それからぐったりしたマーシャとつやつやてかてかになったレヴィがオッド達を部屋に集めてトリスを助ける為の協力を要請したところ、あっさりと承諾された。
予想はしていたが、一瞬も迷わなかったのは意外だった。
軍を敵に回すのだ。
少しぐらい躊躇ったり、怖くなったりはしないものだろうか。
特にオッドはレヴィをエミリオン連合軍に敵対させることを恐れていると思っていたのだが。
「うん。いいんじゃない? 軍を相手に悪戯出来るなんて面白そうだしね」
「腕が鳴る鳴るですよ~♪」
シャンティとシオンは子供ならではの悪戯心と好奇心を発揮してワクワクしている。
危機感が足りないと言われるかもしれないが、のびのびしている方が実力を発揮出来るので、この方が好都合とも言える。
「分かりました。俺に出来ることをやります」
オッドの方も砲撃手として活躍してくれるようだ。
「いいのか?」
マーシャの方が心配になってオッドに確認したぐらいだ。
子供達のことは何があっても護るつもりだが、オッドの方はどういうつもりで協力してくれるのだろうと疑問が拭えない。
「?」
オッドの方は不思議そうに首を傾げている。
どうしてそんなことを言われるのかが分からないのだろう。
「オッドはてっきり反対すると思っていたから。レヴィを危険に巻き込むことを快くは思わないだろう?」
「それは違う」
「え?」
「レヴィは本職の戦闘機操縦者だ。危険に巻き込まれるのは前提条件として存在している」
「………………」
「マーシャもレヴィを戦闘機操縦者として仲間にしているのなら、そういう理由で躊躇うべきじゃない」
それはレヴィという天才操縦者に対する侮辱だ。
オッドはそう言っている。
確かにその通りだった。
そして反省する。
レヴィの事を侮っていたつもりはないが、危険に巻き込むことに引け目を感じるのは、侮辱しているのと同じだ。
今後はそういった意識でレヴィに接していこうと決めた。
「ごめん。そうだったな」
「分かればいい」
「危険に巻き込むことに躊躇いが無いのは分かったけど、どうしてオッドも協力してくれるんだ?」
「俺はレヴィがそうしたいと願うのなら、その手助けをしたいだけだ」
「……なるほど」
どこまでもレヴィに忠実なオッドらしい発言だった。
しかしただ忠実なだけではないのだろう。
レヴィを大切に思っているからこそ、危険に巻き込むことは躊躇わなくても、自分も力になろうとする。
力になれないことが耐え難い。
そういう気持ちなのかもしれない。
そしてそういう気持ちはマーシャにも理解出来るものだった。
形は違えど、マーシャもオッドも、レヴィを大切に想っている。
だからこそ、自分に出来ることをしたいのだろう。
「分かった。そういうことなら遠慮無く力を借りる」
「ああ。遠慮無く使ってくれ」
「うん。ありがとう。オッド」
「どういたしまして」
あまり表情を変えないオッドが少しだけ柔らかく微笑んだ。
少しだけ懐かしい気持ちになったのかもしれない。
あの頃、自分が銃口を向けてしまった少女が、今は微笑みかけてくれる。
力を貸して欲しいと頼ってくれる。
それが不思議だった。
しかしそれこそが自然な形だと思ってしまうのがおかしかったのだ。
今なら何の迷いもなく、マーシャを大切な仲間だと思える。
妹のような存在だと思える。
過ごした時間はそれほど長くないのに、オッドの中に、マーシャやシオンという存在がすんなりと入り込んできている。
それが少しだけおかしくて、そして嬉しかったのだ。
レヴィが望むだけではなく、マーシャが望むのならば、出来る限り力になりたい。
自分に出来ることなら何でもしてやりたい。
そういう気持ちになっているのだ。
「………………」
オッドは自然な気持ちでマーシャの頭を撫でた。
「え? え? な、何だ? 何がしたいんだ?」
いきなり頭を撫でられたマーシャがぎょっとした表情でオッドを見上げている。
「いや、大きくなったなと思って」
「………………」
マーシャは複雑そうな表情でオッドを睨む。
なんだか子供扱いされているような気がして面白くなかったのだ。
昔のことを思い出しているだけだと分かっていても、それでも子供扱いは面白くない。
むっとしたマーシャの表情を見て、オッドも苦笑する。
一人前のレディとして扱うには、幼い頃の印象が強すぎるのかもしれない。
しかしレヴィはそんなマーシャを選んだ。
だから、あまり子供扱いするべきではないのだろう。
「すまなかった」
「別に、いいけど。でも、もうするな」
「分かった」
むくれた表情も子供っぽいとは言わない方がいいのだろう。
しかし微笑ましい気持ちになったことは見抜かれたらしく、更にむくれてしまう。
そんなマーシャを宥めるのに少し苦労したが、今度マーシャの好物を作ってやると言うことでようやく機嫌を直して貰えた。
こうして、シルバーブラストのフルメンバーでトリスを手助けすることが決定した。
準備は着々と進んでいく。
★
そしてシャンティとシオンがエミリオン連合軍の情報収集と軍艦へのバックドアを仕込むことになり、シルバーブラストへと籠もりきりになった。
シオンがニューラルリンクに入ることにより、シルバーブラストの機能をフルに発揮出来るので、電脳魔術師《サイバーウィズ》による情報収集はハッキングにも絶大なアドバンテージを得られることになる。
膨大な処理能力を必要とする部分はシオンが担当し、細かいテクニックが必要な部分は経験豊富なシャンティが担当する。
二人一組、二人三脚の作業は順調すぎるぐらいスムーズに進んでいった。
