「少佐。仕事です」
「武器の受領だろう? お前やっとけよ」
「受領には部隊長の承認印が必要ですから無理です」
「印鑑貸すから」
「本人しか使えません」
「副官じゃ駄目なのか?」
「駄目ですね」
「融通が利かねえなあ」
「軍に融通を求める方がどうかしていますよ」
「そうだな。早く辞めたい」
「カミュの前でそれを言えますか?」
「……泣かれそうだな」
「泣くでしょうね」
「泣かれるのは困るな」
「では頑張ってください」
「仕方ねえなぁ」
軍人には嫌気が差していても、部下のことは大切にするレヴィアースなので、簡単には投げ出さない事も知っている。
人に対して情が深いからこそ、軍人には向いていないのだろうと思う。
しかしその才能だけは本物だ。
戦闘機操縦者としての才能は天賦としか言い様がない。
起き上がるレヴィアースを見ながら苦笑するオッド。
才能とやる気が釣り合っていない。
しかしそれもレヴィアースらしいと思ってしまうのだ。
「しかし地上警備の装備なんか、久しぶりすぎて上手く扱える自信がないぞ、俺は」
「短機関銃と狙撃銃。それから拳銃とナイフ、ワイヤー・ソーなどが届いていますので、自分が使えそうなものを選べばいいでしょう」
「物騒なものばかりだなぁ」
「警備任務ならこれぐらいは当然です」
「まあ使うことはないだろうけどな」
「でしょうね。和平の申し出ですし」
長らく対立していた惑星エステリが、ようやくエミリオン連合と手を取り合うことを承諾したのだ。
科学技術の水準も高いエステリを取り込むことが出来れば、エミリオン連合は更に力を付けることが出来る。
そしてエステリにとってもエミリオン連合に加盟することによって、様々な優遇を受けることが出来る。
どちらにとってもメリットの大きい和平だった。
それなのにどうしてここまで対立してしまったのかというと、技術水準が高い故のプライドだったのだろう。
エミリオン連合の下に付くのは嫌だというプライド。
自分達だけでもどうとでも出来るという自負。
それらがあるからこそ、群れることを好まない。
そういう自尊心の現れなのだろう。
その気持ちはレヴィアース達にも分かる。
エステリに降りてみて分かったが、あらゆるものが高水準で維持されている。
科学技術も、生産力も、このエステリのみで完結していても全く問題が無い。
だからこそエステリはエミリオンを必要としなかった。
しかしエミリオンは違う。
セントラル星系にありながら、エミリオン連合に加入していないという事実を放任出来なかった。
自分達の足下に、自分達の影響力が及ばないものがあることを容認出来なかったのだ。
だからこそ長年の交渉を繰り返し、時には戦争寸前まで追い込まれながらも、ようやく加盟に対して前向きな返答を貰えることになったのだ。
エミリオン連合の首脳部はほっとしていることだろう。
わざわざ議長がこのエステリにやってきて、加盟手続きの調印に立ち合うことからも、その熱意が窺える。
会場警備にエミリオン連合軍を派遣されているのも、エステリにいる根強い反対派の乱入を牽制する為だ。
エステリの首脳部は容認しても、そこに住む人々はこの加盟を受け入れていない。
全ての人が賛同した訳ではないのだ。
だからこそ会場警備には力を入れている。
半分をエステリから、そしてもう半分をエミリオン連合軍から。
会場の大きさを考えれば過剰なほどの警備だが、反対過激派が攻め込んでくる可能性も否定出来ないので、これぐらいでちょうどいい牽制なのだろう。
「問題無いと思うけどなぁ」
「俺もそう思いますが、仕事ですので」
しかし警戒はされていても、それはそこまで深刻なものではない。
戦闘機操縦が専門のレヴィアース達が地上に派遣されているのは人手不足という理由もあるが、議会直属の特殊部隊まで派遣してこないのは、エステリ側の根回しがしっかりしているということでもあるのだ。
だからこそ半分以上はお飾りの警備だと考えている。
だからといって仕事をしなくていいことにはならないのだが。
「まあ、仕事はしないとな。休暇を潰されたとしても」
「根に持っていますね」
「当然だ。カミュでも可愛がってこようかな」
「カミュは喜ぶでしょうね」
ストレス発散に自分を慕ってくれている部下でも鍛えてやろうかという発言に、オッドも気分を和ませる。
可愛がるといってもいかがわしい意味ではなく、純粋に操縦技術を鍛えてやろうという上官としての楽しみだった。
今は地上任務中なので戦闘機には乗れないが、操縦のノウハウを口伝するだけでもかなりの勉強になるだろう。
