そしてキサラギ本家では……
「……何をしているんだ?」
お土産を持ってやってきたマーシャは、目の前で黒髪の男達にフルボッコにされているタツミの姿を見て、呆れた視線を向けていた。
「ぐはっ! うぐっ! てめえらいい加減に……ぎゃあああーーーっ!!」
「うるせえっ! 一度ならず二度までもお嬢に不埒な真似をしようとしやがってっ!」
「そうだそうだっ! 反省しろこの野郎っ!」
「つーかいっぺん死ねっ!」
げしげしげしげしっ!
「ぎゃあああああーーーっ!!」
庭先で痛めつけられるタツミは、憤慨する男達に逆らえないまま悲鳴を上げるしかない。
それをにこにこしながら見つめているのは、駄犬タツミの飼い主であり、キサラギの当主でもある美少女、ランカ・キサラギだった。
「マーシャ。思ったよりも早かったわね。あ、この駄犬の事は気にしなくていいのよ」
にこにこしながら言うランカが少し怖い。
「気にするなって言われてもなぁ。一体この馬鹿は何をしようとしたんだ?」
マーシャが尋ねると、ランカはぷくっと頬を膨らませた。
「戻ってくるなり、私にもう一度キスしようとしたのよ。許可も得ずにね」
「うわぁ……それは……うん……反論の余地無くフルボッコでいいと思う」
あの時のびんたからまったく反省していない。
もっと蹴られていいと思う。
「でしょう? 幸い、今回は未遂だったけれど」
「そうなんだ」
「そうよ。そう簡単に何度も奪われてたまるものですか」
ぷくっと頬を膨らませながらも、そこに少し赤みが差しているのは、目の錯覚ではないだろう。
内心では嬉しくても、それを表に出すのは悔しい、という心境なのかもしれない。
素直にそれを言うとタツミが調子に乗るのは間違いないので、それはそれで正解なのだが。
「調査の方は捗った?」
「うん。結構捗ったよ。クロドも釈放して貰えることになったし、今回はこれで一段落かな」
自分達の件については一段落だとマーシャは判断している。
後はキサラギの問題が残っているが、これについても出来る限りのことはしたつもりだ。
「はい。これお土産」
そう言ってマーシャが渡したのは、大きなトランクだった。
「ありがとう。開けてもいい?」
「うーん。ここでは止めた方がいいかも」
「そうなの?」
「アンチミア・バレットが大量に入っているから」
「………………」
つまり、銃弾が詰まっているらしい。
玄関先でそんなものを開けたら、ご近所様に何事かと思われるのは必至である。
「分かったわ。どうもありがとう」
「どういたしまして。あ、こっちはお土産らしいお土産の方」
もう一つ持っていた紙袋の方を渡す。
小さな紙袋に入っていたのは、ミスティカで購入した有名菓子店の米菓子だった。
「あ、美味しそうっ! ありがとう、マーシャ」
「どういたしまして。ところで、そろそろタツミが死にそうだけど、放置でいいのか?」
未だにフルボッコされまくっているタツミに視線を移す。
そろそろ本当に死にそうだった。
「いいのっ! あれぐらいで死ぬような奴じゃないものっ!」
「そうか……」
まあ、確かにあれぐらいで死ぬとは思えない。
ランカお嬢ファンクラブの男達の恨みは、あれぐらいでは晴れないということだろう。
今は好きにさせた方がいいのかもしれない。
ランカは早速お土産の中身を確認していた。
米菓子の方も気に入ってくれたが、やはりアンチミア・バレットの方を真剣に眺めている。
自分達の生命線になるかもしれないのだから、当然の反応だろう。
「一応、そっちで使っている銃の規格に合わせたつもりなんだけど、大丈夫そうかな?」
「ええ。普通に撃ち込んで大丈夫なのよね?」
「もちろん。弾丸が身体に当たると薬品が入り込む仕様になっているから。もちろん弾丸としての威力も少しはあるから、心臓に当たれば流石に死ぬだろうけどね」
「そこはもう割り切っているわ。でも気遣ってくれてありがとう」
「別にそういう訳じゃないけど……」
マーシャは気まずそうに口ごもるが、なんとなく、ランカが人を殺すのは避けた方がいいと思ったのも確かだ。
人の醜い部分と正面から向き合って、それでも清廉であろうとするこの少女に対して、出来るだけ穢れて欲しくないと思ってしまう。
これは友達に対する感情なのか、それともランカという少女がそういう気持ちにさせているのか、マーシャにはよく分からなかった。
だけど自分の気持ちには正直でありたいと思っているので、それについて深く考えることはせず、思ったままに行動している。
「これは銃ほどの発射速度が無くても大丈夫なの?」
「ん? どういう意味だ?」
ランカの質問の意味がよく分からなくて、首を傾げるマーシャ。
「お恥ずかしい話なのだけれど、私、銃を扱うのは苦手なの」
「え?」
マフィアの当主としてそれはどうかと思ったのだが、マーシャが考えたのとは少し違う理由のようだ。
「銃に対する忌避感がある訳ではないのよ。射撃練習もしたことはあるのだけれど……」
