シルバーブラスト

水月さなぎ
水月さなぎ

スターウィンドの大活躍

公開日時: 2022年6月6日(月) 14:34
文字数:3,800

 ネットワークからのハッキングによる超長距離狙撃阻止、という案が不可能になったと判明してから、マーシャは真っ先にこのシルバーブラストで宇宙に飛び出そうとしていた。


 多少船を傷つけられたところで、戦闘力は十分に残せるし、衛星を直接破壊すれば目的を果たす事も出来る。


 何よりも、自らの行動を先読みされていたことで感情的にもなっていた。


 絶対にぶっ潰す……と銀色の瞳がメラメラと燃え盛っている。


 マーシャがレヴィの事で怒るのは日常茶飯事だが、自分のことでここまで本気で怒るのは少し珍しい。


 マーシャはそれが必要とされる場面では、人並み以上に思慮深く行動出来る性格だが、一度感情に火が付くと、猪突猛進の猛獣と大差が無くなってしまう。


 猪突猛進状態でも、最低限の計算は忘れないのだが。


 今回も成功の見込みが十分にあるからこそ、船を傷つけてでも飛び立つつもりなのだ。


「落ち着けよ、マーシャ。俺が行くからさ」


「………………」


 メラメラと燃え盛るマーシャを落ちつかせるのは、当然のようにレヴィの役割だった。


 不敵そうに笑う金色の瞳を見ると、不思議と気分が落ちついてくる。


 世界で一番安心出来る色かもしれない、と密かに思う。


 銀色の炎を僅かに鎮めてから、マーシャが問いかける。


「スターウィンドで出るつもりか?」


「おう。タツミも連れて行く。中に乗り込んでからネットワークを回復させてやれば、後はこっちでどうとでも出来るだろう?」


「むぅ……」


 マーシャはレヴィの提案を検討する。


 一人で行くのは論外だ。


 レヴィが迎撃衛星に乗り込んだとしても、無防備なスターウィンドが攻撃されてしまえば脱出が難しくなる。


 しかしタツミも連れて行けば、レヴィが外で牽制している間に中を制圧することも可能になる。


 どうせ迎撃衛星の中には、それほどの人数は詰めていないと予想出来る。


 ここまで大胆な乗っ取り作戦を敢行するのならば、最低限の人数にしておかなければ漏洩の危険があるだろうし、衛星そのものは機能をほとんど自動化されているので、人間の手動コントロールを必要としない。


 必然的に、人間の収容スペースが省略されていく構造になっている。


 中に居るのは恐らく十人前後だろう。


 そして武装集団ではなく、技術者が半分以上占めていることを考慮すれば、タツミ一人でも十分に制圧が可能だ。


 以前見せて貰ったタツミの戦闘能力を考慮して、マーシャはそう結論づける。


 そして一人きりで外を制圧しなければならないレヴィの事だが、これについては全く心配していない。


 宇宙でレヴィが撃墜される事などあり得ないと確信している。


 わざわざシルバーブラストを傷めなくても十分に成功の見込みがあるプランだった。


「よし。それで行こう。タツミもそれでいいか?」


 マーシャは待機していたタツミに振り返る。


 タツミは当然のように頷いた。


「おう。少しは動かないとここまで一緒に来た意味が無いからな。精々活躍させて貰うぜ」


「………………」


 活躍ならこの船に乗り込む時に十分過ぎるほどしてくれているのだが、本人はまだまだ暴れ足りないらしい。


 八年も檻の中に居た所為で、色々と溜まっているのかもしれない。


「よし。ならばこれを渡しておく」


 マーシャはこぶし大ほどの端末をタツミに渡した。


 先端には接続用の端子が付いている。


「これは?」


「この船との直通回線だ」


「……マジ?」


「マジだ。痕跡は残るが、この際それは気にしていられない。一分一秒を争う事態だからな。そいつをあの衛星に繋いでしまえば、全ての防壁を無視して、こちらがコントロールを奪うことが出来る」


