シルバーブラスト

水月さなぎ
水月さなぎ

猛獣美女の大暴れ7

公開日時: 2021年3月16日(火) 07:05
文字数:3,643

「っ!!」


「っ!!」


 レヴィとオッドの表情が強ばる。


 思わず叫びそうになったが、辛うじて堪えた。


 自分達の姿が映っていないか心配になったが、マーシャは大丈夫だと手を振った。


 どうやらこちらからのカメラはマーシャの姿しか映していないらしい。


 グレアス・ファルコンには復讐するつもりだが、エミリオン連合本部とも通信可能な現在の状況で、自分達の生存を明らかにするのはどう考えても不味かった。


 それをするなら、まずは通信封鎖を行ってからだ。


 その辺りはシャンティに任せればいいと考えている。


「こんなところまで女性をストーカーとは、ご苦労なことだな、グレアス・ファルコン准将。エミリオン連合軍というのは、よほど暇人の集団らしい。いや、ストーカーだから変態の集団というべきかな?」


『………………』


 露骨な毒舌に顔をしかめるグレアス。


 レヴィ達もドン引きしている。


 技術を狙う相手に婦女子のストーカー疑惑を押しつけたのだから、無理もない反応だ。


 しかし女子供を付け狙って、地上どころか宇宙まで追いかけ回しているのだから、あながち否定は出来ないだろう。


『いい加減、逃げ回るのは止めたらどうだ。地上では大がかりなことは出来なかったが、宇宙空間では別だ。お前達はそのちっぽけな船一隻、こちらは旗艦を含めて八隻の軍艦だ。結果は見えているだろう。大人しくその船とマテリアルを渡して貰おうか』


「そう言われて大人しく渡す訳がないだろう。これは私の技術であり、私の船だ。私の財産で建造したものだぞ。どうしてそれを、お前達にタダで譲ってやらなければならないんだ?」


 もっともな意見だった。


 どう考えてもマーシャが正しい。


 スパイとして潜り込んで、その技術を盗み出したというのならまだ健闘したなと言ってやってもいいのだが、情報だけ手に入れて完成してからタダで奪い取ろうというのは、いくら何でも都合が良すぎる。


『最初の段階で交渉はした筈だ。それなのに、最初から取引すらしようとしなかったのはお前だろう。マーシャ・インヴェルク』


「それはそうだ。一般の宇宙船五隻程度の値段で、最新技術の塊であるこのシルバーブラストと、最新技術の塊である電脳魔術師素体《サイバーウィズマテリアル》を渡せる訳がないだろう。私の正体が亜人だと分かってからは、徹底的に見下した交渉をしてきた癖に」


『当然だろう。亜人ごときと真っ当な取引をするつもりはない。金を払ってやるだけありがたく思え』


「生憎と、そんなことにありがたみを感じるような特異な感性は持ち合わせていない。欲しければ力ずくで奪い取ることだ。先ほどまでもそうやって襲いかかってきたし、これからもそうするつもりだろう?」


