「あーあ。オッドの奴も可哀想に。大きなたんこぶが出来ただろうなぁ。
意識を失ったオッドを見て、レヴィがやれやれと肩を竦めた。
マーシャはそんなオッドを忌々しげに見下ろしながらため息を吐く。
「あんまり手荒にしてやるなよ。オッドだってシオンを心配しているんだから」
「無理だ。まだ痛めつけ足りないぐらいだ」
「……どうどう。少し落ちつこうか」
マーシャの発言がこの上なく恐ろしい。
何とか宥めようとするが、なかなか効果を発揮してくれない。
猛獣を宥めるのはなかなかに大変なのだ。
「む~」
しかし猛獣でもレヴィにとっては可愛らしい恋人なので、その頭をしっかりと撫でて抱きしめる。
そうすると少しは落ちついてくれることを知っているからだ。
「オッドには話せなくても、俺には話してくれるだろう? シオンは何をしようとしているんだ?」
「レヴィに話せばオッドにも伝わるだろうが」
「それはそうだけど、猛獣モードのマーシャから話すよりはマシだろう?」
「誰が猛獣だっ!」
「え? 自覚無いのか?」
「……ちょっとはあるけど」
不思議そうにレヴィがマーシャを見ると、気まずそうに視線を逸らされた。
やはり自覚はあるらしい。
自覚があるのなら、もう少し大人しくして欲しいと思うのだが、そこも含めて可愛いとデレているので、レヴィは何も言わない。
「大丈夫だ。教えてやるのはちゃんとオッドに覚悟を決めさせてからにする。それならどうだ?」
「決めさせられるのか? 私が見たところ、てこでも動きそうにないぞ」
「マーシャから見たらそうだろうな。でも俺から見たら、オッドは揺らぎまくりだぞ」
「そうなのか?」
「ああ。長い付き合いだから、それぐらいは分かるよ。それに、ああいうオッドのほぐし方もよく分かっている。いいから俺に任せておけよ。シオンの担当がマーシャなら、オッドの担当は俺だろう?」
「まあ、そうかもな……」
レヴィとオッドは誰よりも長い付き合いだ。
一番長い時間を共に生きて、一番辛い時間も共有してきた。
だからこそ分かることもあるのだろう。
オッドのことを一番よく分かっているのはレヴィなのだ。
レヴィが大丈夫だというのなら、信じてみるのも悪くない。
「分かった。話すよ。ただし、オッドに教えるのは本当に覚悟が決まってからにして欲しい。中途半端な状態で今のシオンに介入されるのが一番困るんだ」
「分かってるよ。そこはきちんと決めさせる。その覚悟が無いんだったら教えない。それは約束するよ」
「よし。じゃあ向こうで話そう」
「おう」
「シャンティ。悪いけどオッドの介抱を頼む。結構大きなこぶになっていると思うから、冷やしてやってくれ。ついでに頭の中身も冷やしてくれると助かる」
「……アネゴ。僕を蚊帳の外に置いている癖に、厄介事だけ押しつけていない?」
シャンティが不満そうにマーシャを見上げる。
興味があるのに蚊帳の外に置かれているのが気に入らないのだろう。
しかしマーシャは笑いながら否定した。
「そんなことはない。大体、蚊帳の外どころか、シャンティがシオンに余計なことを吹き込んだのがこじれた原因だろう? 巡り巡って元凶と言えるんじゃないか?」
「う……それを言われると辛いなぁ」
気まずそうに頭を掻くシャンティ。
昨日の今日でこうなってしまったのなら、確かに自分が余計なことを吹き込んだ所為かもしれないと考えている。
しかし強引に聞き出したのはあくまでもシオンなので、元凶呼ばわりは理不尽だったりするのだが。
しかし笑顔で凶悪なオーラを出しているマーシャを前にすると、とてもではないが逆らえない。
オッドの有様を見ていると、尚更逆らえない。
こくこくと頷くしかなかった。
「という訳で任せたぞ」
「はーい」
逆らえないのなら従うしか無い。
本気で怒ったマーシャを見た直後に、これ以上口答えをするのは自殺行為だと分かっているのだ。
部屋を移動したレヴィはマーシャにシオンについての秘密を聞かされる。
シオンは人間と同じように成長出来る有機生命体だが、人工的に作られているからこそ、その成長を自由に操作出来ること。
今はシオンの中身が追いつくまで外見の成長を止めているが、その気になれば短期間で大人にまで成長出来ること。
つまり、肉体の成長を自由に操作出来るのだ。
ただし、それは不可逆のものだった。
一度成長した肉体は、二度と元には戻せない。
大人になることを選択したのなら、二度と子供には戻れないのだ。
「そんなことをしてシオンは大丈夫なのか? 急激に身体を成長させたりして、寿命が縮んだりとかしないのか?」
「そこまで無茶な成長はさせないさ。それにシオンは人間とは違うからな。身体にダメージを受けても、修復は出来る。その気になれば不老の身体になれるんだ。そこは問題無いよ」
「そうか」
「ただ、精神の方は心配だな。心が幼いままなのに、身体だけ大人になってしまうんだ。シオンが変質しないギリギリの身体があの姿だと思ったんだが、無理に大人になろうとすると、精神に何らかの変質が生じてしまうかもしれない」
「それって、シオンがシオンじゃなくなるってことか?」
そうであるのなら、何としても止めなければならないと考えるレヴィだった。
シオンの人格が決定的に変わってしまうようなことを見過ごすつもりは無い。
「そうじゃない。どんな身体になったところで、どれだけ変質したところで、シオンがシオンであることに変わりは無いんだ。人間にも多重人格というものがあるだろう? あれと似たようなものだと思う。どれだけ変わったように見えても、根っこの部分はちゃんとシオンなんだ。私達のことも覚えているし、オッドへの気持ちもきっと変わらない」
