トリスはホワイトライトニングをセッテの船であるビーチェに向かわせたが、船ごと破壊しようとは思わなかった。
セッテがいるとは限らない。
いると確信していても、本人の姿を見るまでは納得出来ない。
だからこそ、セッテを殺す時は、直接乗り込んでやると決めていた。
ビーチェの発着場にホワイトライトニングを留めてから、トリスは必要な武装を整えてから船内を歩き出す。
中には警備員がいて、次々と攻撃を仕掛けてきたが、その全てを返り討ちにした。
人間の警備員の動きなど、トリスにとっては亀が動いているようなものだった。
恐るべき反応速度で全ての攻撃を避け、相手が攻撃されたと気付く間もなく倒していく。
「もうすぐ。もうすぐだ……」
広い船内でセッテの姿を見つけるのは容易ではない。
しかしマーシャがこっそり送ってくれたデータには、ビーチェの船内図データが入っていた。
戦闘が始まってから、彼女の仲間である電脳魔術師《サイバーウィズ》が探り出してくれたらしい。
邪魔をするなと言っておきながら、肝心な部分で頼ってしまっている。
貸してくれる手を、遠慮無く掴んでしまっている。
情けない、と思う。
この七年間、一人でなんとかするつもりで生きてきた。
しかし戦力を整え、セッテを探し出し、ようやく殺せるという段階に来た時、トリスの周りには過去の絆が集まっていた。
マーシャ、リーゼロック、そしてレヴィ。
かつてトリスが捨てた絆。
それらが、トリスを心配して再び集まってくれた。
その温かさに涙が出そうになる。
捨て去った心を取り戻しそうになる。
「まだ、駄目だ」
今はまだ、あの時の心を取り戻す訳にはいかない。
殺すべき相手を殺し尽くし、仲間の遺体を破壊するだけの冷徹さを保たなければ、いつまで経っても自分の時間は止まったままだ。
何度も諦めようとして、それでも諦めきれなくて、自分はきっと、こうしなければ一歩も進めないのだと痛感したからこそ、ここにいる。
だからこそ、まだその心は閉じたまま、冷徹の自分を保たなければならない。
助けてくれたみんなにありがとうと言えない。
ただ利用する。
そんな自分であり続ける。
全てが終わったら、ようやく礼を言えるだろうか。
「………………」
それすらも、今は考えてはいけないと自分を律する。
マーシャに提供されたデータを辿り、セッテのところへと向かう。
仲間の遺体が保管されている場所を先にしようかと思ったが、どうやら二つは同じ場所に存在しているようだ。
やはりいざという時の為に逃げ出す準備をしていたのだろう。
「急がないとな」
逃げたとしても、マーシャ達が監視している。
セッテは追い詰められている筈だ。
しかしここでパージを許してしまえば、とどめをマーシャに譲ることになってしまう。
ここまで来てそれは嫌だった。
「トリス」
「マーシャ?」
後少しで辿り着くというところで、マーシャから通信が入ってきた。
「セッテが逃げ出す心配はしなくていいぞ。こっちでビーチェの管制頭脳をロックしたからな。生命維持システム以外はこっちで操作出来る。余計なことをするつもりは無いけど、これであいつは逃げられない」
「……すでに余計なことなんだが」
本当に、何から何まで手を貸して貰っている。
七年前に置いていった筈の少女は、今やトリス以上に頼もしい存在になってしまっている。
しかし自分の手でやるべき事を、何から何までやられてしまうのは面白くなかった。
礼を言いたいのに、言えない気持ちにさせられてしまう。
「そう言うなよ。セッテは私にとっても仇なんだから。これぐらいはさせてくれてもいいだろう」
「……マーシャは、彼らを悼んでいるのか?」
「私にその資格は無いよ。それが許されるのはトリスだけだ。ずっと自分を犠牲にして、彼らを護り続けて、そして護れなかった今も救おうとしているトリスだけだ」
「………………」
「私がセッテを仇だと言っているのは、トリスのことがあるからだよ」
「……?」
意味が分からず首を傾げるトリス。
トリスは生きている。
それなのに、どうしてそんな事を言うのだろう。
「私はトリスと一緒に生きたかった」
「マーシャ……」
「幼い頃の時間を、家族として、幸せな日常として過ごしたかったんだ。その未来を奪ったのがセッテだから。だから、あいつは私にとっての仇なんだ。トリスとの未来を奪った仇」
「レヴィさんがいるだろう」
「そうだな。でも、私は強欲なんだ。レヴィも、トリスも、みんなが居てくれないと嫌だ」
「………………」
それは強欲なのではなく、優しいというのだ。
しかし口にしたところでマーシャは否定するだろう。
それにある意味では正しく強欲だ。
何もかもを望む強欲さ。
だけどそれはとても眩しい在り方だと思う。
