「えへへ~。こうしているとまるでデートみたいですね~」
「……誤解を招くような発言はやめろ。年齢差がありすぎて俺が犯罪者になってしまう」
「じゃあ親子?」
「……そこまで歳は取っていない」
シオンの外見は十五歳ぐらいなので、親子だったら俺が完全な壮年になってしまう。
まだ三十代前半なので、そこまでの『おじさん』扱いは勘弁して貰いたい。
「どうせなら下まで降りましょうか」
「分かった」
浮島の上にあるこのホテルの眺めは最高だし、ある程度のショッピングモールがあるので買い物も出来るのだが、限られた空間なだけに品揃えが豊富とは言えない。
その分厳選されたものが置いてあるが、もっと雑多とした感じで眺めたいという気持ちもある。
バスに乗って下まで降りると、すぐに到着した。
「先にシオンの買い物を済ませるか」
「いいんですか?」
「俺のは急いでいる訳じゃないからな。後回しでもいい」
「えへへ~。じゃあお言葉に甘えるですよ~」
にこにこしながら俺の手を取るシオン。
新しい場所に来ると好奇心でワクワクしてしまうので、自分の買い物を優先したくなってしまうのだ。
今回は俺の買い物もあるのでなるべく我慢するつもりだったが、こうやって甘やかしてくれるのなら遠慮無く楽しむことにした。
「………………」
ご機嫌に歩き始めるシオンを見て気分が和んだりもしたのだが、すぐに後悔した。
「………………」
「オッドさん、大丈夫ですか?」
「……そう思うなら、少し控えてくれ」
「そうしたいのは山々なんですけど、欲しいものが一杯あるですよ~」
「………………」
俺が大量の荷物を持たされて、シオンがご機嫌に歩くという図が完成していた。
「………………」
いつものことだし、ある程度の覚悟はしていたが、今回は特に多い。
自分の買い物も控えているので、出来れば少しは遠慮して貰いたかったのだが、気がつけばこの有様だ。
「ごめんなさいです。これじゃあオッドさんの買い物は難しいですね」
「……それは、別にいい。急ぎではないからな。明日にでも、また行くことにする」
「じゃあその時はあたしが荷物持ちに付き合うですよ~」
「いや。一人でいい」
「む~。あたしじゃ足手まといですか?」
「……また買い物をしそうな気がして、台無しになる予感がするからな」
「うっ!」
否定出来ないシオンだった。
確かにいろいろな物に目移りしてしまうシオンは浪費癖が激しい。
買い物に付き合うという名目で、自分の買い物を増やしてしまう可能性は大いにあるだろう。
「じゃ、じゃあ絶対買い物しないですからっ!」
「……? 別に我慢する必要はないだろう。欲しいものは買えばいい。今度はマーシャと一緒に行けばいいだろう。俺は別の用事があるから今度は付き合えないが」
「嫌です。オッドさんと一緒がいいんです」
「?」
訳が分からない。
どうしてそこまで自分と一緒にいることに拘るのだろう。
「もしかして、マーシャ達に何か変な事を吹き込まれたりしたのか?」
レヴィとマーシャの反応を思い出して、シオンに問いかける。
もしも余計なことを吹き込んだのだとしたら、再びお説教をしておかなければならない。
「別に変な事は吹き込まれていないですです」
「そうか」
「でも面白いことは言っていたですよ」
「……嫌な予感がする」
「マーシャはオッドさんのレヴィさんへの恩義や忠誠心が恋愛感情だったら話は簡単なのに~とか言っていたです」
「……怖いことを言わないでくれ」
怖いというよりはおぞましい。
レヴィに対する愛情はもちろんあるが、それは家族に対する親愛に近い。
断じて恋愛感情ではない。
そんなつもりも、趣味も、一切無い。
「レヴィさんもオッドさんと同じように身震いしていましたよ~」
「それはそうだろう」
そうでなければ困る。
非常に困る。
「でもレヴィさんもオッドさんが自分への恩義や忠誠心を優先して生きることは望んでいないみたいでしたよ。自分の為に生きてくれた方が嬉しいって」
「………………」
「でもそれは難しいとも言っていました」
「……そうだな。今の俺には、難しい」
そうするべきだということは分かっている。
