用だとは思うが、そういうところが気に入っているからこそ、苦笑してしまう。


 年下なのに、彼の傍に居ると安心してしまうのだ。


 本来なら逆であるべきだと思うのだが、オッドはこの感覚を大切にしていた。


 その分、出来るだけレヴィアースの助けになれるように頑張ろうという気持ちになるのだ。


「退役するにしても、きちんと次の指揮官候補に引き継ぎをしてからだろうな。オッド、お前はどうだ?」


「お断りします」


 ……前言を少しだけ撤回。


 見捨てないことは確かだが、面倒事を押しつけるつもりもあったようだ。


 冗談ではない。


 確かに士官としての教育は受けているし、いずれは隊長として部隊指揮を行うことになるだろうが、レヴィアースの後釜にだけは据えられたくなかった。


 絶対に、較べられる。


 そして落胆される。


 そんな未来がありありと想像出来てしまう。


 他の指揮官の後釜ならば考えてもいいのだが、レヴィアースの後釜だけはご免だった。


 ついでに言うと、まだまだ自分はレヴィアースの副官でありたいと考えているのだ。


「即答かよ」


「貴方の後釜を務める度胸はありませんよ。俺の操縦技術では、部下も納得しないでしょうしね」


「指揮能力が高かったら納得はするだろう」


「それも貴方には及びません」


 操縦能力、指揮能力、そのどれをとってもレヴィアースは優秀だった。


 軍人には向いていない性格なのに、能力的にはこの上なく軍人向きだというのも皮肉な話ではある。


 書類仕事はやや苦手なようだが、そんなものは部下にある程度任せれば済む話なので、問題は無い。


 逆にオッドの方は書類仕事が得意なので、レヴィの副官としてはかなり相性がいいとも言える。


「まあいいか。どちらにしても先の話だ」


「そうですね」


 そう考えてくれているのは助かる話だ。


 オッドはレヴィアースにはまだやめて貰いたくないし、彼の下で働き続けたいと思っているのだから。


 二人は他愛ない雑談を続けながら、ジークスへと向かう戦闘艦へと乗り込んだ。



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