「よし。出来た」
「うん。これでバッチリですです~」
戻ってきたシャンティとシオンは達成感に満ちた表情だった。
「反応速度はかなり良くなったと思うよ」
「ですです~。まあ燃料が無いから明日のお楽しみですけどね~」
「折角だから今試してみたいのに……」
うずうずしながらグラディウスを見るシンフォ。
気持ちは分かるがやめておいた方がいい。
「やめておけ」
「はい……」
しょんぼりながら答えるシンフォ。
彼女自身にも分かっているのだろう。
精神が肉体を凌駕することは珍しくないが、そのツケは後になって必ず払わされることになる。
今日のシンフォは夢も見ないぐらいに深い眠りに就くだろう。
というよりも、そろそろ怪しくなってきている。
目がとろんとなって、身体がふらふらしている。
「こりゃあ、帰りの操縦は不味いな」
「でしょうね」
「俺がシンフォのグラディウスに乗るから、マーシャの方にシンフォを乗せてやってくれ」
「ん。分かった」
マーシャはうとうとなっているシンフォに肩を貸す。
「ほら、シンフォ。乗り込むまでは頑張れ」
「はい~……う~?」
「……うん。多分分かっていないな。仕方ない」
マーシャはそのままシンフォを抱えた。
華奢な見た目に似合わない力の持ち主なのだ。
「レヴィ」
「ん? なんだよオッド」
「俺の我が儘に付き合ってくれて、ありがとうございます」
「俺は別に何もしてねえよ。どちらかというとマーシャが大活躍だからな。礼ならあいつに言ってやれよ」
「もちろんマーシャにも感謝していますが、俺を飛ばせてくれたのは貴方なので」
「……久しぶりの操縦はどうだった?」
「悪くないですね」
「でも、戻りたい訳じゃないんだろう?」
「ええ」
「俺はそれを自覚して貰いたかったんだ。気持ちの上だけじゃない。自分で操縦桿を握って、その上で、今の自分が望んでいることをはっきりと認識して貰いたかった」
「………………」
戻りたいのか、そうではないのか。
自分では分かっているつもりだった。
しかし、確かに操縦桿が恋しいと思うこともあった。
そして違う機体を飛ばして、改めて気付かされた。
ほんの少しの懐かしさに縋っているだけなのだと。
俺が求めているのは、もっと違うものなのだと。
「それが分かればいいさ」
「レヴィには分かっていたんですか?」
「いいや。操縦桿を握って初めて分かることだと思っていたからな。だから今のオッドを見てほっとしているよ」
「ほっとしている?」
「お前に戦場は似合わないよ」
「………………」
それは貴方にも言えることだ。
だけど戦闘機と戦場は、きっと切り離せない。
誰よりも巧みに速く飛ぼうと思えば、戦場こそが一番の舞台なのだから。
レヴィも戦場を望んでいる訳ではないだろう。
ただ、マーシャはトラブル体質だし、トラブルに巻き込まれた誰かを助けようとする性格の持ち主だ。
だからこそ、彼女は戦場から切り離せない。
突発的な戦場に巻き込まれたり、首を突っ込んだりするだろう。
そしてそんなマーシャを護ると決めているレヴィは、戦場で飛び続ける。
俺はそんなレヴィを支えられればいいと思っていたけれど、俺自身の在り方はもっと違うものがあるのかもしれない。
操縦桿をこれほど恋しく思わないということは、そういうことなのだろう。
「まあゆっくり答えを探せばいいさ。今回のシンフォ嬢ちゃんの件は、オッドにとってもいい刺激になったみたいだしな」
「まあ、そうですね」
今夜のシンフォは夢も見ないぐらいに深い眠りに就くだろう。
というよりも、既にその状態だろう。
ハイテンションからのローテンションに移行した途端、ぐーすか眠ってしまっている。
今はゆっくりと休んで、落ちついたらまた飛び始めて欲しい。
★
ランファン・モーターズまで戻っても、シンフォは熟睡したままだった。
マーシャはシンフォをお姫様だっこしたまま悠々と歩いている。
見た目に似合わない腕力だが、不思議な雰囲気を出しているのが微妙だった。
「ただいま」
「おう。お帰り。って、どうしたんだよ、シンフォの奴は」
マーシャの腕の中ですやすやと眠るシンフォを見て、呆れた視線を向けてくるゼスト。
気持ちはよく分かる。
「限界まで飛び続けて、このザマだ」
「……珍しいな。そういう体調管理については割ときっちりしている奴なのに」
「そうなのか」
シンフォの様子を見るとそういう感じでも無いように思えたのだが。
