そして周りは地獄になった。
テロリストの仕業だと思っていた護衛は味方だと思い込んでいたエステリ軍に撃ち殺されてそのまま斃れる。
デミオ・アイゼン議長の側近達も次々と撃ち殺されていった。
人質を取って交渉するなどということをするつもりはないらしい。
混乱から立ち直れないまま、エミリオン連合軍が壊滅するかと思われたが、いち早く違和感に気付いたレヴィアースが最低限の警告を自軍に発した為、何とか間に合った。
そして混乱から立ち直る為の時間はカミュが稼いでくれた。
戦艦からの支援砲撃。
混乱に紛れて撃ち殺されるのを避けられたら、流石に冷静さを取り戻す。
レヴィアースの部隊は生き残る為に反撃を開始するのだった。
「狙撃班は周辺警戒っ! こちらの指示があったら対象を狙撃っ! 他の奴らは各自の判断で敵を撃てっ!」
予め用意されていた戦場ならば、戦略も戦術も有効だ。
しかし突然放り込まれた敵味方入り乱れる戦場では、こちらの指示にはほとんど意味が無い。
ある程度冷静さを取り戻したといっても、それは恐慌から逃れる為の現実逃避でしかないからだ。
本当の意味で冷静さを保てないのならば、複雑な状況判断を要求される指示よりも、シンプルなものの方が効果的だ。
とにかく、敵を撃て。
それだけでその場は凌げる。
その場は凌げるだけで、この先も凌げる訳でないのが困りものだが。
「オッド。ガードは任せた。こっちは指示を仰ぐ」
「了解しました」
携帯端末を取り出してから、レヴィアースは軌道上にいる第七艦隊本艦へと連絡を取った。
「こちら第一戦闘機部隊隊長、レヴィアース・マルグレイト少佐です。連合加盟調印式は失敗。エステリ側の裏切り行為により、アイゼン議長とその側近、そして護衛達が撃たれました。救命も救出も不可能。こちらはエステリ軍と交戦中。しかし戦力差が大きすぎます。部下を回収して脱出しますので、航空戦力の牽制をお願いします」
指示を仰ぐというよりは一方的な要求だったが、この状況では他に選択肢が無い。
『こちらも軌道上からの監視で確認した。既に本国からの指示も通達されている』
答えるのは冷静で、冷徹な声。
レヴィアースの上司であり、エミリオン連合軍第七艦隊司令官のグレアス・ファルコン大佐だった。
「そうですか。ならば話は早い。こちらの脱出の援護をお願いします」
『それは出来ない』
「は……?」
一瞬、何を言われたのか理解出来なかった。
当然の要求をしているのに、当然のように断られる。
その理由が分からない。
『エミリオン連合議長デミオ・アイゼンはエステリに殺されたのではない。所属不明のテロリストによって諸共殲滅された』
「グレアス大佐……?」
『本国からはそういう通達だ。そういうことになる。これから』
「…………まさか」
それの意味する先は一つだった。
事実の隠蔽。
そして隠蔽に最も効果的なのは、目撃者の口を塞ぐことだ。
未来永劫、塞ぐことだ。
「長年手を焼かされてきたエステリから罠に嵌められたなどという汚点を残す訳にはいかん。よって、この事実は無かったことになる。アイゼン議長達がお亡くなりになったのはテロリストの仕業であり、エステリ軍の裏切りではない。そしてエステリ軍もろとも、テロリストに壊滅させられた。そういう筋書きだ。そしてそこにはエミリオン連合軍の護衛も巻き込まれたという筋書きになっている」
「待ってくださいっ! そんな無意味なことの為に自分達に死ねとおっしゃるのですかっ!?」
任務で死ぬのは仕方が無い。
罠に嵌まったことも運が悪かったとしか言い様がない。
それならそれで足掻きようがあるし、生き残れなかったとしても、納得は出来る。
それが軍人というものだからだ。
しかし味方に殺されることまでは想定していない。
そんなおぞましい未来は想像すらしていない。
悪夢でしかない。
そういう意味では、レヴィアース・マルグレイトという人間は純粋だったのだろう。
現実を受け入れようとしないのだから。
受け入れたくないのではなく、そんな現実があることを納得出来ないのだ。
『無意味ではない。政治の世界はそれ以上におぞましい。そして最も近くで巻き込まれるのは我々軍人だ。そのおぞましさに巻き込まれることは哀れだと思うし、我々としても『星暴風《スターウィンド》』を失うのは痛い。しかし上層部の決定だ。我々はこれから地上へとミサイル攻撃を行う。生き残ることは不可能な量を撃ち込む。……すまないな。マルグレイト少佐。許してくれとは言わない。しかし、これも任務だ』
「ふ、ふざけるなっ! そんな無意味な理由で命を奪われてたまるかっ!」
上官であることもお構いなしに噛みつくレヴィアース。
しかし通信はそれっきり切られた。
「くそっ!」
その通信はオッドにも聞こえていた。
理不尽極まりないが、そういうことも有り得るのが政治の世界であり、巻き込まれる軍人の世界でもある。
しかしレヴィアースはどうあっても納得しようとはしないだろう。
オッドですら納得しない。
冗談ではないと思う。
しかし軌道上からミサイルを撃ち込まれるのでは逃げ場が無い。
「少佐っ!」
「っ!?」
しかしオッドは迷わなかった。
ミサイルはすぐに撃ち込まれるだろう。
部下に撤退の指示を出す暇はない。
元より、敵と交戦中である現状で撤退指示など出しても意味がない。
その場から離れられないのだから、どちらにしても死ぬだけだ。
