「とりあえず、起き上がりたいから降りてもらっていいか?」
「あ、はいです。ごめんなさいです」
先ほどからずっと俺の上に乗りっぱなしのシオンだった。
いい加減、降りてくれないと困る。
「ひきゃうっ!?」
しかしはだけてしまった服に足を引っかけてしまったらしく、そのまま床に転んでしまう。
「………………」
庇った直後に怪我をされると、流石に報われない気がしてくるな。
まあ、大した怪我ではなさそうなので良しとしておこう。
ぺちゃっと転けたシオンは痛そうに額をさすっている。
「おい。大丈夫か?」
「う~。ドジ属性でも身につけたかもしれないですです~」
涙目で仰向けになるシオン。
寝転がったまま額をさすり続ける。
どうやらかなり痛かったらしい。
「ちょっと見せてみろ」
「はいです」
涙目で見上げてくるシオンは額から手をどけてくれた。
そのまま覆い被さって額の様子を確認する。
少し赤くなっているが、大したことはなさそうだ。
これならばすぐに治るだろう。
「問題なさそうだな」
「でも痛いです~」
「ドジの代償だと思ってそれぐらいは我慢しろ」
「あう~。酷いですです」
「自業自得だ。そもそも、人の上に乗るのが悪い」
「それを言われると辛いですけど。でもオッドさんも痛かったですよね?」
「俺の方は問題無い。我慢出来る」
「ならいいですけど。あ……」
「え?」
シオンが俺の後ろ側を見ている。
何かあるのだろうかと振り返ると……
「あ……」
そこには顔を赤くしたレヴィとマーシャがいた。
「………………」
少し状況を整理してみよう。
今ここに居るのは、俺とシオン、そしてレヴィとマーシャ。
俺は転んだシオンの怪我を診る為に彼女へと覆い被さったままだ。
そしてシオンの服は少しはだけたまま。
つまり、端から見ると覆い被さっているというよりは、俺がシオンを押し倒しているように映ってしまう。
「………………」
そしてそういう状況だと誤解したからこそ二人は赤くなっているのだろう。
「………………」
誤解であることは間違いないのだが、ここで慌ててそれを主張したら逆効果になることぐらいは理解している。
その程度にはまだ冷静だ。
俺はシオンの上からどいて、そして二人へと振り返る。
二人は赤くなりながらも、なんとも言えない表情になっている。
軽蔑するような表情ではないのがとりあえずの救いと言えなくもない。
しかし明らかに面白がっているのは不愉快だ。
なんとも言えない表情から、噴き出す寸前の表情に変わるレヴィ。
「……誤解ですから」
言葉を重ねて言い訳をするよりも、明確な否定だけを告げる。
元々、自分に対してもシオンに対しても疚しいことは一つもないのだから、それで十分な筈だった。
「ま、まさかオッドがシオンを押し倒すとは……。そっちの趣味に目覚めたんならやっぱり応援してやらないとなぁ……」
腹を抱える寸前の笑みでそんなことを言うのは止めて欲しい。
「いや。まあ、かなりの歳の差だが、シオンの為にも歓迎してやらないと……ぷくく……」
マーシャまで面白がっている。
本気でというよりは、これをネタにからかうつもりなのだろう。
まともに状況を理解するつもりが無い。
その空気が伝わってくる。
マーシャなどは獣耳までぷるぷる震わせて笑いを堪えている。
尻尾もせわしなくぱたぱたと揺れている。
「女に興味が無いと思っていたんだが、うんうん。まさかそういう趣味だったとは。いや、大丈夫だ。俺はお前を軽蔑したりしないぞ。むしろ面白……じゃなくて、応援するっ! ロリコン万歳だっ! 幸せになれっ!」
ばんばんと俺の肩を叩いてくるレヴィ。
「………………」
不快指数がどんどん上がっていく。
自分の眉間に皺が刻まれていくのが分かる。
いくらレヴィがぶつけてくる言葉とは言え、ものには限度がある。
レヴィが相手ならば大抵のことは我慢出来るつもりだったが、その限界値はあっさりと崩壊した。
「シオン。そういうことは床じゃなくてベッドでやることをお勧めするぞ。ぷくくく。身体への負担が段違いだからな。しかしまあ、邪魔してしまったのは悪かった。私達は退散した方がいいのかな? どうしようか、レヴィ」
腹部を押さえながら言っていても説得力が無い。
僅かに辛そうに見えるのは、笑いすぎて腹部が痛んできているからだろう。
そこまで笑われているのも腹立たしいのだが。
「難しいところだよな~。そっとしておいてやりたい気持ちもあるし、このまま出歯亀を続けたい気持ちもあるし。わははは。ど、どうしようか? わははははっ!」
「………………」
ぶちっ。
「ぶち?」
その音が聞こえたのはどうやら俺だけではないらしい。
レヴィにも聞こえたということは、物理的に何かが切れたのかもしれない。
少なくとも、メンタル的には間違いなく切れた。
もとい、キレた。
「レヴィ」
「うおっ!?」
自分でも驚くぐらいにどす黒い声が出ていた。
大笑いから一転して真っ青になったレヴィが逃げようとするが、当然、逃がすつもりは無い。
俺はレヴィの首に手を伸ばし、そのままギリギリと絞める。
もちろん、殺さない程度に。
レヴィに対してこんなことをしている自分に驚いているが、今の俺はそれぐらいにキレてしまっているらしい。
そして自覚してもやめる気にならない。