『戦いになると思っているのか?』


「お前の方こそ、私とシルバーブラスト、そして何よりもシオンが揃っている状況で勝てると思っているのか?」


『………………』


 グレアスの方は不快そうに舌打ちした。


 亜人ごときが自分の思い通りにならないのが腹立たしいのだろう。


 彼は元々中央の所属であり、このような辺境に飛ばされること自体納得していない。


 特に失態をやらかした覚えも無いのに、これといった成果が無いという理由で中央の出世ルートから外されてしまった。


 出世欲と権力欲の塊であるグレアスは、それが面白くない。


 何としてでも中央に戻らなければならないと思っている。


 その為には力が必要だった。


 辺境にも何らかの情報はあるだろうと、それなりに網を張って調べていたら、マーシャ・インヴェルクという名前が出てきた。


 惑星ロッティ最大の企業であるリーゼロック・グループの宇宙船開発部門に何度か技術提供をしている女の名前だった。


 亜人だと知った時には驚いたが、それよりもマーシャの残した成果の方が驚きだった。


 ここ二年の技術提供は、軍事利用するに相応しい、高度なものだった。


 リーゼロックはエミリオンとの取引だけではなく、他の惑星との軍用兵器取引も開始している。


 その全てがマーシャの手柄という訳ではないのだが、それでも彼女が重要な技術を握っていることは確かだった。


 本来ならば技術顧問として招聘して、自分のところで囲い込みたいのだが、亜人だと知った時点でその選択肢は消えた。


 彼にとって、亜人とは滅ぼされた劣等種であり、獣と変わらない扱いだ。


 そのような者に礼を尽くすなど、あり得ないという考えだった。


 しかしマーシャの持つ技術は見逃せない。


 だから奪い取る。


 こちらが優位に立つ取引を生意気にも撥ね付けるのならば、圧倒的戦力差で叩き伏せ、服従させる。


 グレアスはそのつもりだった。


 しかしこの後に及んでマーシャの態度は変わらない。


 二十歳にもならない生意気な小娘、いや、獣ごときが自分の意志に逆らおうとしている。


 それが気に入らなかった。


「ここで戦うとお互いに具合が悪いだろう? 少し移動しようか」


『そう言って逃げるつもりか?』


「お前の所業がスターリット軍に筒抜けになってもいいというのなら、ここで戦ってもいいけどな」


『……いいだろう。監視衛星の影響が無いところまで移動する。ただし、逃げても無駄だ。どこまでも追いかけるからな』


「逃げるつもりはないさ。いい加減、ストーカーされるのも面倒になってきたからな。ここでけりを付けてやる」


 逃げようと思えばいつでも出来る。


 のろまな軍艦など置き去りにして、シルバーブラストの最大加速を行えば、誰も追いつけない。


 しかしマーシャには逃げるつもりなどなかった。


 ストーカーされるのが面倒になってきたのも本当だが、逃げても追いかけてくるし、どこまでもつきまとわれるのならば、ここでけりを付けた方が面倒が無いと考えているからだ。


 それに、戦いたい気分でもあった。


 亜人差別には慣れているが、それでも傷つかない訳ではない。


 侮蔑の視線に、心が何も感じない訳ではないのだ。


 その態度は表に出さなくても、辛い気持ちになっているのは事実だ。 


 だから反撃する。


 屈服だけはしない。


 マーシャはずっとそうやって生きてきた。


 物心ついた頃から、ずっとそうやって戦ってきた。


 仲間が死んで、たった一人の仲間であったあの少年がいなくなってからも、その意志は変わらなかった。


 だからこそ、戦う。


 逃げたりしない。


 それがマーシャの意志だった。


 それに、今はレヴィがいてくれる。


 幼い頃から、ずっと憧れてきた英雄。


 絶望の底から自分を救い出してくれた、唯一の光。


 いつか隣に立ちたいと願い続けてきた存在が、自分と一緒に戦ってくれる。


 そうなるように仕向けたことは確かだが、レヴィが一度きりであっても宇宙に戻ってくれるかどうかは賭けだった。


 そしてマーシャは賭けに勝った。


 グレアス・ファルコンとの因縁が最も大きな理由だろう。


 しかし、その中にマーシャ自身を守りたいという気持ちもある。


 レヴィがそういう人間であることを、マーシャは知っている。


 だからこそ嬉しかった。


 レヴィがいてくれれば、何も怖くない。


 心からそう思える。


 何でも出来る。


 そんな万能感があった。


「さてと。じゃあ俺も行こうかな」


 レヴィが立ち上がる。


 移動が完了すれば、いつ戦闘が始まるか分からない。


 だからこそレヴィも準備しておく。


「おっと。その前にマニュアルの方を貰っていいか?」


「マニュアル?」


「この船にある戦闘機の操縦マニュアルだよ。あるんだろう?」


「もちろんあるが、必要なのか?」


「あのなぁ。俺が戦闘機に乗っていたのは何年も前の話だぞ。操縦席の仕様が俺の知っている頃と変わっていたら、その差違を補う必要があるじゃないか」


「それなら心配無いと思うぞ」


「何?」


「行ってみれば分かる。マニュアルもコンソールから呼び出せるから、必要ならそうしてくれ」


「まあ、あんたがそう言うならそうしてみるか」


「大丈夫だ。レヴィの為に用意した特別機《エクストラワン》だからな。きっと乗りこなせる」


「俺の為に?」


「行けば分かる」


「………………」


 マーシャはレヴィに笑いかける。


 不敵な笑みだったが、少しだけ幼い笑みでもあった。


 随分と懐かしい。


 全部が終わったら、ゆっくりと話したい。


 その為にも、ここは乗り切らなければならなかった。


「じゃあ、行ってくる」


 あの時と同じように、レヴィはマーシャの頭をくしゃくしゃと撫でた。


「うん」


 マーシャはレヴィを見上げて嬉しそうに笑う。


 子供の頃と変わらない、あどけない笑顔。


 もう一度、いや、何度だって見ていたいと思えるものだった。


 マーシャは真っ直ぐに自分を信じてくれている。


 その信頼には是非とも応えたい。


「戻ってきたら俺にもその尻尾、もふらせてくれよな」


「相変わらずだな」


「だって気持ちよさそうだし」


「まあいい。ただし、負けたらもふらせないからな」


「おう。俄然やる気が出てきたなっ!」


「………………」


 そんな理由でやる気を出されても困るのだが、あの頃みたいに尻尾をもふもふされるのは悪い気分ではなかった。


 傍に居るのが当たり前に思えた、短い時間。


 あの時間はマーシャにとっても宝物だった。


 だからこそ、一瞬でも取り戻せるのなら、それはとても楽しみだったのだ。




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