「………………」
「シオンにどんな変化が起こるかは私にも分からないんだ。それが心配だから、あまり無理に成長させるようなことはしたくなかったんだけど」
「だったら止めろよ」
「出来る訳がない。シオンが望んで決めたことだ。今の自分ではどうやってもオッドに受け入れて貰えない。だったら大人になるしかない。そう考えて決めたことだ。どうして止められる?」
好きな人を追いかける為に、追いつく為に、なりふり構わず突っ走る。
それはかつて自分が生きてきた道のりそのものだった。
だからこそ、マーシャにはシオンの気持ちが分かるのだ。
分かるからこそ止められない。
どれだけ心配であっても、同じように無茶を続けてきたマーシャにシオンを止める権利など無いのだ。
もちろん、止められるものならば止めたいと思っている。
だけどシオンがこれ以上オッドのことで苦しむところも見たくないのだ。
オッドを振り向かせたいという気持ちと同じぐらい、今の苦しさから逃げ出したいという気持ちも強いのだろう。
人格の変質を経て、オッドへの気持ちがどう変わるのかは分からない。
それでもこれ以上苦しまずに済むのなら、気の済むようにさせてやりたいと考えるのは、そんなに悪いことだろうか。
子供らしい逃避でしかないのかもしれないが、マーシャはそれでもいいと思っている。
苦しいことから逃げるのは、決して悪いことではない。
それで自分を護ることが出来るのならば、いつかは逃げ出した自分を肯定出来るかもしれない。
だったら、逃げてもいいと思うのだ。
「なあ、レヴィ。私はこれ以上シオンに苦しんで欲しくないんだよ。だからこれでいいのかもしれないと思っている。今のシオンをオッドは受け入れられない。大人になっても受け入れて貰えないのなら、シオンも吹っ切れるだろうし。これ以上苦しむことになっても、その苦しみに区切りが付くのなら、それでいいんじゃないかって思うんだよ」
「マーシャ……」
マーシャも本当はシオンにそんなことをして欲しくないと考えているのだろう。
だけど止められるだけの理由も見つからない。
引き留めるということは、今以上にシオンを苦しめるということでもあるのだから。
ここまで弱気になっているマーシャを見るのは珍しい。
本当の意味でシオンの力になってやれない自分を不甲斐なく思っているのかもしれない。
レヴィはマーシャw抱き寄せてから、慰めるように頭を撫でてやる。
「マーシャは何も悪くない。多分、誰も悪くない」
マーシャはオッドに腹を立てているようだが、彼が悪い訳でもない。
レヴィにはオッドの気持ちがよく分かるのだ。
今のオッドにはそうすることしか出来ないことも分かってしまう。
だけど、望みはあると信じている。
オッドがあれほどまでに取り乱してしまうぐらいシオンのことを気にしているのならば、望みはある筈なのだ。
「大丈夫。きっと何もかも上手くいくさ。オッドが本当に気にしているのは、シオンが子供だってことじゃない」
「え?」
「まあ、ロリコンになることへの抵抗はそれなりにあるだろうけど」
「それを気にするなというのは酷だって分かっているけど……」
「だよなぁ。一度からかってしまったのが不味かった」
「………………」
「だけど大丈夫だ。きっと、あいつはシオンを選ぶ」
「本当に?」
マーシャが不安そうにレヴィを見上げる。
レヴィは安心させるように頭を撫でた。
「その為にも、マーシャに協力して欲しいことがあるんだ」
「?」
「今すぐにオッドを説得してシオンを選ばせることは出来るかもしれない。だけど、ここはやっぱり、オッドが悩んで葛藤して、その上でシオンを選ぶように仕向けたい」
「……なんか、ものすごい悪巧みをしているように聞こえるんだが」
「気のせいだ。今の俺はバリッバリの恋のキューピッドだぜ」
「……その表現は気持ち悪い」
「失礼な……」
むくれるレヴィだが、マーシャも負けず劣らず嫌そうな顔をしていた。
自分で自分をキューピッドと表現する三十路過ぎの男を見る顔としては、とても正しいと言えるだろう。
ギリギリまでシオンを止めるな。シオンを止めるのはオッドの役割だ」
「それは構わないけど、本当に大丈夫かな?」
「大丈夫にしてみせるさ」
「頼もしいなぁ」
自信満々な様子に、マーシャも少しだけ元気を取り戻す。
マーシャがこの世界で最も信用しているのはレヴィなのだ。
彼が大丈夫だというのなら、どんなことでも無条件で信じることが出来る。
レヴィを信じられなくなった時は、自分が自分でなくなる時だと考えている。
「分かった。レヴィを信じるよ。つまり私はシオンがギリギリまで追い詰められている状態を演出すればいいんだな?」
「よく分かってるじゃないか。もちろん、シオン本人にも演出だって気付かせるなよ? 気付かれたら台無しだからな」
「了解。二人がラブラブになる為にも全力全開で協力しよう」
「……端から見るとものすごいカップルになりそうだけどなぁ」
「……そこはまあ、言わない約束ということで」
何をどう取り繕ったところで、シオンとオッドではロリコンカップルにしかならないのが複雑なところだった。
しかしそこはもう考えないようにしよう。
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