それから警察と救急車がやってきて事情聴取が行われた。
ラリーの息がかかっている警官だったので、その光景を忌々しげに見つめていたが、態度には出しても口には出さなかった。
一人でも殺していれば強引に逮捕出来たのだが、それもしていないとなると、れっきとした正当防衛のみで終わってしまう。
苦々しい限りだが、今回は引き下がるしかないようだ。
ランカが予めマスコミを手配していたので、正当な手段しか取れなかったのが悔しかったらしい。
その後、この事件はマスコミに大きく取り上げられ、そして取材を受けたランカは沈痛な面持ちで語っていた。
味方をしてくれる目撃者には事欠かなかったので、彼女を責める空気は全く無い。
それだけではなく、巻き込まれた怪我人の為に早急に救急車を手配したランカのことを賞賛する内容になっていた。
これはキサラギ傘下にあるマスコミなので、当然そういう効果を狙ってのことだ。
こうすることで世論を味方に付け、この事件に関するキサラギへの攻撃を完封するのが目的なのだ。
その際、襲いかかってきた人間は正気を失っており、何らかの薬物を服用していた可能性があることも流しておいた。
これはラリーへの一刺しでもある。
そして状況が落ちついたところで、ようやく一息吐いた。
マーシャは当初の予定通りホテルに戻るつもりだったが、流石に眼前でここまでの騒ぎを起こしてしまうと宿泊しづらい。
「仕方無い。移動しようか」
船からあまり離れるのも心配なので、その近くのホテルを予約しようとしたのだが、そこでランカが新たな提案をしてきた。
「それでしたら宇宙港の近くに私が所有する別荘があります。そこならセキュリティも万全ですし、他の人間を巻き込む心配もありません。どうですか?」
そう言われると断るのも気が引ける。
マーシャは喜んで世話になると言った。
しかしその前にやるべき事がある。
それはもちろん、レヴィの帰りを待って、腕によりを掛けて作られていたオッドの料理についてだ。
出来上がっている料理は、既にテーブルの上に並べられている筈だ。
レヴィもマーシャも動きまくったお陰で空腹だ。
移動するにしても、これらを片付けないという選択肢は存在しない。
無駄にするのは論外だ。
オッドの手料理を無駄にするなど、十二人虐殺事件よりも罪深い……と本人達は固く信じている。
「ただいまっ!」
「今戻ったぞ~」
「お帰りですです~」
「表は凄い騒ぎだったね。大丈夫?」
飛びついてきたシオンを抱きしめてやってから、マーシャは笑顔で頷いた。
「何とか撃退したよ。そっちは巻き添えを食らったりはしなかったか? 流れ弾とか」
シャンティもシオンも怪我はなさそうなので大丈夫だとは思うが、一応は確認しておく。
「大丈夫だよ。その辺りはオッドが警戒してくれたから」
「そうか。ありがとう、オッド」
「いや。二人とも無事で良かった」
本当ならオッドも外に出てレヴィとマーシャを手伝いたかった筈だが、いつ巻き添えを食らうか分からないこの状況で、シオンとシャンティを二人きりにしておくことも出来なかった。
そんな事情を理解しているマーシャは、感謝の気持ちを込めてオッドの肩を叩いた。
そしてマーシャに言われた通り、レヴィは真っ先に謝った。
「心配掛けて悪かったな、オッド」
「無事ならこれ以上は何も言いません」
「………………」
その声が不機嫌そうなのは、かなり心配していたからだろう。
「次からは気をつけて下さい」
「そうする」
といっても、こんな騙され方をすると、どう気をつけていいのかが分からなくて困るのだが。
むやみやたらと厄介事に首を突っ込むな、と言いたいのかもしれない。
マーシャと行動してから厄介事に首を突っ込む機会が増えたのは確かだが、厄介事の方から首を差し出してくる事も増えたような気がするので、これからもいろいろなトラブルに巻き込まれそうだ、という予感だけはあった。
それから二人は猛然とオッドの手料理に挑んだ。
空腹の二人は次々とご馳走を平らげていく。
酷い餌を食べてきたレヴィは涙ぐんで食べていた。
マーシャはいつも通り、美味しそうに食べている。
「あ、良かったら二人もどうぞ。お腹空いているだろう? オッドの料理は美味しいんだぞ」
骨付きチキンをかじりながら、成り行きで部屋まで付いてきたランカとタツミにも料理を勧める。
