それからマーシャはシルバーブラストのドックへと向かおうとしたのだが、その前にレヴィに捕まってしまった。
「マーシャ!」
「ひきゃうっ!?」
いきなり後ろから尻尾を掴まれてしまい、悲鳴を上げるマーシャ。
すりすりもふもふ幸せそうなレヴィを容赦無く蹴っておいた。
「ぐはっ!」
「いきなり後ろから掴むな。アホ」
「ご、ごめん。尻尾が見えたからつい……」
「……そこは『マーシャが見えたから』というべきじゃないのか?」
「はっ。しまった……つい……」
「………………」
時折、自分は本当に想われているのか自信が無くなってくるマーシャだった。
自分自身を想ってくれているのか、もふもふを想っているのか。
本気で疑っている訳ではないのだが、時々こういう疑念に囚われてしまうのは明らかにレヴィが原因だった。
「レヴィは何していたんだ?」
「いや。暇だからぶらぶらしていたんだ。そしたらマーシャの姿が見えたから」
「なるほど」
「マーシャは?」
「さっきまでユイのところに行っていたんだ。研究データを受け取って、ついでに次の行動も決めてきた。近日中に宇宙に出るから、準備をしておいてくれ」
「お。旅に出るのか」
「仕入れの旅だけどな。目的地は惑星ヴァレンツ。行ったことあるか?」
「あー、あそこか。面白い場所だよな。浮島がたくさんあって、景色は結構いいんだぜ」
「へえ。面白そうな場所なんだな?」
「結構面白い。といっても、任務で行っただけだから、のんびりは出来なかったけど」
「じゃあ今度は少しのんびりしていくか。天翔石を仕入れるだけだから、別に急ぎじゃないし」
「マジで? じゃあデートしようぜ」
「それは賛成だな」
レヴィとのデートならいつでも大歓迎だった。
「ところでマーシャはこの後どうするんだ?」
「シルバーブラストのドックに向かう予定だ。出発を控えているから、どこまでメンテナンスが進んでいるか確認しておきたいしな。博士に全面的に任せているから心配無いとは思うけど」
「……あの変態で本当に大丈夫か?」
「変態なのは間違いないけど、仕事はきっちりするんだぞ、あいつは」
「そうなのか? 日々変態行為でもしていそうなイメージだけどなぁ」
「……否定しづらいのが辛いところだけど。そういえばまだ博士を直接紹介はしていなかったな。レヴィも一緒に行くか?」
「げ。直接会ったら俺の貞操が危ういんじゃないか?」
「大丈夫だ。その秘密も含めて教えておくから」
「秘密?」
「来れば分かる」
「まあ、そこまで言うなら行ってみようかな」
「ああ。じゃあ一緒に行こうか」
「おう」
マーシャの手を取って歩き始めるレヴィ。
当たり前のような恋人つなぎが嬉しかった。
リーゼロック宇宙港の特別区画にシルバーブラストのドックがあった。
そこはかなりの広さがあるにもかかわらず、シルバーブラスト以外の船は無かった。
「もしかして、ここはあの変態の専用エリアなのか?」
「まあな。というよりも私の専用エリアなんだ。地上だとエリアが限られているけど、宇宙空間ならある程度の増設が可能だからな。この宇宙港の全体的な増設には私がかなり出資したし、これぐらいの特権はあってもいいだろう?」
「金持ちの感覚が怖いよ……」
特権という言葉を軽々しく使っているが、これ既に特権というよりはチート権利に近いと考えている。
「ふふん。成長したということだろう」
「おっそろしい成長だと思うけどな」
尻尾をぱたぱた揺らしながら進むマーシャ。
何も持たなかった小さな女の子が、今や巨大企業の中枢を担うまでに成長している。
恐ろしいというか、感慨深いというか、不思議な気分になるレヴィだった。
「きっかけはレヴィなんだから、もっと誇ってもいいと思うぞ」
「ん。まあ、そうかもしれないけど。でもその後はマーシャの努力だろう?」
「それなりに努力はしたけど、でも楽しかったからな」
