「でもレヴィさんと恋人同士になってから、あたしはマーシャをもふもふ出来る回数が減ったですよ。あたしのもふもふだったのに」
ぷくっと膨れるシオン。
もふもふを独り占め出来ないのが面白くないらしい。
その理由もどうかと思うが、マーシャとシオンが仲のいい姉妹同然の関係であることは間違いないようだ。
「トリスに頼んでみたらどうだ? あっちの方が大きいぞ」
「トリスさんですか~。なんか怖くて近付きづらいですよ」
「……それはまあ、そうだな」
最近では随分と丸くなったが、それでも荒んでいた頃の名残が残っている。
子供達はそれでもトリスと仲良くやっているようだが、シオンはまだ怖がっている。
「それにあたしはもふもふも大好きですけど、マーシャ込みで大好きですから、やっぱりマーシャをもふりたいですよ」
「なるほど」
もふもふならそれでいいという訳ではないらしい。
シオンなりのこだわりなのかもしれない。
その点、レヴィは見境が無い。
トリス相手でもナギ相手でも徹底的にもふもふする。
いつか見知らぬ亜人女性をもふもふしそうで恐ろしい。
「あ、片付けぐらいはあたしがやるですよ」
「なら頼む」
話し込んでいたが、いつの間にか食器は空になっていた。
作ったのは俺なので、片付けぐらいはやるという意見は公平だったので任せることにした。
小さな身体で一生懸命食器を運んでいく様は微笑ましい。
少しばかり危なっかしく映るが、それも含めて微笑ましい気持ちになるから不思議だ。
ぱたぱたとした足音を立てながら台所に向かうのを確認して、ソファに寝転がった。
空腹が満たされると眠くなる。
食べた後すぐに寝るのは身体に良くないと理解しているが、たまにはこういう怠惰な時間を過ごしたくなる。
そういう時は欲求に逆らわず、のんびりすることにしている。
夢見が悪かった所為もあるのかもしれない。
眠ったのに余計に疲れている感覚がある。
こういう時は暗いことよりも、くだらないことを考えた方が気分も上昇するかもしれない。
ちょうどシオンの姿を見て少しばかり和んだことだし、何かくだらないことでも考えてみよう。
「………………」
真っ先に思い浮かんだのがもふもふマニア姿のレヴィだった。
くらだないレベルが跳ね上がったが、思い浮かんでしまうとなかなか消えてくれないのが困りものだ。
しかしあの姿をずっと見ていたい自分もいる。
残念な一面ではあるが、今のレヴィは実に幸せそうだ。
マーシャにもふもふしている時のレヴィは緩みきっているが、生き生きとした表情がめまぐるしく変化している。
心から幸せを実感している姿だと、見ているだけで分かる。
俺はああいう日常に身を置くレヴィの姿をずっと見たかったのかもしれない。
先ほどまでの夢を思い出して、改めて思う。
もう二度とあんな地獄を味わってもらいたくないし、あんな絶望的な表情をさせたくはない。
普段がどれだけ残念なもふもふマニアであっても、昔のカリスマ指揮官だったレヴィよりも、今のアホなレヴィの方が好ましい。
ああいうレヴィで居て欲しいと思う。
この騒がしくも賑やかで、手のかかる家族のような集まりで過ごす賑やかな日常が、とても愛おしくて大切だと、心から思う。
出来ることなら、一日でも長く続いて欲しい。
「………………」
いつの間にか再びうたた寝していたらしい。
洗い物の音は消えていて、シオンが再び俺の上に乗っていた。
「……どうした?」
どうして俺の上に乗るのだろう。
乗りやすい空気でも出しているのだろうか。
「オッドさんが変な顔をして眠っていたから、面白くて眺めていたですよ」
「………………」
随分な言われようだった。
変な顔って……。
どんな顔だ。
顔の造形はそこまで変なつもりはないのだが。
割と普通というか、どこにでもいるレベルの顔のつもりだ。
それよりも少女が自分の上に乗っているという状況が困りものだ。
誰かに見られたら誤解を招きかねない。
これが妙齢の美女ならばそれなりに大歓迎なのだが。
「変な顔とは?」
「えーっと、眉間に皺がよったり、難しい顔になったり、すぐに緩んだ表情になったり。百面相って感じでしたね~」
