レヴィは格納庫へと移動する。
シオンが出してくれているであろう誘導灯に従って進んでいくと、そこには蒼い戦闘機があった。
「おお……。こりゃ凄い」
見ただけで素晴らしいと分かる姿だった。
自分が乗っていたものよりも少し大きい。
形も違う。
しかし、翼を広げた優美なフォルムはまるで宇宙の鷹を連想させた。
「悪くないな」
こういう戦闘機ならば、一度ぐらいは乗ってみるのも悪くない。
そう思えた。
すぐに操縦席へと乗り込んだが、レヴィはそこでマーシャの言葉の意味を理解した。
『レヴィの為に用意した特別機《エクストラワン》だからな』
「なるほどねぇ。俺のことは、結構調べていたってことか。まあ、クラウスさんの手助けがあれば不可能って訳でもないのかな」
レヴィはクラウスのこともよく知っている。
あれからマーシャ達のことが気になっていたので、クラウスについても任務の合間に調べていたのだ。
ロッティでは絶大な権力を持つ実業家。
少なくとも、幼い亜人を庇護するには十分すぎる力を持っていた。
だから、その権力や財力を使えば、死んだ筈のレヴィの痕跡を辿るのは難しくなかったのかもしれない。
ましてや、マーシャはあの事件の痕跡というあやふやなものではなく、レヴィの痕跡という、個人で辿ったのだから、情報の取捨選択は容易だった筈だ。
それなりに気遣って自分の痕跡を消したつもりだが、マーシャには辿られてしまった。
少し悔しくはあるけれど、再会出来たのは素直に嬉しい。
もう一度、あの時間に戻れるのかもしれない。
穏やかで、幸せだと思えた、あの時間に。
「マーシャはそれを望んでいるのかもな」
運び屋としてシオンの輸送を依頼するだけなら、他の運び屋を選んでも良かった筈だ。
宇宙船の建造だって、この星でする必要は無かった筈だ。
しかし、たった一つのことで説明が付く。
マーシャはずっとレヴィを追いかけてくれていた。
七年前に別れてからずっと、レヴィを目指してくれていた。
そうでなければ、ここまで大がかりは事はしないだろう。
つまりこれは、お膳立てなのだ。
自分を取り巻く状況を利用した、レヴィへのお膳立て。
一度は宇宙を捨てたレヴィに対して、もう一度戻ってくるかどうかを問う舞台。
それがこの戦場なのだ。
「実際、かなり迷っているしなぁ」
この依頼が完了したら、マーシャはロッティに戻るのだろうか。
あっさりと、レヴィと別れて?
ここまでしておいて?
それは無いだろう。
レヴィとしてもマーシャがこの後どうするか、放っておけない気持ちはある。
だからこそ、答えを決めなければならなかった。
操縦席も、操縦桿も、システムコンソールも、全てレヴィに馴染みのあるものだった。
エミリオン連合軍制式採用機『アークセイル』。
それがレヴィの乗っていた最後の機体だった。
あれから機体の仕様は随分と変わっているだろう。
ましてやこの戦闘機は最新型だ。
だからこそいろいろな部分が変わっていると覚悟していたのだが、マーシャは敢えてアークセイルに似たものに仕上げたらしい。
当然、機体性能はそれよりも遙かに上回るだろう。
シルバーブラストに乗っていた短い間だけでも分かる。
マーシャが持つ技術はレヴィの知るものよりも数世代は先を行くものだ。
グレアスが血眼になって求めるのも分かる気がする。
次々と起動画面を開いていき、性能を把握する。
「すげえなぁ……」
基本的なものはアークセイルと変わらない。
レヴィがすぐにでも操縦出来るように、敢えてそうしているのだろう。
しかし数値的なスペックは段違いだった。
「特に砲撃が凄いな。この出力。やっぱりアレを想定しているんだろうなぁ……」
マーシャはレヴィの戦い方まで熟知しているようだ。
その為の機体設計だということは、レヴィにも理解出来た。
まさしく、レヴィの為の特別機《エクストラワン》。
この機体は、マーシャがレヴィの為だけに造ったものだった。
『レヴィ。そろそろ戦闘宙域に到着する。準備は?』
ディスプレイにマーシャの姿が映し出される。
操縦席からの通信だった。
「いつでもオッケーだぜ」
『なら、好きな時に出撃してくれ』
「了解。なあ、マーシャ」
『何だ?』
「この機体。名前はあるのか?」
『もちろんあるぞ』
ディスプレイに映るマーシャは嬉しそうな表情だった。
名前を言うのが楽しみだとその表情が告げている。
「なんていう名前なんだ?」
『スターウィンド』
「………………」
レヴィは呆れ混じりの視線をマーシャに向けた。
あからさま過ぎる名前だった。
本当にこれは、レヴィの為だけの機体なのだ。
マーシャの想いが存分に籠もった特別な機体。
それが分かってしまった。
「また、随分な名前を付けたなぁ」
