調味料の買い出しに出て、自分の部屋に戻ると、シオンが俺の部屋に居た。
「………………」
まあ、それはいつものことなので、最近は慣れた。
それよりも大きな問題がある。
それはシオンの姿がいつもと違うことだ。
「……何をしているんだ?」
「えへへ~」
シオンは真っ白いフリルのエプロンを着けて俺を待っていた。
しかし料理をする気配は無い。
ただのコスプレなのかもしれない。
「お帰りなさい、オッドさん。ご飯にするですか? お風呂にするですか? それともあ・た・し?」
「………………」
頭痛がしてきた。
目眩もしてきた。
どうしてこんな状況に陥ったのだろうと考えてしまうが、真面目に考えれば考えるほどに不毛な気がしたので、もう棚上げにすることにした。
辛うじて気力を振り絞り、口を開く。
「……誰から吹き込まれた?」
昨日まではベッドに潜り込む程度だったのが、今日になっていきなり攻めてを変えてきたのだ。
シオンが自分で行動を起こしたというよりは、誰かに吹き込まれたと考える方が自然だろう。
「シャンティくんが教えてくれたです~」
「………………」
余計なことをっ! とシャンティを心の中だけで罵倒しまくった。
後で説教しておかなければならない。
面白半分に何を吹き込んでいるんだっ!
あいつは絶対面白がっている。
玩具にされる方はたまったものではない。
「で? あたしにするですか? あたしにするですか?」
シオンがワクワクした表情で俺に迫ってくる。
新しい攻略方法を吹き込まれて、とても嬉しそうだった。
「……しない」
頭痛と目眩と、後は強烈なストレスを堪えながらも、気力を振り絞ってそう答えた。
「え~」
不満そうに唸るシオンを無視して台所へと移動する。
購入した調味料を所定の場所に置いていく。
今日はマーシャの料理練習で予想外に調味料が減ってしまったので、補充が必要だったのだ。
今頃は部屋で熱烈にいちゃついているであろう二人のことを考えると、少しだけ気分が和んだが、今は目の前の問題を解決することの方が先なのかもしれない。
シオンが部屋から出て行く気配は無い。
追い出す訳にもいかないので、好きにさせている。
同じ空間にいることに慣れてしまったので、そこまで神経質になるつもりもない。
隣でのんびりと過ごしているシオンは、今のところこれ以上仕掛けてくるつもりもないようなので、安心してバスルームへと向かう。
「はぁ……」
湯船に浸かりながら、何度目か分からないため息を吐く。
最近はいろいろありすぎて、精神的に疲れている。
その際大のものはもちろんシオンの恋愛突撃なのだが、マーシャから釘を刺されている所為もあって、完全な拒絶は出来ない。
子供だという理由だけで拒絶するのは不誠実だと思うし、かといって受け入れることも出来ない以上、どうにも出来ないのが現状だ。
曖昧な状況で苦しめていることは知っていても、これ以上はどうにも出来なかった。
申し訳ないという気持ちはあるし、これ以上は勘弁してくれという、うんざりした気持ちもある。
部屋に戻ればシオンがいる、と考えると、なるべく長く入っていたいと思ってしまう。
放っておけば廊下で夜を過ごしてしまうと分かっているので、出て行けとも言えず、結局ずるずるとこの状況が続いてしまっている。
この状況は良くないと自分でも分かっているのだが、シオンが諦めてくれないので、他に方法が無いのだ。
「はぁ……」
再びため息。
のぼせそうになったが、まだ当分は使っていたかった。
しかしそんな現実逃避を許してくれるほど、俺に襲いかかってくる状況は甘くなかったようだ。
「え?」
いきなり浴室の扉が勢いよく開く。
「っ!?」
裸にタオル一枚巻いただけのシオンがいきなり突入してきた。
「オッドさーんっ! 背中を流してあげるですよ~っ!」
「いらんっ!」
背中を流すと言いつつ、勢いよく湯船に突撃してこようとするシオンを、大量のお湯で迎撃した。
「わぷーっ!」
手の動きだけで湯船の中身を弾かせたので、波となってシオンに直撃する。