気まずそうにもごもごするランカは、どうやら言いにくいことを口にしようとしているようだ。
「?」
「その……ノーコンなの……」
「へ?」
「……当たらないの。的に」
「………………」
つまり、射撃がド下手ということらしい。
「タツミも銃ではなく棒をメインアームにしているけれど、あれだって銃が苦手だから、というのもあるのよ。私もタツミも、どうしても的に当てられないのよ……」
うぐぐ……と無念そうに唸るランカ。
「ええと……その……」
なんと言っていいのか分からず、困ってしまうマーシャ。
慰めは逆効果だろうし、かといって気休めも言えない。
「なら、針に無効化薬を塗っておく?」
ランカが無効化薬を利用しようと思うのなら、自分の得意な武装に塗っておくというのが一番いいような気がした。
「それも考えたけれど、私の場合、どうしても経穴を狙う癖が付いちゃっているのよね。そこに薬品まで塗布したら、どんな反応が引き起こされるか、分からないわ」
「……そうか。それは少し危ないかもな」
「ええ。それに銃が苦手というだけで、遠隔攻撃手段が無い訳ではないの」
「そうなのか?」
「ええ。この弾丸、少し使ってもいいかしら?」
「いいけど。どうするんだ?」
銃には弾を込めていない。
その状態で弾丸をどうやって使うのか、マーシャにはさっぱり分からなかった。
「まあ見ていて。ちょうどいいから試してみるわ」
アンチミア・バレットを二つ、手のひらで転がしながら、ランカは縁側の柱を睨みつけた。
「?」
何をするつもりなのだろう、と興味深そうに見つめるマーシャ。
ぐっと二つの弾丸を握り込んで、そして可愛らしい声で「やあっ!」と言った。
「っ!?」
マーシャがその現象を理解するのに、たっぷり五秒ほど必要とした。
ランカの右手から発射された二つの弾丸は、縁側の柱に二つの染みを作り出している。
床には薬莢が転がっていて、太陽の光にキラキラと反射している。
柱の染み部分には微妙な凹みがあり、かなりの圧力を加えられた事が分かる。
ランカは薬莢を二つ拾い上げて、自らが作った染みと凹みを観察する。
「……やっぱり威力が少し心許ないわね。特殊コーティングされている薬品であって、鉛ではないのだから仕方無いわね。人体を貫通は出来ないけれど、体内に薬品を入れるぐらいならこの威力でも大丈夫かしら……」
ふむふむ、と頷きながら冷静に分析している美少女。
マーシャは唖然としながらも、今の技について質問した。
「それは、何だ?」
振り返ったランカはにっこりと笑って、二つの薬莢を手のひらで弄んだ。
「射撃技術の代わりに身につけたものなんだけれどね。手から礫を高速発射させるものよ。手裏剣とか、投擲とか、そういう技術に類するものだと思うのだけれど。普段は鉛玉を利用しているの」
懐から取り出したのは、鉛で出来た弾だった。
それを今度は庭にある岩に狙いを定めて発射する。
ビシビシッ!!
そんな音を立てて、今度は鉛玉が岩にめり込んだ。
今度は弾そのものに十分な強度があるので、岩をも破壊する威力が生まれたのだ。
これが人体に向けられたらと思うとぞっとする。
「……凄いな」
「銃が扱えたら、身につけなかった技術かもしれないけれどね」
「いやいや。武器チェックに引っかからない分、そっちの方が有用性が高いから」
「そうかしら? 射程はそれほど長くないのよ」
それはそうだろう。
火薬によるブースト発射ではなく、あくまでも指の力による人力発射なのだから。
飛距離に差があるのは当たり前だった。
「どれぐらいなんだ?」
「確実に人体にダメージを与えようとするなら、二十メートルが限界かも」
「……十分だと思う」
拳銃の有効射程が五十メートルほどである事を考えると、指の力のみで発射する鉛玉がその三分の一すらも越えているというのは十分過ぎる。
脅威ですらあった。
「この弾丸だと鉛玉とは形状が違うから、射程は少し下がるけれど」
「それなら鉛玉に薬を塗布すればいいんじゃないのか?」
「それは名案だわっ!」
大喜びで手を叩くランカ。
これで問題は解決した、と大喜びだった。。
「ところで、タツミも射撃が苦手だっていう事は、同じように鉛玉を手で発射するのか?」
「ううん。これはタツミが居なくなってから身につけた技術だから、同じようには出来ないと思うわ。タツミはナイフの投擲が得意だった筈だし」
「へえ……」
お互いに遠距離攻撃手段は持っているという訳だ。
拳銃という間接的な道具を使うよりも、己の身体で調節出来る鉛玉や投擲武器の方が性に合っているということなのだろう。
或いは、己の身体を十全に使えるからこそ、間接的な道具を使った攻撃が苦手なのかもしれない。
そしてマーシャは少しだけ好奇心を刺激されてしまう。
凄い使い手を見ると、胸がざわざわしてしまうのだ。
嫌な感じではなく、ワクワクした感じの気持ち。
つまり、自分もやってみたい。
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