シルバーブラスト

水月さなぎ
水月さなぎ

新しい人生 3

公開日時: 2021年6月13日(日) 10:35
文字数:5,609

 それから食事をしながらいろいろなことを話し合った。


 バイクを買ったとして、どれぐらいの荷物までなら運ぶことが出来るか。


 オプションを増やして積載量を変動することも考えたが、そうなると風の抵抗や車体の重心に変化がある為、万全な運転が出来なくなる可能性があるということで却下となった。


 バイクの運転についてはレヴィアースも学生時代に乗っていたので問題は無いということだ。


 他にも中型トラックの免許までは取得している。


 大型トラックの方はオッドが取得しているらしい。


 これは大型トラックに縁があったというよりは、士官学校の資格取得課程として存在していたらしい。


「士官学校でそんな資格が取れるとは思わなかったな」


「軍は物資の輸送も兼ねていますからね。士官クラスには大型トラックの運転技能が求められていたんですよ」


「俺はそんなことなかったけどなぁ」


「レヴィは叩き上げですからね。免除されていたんでしょう」


「なるほど。士官学校も短期で通わされたことならあるけど、流石に一ヶ月だと大型トラック免許は無理だろうしな」


「無理ではないでしょうけど。俺も一ヶ月で取りましたし。ただ、他にも学ばなければならないことがあったので、そういう意味で時間が足りなかったんでしょうね」


「なるほど。そうかもしれないな」


「特殊荷物の配達が足りない時は、俺も大型トラックで手伝います。そうすればしばらくはなんとかなるでしょう」


「そうだな」


「レヴィが配達をしている間、こちらは個人の運び屋としての土台を固めていきますので、あまり手は貸せませんが」


「いいさ。そういう細かい部分は任せるから、存分にやってくれ」


「そうさせてもらいます」


 雑務はオッド、動くのはレヴィアースという流れになった。


 お互いの役割分担がはっきりしたので、バイクも購入することになったのだ。


 ヘルメットは二つ購入して、レヴィアースが運転、オッドが後ろに乗ることになった。


 そしてマンションまでの短いツーリングが始まる。


「どうだ?」


「スムーズですね。これなら安心して任せられます」


「だといいけどな」


 レヴィアースの運転は二人乗りとは思えないぐらいにスムーズだった。


 ここまで安定した運転ならば配達を任せても大丈夫だろう。


 本気を出せばもっと際どい運転もこなしてくれそうだが、それは一人の時にやってもらいたい。


 安全運転でマンションまで戻るのだった。







 そして更に一ヶ月後には、運び屋としての土台を築き、順調なスタートを迎えることになる。


 個人の運び屋として営業するにあたって、問題なのは知名度と集客だったが、それについては下請けの際の活躍が役に立った。


 自分から進んで、誰もやりたがらない危険荷物や特殊荷物を運び続けたレヴィアースは、たった一ヶ月で五百万を越える金額を稼ぎ出したが、それだけの数をこなしていたレヴィアースが抜けた穴は大きかった。


 ずっとレヴィアースが下請けで働いてくれることを期待していた大手宅配会社は、調子に乗って上限以上の特殊荷物や危険荷物を引き受けることになったのだ。


 そしてレヴィアースが独立する為にあっさりと契約を切ることを宣言すると、引き受けた仕事の割り振りに困り果てた宅配会社が、自社の利益を少なくしてでも、外部であるレヴィアースの会社に依頼することになったのだ。


