「あたしはそんなに魅力がないですか?」
「それ以前の問題だ。子供にそんなことが出来る訳がない」
「それはオッドさんがロリコンになれば済む話ですですっ!」
「誰が好きこのんでそんなものになるかっ!」
不毛な言い合いが続いている。
というか、俺をロリコンにするのはやめて欲しい。
そんな趣味も無ければ意志もない。
公園で言い合いを続けているので、周りの視線が集まってくる。
幼女に迫られるおっさん……という図はそれなりどころではなく注目されてしまうらしい。
まあ、当然だな。
俺自身が通りすがりの立場でもドン引きするのは間違いない。
それに気付いた俺は取り敢えずシオンを引き剥がす。
「取り敢えず離れろ」
「嫌です」
「無駄に目立っているから離れろと言っているんだ」
「う~」
目立つのは本意ではないようで、渋々ながら離れてくれた。
シオンは不満そうに唸っているが、それを気にしている余裕も無い。
「そもそも、どうしてそんな話になる?」
「嫌だからです」
「何が?」
「だから、オッドさんが特別でも何でもない相手を抱くのが嫌だからです」
「それは、シオンには関係ないことだろう」
そういうことに嫌悪感を持つのは分からなくもないが、俺にとっては必要なことだったので、それを理由に止めるつもりはなかった。
人間にとって食欲と睡眠、そして性欲はどうしようもないものだ。
我慢しようとして出来るものではない。
いや、出来ないこともないのだが、それは後々の為にならない。
溜め込むよりはどこかで発散させる方が健全なのだ。
無理をして我慢すると、身体に変調を来してしまう場合もあるので、俺自身も適度に発散するように心がけている。
レヴィのように特別な相手がいないからといって、そこまでストイックになるつもりもなかったので、俺は自分なりに折り合いを付けてこのやり方を選んでいるのだ。
それをシオンにどうこう言われる筋合いはない。
しかしシオンも簡単には引き下がってくれないだろう。
譲れないものがあるからこそ、ここまでやってきてしまったのだろうから。
しかしそれが何なのかが分からない。
「関係あるですです」
「?」
予想外に強硬な主張をされたことで、更に戸惑う。
どうして関係があるのか、さっぱり分からなかった。
「あたしがオッドさんを好きだから、関係あるですですっ!」
「は……?」
今度はフリーズしてしまう。
今のはもしかして告白というやつだろうか。
それにしてはいきなりすぎる気もするが。
以前も似たようなことがあったが、あれはあくまでも食事を作って欲しいという欲求から出た言葉だった。
俺自身への恋心ではないことが明白だったので、何とか宥めて諦めさせることが出来たのだが、今回はどうも違うらしい。
シオンを見ると、いつもとは違う必死な表情だった。
潤んだ翠緑の瞳は真っ直ぐに俺を見つめていて、身体は震えている。
精一杯の勇気を振り絞っているのが分かってしまう。
きっと本気なのだろう。
この様子を見て冗談だと誤魔化すことは出来ない。
「あたしは、オッドさんが好きです」
「………………」
改めて言葉にされることで、更なる驚きが胸の内に広がる。
シオンをじっと見ると、真っ直ぐに見つめ返された。
「どうして、俺なんだ?」
まさかこんなことを言われるとは思わなかった。
しかし今更疑うつもりもない。
彼女の態度を見れば、その気持ちが本物であることは疑いようがない。
ここで疑うことは、とても残酷なことだということぐらい、俺にも分かっている。
「理由なんて、よく分からないですよ。オッドさんの隣にいて、ずっと見ていたら、気がついたら好きになっていたですです」
「………………」
「だから好きな相手がいるのならともかく、そうでもない相手を性欲処理の為に抱こうとするのは黙っていられないですよ。あたしはオッドさんのことを好きだから、文句を言う権利があるですですっ!」
「どんな権利だ……」
滅茶苦茶な理屈だ……と思いながらも感情の部分では納得させられる意見でもあった。
要するに、嫌なものは嫌だという、単純な真理なのだろう。
そこに理屈は必要無い。
ただ、譲れないという感情がそこにあるだけなのだ。
シオンの立場になってみれば納得は出来る。
好きな相手が自分を差し置いて、どうでもいい相手に手を出していたら、それは面白くないと感じるだろう。
嫌だと感じることを責められない。
「だから誰でもいいならあたしを抱いて欲しいですです」
「……それとこれとは別問題だ」
無茶言うなと訴えたい。