だけど、どうしたらそんな風に生きられるのかがまだ分からない。
いい歳をして情けないとは思うが、本当に分からないのだから仕方ない。
「レヴィさんがそれを望まないと分かっていても、難しいですか?」
「……他に理由が見つからないからな。レヴィに負い目を感じさせているのは悪いと思っていることも確かだが」
「………………」
シオンが俺の服をぎゅっと掴んできた。
両手はシオンの荷物で塞がっているので、手を繋ぐことは出来ない。
「シオン?」
どうしていきなりそんなことをしてくるのかが分からない。
それに、どうしてそんな悲しそうな顔をするのだろう。
「シオン?」
「あたしは、みんなが笑ってくれるのが一番嬉しいですです」
「………………」
「だから、オッドさんも自分の為に笑ってくれると嬉しいです」
「………………」
「もちろん、簡単にそうなるとは思ってないです。でも、あたしはあたしに出来ることで、オッドさんに笑って貰おうって、そう思ったんです」
「シオンに出来ること?」
「一緒にいるです」
「え?」
「誰かが一緒に居てくれると、あたしはそれだけで嬉しいです。こうやって一緒に居て、体温を感じていると、寂しさや悲しさなんて薄れてしまうですよ。オッドさんは違うですか?」
「……まあ、否定はしない」
身近な人間が傍に居てくれるのはそれだけで落ちつくし、その体温を感じることが出来るのはそれだけで好ましいと思う。
倫理的な問題を抜きにすれば、シオンの手から感じる体温すらも好ましいと思えるのだ。
「オッドさんは時々凄く寂しくて辛そうに見えるです。だからあたしはそんな表情をさせないように、一緒に居ようって思ったですよ」
「そんなことをする必要はないし、してもらう理由も無いぞ」
そんなことをされたらまたロリコン疑惑をぶつけられてしまう。
俺としては全力で遠慮したい状況だった。
「あたしがそうしたいと思うから、そうするですよ。それじゃあ駄目ですか?」
「………………」
そう言われると否定しづらい。
周りに唆されるのではなく、それがシオン自身の望みであるのなら、俺が強制するのは筋が違う。
もっとも、拒絶する自由ぐらいは俺にもあるのだろうが。
しかし拒絶出来ないのは、シオンが俺自身のことを慮ってくれていることが分かるからだ。
こんな子供に心配を掛けてしまっているのが情けないとは思うのだが、シオンはそういう部分が鋭いのかもしれない。
そしてこれは自分でもどうかと思うのだが、そんな風に俺の幸せを願ってくれる相手がいて、口に出して、その為に行動してくれる相手が居てくれるということが、思っていた以上に新鮮な驚きをもたらしたのだ。
もちろんレヴィも同じように願ってくれていることは知っていたが、それとこれとは話が別だ。
同じ戦場を生き抜いて、同じ地獄を乗り越えた、もう一人の自分自身。
誰よりも慮ろうとする気持ちは、俺自身がよく分かっている。
だからこそ、そんな『他人』が居てくれたことに驚いたのだ。
シオンの言葉には全く裏が無い。
自分がそうしたいから、素直に行動している。
心のままに動くこと。
そういう部分はマーシャによく似ていると思う。
少しばかり猪突猛進なところもあるが、マーシャも直球な行動を好んでいる。
それが良い影響なのか、それとも悪影響なのか、現時点では判断が難しかったりもするのだが、俺自身はそこまで嫌な気持ちにはなっていない。
「シオンがそうしたいのなら好きにしろ」
「えへへ~。好きにするです♪」
すりすりと腕に寄ってくるシオンだが、流石にそれは遠慮したかったので引き離す。
「あう」
「それ以上は却下だ」
「何でですか?」
「俺が変態扱いされるからだ」
ここは公衆の面前なのだ。
親子扱いも遠慮したいが、それ以上に恐ろしいのはロリコン扱いだ。
少女を侍らせているロリコン野郎……という通行人の視線が時折突き刺さる。
じろじろと見る通行人の視線が嫌でも感じ取れてしまう。
誤解だと叫びたいが、それをやってしまえば泥沼だということは目に見えている。
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