そしてシオンの手を引いてから風俗エリアを出る。
何故かずっと怒っているのだが、手を離そうともしないので、嫌われている訳ではないらしい。
「何を怒っているのかは分からないが、何も言わなければ分からないぞ」
「………………」
何とか話を聞こうとするのだが、シオンは俺を睨み付けてくるだけだ。
翠緑の瞳に涙を滲ませている。
どうしてそんな顔で睨まれるのか、さっぱり分からない。
俺が何をしたというんだ。
少なくとも、シオンの気に障るようなことをした覚えはない。
いや、まあ、幼い女の子の前で風俗店を利用するところを見られたのだから、多少は悪いことをしたという気になったりもしているが、それはシオンが付いてきたからこそ起こったことであり、俺に非があることでもないような気がする。
シオンが立ち止まって、俺をキッと睨みつける。
「シオン?」
「オッドさんの馬鹿ーっ!」
「?」
何故かぽかぽかと殴られた。
小さな手なので大したダメージにはならないが、それでもいきなり腹をぽかぽか殴られれば黙っていられない。
「ちょっと待て。落ち着け。何をそんなに怒っているのかは分からないが、いきなり殴られるのは理不尽だ。話があるのならちゃんと聞くから、暴力はやめろ」
「う~……」
むくれるシオンの手を引いて、公園の方へと移動する。
夜の公園もあまり教育上よろしくない感じなのだが、他に落ち着ける場所も無い。
喫茶店などは閉店しているし、涙目の女の子をレストランに連れ込むのもどうかと思うし、かなり対応に困ってしまう。
自販機で飲み物を買ってきて、温かいミルクティーをシオンに渡す。
俺はブラックコーヒーを選んだ。
「それで、何をそんなに怒っている? 俺には訳が分からないんだが」
「オッドさんが悪いですです」
「……意味が分からないんだが」
「……違うです。何も言わないあたしが悪いですです」
「………………」
どうもさっきから会話が成立していない気がする。
「話を戻すが、どうして一人であんなところにいたんだ?」
癇癪を起こしかけている子供に接する時は根気が必要だ。
俺はそれを理解していたので、根気よく尋ねていく。
「オッドさんを追いかけてきたです」
「どうしてそんなことをしたんだ?」
しかもこっそりと追いかけてくる理由が分からない。
場所が場所なだけに、こっそり付いてこられるのもかなり困る。
「何処に行くか気になったからです」
「………………」
気になったという理由だけで風俗店まで追いかけられてはたまらないのだが。
しかも今日の俺はかなりぼんやりしていた自覚があるので、いつもなら簡単に気付ける筈の尾行にすら気付けなかった。
いや、シオンのそれは未熟すぎて尾行とすら言えないだろう。
それは俺の失態なので文句を言うつもりはなかったのだが、追いかけられる理由の方が分からないので困ってしまう。
「………………」
返す言葉が見つからなくて、かなり困ってしまう。
シオンは何故か睨んでくるし、俺としては勘弁してくれと言いたくなる。
気を紛らわす為にもコーヒーに口を付ける。
口の中に広がる苦みが心地いい。
気まずい空気の中に慣れ親しんだ味があるというのは、どこか安心出来る。
「オッドさんはいつもあんなところに行ってるですか?」
気まずかったのはシオンも同じだったらしく、随分と勢いよく切り込んできた。
そういうことを子供から訊かれても返答に困ってしまうのだが、店に入ろうとしているところを目撃された後では今更か。
「まあ、それなりに利用はしている」
「頻繁に?」
「……人をなんだと思っている。そこまで欲求不満が溜まっている訳じゃない。いろいろ溜まった時に利用しているだけだ」
「溜まるって、何がですか?」
「……分かっていて訊いているだろう?」
あどけない翠緑で見上げながら訊いてくると、何も知らない純真な少女に見えなくもないが、あれだけ問題発言を連発しておいて、今更それは無い。
わざとに決まっている。
「ちょっと言わせてみたかっただけですです」