理屈としては分からなくもないのだが、シオンの幼い身体に手を出すなど、どう考えても無理だ。
外見年齢は十五歳なので、まあ、ギリギリ許容範囲……無いな。
断じて無い。
胸のサイズも控えめだし。
何よりも中身が本当に幼女なのだ。
そこで手を出したら俺の中で何かが終わる。
人間として致命的な何かが終わる。
二度と取り戻せないものを失ってしまうような気がする。
それは駄目だ。
「大体、シオンはそれでいいのか? 仮に俺を好きだとしても、俺はシオンのことをそんな風には見ていない。好きでもない相手の一人として抱かれて、それで本当に平気なのか?」
「そこは妥協するです」
「そんな妥協はしなくていい……」
頭痛のオンパレード状態だった。
もう勘弁して下さいと言いたくなる。
「仕方無いです。オッドさんが他の相手に手を出すのは嫌ですし。でもあたしはこの気持ちを我慢出来ませんし。だったら想われていなくてもあたしに手を出してくれた方がマシですです」
「どうしてそうなるんだ……」
理屈は通っているように見えて、よくよく考えると滅茶苦茶だ。
本気で頭を抱えたくなった。
既に肩はがっくりと落ちている。
頭もがっくりと落ちてくる。
誰か助けてくれと訴えたい。
しかしここに助けてくれる人はいない。
最も助けを求めたいのはレヴィだが、彼はきっと面白がるだけで、助けてはくれないだろう。
むしろシオンの背中を押しそうで怖い。
「生憎と、子供に手を出すほど飢えてはいない」
「飢えていない割にはお店の女の人には手を出すですね」
「……悪いか。男として当然の欲求に従っているだけだ」
開き直りとも言うが、こんなことを子供に説明している自分が嫌になる。
別の意味で助けて欲しい。
しかし助けは来ない。
どんな試練だ……と嘆きたくなる。
話題を切り替えたいところだが、その話題も思いつけない。
俺はこんなに駄目駄目だったのか。
今更ながら自分の馬鹿っぷりに気付かされて嫌になる。
「当然の欲求ならあたしでもいいじゃないですか」
「良くない……」
「何でですか?」
「………………」
子供だから、という理由だけでは引き下がってくれそうにない。
ならばもう少しだけ本音を晒す必要があるのかもしれない。
少なくとも、その場しのぎの言い訳を思いつけるほどに器用ではないし、子供とはいえ真剣な想いをぶつけてくれるシオンにそんなことはしたくなかった。
やはり俺は不器用なのだろう。
「言っておくが、こだわりなく女性を抱いているということは、その相手を性欲処理の道具として見ているということだぞ。向こうもそれを理解しているし、それが仕事だと割り切っている。だが大事な仲間に対してそんな扱いは出来ない。それぐらいのことは理解してくれてもいいと思うが?」
「………………」
「それが理由だ。理解したか?」
「理解はしましたけど、納得はしていないですです」
「……おい」
「大事な仲間だと言ってくれるのは嬉しいです。道具扱いは出来ないってことは、大切にしてくれているってことでもあるんですよね?」
「当然だ」
「あたしも道具扱いされたい訳じゃないです。でも、オッドさんを諦めるのも嫌なんです。だから、好きになって貰えるように努力するです」
「………………」
「あたしの何処が駄目ですか? 悪いところがあったら直しますから、教えて欲しいですよ」
「どこ……と言われてもな。それ以前の問題だ。子供を相手にするほど特殊な趣味はしていないんだ」
「あたしが子供なのは仕方無いですです。生まれたばかりですし。でも子供だっていう理由だけであたしの気持ちまで否定して欲しくないです」
「………………」
その言い分ももっともだった。
シオンはただの子供ではない。
人間の子供のように未熟な精神はしていないし、シルバーブラストの航宙管制に関しては大人顔負けの判断力を有している。
生まれが特殊であることと、役割が特殊であることによって、その精神を一歳児と同様に扱うことは出来ないだろう。
それは俺にも分かっている。
しかしそれを考慮しても、シオンの精神年齢は十代前半がいいところだと思う。
だからこそ人を好きになるということがどういう意味を持つのか、おぼろげながらも理解しているだろう。
すぐ傍でマーシャとレヴィの様子を見ていれば、理屈だけではなく、感覚としてそれがどういうことなのかも理解している筈だ。
だからシオンの恋心を子供だという理由だけで否定することは出来ない。
それはシオンに対する最大の侮辱でもある。
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