「分かった。こいつを繋げば後は何とかしてくれるんだな?」


「ああ。後はこちらの仕事だ」


 タツミは端末をぎゅっと握ってから懐にしまう。


「任せろ。絶対にこの船と繋いでやるから」


「ああ。なら早速発進準備を」


「おう」


「了解」


 レヴィは足早に格納庫へと向かう。


 タツミも宇宙服に着替えてから一緒に乗り込む。


 元々が一人用の戦闘機の中に、無理矢理二人もの男(しかも体格のいい成人男性)が乗り込んでしまったので、かなり無様なことになった。


 レヴィはきちんと操縦席に収まっているが、タツミは荷物スペースにぎゅうぎゅうに押し込まれてしまう。


 しかも激しい動きが予想されるという理由で、固定ベルトを身体中に巻き付けられてしまっているのだ。


 まるで猛獣を抑える拘束具のような有様は、かなりの哀れさを誘う。


 しかし泣き言は許されない。


 ランカに任せろと、そして信じろと言ったのだ。


 格納庫に移動する途中で、常時チェックしていた通信機からランカの状況を知り、思いっきり啖呵を切ってしまったのだ。


 幸い、ランカも当面の危機を乗り切ってくれたようだし、今度はこちらがピンチを覆す番だ。


 レヴィが発進準備を進めていくと、薄暗いコクピットが徐々に明るくなっていった。


 その変化は鋼鉄の機体に少しずつ血液が通っていくかのようで、思わず息を呑んでしまった。


「マーシャ。発進準備完了だ。格納庫を開けてくれ」


 レヴィが操縦室に繋ぐと、画面にマーシャの顔が映し出された。


『了解。今更だが、ちゃんと無傷で戻ってくるんだぞ』


 信頼はしていても、心配せずにはいられないらしい。


 マーシャの声が僅かに揺らいでいた。


 その心配は、マーシャが自分に深い愛情を抱いてくれている証でもあるので、レヴィは嬉しくなって口元を緩める。


「任せろって」


『………………』


 そして肝心なことも忘れなかった。


「無傷で戻ったらご褒美に尻尾びんたをしてくれよっ!」


『……どうしてこの状況で言うことがそこの駄犬と同レベルなんだ?』


 マーシャが心底呆れた声を返してくる。


「なあ、尻尾びんたってそんなにいいものなのか?」


 尻尾びんたについて知らないタツミがそんな質問をしてくる。


 駄犬呼ばわりは気にならないらしい。


「実は俺もまだしてもらったことがないんだ。でもあの尻尾でびんたをされたらきっと幸せ絶頂になれるんじゃないかと、勝手に想像しているんだ。あのもふもふ尻尾でこの両頬をびっしばっしと……」


『わざわざ説明しなくていいっ!』


 嬉々として説明していたレヴィにマーシャの雷が落ちた。


 黒髪も怒髪天並に逆立っているし、見えないが、恐らくは尻尾もぱんぱんに膨らんでいるだろう。


『まったく。早く行けっ!』


 マーシャが言うのと同時に、格納庫扉が開いた。


「へいへい。なら行きますか」


「おう」


「尻尾びんたの為にっ!」


「お嬢とキスする為にっ!」


 そしてスターウィンドが勢いよく飛び出していく。


 操縦室ではマーシャががっくりとうなだれていた。


「………………」


 もう怒鳴る気力も残っていないようだ。


「……あの二人、妙なところが似すぎていないか?」


 マーシャがものすごく嫌そうな声で呟くのだが、否定してくれる人は誰も居なかった。




 そして飛び出したスターウィンドを見て仰天したのは、リネス宇宙港の管制担当者だった。


「な……何をしているっ!? 今すぐ止まれっ!!」


 管制担当者がスターウィンドに怒鳴りつけるが、蒼い機体は止まらない。


 ちなみに下に転がっている四十人の男達にも気付いているが、それについては意図的に無視している。


 この管制担当者もラリーに取り込まれているので、彼らの行動についても黙認していたのだ。


 しかし宇宙港を破壊するような行動に出られたのなら、流石に黙っていられない。


 すぐさま複数の捕獲用ビームネットを発射した。


 逃げ場を塞ぐように撃ち出したので、すぐに捕まえられると思ったのだが、しかしスターウィンドは最低限の動きで襲いかかるビームネットを避けていく。


「う、嘘だろっ!?」


 管制担当者が仰天するのも無理はない。


 彼は宇宙船の動きと、その限界をよく知っている。


 それは小型機である戦闘機も大きく変わらない筈だった。


 これらに共通しているのは、その巨体故に、動きには必然的な無駄が生じる、というものだ。


 機体を己の身体のように操れる達人であっても、それでも人間の動きと同じようには出来ない。


 バイクや車のようなものならば、一部の人間には本当の手足のように操る事は可能だろう。


 しかし宇宙船や戦闘機などという代物は、人間が完全に知覚出来る限度を超えている。


 要するに、自分が操縦する戦闘機目がけて襲いかかってくるビームネットを、機体のほんの数センチを掠めるような動きで避けることなど不可能という事だ。


 偶然ならまだしも、意図的にそれを行うなどという芸当は不可能なのだ。


 その不可能をやってのけたのが、画面の中で悠々と上昇しているスターウィンドなのだ。


 目の前に映っている蒼い機体は、見惚れるような動きで、悪夢のような回避を続けていく。


 このままではゲートを破壊して宇宙空間に逃げられてしまう……と頭を抱えそうになった時、


「嘘だろーっ!?」


 再び叫ぶ。


 頭を抱えるどころではない事態になっていたからだ。


 閉鎖している筈のゲートが勝手に開いたのだ。


 もちろんこちら側からは開けていない。


 恐らく管制システムに侵入して、コントロールを奪われたのだ。


 そんなことをすれば即座に警報が鳴って防壁プログラムが作動する筈なのに、それすらも無かった。


 今度こそ悪夢としか言い様がない。


 スターウィンドはゲートを破壊すること無く、流星のように宇宙空間へと飛び出すのだった。


「………………」


 管制担当者は、それを唖然と見送ることしか出来なかった。


 ゲートが無傷でいられた事が、不幸中の幸いだと、自分を慰めることぐらいしか出来なかった。




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