 つまり、やっていることは全く変わっていないが、運び屋としての土台は既に作り上げることが出来ていたのだ。


 オッドはその際の事務処理を担当し、護衛が必要な荷物ならば車で同行して運ぶことになった。


 銃撃戦になることは滅多に無かったが、それでもオッドがいるお陰で荷物を護り抜くことが出来たこともある。


 お互いがお互いを必要としている現状は、とても満足出来るものだった。


「レヴィ。今日の荷物は三つです。まとめて行きますか?」


「おう。ルート作成の方は?」


「出来上がっています」


 依頼先から預かった小型の荷物を、衝撃吸収、防水、防弾機能に優れた大型リュックへと詰め込む。


 三つとも収まるので、一気に配達することにしたのだ。


 そしてオッドはレヴィアースが最短ルートで目的地へと辿り着けるように、携帯端末にナビデータを送り込んだ。


 これで彼の仕事は終わりだ。


「じゃあ行ってくる」


「ええ。行ってらっしゃい」


「今日はシチュー系がいいな」


「分かりました。この後仕込んでおきますので、戻る頃には出来上がっています。期待していて下さい」


「おう。期待する」


 まるで妻に食べたいものをねだる夫の図だが、もちろんそんなつもりはない。


 ここ最近、オッドの料理の腕前は急激に上昇している。


 家庭料理レベルだったものが、ちょっとしたレストランレベルにまで上がっているのだ。


 サポート役を自認するだけあって、こういう部分ではかなり凝った仕事をしてくれる。


 最初は要介護者並の駄目人間扱いされて、一緒に暮らすようになったことが多少不満だったが、今となっては離れることなど出来ないぐらいに胃袋を掴まれている。


 オッドの方もレヴィアースが喜んでくれるのが嬉しくて、もっと凝った料理を作るようになった。


 これはもちろん恋愛感情とは別物だ。


 単純に、自分の料理を喜んでくれる誰かがいてくれることが嬉しいのだ。


 きちんと役に立てていることを実感出来るのが嬉しい。


 危険をレヴィアースに押しつけている状態が続いているが、それでも昔と較べるとレヴィアースは少しだけ楽しそうだった。


 時々空を見上げて寂しそうにしているのは、戦闘機を思い出しているからだろう。


 どうしようもない問題だが、時間が解決してくれるだろうと思っている。


 今はそれなりに平穏なこの生活を大切にしていきたい。


「じゃあ行ってくる」


「はい。行ってらっしゃい」


 オッドの見送りを受けてから、レヴィアースはバイクで飛び出した。


 スターリットの道をバイクが走っていく。


 下請けと個人の運び屋としてスターリットの道はそれなりに覚えていたが、それでもナビに従って移動する。


 せっかくオッドが仕事をしてくれているのだから、無駄にするのは申し訳ない。


 こういう部分では律儀な性格をしているのだ。


 それからルートナビに従って順調に荷物を届けていく。


 運び屋レヴィのことはそれなりに有名になってしまったので、持ち主の方とも初めての顔合わせではない場合もある。


 いつも危険な荷物を押しつけてくる依頼人もいるが、違法ではないので文句は言わない。


 その分高い報酬を貰っているので、文句を言う筋合いも無いのだ。


 そしてそういった人脈から、個人の依頼が入る場合もある。


 その場合は内容をきちんと吟味してから、ある程度調べた上で受けているが、情報収集スキルが素人の二人ではそれも限界がある。


 いつか知らない内に違法荷物を運ばされそうで怖いのだが、だからといって個人の依頼を断る訳にもいかない。


 いずれ対策は必要になるだろうが、おいおい考えていくことにする。


 全ての配送を昼過ぎに終えたレヴィアースは、近くの露天で購入したホットドックをかじりながら休憩していた。


 後はのんびりとマンションに戻るだけだ。


 配達と受け取りに受取人の証明が必要になるが、それもすでに電子書類としてオッドのところに転送済みなので、レヴィアースの仕事はこれで終了だ。


「ふう。一仕事の後の飯は美味いなぁ。オッドの飯には劣るけど」


 正直なところ、オッドがあそこまで料理上手になるのは嬉しい誤算だった。


 後々、女の子が手料理を作ってくれたとしても、彼のものと較べてしまいそうなのが恐ろしい。


 しかし本命を作る気がないので、それほど深刻なことにはならないだろうと楽観している。


「でも女の子の手作りはロマンだよなぁ」


 などと、些か不埒なことを考えていると、携帯端末が鳴る。


「ん? 誰だ?」


 通知を確認すると、知らない番号だった。


 オッドではないし、取引先からの連絡でもない。


 レヴィアースの番号を知っている人間は限られているので、知らない番号からの連絡はいかにも不審だった。


 しかし不審だからこそ放置は出来ない。


 今の自分達の立場がどれほど不安定なのかは自覚している。


 余計な不安は抱えたくない。


「もしもし?」


 レヴィアースは慎重な態度で電話に出た。


『儂のカードは役に立ったようじゃな?』


「……クラウスさん?」


『うむ。久しぶりじゃな。レヴィアース。ああ、心配しなくてもこの通信は完璧に防御しておるから、何を喋ってもよいぞ』


「お、お久しぶりです。どうしてこの番号が分かったんですか?」


 なんと、相手はクラウス・リーゼロックだった。


 現在は惑星ロッティにいる筈の事業家にして、マティルダとトリスの保護者でもある。


『儂のカードを使っておいて、その後の情報が漏れないとでも思っておったのか?』


「それもそうですね。その、かなり助かりました」


 自分の金は使えない以上、クラウスから預かったカードから下ろした金だけが頼りだった。


 あれが無ければ今の立場は存在していない。


 そういう意味では命の恩人でもある。


『足りないようなら追加を送金するぞ?』


「そこまで世話になるつもりはありませんよ。あれはあくまでも非常手段です。今はそれを元手にしてきちんと生計を立てているので、問題はありません」


『まったく。死んだと聞いた時には驚いたぞ』


「実際、死んでいるんですけどね」


『ピンチになったのなら儂を頼ってくれても良かったじゃろうに。あの子もレヴィアースに会いたがるじゃろうし』


「あの子達は元気ですか?」


『直接会いに来ないと教えてやらん』


「………………」


 冷たい反応だった。


 頼ってくれないことを不満に思っているのだろう。


 しかし無事でなければきちんと教えてくれる筈なので、そのあたりは安心していた。


「まあ、元気に暮らしているならいいんですけどね。貴方を頼れなかったのは、迷惑をかけられないと思ったからですよ。今回俺が巻き込まれたのはエミリオンの陰謀そのものですからね。表沙汰になればいくら貴方でも庇いきれない。そう思ったんです」


