デザートのティラミスを食べてから、マーシャ達は店を出た。
「この街って工芸品が素敵よね。竹細工とか、かなり魅力的だと思うわ」
「どんな分野でも職人技が凄いっていうのは、分かる」
「あら。職人さんに合ったことがあるの?」
「うん。鍛冶師とか、後は大工さんとか。昔ながらの伝統を受け継いでいる人たちの技は凄いって思うよ。機械には出来ない領域があるから」
「なるほどね。鍛冶師ってことは、包丁とか造る人?」
「うん。仕事仲間が料理上手だから、鍛冶師に頼んで包丁を作って貰ったんだ。すごくいい出来だった」
仕事仲間の料理上手な人とは、もちろんオッドのことだ。
「なるほどね。包丁だけ? 剣とかは造っていないの?」
「どちらかというと実用品がメインだったかな。剣は造っていないけど、包丁の他にはナイフとかも造ってる」
「へえ~。剣を造っている人だったら会ってみたかったんだけどね」
「何で?」
「芸術品としての剣の需要もあるからよ」
「うーん。その人は装飾にはあまり拘っていないから、芸術品としての扱いは難しいかもしれないなぁ」
「そうなの。残念」
仕事として来ているというレティーの言葉に偽りは無く、良さそうな工芸品やアクセサリーなどを見つけると大量注文、つまり買い付けを行っている。
その場で持ち帰るのではなく、契約しているプライベート・コンテナに届けて貰い、後日まとめてそのコンテナごとロッティのお店に送って貰うということらしい。
そのコンテナの許容量いっぱいまでは買い付けを続けられると本人は言っているが、そのコンテナが許容量を超えたとしても、もう一つコンテナをレンタルすればまだ買えるのではないかとは言わなかった。
恐ろしい量の買い物になりそうな気がしたからだ。
一つあたりの大きさがそれほどでもない商品を扱う以上、買い付けを大量に行って外したりすると悲惨なことになってしまう。
冒険をするよりは堅実な商売の方がいいだろう。
「あら素敵ね。これも買っちゃおうかしら」
「……さっきから衝動買いが多いけど、本当に大丈夫なのか? 自分が気に入ったからと言って、お客さんにも気に入って貰えるとは限らないだろう?」
「あら、平気よ。わたしのこういう勘って外れないもの」
「……すごい自信だな」
「自信がなければ商売人なんてやってられないわ」
「そういうものか?」
「そういうものよ。マーシャちゃんはどんな仕事をしているの?」
「色々やってる。メインは宇宙飛行士。副業で投資家。後はリーゼロックの開発部門でちょこちょこと、宇宙船関連の開発をしたり」
「……リーゼロックの関係者なの?」
「一応は」
「それってかなり凄いんじゃ……」
「まあリーゼロックが凄いのは認める。私もかなり優遇して貰っているから、自由にさせて貰っているし」
「でも開発部門って、研究者ってこと?」
「ちょっと違うけど、似たようなものかな。でも本職は宇宙飛行士のつもりだ」
「投資家は?」
「お金を稼ぐ手段、かな」
「……滅茶苦茶なイキモノに見えてきたわ」
「………………」
困ったことに否定出来ないマーシャだった。
少なくとも、マーシャほどいろいろなことに手を出して、尚且つ成功を収めている『個人』は他に居ないだろう。
不思議なイキモノを見るような視線に耐えかねて、マーシャはそっと顔を逸らした。
工芸品の次は衣類を見て回った。
この街は少し変わった衣服を扱っていて、民族衣装風のものが数多く販売されている。
レティシアはそちらにも興味を持ったようで、マーシャを引っ張ってお店を見て回っている。
「服だと大きすぎるんじゃないか?」
「まあそうなんだけどね~。でも小規模買い付けなら外しても問題無いし」
「問題無い?」
「お得意様にサービスしてあげたり」
「なるほど」
「うちの店番くんに極上スマイルで『お似合いですよ』とか言われたら、結構くらっときちゃう常連さんも多いからね~」
「……自分の彼氏をそういう風に利用するのはどうかと思うけど」
「あら。いい男はみんなに自慢したくなるものよ」
「惚気られてる……」
「マーシャちゃんは惚気てくれないの?」
「そういうタイプじゃない」
マーシャは人前でデレデレとした態度を出せるタイプではないし、惚気られるタイプでもない。
そもそも、レヴィのいいところを探す前に、アホなところが思い浮かんでしまうので惚気ようが無いとも言う。