『悪いか?』
少しだけ上目遣いになるマーシャ。
もしかしたら勝手に名前を使ったことを怒っているのかもしれない。
そんな、不安そうな表情だった。
レヴィはそんなマーシャに笑いかける。
不満だった訳ではない。
ただ、そこまであの思い出を大事にしてくれていることが嬉しかっただけだ。
「いいや。ちょっと懐かしくなっただけだ」
『そうか』
「精々、暴れてくるさ」
『私も暴れるから、巻き込まれるなよ』
「………………」
なんだか怖い台詞だった。
マーシャはこのシルバーブラストを操縦する筈だ。
遊撃はレヴィの役割であり、マーシャは砲撃や回避を担当すると思っていた。
しかしこの発言からして、それだけで済ますつもりは毛頭無いようだ。
レヴィの実力を知っていてなお『巻き込まれるな』と言うあたり、とんでもないことをしようとしているに違いない。
何をするつもりなのか、考えるだけで恐ろしい。
しかしだからといって尻込みする訳にもいかない。
『そろそろ戦闘宙域に到着だ』
「分かった。スターウィンド、発進する」
レヴィは操縦桿を握って、シルバーブラストから飛び出した。
ひとまず軽く旋回してみる。
それから少しだけ変化を付けた操縦を繰り返す。
「よし。勘は鈍っていないな」
操縦桿と手の感触が完全にリンクしている。
自分の手足として、このスターウィンドを操縦出来ている。
それが嬉しかった。
「久しぶりだな、この視界も」
狭い操縦席。
外にある広い宇宙。
無限の中の有限。
自分がとてもちっぽけな存在であると思い知らされると同時に、限りない万能感で満たされる。
レヴィはこの感覚が好きだった。
すぐ傍には敵艦がある。
次々と戦闘機が出てくる。
「ざっと百五十機ってところか。俺一人だと少し時間がかかるなぁ」
一対百五十。
本来は絶望的な差だ。
しかしレヴィは不敵に笑う。
今までのレヴィなら不可能だった。
『星暴風《スターウィンド》』と呼ばれていた頃のレヴィでは、出来なかったことだ。
今は三年ものブランクがある。
それでも、今なら出来るという確信があった。
それは自身の必殺技を思う存分使えるからだ。
この機体最大の切り札は、永久内燃機関『バグライト』にある。
宇宙を自由に飛び回るには莫大なエネルギーが必要になる。
一度星の海に出てしまうと、補給すらもままならない事態に陥ることは珍しくない。
その中でも深刻なのは燃料の問題だろう。
その課題を乗り越える為に開発されたのが永久内燃機関バグライトだった。
バグライトは高出力かつ高効率な永久内燃機関として、全ての宇宙船のメイン炉心として利用されている。
ただし、宇宙船の航行をほぼ永遠に賄うことが出来るほどの炉心なので、その大きさはかなりのものとなる。
戦闘機はバッテリー充電式なので、活動時間に制限がある。
このバグライトを戦闘機に利用しようとして小型化の研究が進められていたが、未だに成功した者は居ないという。
しかしそれは間違いだった。
少なくとも、マーシャはとっくに成功していたのだ。
このスターウィンドにはバグライトが積まれている。
つまり、世界で唯一の永久内燃機関を利用出来る戦闘機なのだ。
これはエネルギーが限られている他の戦闘機に対して、圧倒的なアドバンテージを得ることが出来る。
この戦闘はどれだけ敵が多かろうとも、レヴィが主導権を握ることが出来るのだ。
負ける気は全くしなかった。
「シャンティ」
シルバーブラストにいるシャンティに呼びかけるレヴィ。
亜麻色の髪の少年がディスプレイに映し出された。
『アニキ。呼んだ?』
「おう。この辺りの通信封鎖を頼みたいんだけど、出来るか? 相手はエミリオン連合の軍艦だけど」
いくらシャンティでも、軍艦相手では通信封鎖に時間がかかるのではないかと思ったのだが、少しばかり侮りすぎていた。
『もう終わってる』
「早いな」
『マーシャさんに頼まれてたんだ。完全に孤立させるつもりらしいね。えげつないけど、確実だと思う』
「えげつないな。でも確実だ」
えげつないというのは同意見だったが、レヴィも同じ事をしようとしていたので人のことは言えない。
『この船とアニキの機体とは向こうも通信出来るようにしておいたから、問題無いと思うよ』
「分かった」
それならば問題無い。
孤立させることも目的だが、何よりも情報を本部に送らせないことが重要だった。
レヴィとオッドの生存をエミリオン連合軍本部に知られる訳にはいかないのだ。
その上で、自分の正体を知らせて、グレアスに復讐する。
それがレヴィの目的だった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!