タオルも含めて全身びしょ濡れになったシオンは、濡れ鼠みたいな有様だった。
「何するですかーっ!」
「それはこっちの台詞だっ!」
何故俺が文句を言われているのだろう。
どう考えても文句を言うのは俺の方だろう。
「攻略作戦その二ですですっ! お風呂で親睦を深め合うの巻っ! ぽろりもあるですっ!」
「無くていいっ!」
怒りのあまり湯船から立ち上がってしまう。
このまま出てしまおう。
「オッドさん」
「何だ?」
「丸見えです」
「………………」
シオンは俺の……をガン見している。
女の子がそこをガン見するな。
取り敢えず拳骨をしておいた。
「痛いですーっ!」
「俺はもう出るから、そのまま入ってしまえ」
「オッドさんは一緒に入らないですか?」
「入らない」
「ちょっとぐらいいいじゃないですか」
「嫌だ」
「……そんなにあたしが嫌いですか?」
「そういう訳じゃない」
「じゃあ一緒に入るですっ!」
シオンが勢いよく俺に飛びかかってくる。
「っ!?」
この状況で避けるとシオンに怪我をさせてしまうので慌てて受け止めるが、俺は足を滑らせてそのまま湯船で転倒してしまう。
盛大な水音と共に、勢いよく倒れ込んだ。
「痛……」
角で頭をぶつけてしまったので、かなり痛い。
しかしシオンに怪我は無いようだ。
「あ、大丈夫ですか? オッドさん」
飛びついた時の勢いで、シオンのタオルははだけてしまっている。
今はお互いに一糸まとわぬ姿だった。
後先考えないシオンはそれに気付いていない。
気付いていたとしても、きっと気にしなかっただろう。
しかし、俺はもう限界だった。
シオンについて頭を悩ませることも、シオンの突拍子のない行動に振り回されるのも、もううんざりだと思ってしまった。
シオンがもう少し思慮深く行動してくれていれば、こんなことにはならなかっただろう。
シャンティの言うことを真に受けて、こんな軽率な事をしてしまうシオンが腹立たしい。
シオンは身も心もまだ子供で、恋をするということがどういう意味を持つのか、完全には理解出来ていないだろう。
そんな状況でここまで振り回されてはたまらない。
俺一人だけが様々な葛藤に耐えているような気持ちにさせられる。
そんなことはないと分かっているが、それでも限界だった。
だから、我慢出来なかった。
「………………」
全てを壊してしまいたい、という暴力的な衝動が俺の中から湧き上がってくる。
「オッドさん?」
俺の様子がおかしいことに気付いたのだろう。
シオンが心配そうに近付いてくる。
「……いい加減にしろ」
「っ!?」
自分でも驚くぐらいに低い声が出ていた。
シオンの身体がびくりと震える。
本気で怒っているということが分かって、怯えているのだろう。
「いい加減にしろっ!」
「っ!!」
反射的に身を竦めたシオンは、涙目で俺を見る。
しかしお構いなしにシオンを引き剥がす。
「オッドさん……あたし……あたしは……ただ……」
涙混じりの声で何かを訴えようとするが、俺はそのままシオンを睨み付ける。
「っ!」
「人を引っかき回して楽しいのか? 俺の都合を無視して、こんなことばかりして、それで思い通りになると、本気で思っているのか?」
黒い感情が抑えられない。
自分が必死で抑え込んでいるものを、無邪気に暴こうとしているシオンのことが腹立たしい。
だからこそ、抑えが利かない。
俺の声は、自分でもどうしようもないぐらいに冷たいものになっている。
今までシオンには見せなかった明確な拒絶。
それをはっきりと態度で示している。
シオンは何も言えなくなり、ただ泣きじゃくっている。
しかし慰める気にはならなかった。
俺も限界なのだ。
「もう、たくさんだ」
俺はそのまま浴室から出て行く。
取り残されたシオンは唖然としたまま、ただ泣いている。
しかしもう振り返らなかった。
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