レヴィアースと同じことは出来なくても、それに近付くことは出来る。
そして口で教えたことをどこまで操縦として実践出来るかを、次の楽しみにも出来る。
後進を育てるというのは、レヴィアースにとって数少ない楽しみでもあるのだ。
自分の手で育てる喜びを知っている。
そして成長してくれるのが嬉しいと思っている。
「少佐は現場よりも教官向きかもしれませんね」
「あ、それいいな。現場から退いて戦闘機操縦の教官になれるなら、そっちを本職にしたいぐらいだ。それならバンバン殺さなくて済むし」
現場を退いて後進の教育に力を入れる。
それは現場に留まり続けることが難しくなり、半引退を考える人の発言だった。
しかしレヴィアースは既にその境地に達している。
技倆的にも、体力的にもまだまだ現役なのに、現場で人を殺し続けることに辟易としているのだろう。
しかし現場がレヴィアースを手放さない。
彼の影響力はエミリオン連合軍にとっても小さくはないのだ。
活躍すればするほどに、エミリオン連合軍に反発する宇宙海賊も、敵国も減っていく。
それだけで十分なのだ。
だからこそ、レヴィアースは可能な限り現場に留め置かれるだろう。
本人は艦橋で采配を振るうよりも現場の方が性に合っているようだが、それは上層部のメリットとも一致するのだ。
「とりあえず、今は仕事をしましょう」
「へいへい」
レヴィアースは立ち上がって武器の受領場所へと向かう。
その隣にはオッドがいる。
本格的な警備が始まるのは明日からなので、今日は割とのんびりと過ごしているが、オンオフははっきりしている部下たちなので、今は好きにさせておく。
「それではこちらの受領の承認印をお願いします」
「ああ」
レヴィアースは自分専用の承認印とサインを行う。
これで武器の受領が完了だ。
コンテナを積んだシャトルはそのまま軌道上へと戻るのだろう。
「オッド」
「はい」
「それぞれに相性のいい武器を割り振っておいてくれ」
「分かりました。少佐は何を持ちますか?」
「俺か。まあ、無難に短機関銃にしておく」
射撃が苦手というほどではないが、あまり好きではない。
使うこともないお飾りならば、見た目だけでも物騒なものを持っておいた方が上官の威厳みたいなものはあるだろうと思ったのだ。
「ああ。カミュには狙撃銃にしておけ」
「彼女、狙撃が得意でしたか?」
「さあな。一通りはこなせる筈だぜ。何せ主席様だ。バランスタイプなのは前提だろう?」
「確かに」
機操士学校であっても、軍人を育成する以上、操縦だけではなく格闘や射撃なども行わせる。
そして狙撃も。
それらの成績が一つでも悪ければ、首席卒業などということはあり得ない。
だからこそカミュは万能タイプだろうと思ったのだ。
「他にも狙撃が得意な奴がいたらそっちに回してやれ。撃つ機会がなくても、その気になるだけで風読みや重力計算を考慮することが出来るだろう? いい経験になる筈だ」
「分かりました。そのようにしておきます」
「おう。頼んだぜ。ちなみにオッドは何を持つつもりなんだ?」
「一通り」
「?」
「拳銃、短機関銃、ナイフ、ワイヤー・ソー。全て」
「ぜ、全部ですか」
「狙撃銃は流石に持ち歩けませんから、他に任せますけど」
「お前、狙撃は得意だったっけ?」
「宇宙空間における狙撃ならそれなりに。地上の狙撃は胴体を狙うのがやっとですね」
つまり、頭などの精密狙撃は自信が無いらしい。
それでも十分だとは思うが。
恐らく一キロ以上先から狙えるのだろう。
「流石は本職の軍人だな。オールマイティだ」
「貴方も本職の軍人の筈ですが?」
「俺は特化型。戦闘機操縦一本。他はついで」
「………………」
確かにその通りなのだが、それでは困るのだ。
しかし口で言っても聞き入れてはくれないだろう。
それになんだかんだ言いつつも、レヴィアースは優秀な上官だ。
だからこのままでもいいと思う。
「じゃあ後は頼んだぜ」
「はい」
レヴィアースはそのまま待機室に戻っていった。
もちろん再び寝転がる為ではない。
武器の受領に伴う書類作成が待っているのだ。
それから明日の配置に関することも考えなければならないので、この後はやることが山積みだった。
その間に少しでものんびりしておこうと寝転がっていたのだから、これからはしっかりと働かなければならない。
そうやって、エステリの警備任務は順調に進んでいるように思われた。
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