「だから全部終わらせて、早く帰ってこい。みんな待ってるから」
「……ああ」
ここまでしてくれたのだ。
その言葉を無碍にすることなど出来なかった。
一人でやるつもりだった。
だけど、一人ではここまで辿り着けなかったことも確かだ。
だから自分もマーシャの願いに応えるべきなのだろう。
「約束する。もう一度、あの時間を取り戻そう」
「うん。約束だ」
マーシャは穏やかな声で答えてくれた。
トリスの表情も少しだけ和らいでいる。
こんな気持ちになるべきではないと分かっていたが、それでも、心の中が温かくなるのを止められなかった。
通信が切れて、セッテのいる場所の前へとやってくる。
マーシャがロックをかけている所為でセッテはここからも逃げ出せないらしい。
教えて貰った解除コードを入力すると、すぐに自動扉が開いた。
「……セッテ・ラストリンド」
「………………」
セッテはそこにいた。
七年前よりも随分と老け込んだが、それでも癖の強い目の光りだけは変わっていない。
「ようやく会えたね」
「ああ。ようやく会えた」
お互いに、同じ言葉を告げる。
セッテは研究素体としてのトリスを欲していた。
その為に再会を望んでいた。
トリスは復讐の対象としてセッテを探していた。
その為に再会を望んでいた。
お互いに同じ願いを抱きながらも、その想いは正反対だった。
「どうして、こんなことになったんだろうね」
セッテは周りを見渡す。
彼が研究素体として切り刻んできた亜人の子供の死体が沢山並んでいる。
ホルマリン漬けにされた幼い身体。
五体満足に見えるものもあれば、手足や首もばらばらに切断されているもの、内蔵の一つ一つまで腑分けされたものまであった。
脳だけがたゆたっているものもある。
「俺がお前を殺そうとするのは必然だろう。俺の仲間にこれだけのことをしたんだ。何を不思議に思う?」
「……いや。それは理解出来る。しかしその上で君を手に入れる為に万全の準備をしたつもりなんだ。それをことごとく破ってきて、私が追い詰められている現状が不思議でね」
「………………」
「まさかここでマーシャ・インヴェルクが出てくるとは思わなかったし、リーゼロックの戦力が集結するとも思わなかった。君はよほど大切にされているんだね」
「………………」
「そこまで計算していなかった。それに、最大の誤算はあの蒼い戦闘機だ。まさか虎の子のAI戦闘機五十と、キュリオスまで無力化されるとは思わなかった。亜人の生き残りが他にもいたのかな?」
「あの人は人間だ」
「……そうなのか。人間があれほどまでの戦闘能力を発揮するのか。それは驚きだ」
「無理に亜人を研究しなくても、人間のままであそこまでなれる可能性があるんだ。こんなことをする必要なんて、無かった」
「そうかな。あれはあくまでも一部の天才、一種の特異能力だと私は思うがね」
「………………」
それも否定出来なかった。
レヴィは『星暴風《スターウィンド》』と呼ばれるほどの能力を得る為に、努力だけでは到達出来なかったものを持っている筈だ。
それは天性の才能。
特異能力といっても過言ではない。
あれほどまでの戦闘能力を持つ人間が他にいるとも思えない。
亜人であるトリスですら、レヴィを相手に戦えば間違いなく敗北するだろう。
「あれが人間だとすれば、そちらも興味深いな。機会があれば調べてみたかったが……」
「それは叶わない。お前はここで死ぬ」
トリスは持ち込んだ銃をセッテに向ける。
本当ならば仲間と同じ目に遭わせてやりたかった。
切り刻んで、腑分けして、苦しみ抜いた末に殺したい。
そんなどす黒い気持ちがトリスの中にある。
しかしそれをしないのは、ここまで手を貸してくれた人たちに対する想いだった。
彼らに恥じることは出来ない。
ここまで手を貸して貰っておいて、そんな風に殺しましたなどと、言える訳がない。
だからこそ、必要な分だけ殺す。
そう決めた。
頭に一発。
心臓に一発。
トリスは射撃の名手でもあるので、それで確実に死ぬだろう。
「私を殺したら、君も死ぬよ」
「どういう意味だ?」
「これだよ」
セッテは左手に嵌めてあるブレスレットを示した。
赤いランプがピカピカと光っている。
アクセサリーではなく、システム的要素の強い代物だということが理解出来る。
「それは?」
「この船の自爆装置」
「………………」
「私が死んだら、自動的に自爆するようにセットしてある。君は仲間の身体を取り戻す為にここまで来たんだろう? 私を殺せばその願いは叶わない。そして君も死ぬ」
「………………」
「さあ、どうする?」
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