そしてマーシャもその間にリーゼロックへの根回しを完了させて、一週間後にはリーゼロックPMCの正規部隊が到着していた。
正規登録していない宇宙船なのでクレイドルには入港出来ないが、到着座標を送られたマーシャがシルバーブラストでそこまで出向いていた。
そしてマーシャとレヴィの二人でその船まで出向くと、荒々しすぎる歓迎を受けた。
「マーシャちゃーんっ!」
「うおおおーっ! 会いたかったぜっ!」
「久しぶりだなーっ!」
「ふにゃあああっ!?」
傭兵集団からの熱烈なハグを受けたマーシャは叫び声を上げた。
しかし荒々しすぎる歓迎にも慣れているので、嫌がってはいない。
抱きつかれてもそこには親愛の情があるのみで、セクハラじみたものは一切存在しない。
しばらくぎゅーぎゅーすりすりされたマーシャは、十分後ぐらいにようやく開放されるのだった。
「うぐぐ……相変わらず酷い歓迎だ……」
親愛の情だとは分かっているのだが、それでもむさ苦しい男どもに次々と抱きつかれるのはメンタルダメージがそれなりに大きい。
せめてもう少しおとなしめに抱きついてくれるといいのだが、とにかく力一杯抱きしめてくるから疲労感が半端ないのだ。
「わははは。嫌なら肩車とか膝抱っこにするか?」
「それはちょっと勘弁して欲しい……」
PMC戦闘機部隊の隊長であるハロルドはがしがしと荒っぽくマーシャを撫でる。
「か、髪が乱れる……」
「昔はそんなこと気にしなかったのになぁ。やっぱり彼氏が出来るとお洒落とか気にするのか?」
「まあ、そんなところだ」
確かに昔はそれほどお洒落を気にしたことはなかった。
しかし今はレヴィに可愛く見られたいと思っているので、身だしなみをそれなりに気にするようになっていた。
そんなマーシャの変化をハロルドは面白そうに見ている。
そしてレヴィの方に視線を向けた。
「よう。久しぶりだな。『星暴風《スターウィンド》』」
「ああ、久しぶりだな。ハロルド。あと、どうせなら名前で呼べよ」
「レヴィアースか? 長いし呼びにくい」
「……短縮でレヴィだけでいいから」
「じゃあレヴィだな。まあ今は名前も変えているんだろう? レヴィアース・マルグレイトのままじゃ生きていけないもんな?」
「まあ、そうだな」
レヴィアース・マルグレイトは死んでいる。
死者の名前をそのまま使って生きていくには、レヴィアース・マルグレイトの名前は有名すぎるのだ。
だからこそレヴィン・テスタールというかりそめの名前で生きている。
レヴィという自分の呼び名だけを残して、後は誤魔化しの名前でしかない。
しかしその名前で生きる年月が長くなれば、その内馴染むのかもしれない。
「この件が終わったらまた戦おうぜ」
「面倒だから断る」
ハロルドと戦うだけならばそれほど面倒でもないのだが、その流れで全員との模擬戦を行う羽目になった過去を思い出してげんなりするレヴィ。
連戦は疲れるからお断りだと訴えているのに、負けるところを見てみたからといってとにかく疲れ果てるまで戦わせたことがあるのだ。
流石にやってられなくなったレヴィは十連戦を終えたところで残り全員まとめてかかってこいと宣言してから、バスターブレードの連発で全滅させたという凄まじい戦歴を持っている。
一対多数は必殺技を持つレヴィにとっては好都合なのだが、瞬殺されたリーゼロックPMCの面々はより一層対抗心を燃やしてしまい、更に戦えと迫られたことがあるのだ。
当然、レヴィは逃げた。
マーシャとトリスの部屋まで逃げ戻り、疲れた身体に二人分のもふもふを堪能してから疲れを癒やしたのだ。
そんな過去を持つので、当然、ハロルド達と戦うのは嫌がるレヴィだった。
戦うのは嫌いではないのだが、バトルジャンキーを相手取るのはかなり疲れるので遠慮したいというのが正直なところだった。
「残念だったな」
しかし嫌がるレヴィを見てハロルドがニヤリと笑う。
「え?」
「今回の件で俺たちが手を貸す条件として、レヴィと戦うことも報酬に含まれているのさ」
「んな……」
「ちなみに提案したのはマーシャちゃんだ」
「なぬ……」
ギギギギギ……という効果音を鳴らしながらマーシャへと振り返るレヴィ。
「あ、あはは。まあ、要請されたら断れないよな……」
マーシャは気まずそうに視線を逸らした。
レヴィに内緒でそんな約束を取り付けてしまったことを後ろめたくは思っているらしい。
しかしそれが条件だと言われたら断れない。
マーシャ自身も格好いいレヴィを見たいと思っているからだ。
命の危険が無い戦いならばどんどん放り込みたいというのがマーシャの本音でもあった。
『星暴風《スターウィンド》』として格好いいところを見たいというのは、レヴィに憧れているマーシャにとって当然の欲求でもある。
「お、俺を売ったのかっ!?」
「レヴィ一人で腕利きが三十人も来てくれるんだから、安い買い物だよな?」
今回連れてきたPMCの腕利き戦闘機操縦者は三十人。
確かに安い買い物だった。
「他に言うことはないのかっ!?」
せめてもう少ししおらしい謝罪とかがあって欲しいと思うのは、それほどまでに贅沢なことだろうか。
涙目でマーシャを見るレヴィだが、曖昧な笑顔で交わされた。
「まあ、許せ」
「後でいっぱいもふってやるーっ!!」
「……まあ、それでいいならいいけど」
結局、それで許してしまうレヴィがアホに見えてしまうのだった。
それで許してくれるレヴィが好きだとも思う。
こんなアホな日常に、トリスが加わってくれたら、きっともっと楽しい。
だから、絶対に取り戻す。
マーシャはそう誓っていた。
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