今はそれだけ追い詰められているのかもしれない。
「シンフォの家が分かるなら送っていきたいから教えて貰えるか?」
「家は分かるが、鍵はどうするんだよ」
「あ……」
肝心なことを忘れていた。
確かに鍵が無ければ中には入れない。
肝心のシンフォが眠ってしまっているので、借りる訳にもいかない。
睡眠中の女性の荷物を漁るのは最低の所業だろう。
「いいさ。ここに泊めてやる」
「いいのか?」
「まあ、女性を寝かせられるような場所じゃないけどな。野宿させるよりはマシだろ。こっちだ」
ゼストは居住スペースへと案内してくれた。
この店は住居も兼ねているらしい。
居住スペースは男の一人暮らしという荒れ具合で、確かに女性を泊めるような場所ではないのかもしれない。
しかし野宿させるよりはマシだし、何よりもその程度のことでゼストの気遣いを無駄にするのも気が引ける。
一番大きなソファにシンフォを寝かせて、毛布を掛けてやる。
まさか家主を差し置いてベッドに寝かせる訳にもいかないので、今回はこれで妥協してもらうしかない。
シンフォも借りている身で文句は言わないだろう。
「さてと。私達は一旦ホテルに戻ろうか」
「そうだな~。早くもふりたいし」
「他に言うことは無いのか?」
「無いな~」
「………………」
レヴィとマーシャは相変わらずだ。
しかし仲が良さそうなのでこれでいいのだろう。
「じゃああたし達も戻るですか~」
「そうだね。シンフォさんが明日どんな反応をするか楽しみだ」
「言えてるですです~。かなり反応速度は良くなっている筈ですからね~」
「馴らし運転の方が大変かも」
「シンフォさんならすぐにコツを掴むですよ」
「確かにね~。美人だし」
「……美人って関係あるですか?」
「美人は正義なんだよ」
「男の子の意見って感じですね~」
「じゃあ女の子の意見は?」
「うーん。やっぱり中身が大事ですです」
「真理だけど、模範解答すぎてちょっとつまんない」
「ぶ~」
つまらなそうに言うシャンティとむくれるシオン。
こちらもかなり仲良しな会話だった。
しかし美人は正義か。
男の意見というのは賛成だ。
正義かどうかは別として、目の保養にはなるから悪にはなりづらい。
悪女な美女というのもいるが、俺自身には関わりがないので、眺めているだけでいい。
美しいものを眺めるのは好きだ。
目の保養は人間にとってそれなりに大事だと思う。
「おーい。オッド。早く帰るぞ」
店を出ようとするレヴィが呼びかけてくる。
「俺はここに残ります」
「オッド?」
「このままだとシンフォは食事も忘れかねませんからね。少しは面倒を見ないと身体を壊してしまいます」
「あー。確かにそんな感じだな」
レヴィはやや呆れた視線をシンフォに向ける。
食事も忘れそうな危うさがあるということだろう。
「それなら任せるけど、あんまり入れ込むなよ。俺たちはここに長居する訳じゃないんだから」
「ええ。分かっています」
「まあ、シンフォが気に入ったならオッドは長居してもいいけどな」
「それはありません」
「あっさりと言うなよ。美人じゃないか」
「レヴィ」
「へいへい。怒るな怒るな。俺が悪かったよ」
からかい気味のレヴィを睨み付けてから、俺はここに残ることにした。
「仕方ない。今日も夜は外食にするか」
マーシャがやや落ち込んだ声でそんなことを言う。
俺に作らせるつもりだったらしい。
「悪いな」
スポンサーとしてかなり助けて貰ったマーシャに対しては悪いと思うのだが、今日は我慢して欲しい。
「いいさ。オッドがそこまで誰かに拘るのは珍しいからな。気の済むまでやってみるといい」
「珍しいか?」
「珍しいだろう。レヴィ以外には私達にだって深く踏み込むことを避けている癖に」
「む……」
「そういうところ、レヴィと似ているよな」
「え?」
「ちょっと前までのレヴィもそんな感じだったからさ」
「………………」
マーシャは分かっているのだ。
俺が必要以上に誰かに踏み込めない理由を。
かつてのレヴィと同じように考えていることを。
「これがいいきっかけになればと思うよ」
「………………」
「無理強いはしないけどな」
「……ありがとう」
「気にするな」
マーシャはそのまま俺の肩を叩いてから踵を返した。
彼女のこういうサバサバした部分は好ましい。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!