「ふうん。そっか~。マーシャちゃんの惚気話、ちょっと聞いてみたかったんだけどな~」
「………………」
そんなワクワク顔で迫られても困る……とマーシャは視線を逸らした。
「ふふふ。まあいいわ。それよりもマーシャちゃんの服を選びましょうよ」
「私の?」
「そうよ。せっかく見に来たんだから少しは買っていくでしょう?」
「うーん。こういうのってあまり似合うとは思えないんだけど……」
民族衣装系を着たことはないので、マーシャがそんな風に言う。
前にランカが見繕ってくれた着物は結構気に入っているのだが、あれも最初はそれなりに違和感があった気がするのだ。
慣れてしまえばそうでもないのだろうが、都市部で着るには目立ちすぎる。
着られる場所が限られているのなら荷物になるだけだし、買いたいとは思わなかったのだが、レティーの意見は違うらしい。
「あら。どこで何を着ようといいじゃない。それに目立つぐらいの方が個性的でいいと思うわよ」
「目立ちたくはないんだけど」
「それは勿体ないわね。せっかくの美人さんなのに」
「美人に見られたい訳じゃないし」
レヴィに気に入って貰えればそれでいい。
良くも悪くも人の目を気にしないマーシャだった。
「着て見せたらマーシャちゃんの彼氏も喜ぶかもよ?」
「………………」
真面目に考え込むマーシャを見て、レティーがクスクスと笑う。
反応がいちいち可愛らしいので萌えてしまうのだ。
五つしか変わらないのに、まるで十代の少女を相手にしているような気分になってしまう。
妹が居たらこんな感じかもしれないと思ってしまった。
「素直なところが可愛いわよね、マーシャちゃんって」
「うー」
「マーシャちゃんみたいな妹が欲しかったな~」
「一人っ子なのか?」
「ううん。兄さんが一人居るけど。正確には居たけど」
「………………」
居たけど、と過去形になったのは、故人を示しているからなのだろう。
「病気か何かで?」
訊いていい事かどうか迷ったが、教えてくれないのならそれでもいいと思って問いかけてみた。
レティーは少しだけ表情を曇らせながら首を横に振った。
「病気じゃないわよ。というか、病気にはなりそうに無いぐらい頑丈な人だったし」
「マッチョ系?」
「違うけど、でも鍛えてはいたと思う。軍人だったし」
「……殉職か」
「そういうこと。軍人なんてやっていたらそういうことになるって覚悟はしていたつもりなんだけどね。死んだと聞かされた時はやっぱり泣いちゃった。しばらく立ち直れなかったぐらいにね」
「家族なら当たり前だと思う」
「ありがと。今はそれなりに立ち直っているから平気よ。支えてくれる人もいるしね」
気丈に笑ってみせるレティーは、言葉通りに立ち直っている訳ではないのだろう。
それでもいつまでも落ち込んではいられないと、気持ちを切り替えようとしている。
「支えてくれる人っていうのは、彼氏のこと?」
「そうね。あの人が支えてくれるから、きっと元気でいられるんだわ」
「そうか」
「たまに思い出して寂しくなる時もあるけど、でもそれだって必要な感情だしね」
「そうだな」
「だから服を選びましょう」
「なんでそうなるんだっ!?」
お兄さんの話でしんみりしていたのに、どうしていきなりそっちに戻るんだ、とマーシャが憤慨するが、レティーとしては無理矢理気持ちを切り替えた結果らしい。
寂しくなった分、マーシャの服を選ぶことで楽しい気持ちになろうとしているのだ。
「ほらほら~。こっちに似合いそうなものがあるわよ~」
「わわわ。引っ張るなっ!」
「こっちのミニスカート風とか似合いそうよね~。っていうかマーシャちゃんの生足見てみたいし、ちょっと試着してみない?」
「生足って……なんか発言がセクハラじみてるぞっ!」
「気のせい気のせい。あ、触っていい?」
「いい訳あるかっ!」
強引にあれこれ迫ってくるレティーにマーシャが困り果ててしまう。
女性相手に力ずくで抵抗する訳にもいかず、かといってどれぐらい手加減すればいいのかも分からず、されるがままになってしまうマーシャ。
お兄さんの話で落ち込ませてしまった負い目もあって、マーシャはずるずるとレティーのペースに巻き込まれてしまうのだった。
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