「そうか」
楽しんでくれているのならそれでいい。
マーシャが楽しそうにしてくれていると、レヴィも嬉しくなる。
二人で歩いて行くと、すぐにシルバーブラストのある場所へと到着した。
普通に歩いたらかなりの距離だが、移動式のロードに乗っているので、スピードはかなりのものになっている。
「あら、マーシャじゃない。どうしたの?」
マーシャ達の前にホログラムディスプレイが現れ、ヴィクターの姿が映し出される。
「ちょっと進捗状況を見に来たんだ。近々ヴァレンツまで行くつもりなんだけど、シルバーブラストのメンテナンスは問題無いかな?」
「マーシャがこの前提案したエンジンパーツを組み込んだから、その調整が残っているぐらいよ」
「そうか。ならそれは実地で試してもいいな。安全性は大丈夫な筈だし」
「確かにね。スターウィンドの方も調整は済んでいるわよ」
「そりゃあありがたい」
スターウィンドはレヴィの半身も同然なので、調整が済んでいるというのはありがたい。
トリス救出作戦の際にかなりの無茶をさせてしまったので、完全に調子を取り戻すまではある程度の時間が必要かもしれないと考えていたのだ。
「ところで変態博士は今どこにいるんだ? ここは博士の専用エリアなんだろう?」
「あら。アタシに会いたいの? たっぷり可愛がってあげなくちゃ♪」
「……やっぱり帰ろうかな」
身震いしたレヴィが逃げ出そうとするが、そこをマーシャが捕まえた。
「大丈夫だ。博士は何も出来ないから」
「……本当に? 俺の貞操が大ピンチだぞ」
「大丈夫だ。精神攻撃はしてくるけど、肉体攻撃は出来ないから」
「精神攻撃も遠慮したいんだけどな……」
「失礼ね~。精神攻撃じゃなくて、アタックしているだけなのに」
「………………」
「………………」
マッチョビキニ姿でくねくねしながら言われると実に恐ろしい。
「ほ、本当に大丈夫なんだろうな?」
ビクビクしながら問いかけてくるレヴィ。
「大丈夫だ。そこは保証する」
「……ならいいけど」
マーシャが保証するのなら本当に大丈夫なのだろう。
いざという時は護って貰おうと、情けないことを考えるレヴィ。
戦場での危険ならばマーシャも含めて護るという気概もあるのだが、自らの貞操の危機についてはマーシャに護って貰いたいと思っているレヴィだった。
ヴィクターの扱いならマーシャの方が慣れているだろうし、という打算もある。
それからまたエリアを移動した。
今度はかなり小さな部屋だった。
十メートル四方ぐらいの広さの中心に、柱のようなものが立っている。
恐らく量子コンピュータなのだろうが、そこにヴィクターの姿はない。
「ここが博士の本体がある部屋だ」
「へ? あの変態、どこにも居ないよな? って、ちょっと待った。『本体』?」
マーシャの言い回しに引っかかるものを感じたレヴィは、目の前にある量子コンピュータの柱をまじまじと見る。
「まさか……」
「そのまさかだ。博士は人間じゃなくて、この量子コンピュータの中にあるデジタル人格だよ。まあ、人工頭脳という訳ではないのが問題なんだけど」
「そういうことよ~。うふふ。ようこそ、アタシの本体へ~♪」
再びホログラムが起動する。
「うげ……」
しかし今までのホログラムディスプレイではなく、正真正銘のホログラム体だった。
ヴィクターの全身が、まるで生きているかのように動いている。
向こう側が透けて見えなければ、本人がここにいると勘違いしてしまっていただろう。
「大丈夫だ。何も出来ないから」
ビクビクするレヴィを前にして、マーシャは安心させるようにヴィクターの身体に手を突っ込む。
触れることなくすり抜けるのを確認して、ようやく安心した。
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