「………………」
それも随分な言われようだった。
しかし言いたいことは理解した。
「眉間に皺を寄せると良くないですよ」
シオンの小さな指がぐりぐりと眉間をつついてくる。
「………………」
遊ばれているのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
ほぐそうとしてくれているようだ。
「そうだな。気をつける」
「はい。気をつけて欲しいですです」
にこっと微笑みかけてくる無邪気な笑顔。
翠緑の瞳は俺の内側までそのまま映し出してしまいそうで、少しだけ居心地が悪かった。
くしゃくしゃとシオンの頭を撫でてから、ゆっくりと引き剥がす。
「嫌なことを思い出したり、逆のことを思い出したりして、少しだけぐるぐるとした気分になっただけだ。もう大丈夫だ」
「さっきは嫌な夢もみていたみたいですし、オッドさんはかなり夢見が悪いのかもしれませんね~」
「かもしれない。だが、昔よりはマシになっている。これも時間が解決してくれるだろう」
「そうなんですか?」
「ああ。昔はそんな夢しか見られなかったからな」
「それは悲惨ですね」
「ああ。そうだな」
確かに悲惨だ。
しかしそれも過ぎた過去だ。
今が幸せだと思えるのなら、乗り越えてきた過去も無駄ではない。
少なくとも俺はそう信じている。
レヴィもきっとそうだろう。
しかし幼い少女にそんなことを教える必要は無い。
辛い過去も、惨い記憶も、この幸せそうな笑顔には必要無い。
乗り越える必要すらない。
ただ、毎日をこうやって笑って過ごしてくれれば、それだけでいい。
大人が子供に願うのは、いつだってそんな幸せだろう。
シャンティはその出生から悲惨な過去を乗り越えざるを得なかった子供だが、シオンは同様の出生を持っていても、マーシャから慈しまれて育っている。
だからこそ、このまま真っ直ぐに成長して欲しい。
「今は幸せですか?」
「ああ」
「なら良かったですです。でも嫌な事って、どんなことがあったんですか?」
「それはシオンが知る必要の無いことだ」
「え~。そう言われると気になるですよ」
「知らない方がいいこともある」
「そういうものですか? 知識や情報っていうのはいつだってどんな時だって大事なものだと思うですよ」
「もちろん大事だ。だが全ての知識や情報が本人にとって有益だとは限らない。時には害悪となるものもある」
「たとえば?」
「他人の主観が入りやすい情報などだな。プライベートの記憶などはその最たる物だ」
「どうして主観が入りやすい情報だと駄目なんですか?」
「思い込みが事実をねじ曲げる場合もあるからだ」
「ん~。よく分からないです」
「まあ、分からなくていい。とにかく、他人のプライベートはあまり詮索しない方がいい」
「どうしてですか?」
「シオンが同じ事をされたらどう思う?」
「ん~。特に知られて困ることはないと思うですよ?」
「………………」
それも困る対応だった。
知られて困ることはないということは、後ろめたいことが何も無いということで、それはとても純真だということでもあるのだが、この対応は予想外だった。
「とにかく、駄目なものは駄目だ」
「む~」
「むくれても駄目だ」
「う~」
「唸っても駄目だ」
というよりも、俺の上でむくれたり唸ったりするのは止めて欲しい。
いい加減、降りて欲しいんだがな。
「えいっ!」
「っ!?」
そしてシオンは予想外というか、とんでもない行動に出た。
自分の着ているワンピースのボタンを一つ外したのだ。
「何をしているっ!?」
自分の上に乗った幼女……もとい少女が、いきなり服をはだけさせようとしているのだから驚くなという方が無理だった。
慌てて止めたので外れたボタンは一つだけで、大惨事にはなっていないが、それでも問題行動であることは間違いない。
「何って、もちろん色仕掛けですよ」
「………………」
問題行動の上、問題発言。
なんとかしてくれこの状況。
誰でもいいから心から助けを呼びたい気分だった。
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