かなり腹を立てている。
二度とこのネタで悪ふざけが出来ないように、きっちりと教え込まなければならないと決めていた。
「ちょっと待った待った待ったっ! 死ぬ死ぬ死ぬっ! そのまま絞まるとマジで死ぬからっ! オッドさーんっ!?」
俺の手を叩きながら首から外そうとするのだが、腕力ではレヴィの方が劣っているので、当然のように外れない。
更に絞まる。
レヴィの表情が焦りから真っ青なものになっている。
このままだとマジで殺されるかもしれないと思っているのだろう。
殺すつもりは無いが、トラウマぐらいなら植え付けたいと思っているあたり、俺もかなりきているのだろう。
「オ……オッド……その……レヴィが本当に死ぬぞ……?」
同じく顔を真っ青にしたマーシャが恐る恐る話しかけてくる。
マーシャが本気で割り込めばあっさりと助けられる筈なのだが、何故かそうしてこない。
キレた俺に気圧されているということだろうか。
その方が都合がいいので助かるが。
「俺も社会的に殺されそうになっていたんだが?」
「う……」
ギロリとマーシャを睨む。
怯むマーシャ。
彼女がこんな態度を取るのは珍しい。
というよりも、からかい混じりで俺をロリコン扱いしたことが後ろめたいのだろう。
だったら最初からするなと言いたい。
「あーうー……ご、ごめん。からかいすぎた。つい、面白くて」
「………………」
「ぐえっ! げほげほっ! し、死ぬかと思った……」
いい加減にしないと本当にレヴィの命が危うくなりそうだったので、離すことにした。
流石に殺すつもりはない。
地獄を垣間見せるぐらいなら構わないという気持ちはあるが。
「ひ、久しぶりに命の危機を感じたぜ。せ、戦場でもここまでのピンチに陥ったことはなかったんだがなぁ……」
脂汗をだらだらと流しながらそんなことを言うレヴィ。
完全に自業自得だと言い返したい。
「まさか戦場でも宇宙でも厄介事に巻き込まれた訳でもなく、仲間をロリコン扱いしただけで殺され掛けるとは思わなかった……」
「………………」
「ひいっ! ごめんなさいごめんなさいもう言いませんだから首を絞めないで下さいっ!」
マーシャの後ろに隠れて涙目で訴えるレヴィ。
「誤解だと最初に言いましたよね? 流石に悪ふざけが過ぎませんか?」
「わ、悪かったってば……」
「まあ、いいでしょう」
誤解だと理解してくれるほどのトラウマを植え付けたところで、俺も許すことにした。
レヴィ相手にそこまで怒りたくはない。
「う、うう。死ぬかと思った」
「オッドを怒らせるとああなるんだな。怖いぞ、あれは」
レヴィとマーシャは二人で抱き合ってビクビクしている。
ラブラブで抱き合っているというよりは、恐怖を忘れようとしてお互いに縋っている感じだ。
女性に乱暴をするつもりはないので、流石にマーシャの首を絞めるつもりはないのだが、もちろんこのままで済ませるつもりもない。
「それで、何か用ですか?」
この部屋に来たということは、何か用があるということだ。
……といっても、大方の予想はつくのだが。
ここに来る用件は限られている。
「ええと、何か食べるものないか?」
「そ、そうなんだ。ちょっと空腹になってな。外で食べるよりもオッドに何か食べさせて欲しいな~と思って。最近また腕を上げてるし」
「………………」
やはり食事が目的だったか。
しどろもどろに答える二人を睨み付ける。
この状況でまだ作って貰えると考えているのなら、その勘違いはきっちりと正しておかなければならない。
台所に向かい、そして二人に出すべき物を持ってくる。
「どうぞ」
「………………」
「………………」
テーブルの上に置いたのは、三分間クッキングの王者というべきものだった。
ザ・カップラーメン。
ついでにお湯入りケトルも持ってきている。
どどんっ! という効果音付きだ。
まあ、少し乱暴に置いただけだが。
人をロリコン呼ばわりするような相手にはこれで十分だ。
反省だけでは足りない。
きっちりとお仕置きしておかなければ、次にまた同じ事になるかもしれない。
もちろん、俺自身の腹いせも含まれているのだが。
ちなみに味はシーフード味とカレー味。
カップラーメンとしてはスタンダードなものだった。
「………………」
「………………」
カップラーメンを見て固まった二人は、縋るような目で俺に視線を移す。
「ええと、何か作って欲しかったりするんだが……」
「手作りが、いいなー……」
「この状況で何を作れと?」
「ひいっ! 何でも無いデス!! これを食べさせていただきマス!!」
どす黒い声はよほどレヴィを怯えさせたらしい。
普段はレヴィに忠実なのだが、今回ばかりは従う気になれない。
「う……うぅ……これは怖い……」
マーシャも涙目で震えながらカップラーメンにお湯を注ぐ。
その様子を確認してから、俺は部屋を出て行った。
ここは俺の部屋だが、みんなの食堂も兼ねているような部分もあるので、落ちつきたい時は自分の部屋であろうとも出て行った方がいい。
流石に食事中のレヴィ達を追い出すような真似は出来ない。
俺自身が落ちつく為にも、距離を置いた方がいいだろう。
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