二人とも喜んで頷いた。
移動続きで何も食べていなかったこともあり、かなり空腹だったのだ。
そしてタツミが骨付きチキンを食べると、涙を流して大喜びした。
「うめえっ! すげえうめえっ! こんなうめえ飯は何年ぶりだろうっ!!」
感激で更に涙を流すタツミ。
あの『餌』と表現するべき酷い食事を八年間も続けてきたのだから、その気持ちはよく分かる。
ほんの短い期間でしかなかったレヴィですらも、改めてオッドの料理に感激しているのだから、その気持ちは分かりすぎるぐらいだった。
「本当に美味しいですね。うちの料理人にスカウトしたいぐらいです」
贅沢に慣れている筈のランカも、ローストビーフをもぐもぐしながら頷いた。
「給料は応相談ですが、如何ですか?」
というよりも、本気でスカウトを開始していた。
「ちょっと待てーっ!」
「それは困るっ!!」
「オッドさんを持って行っちゃ駄目ですですーっ!」
「そうだよっ! 困るよっ! 僕たちの大事な胃袋管理人なんだからっ!!」
マーシャ、レヴィ、シオン、シャンティがすかさず抗議した。
オッドは自分達のものだと主張しまくりだ。
「………………」
当のオッドは困るやら照れるやらで複雑だった。
本人は目立たない雑用係のつもりなのだが、実はメンバーの中で一番の愛されキャラなのである。
「そ……そうですか。いえ、無理にとは言いませんよ、もちろん」
あまりの反応の良さに、少しだけ引いているランカだった。
そして軽く十人前はあった筈の料理を一時間足らずで平らげたマーシャ達は、さっそく移動の準備を開始した。
マーシャ達が荷物をまとめ終わると、ランカが手配した車に乗り込む。
先ほどよりも更に大きく、座席が多い。
軽く十人は座れる大きさだった。
縦に広い造りなので、通行の邪魔になるほどではない。
その辺りはきちんと配慮しているらしい。
新しい運転手ともう一人の護衛が到着し、運転席と助手席に座る。
後部座席にはマーシャ、ランカ、タツミ、その後ろにレヴィ、シオン、オッド、シャンティが座っている。
一列に三人座れる仕様だが、シオンはオッドの膝の上なので三列目は四人となった。
すっかり打ち解けたマーシャとランカは仲良くガールズトークをしているかと思いきや、やはり話題は物騒なものが中心だった。
「ミアホリックと言うそうですが、厄介な薬のようですね」
ランカが懐から取り出したのは二つのアンプルだった。
先端にボタンが付いており、肌に当ててそれを押す事により、薬液が高圧で発射されて体内に入り込むのだろう。
「それは?」
「恐らく、そのミアホリックです」
「……いつの間に手に入れたんだ?」
ランカがミアホリックの情報を手に入れたのは、ついさっきの筈だ。
それなのにもう現物を手に入れている。
マーシャはそれをまじまじと覗き込みながらも、不思議そうにしていた。
そんなマーシャに対して、ランカは優雅に微笑んだ。
そしてさらりと流れた黒髪をついっと指で動かしてから言う。
動作の一つ一つが洗練されていて、まさしく完璧な美少女だと思ったが、口には出さない。
「先ほど襲いかかってきた愚か者が持っていました。恐らくリーダー格なのでしょうね。二度、三度打つことで相乗効果を狙っていたのではないでしょうか」
つまり倒した相手の懐から失敬したらしい。
運が良かったのもあるが、敵の懐から勝手に奪い取るその性格にも感心するマーシャだった。
清楚なお嬢様という訳ではないらしい。
しかしそういうしたたかさはマーシャにとって大いに好むところなのだ。
ランカは二つのアンプルを手のひらで転がしながら、深いため息をついた。
「一部を奪ったところで、密輸の流れを止められなければ打つ手はありませんので、悩みの種が増えただけとも言えますけどね」
つまりキサラギの被害が増えるということだ。
ランカにとって頭の痛い問題だった。
何とかこの薬品を解析してこちらも同様の強化を施すか、と一瞬だけ考えたが、しかしそれは一瞬だけだ。
こんな下劣な手段に頼るほど落ちぶれてはいない。
ランカは矜持を何よりも重んじる当主だ。
それを失った時、自分の心が死ぬのだと信じている。
しかしこのまま放っておく事も出来ない。
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