しかし今は違う。
レヴィアースとオッドはある程度の敵を退けて、今は多少なりとも動ける状況だ。
ならば生き残る為の最善を尽くさなければならない。
少なくとも、レヴィアースだけは生き残らせる。
オッドはそう決意していた。
レヴィアースを引っ張り、一刻も早く離れようとする。
ミサイルを撃ち込むということは、範囲殲滅攻撃であり、つまりは大雑把な攻撃だということだ。
まさかファルコン大佐も一都市を壊滅させるような攻撃はしないだろう。
精々が、この会場を壊滅させるぐらいに抑える筈だ。
それだけで十分だし、それ以上は国際問題に発展する。
既に国際問題どころか大問題だが、それ以上の拡大を防ぐ為には、目撃者を消す以上のことは出来ないのだ。
だから少しでも離れれば生存率は上がる筈だ。
レヴィを引っ張り走り続ける。
指示を出さなければならない筈のレヴィはされるがままになっている。
現実に理解が追いつかないのだろう。
それを指揮官失格だとは言えない。
状況が異常なのだ。
真っ当な感性を持っていることを責めることは出来ない。
この状況で、指示も出せないぐらいに自失してしまうのは人として当たり前なのだから。
しかしだからこそ、死なせる訳にはいかない。
何としてでも守り切る。
その為に走り続ける。
★
「………………」
レヴィが目を覚ましたのは、地獄の中だった。
「オッド……?」
自分の上にはオッドが覆い被さっている。
「おい、オッド。起きろよ」
「………………」
オッドは目を覚まさない。
意識を取り戻す気配は無い。
「オッド……?」
無理に起き上がると、オッドの身体がそのまま力なく地面に倒れそうになる。
「オッド!!」
オッドの背中にはいくつもの破片が刺さっていた。
恐らくは破壊された建物やその他周辺の物の破片だろう。
それらからレヴィアースを守ろうとして、彼は覆い被さったのだ。
「おい、しっかりしろよ……」
「………………」
失われていく血液は止まることなく流れていく。
レヴィアースはそれを呆然と眺めた。
「くっ!」
しかしそんなことをしている場合ではない。
オッドはレヴィアースを守ってこうなったのだ。
ならば今度はレヴィアースが助けなければならない。
携行治療キットを取り出してからすぐに止血剤と増血剤を打つ。
それから傷口用のスプレーを背中に振りかけて、これ以上の出血を止める。
本格的な治療キットがあればもう少しマシなことは出来るのだが、今はこれが手一杯だ。
「………………」
最低限のことを行うと、今度は立ち上がった。
まずは状況を把握しなければならないと考えたからだ。
立ち上がって、そして地獄を見た。
「嘘……だろ……」
そこは死体で溢れていた。
辛うじてミサイルの範囲外にまで逃がそうとしたオッドだが、それも間に合わず、近くの警備兵が持っていた盾を強奪して自分の上へと覆い被せたらしい。
ひとまずそれで最初の衝撃は逃れたらしいが、今度は盾ごと吹き飛ばされて重症を負ったらしい。
レヴィアースがほぼ無傷なのは、オッドが庇ってくれたからだ。
そして無事では済まなかったのは他の部下だ。
敵も味方も。
エミリオン連合軍も、エステリ軍も、エミリオンの政治家も、エステリの政治家も、それを見物に来ていた人たちも。
すべてが死体になっていた。
「そん……な……」
ゆっくりと首を動かしてから、レヴィアースは自分達の戦艦を見た。
もしかしたら、カミュぐらいは生き残っているかもしれないと考えたからだ。
しかし万が一にも逃がす訳にはいかないと考えたのか、戦艦は無残に破壊されていた。
オペレーターがいる可能性も考えて、艦橋は念入りに破壊されている。
推進機関も破壊されているので、あれでは飛び立つことも出来ないだろう。
船の中にいたカミュはひとたまりもない。
整備兵までも一人残らず死んでいる。
「う……ぐっ……!!」
その場に崩れ落ちて、吐いてしまう。
叫びたかったが、今はそれも出来ない。
理性が警告する。
エミリオン連合軍の攻撃は終わった。
今度は後始末に降りてくるだろう。
生き残りはいないか、確認しに来るだろう。
しかしミサイルで死体すらも残っていない有様の人間も少なくはない。
自分達が生き残るには、この場を離れるしかない。
特にオッドのことは放っておけない。
「……畜生。なんで、こんなことになった?」
分かっている。
頭の奥では分かっているのだ。
そうすることが、エミリオン連合の利益になるから。
ただ、それだけ。
不利益を避ける為の犠牲。
議長が殺されても、代わりはいる。
そして自国の軍人が殺されても、代わりはいる。
代用出来るからこそ、切り捨てられる。
その為に守られたものも確かにある。
しかしその為に踏みにじられたものも、確かにあるのだ。
「……いや、後だ」
怒りはある。
憎悪もある。
狂いたいほどの感情が渦巻いている。
しかしそれらは全て後回しだ。
今はオッドを助けなければならない。
オッドの身体を担ぎ上げてから、なるべく静かにこの場から離れる。
皆殺しにされたことは、ある意味でレヴィアース達の脱出を助けてくれた。
周辺警戒をせずに済んだし、いきなりミサイルを撃ち込まれたので、周辺の人間も逃げてくれている。
脱出はそれほど難しくはなかった。
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