『それはまた、侮られたものじゃな』


「マティルダ達もいますからね。芋づる式にバレたら目も当てられない」


 それだけは避けたかった。


 あの子達は平穏に暮らして欲しい。


 幸せになって欲しい。


 もう何年も会っていないが、きっと元気でいてくれるだろう。


 レヴィアースの生存を知ったクラウスがわざわざ危険を承知でコンタクトを取ってきてくれたのだ。


 それほどまでに情の深い彼が、子供達に愛情を注がない訳がないのだから。


『儂はともかくとして、あの子はお主に会いに来て欲しいじゃろうに』


「う……」


 マティルダのことを思い出すと罪悪感で一杯になる。


 自分の膝にちょこんと座って毛繕いをさせてくれた小さな女の子。


 今はかなり育っているだろうが、変わらず無邪気な笑みを向けてくれるだろうか。


 思い出したら、レヴィアースも急に会いたくなってきた。


「そりゃあ、俺だってマティルダやトリスには会いたいですけどね。今は無理です。もう少し周りが落ちついてから、こっそり会いに行きますよ。何年かかるかは分かりませんけど」


『そこまで気長な性格はしていないと思うぞ』


「え?」


『レヴィアースが儂らに会いに来る前に、あの子がお主に会いに行くじゃろうな』


「………………」


 それは楽しみなようで恐ろしい未来だった。


 しかし、会えるものなら会いたい。


 過去を繋ぐものはもうあまり多くない。


 家族にも友人にも会えなくなったレヴィアースに残された人間関係は、オッドを除けばクラウスとマティルダ達しかいないのだから。


「そうですね。会いに来てくれるなら、楽しみですね」


『あまり儂らを侮るでないぞ。エミリオン連合軍など正面からぶちのめせるだけの権力と技術を手に入れてから、堂々と会いに行くじゃろうよ』


「……なんか、怖いことを言われているような」


『今の生活も決して余裕があるものではないじゃろう。生きていくだけで手一杯という状況で、いつか儂らのことも忘れられそうじゃからな。その前に、絶対に会いに行くぞ』


「クラウスさんが?」


『いや。儂はロッティでどっしりと構えて待っておる』


「………………」


 つまりクラウスではなくマティルダ達が直接会いに行くつもりらしい。


 しかし、それはそれで楽しみだった。


「そうですね。楽しみにしていますよ」


『うむ。それから数日後には新しいカードが届くじゃろう。いざという時に使うといい』


「住所まで把握されてるし……」


 ありがたいが、恐ろしい。


 しかし別の意味で心配になってきた。


「クラウスさん。気持ちは本当にありがたいんですけど、俺に関わったことはくれぐれも外部に知られないように気をつけて下さいね。冗談抜きでエミリオン連合に消されますから」


『分かっておる。そこまで迂闊ではない。それよりもあの子が会いに行くまで、くれぐれも死ぬなよ』


「もちろんですよ」


 死ぬつもりなどない。


 将来の楽しみも出来たことだし、死ぬ訳にはいかない。


「マティルダ達が会いに来るのが何年後か分からないけど、美人になってるだろうなぁ。あと、トリスのもふもふも立派に成長しているだろうなぁ。楽しみすぎる♪」


『……相変わらずじゃな。まあ、レヴィアースはそれでよい。変わらないでいてくれる方が嬉しいからな』


「はい。それではまたいずれ」


『うむ。またいずれな』


 こうして、通信は切れた。


 携帯端末をじっと見つめるレヴィアース。


「生きるだけで手一杯だと思っていたんだけどなぁ」


 ちょっとした楽しみが出来てしまった。


 日々の生活で摩耗してしまうかもしれない。


 だけどいつか会いに来てくれたら嬉しい。


 自分が助けることの出来た子供達。


 会えたら、きっととても嬉しい気持ちになれるから。


 その時は、今とは違う未来も待っているかもしれない。


 確信は無いのだが、そんな風に期待することぐらいは許されるだろう。


 レヴィアースは残りのホットドックを食べてしまってから、再びバイクに跨がるのだった。




 またいつか。


 そんな予感に、口元を緩めながら、彼は新しい人生を生きていく。






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