「………………」
悪戯っぽさが戻ってきたのは喜ばしいが、それでも悪戯の内容が酷すぎる。
せめてもう少し下ネタ方向からは逸れて欲しい。
「つまりオッドさんは欲求不満を解消する為にああいうお店を利用しているだけであって、レヴィさんみたいな絶倫さんじゃないってことですね?」
「……まあ、そうだな」
絶倫呼ばわりされているレヴィが哀れだと思ったが、よくよく考えて見ると最近のレヴィは……あまり否定出来ないのかもしれない。
マーシャに対する愛情が本物だからこそ求めたくなるのだろうが、割と頻繁に……いや、これ以上は考えない方がいいだろう。
「でも欲求不満を解消する方法なら他にもあるですよ?」
「他にある、と言われてもな。街中で適当に女性を引っかけるのは趣味ではないし。レヴィのように特定の相手がいる訳でもない。俺の場合はこれが妥当だろう」
「右手とお友達になるとか。本とか映像とか」
「………………」
どうしてそんな虚しいことをしなければならないんだ。
というか、そんな言葉をシオンの口から聞きたくない。
いや、これも子供に対する理想の押しつけになるかもしれないから、無理に矯正するのは良くないのかもしれないが。
それにしても、シャンティの悪影響が酷すぎる。
あいつには一度きっちり話し合い……もとい説教してやらなければならないのかもしれない。
「つまり、誰でもいいってことですよね?」
シオンの表情に少しだけ軽蔑の色が混じっていて凹んだが、事実なので否定はしなかった。
女の子がこういう話題に嫌悪感を抱くのは仕方が無い。
自分から振っておいてそれは酷いと思わなくもないのだが。
「男の人は好きじゃない女の人でも平気で抱けるですね……」
「それを言われると痛いが、まあ男なんてものはそういう生き物だ。レヴィだってマーシャと会う前までは結構気軽にあちこち手を出していたぞ。来る者拒まずの性格だったからな。二人三人と同時に付き合っていたことも少なくはない」
「………………」
シオンがかなり嫌そうな顔になった。
子供になんて話をしているんだ……と後悔しかけたが、いろいろな意味で手遅れなので諦めておいた。
それに下ネタを暴露しまくっているシオン相手では今更かと思い直す。
「オッドさんには特別な相手はいないですか?」
「いないな」
「特別な相手がいなくても、適当な誰かに手を出して欲求不満を解消しているですね」
「……恐ろしく棘のある言い方が気になるが、まあその通りだ」
さっきからちくちくと地味に攻撃されている気がする。
気まずさを紛らわしたくて、再びコーヒーに口を付ける。
ごくごくと飲んでいるので減りが早い。
もう一杯ぐらい必要かもしれないと考えていると、直後にとんでもない爆弾をぶつけてきた。
「だったらあたしでもいいですよね?」
「っ!?」
ぶはっ! と盛大にコーヒーを噴き出した。
なんてことを言い出すんだ。
いや、幻聴だと信じたい。
自分の耳がおかしくなったのだと思いたいのだが……
「誰でもいいならあたしで駄目な理由は無いですよね?」
「待て待て待てっ! どうしてそういう話になるっ!?」
ハンカチを取り出して口元を拭いてから、俺は迫ってくるシオンにたじたじになる。
つぶらな瞳で見上げてくるのは止めて欲しい。
きらきらと期待に満ちた表情で迫るのも止めて欲しい。
どうしてこうなった?
どこで会話の運び方を間違えた?
分からない。
俺にはさっぱり分からない。
「誰でもいいならあたしでもいい筈ですですっ!」
「そんな訳あるかっ!」
「どうしてですかっ!」
「どうしてもこうしてもないっ! 大事な仲間で性欲処理なんか出来る訳がないだろうっ!」
「あたしは構わないですですっ!」
「俺が構うわっ!」
興奮気味のシオンは鼻息荒く俺の膝に乗ってくる。
そして更に迫ってくる。
……勘弁して欲しい。
改めて、どうしてこうなった?
俺は何を間違えた?
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