シルバーブラスト

水月さなぎ
水月さなぎ

混沌の戦場 4

公開日時: 2021年7月6日(火) 07:20
文字数:3,706

 少し時間は巻き戻る。


 エミリオン連合軍はファングル海賊団を殲滅させる為に、訓練の名目で産業コロニークレイドルの周辺に展開していた。


 エミリオン連合軍第六艦隊は海賊退治専門の精鋭部隊であり、今回の為に戦力増強もしてきた。


 亜人研究のセッテ・ラストリンド博士の護衛も兼ねているので、通常の海賊退治よりも更に大きな戦力となっている。


 セッテ・ラストリンド博士の護衛は本来の仕事ではないのだが、ファングル海賊団の殲滅任務と共に送られてきたのだから仕方ない。


 エミリオン連合お抱えの研究者であるセッテはこの戦場にこそ得るものがあると判断しているらしく、ファングル海賊団の頭目だけは生きたままこちらに引き渡して欲しいと要求している。


 それが彼の研究素材となるのだろう。


 その末路を考えると気分が悪くなるが、それも任務なので従うしかないと割り切っている。


 セッテ・ラストリンドの研究船は自衛能力も兼ねているので、軍艦の後方に控えている。


 そこでじっと戦況を眺めていた。


「ああ、いよいよだね。あの時逃がしてしまった君を、もう一度手に入れることが出来る。今度は逃げられないように、手足を動かなくしてしまうのもいいかもしれないね。切り落としてもいいし、麻痺させてもいい。ああ、楽しみだな。生きた亜人を研究するのは久しぶりだ。あの時君から採取出来た僅かな細胞も貴重なサンプルだったけれど、やっぱり本体が無いとこれ以上は限界だからね。表向きの立場と権力を手にしたマーシャ・インヴェルクには流石に手を出せなくなってしまったけれど、君ならまだ手が出せる。トリス・インヴェルクは私が手に入れる」


 セッテは恍惚の表情でトリスのことを思い浮かべる。


 欲しいものを手に入れる。


 それはとても嬉しいことなのだ。


 亜人の研究を進めていくほどに、興味深いことが分かっていく。


 人間と似た姿を持ちながら、人間とは決定的に違う天才性の塊。


 これらを応用すれば、超人を意図的に造り上げることも可能だろう。


 自分の手で神に近い存在を造り上げる。


 それがセッテの夢でもあった。


「今度は君みたいな出来損ないじゃなくて、完璧なものを造って見せるから」


「………………」


 セッテは自分の横に居る一人の少年に視線を向けた。


 まだ幼い少年だった。


 外見年齢は十二歳ぐらいだ。


 しかし年齢に似合わない陰りがその瞳にある。


 少年は感情を感じさせない目で、虚空を見つめていた。


 何も考えていないのかもしれない。


 しかし何かを考えているかもしれない。


 内心までは分からないので、この少年が何を思い、何を感じているのか、誰にも理解することは出来なかった。


「さあ、もうすぐだよ。この手に墜ちておいで。トリス・インヴェルク」


 セッテはファングル海賊団の船が映るスクリーンに手を伸ばす。


 届かないものに届かせるような、そんな喜びが表情に出ていた。







 それは突如襲いかかってきた。


 敵影は確かに補足していた。


 攻撃態勢に入っていないことは確実だった。


 しかしいきなり砲撃してきたのだ。


 エネルギー反応も、砲撃前の映像も、何も感じ取れなかった。


 本当にいきなり砲撃だけが現れたように感じられたのだ。


「しまったっ!」


「まさか、電脳魔術師《サイバーウィズ》によるステルス偽装!?」


 エミリオン連合軍第六艦隊旗艦『アルベル』は主砲の砲身に砲撃を撃ち込まれ、船体に大きなダメージを負ってしまった。


 船は中破、付近にいた整備士達も恐らくは犠牲になっているだろう。


 しかも推進機関にまで影響があるので、まともな航行すらも難しくなっている。


 アルベルの管制頭脳はけたたましくアラームを鳴らし、避難勧告を出してきている。


 すぐに近くの船に避難しなければ、命すらも危うくなるだろう。


 しかし近くに展開していた『クラスマート』と『オリオン』も散らされた主砲の影響でダメージを負っている。


 あまりにもいきなりすぎて対エネルギー防御が間に合わなかったのだ。


 アルベルほど酷いダメージではないが、緊急修理が必要な状況に追い込まれている。


「無事な戦闘機は全機出撃! 他の人間は脱出艇にて緊急避難! ラストリンド博士の船に避難しろっ!」


 アルベルの艦長はすぐに指示を出す。


 本来ならば味方の船に避難したいところだが、ただでさえ戦力を削られた後なのだ。


 避難受け入れに割く余裕は無い。


 それならば最初から戦闘に参加しないセッテ・ラストリンドの研究船『ビーチェ』に避難した方がまだマシだろう。


 艦長の指示で次々と動いていく。


 先手で失敗したエミリオン連合軍は大混乱に陥っていた。


 しかしまだ取り戻せる。


 それだけの戦力差があるのだ。


 しかし悪夢はそこから始まった。


「なっ!? あいつらは一体何だっ!? どこから出てきたっ!?」


 展開していたエミリオン連合軍の後方から、別の船が現れたのだ。


「ライアン! あれの照合を頼むっ!」


 艦長は無事な戦艦『ライアン』に新たに現れた船の照合を頼んだ。


 しかし途切れ途切れの映像からは不可解な言葉が届けられた。


「わ、分かりませんっ! 船籍が不明なんですっ! どこの所属でもありませんっ! アンノウンですっ!」


 ライアンのオペレーターが悲鳴交じりに教えてくれた情報は、艦長にとって信じがたいものだった。


 ファングル海賊団は他の海賊とは明らかに違う組織だ。


 民間船からの略奪は行わず、あくまでもエミリオン連合軍のみをターゲットにしている。


 乗組員も戦闘機乗りも恐らくはその大半が元軍人の集まりで、恐ろしく腕が立つ。


 だからこそ厄介だったが、その出自故に他の海賊団が味方に付くこともあり得ないと確信していたのだ。


 略奪を行わなければ、得るものが何も無い。


 つまり、手を貸すメリットが何も無いのだ。


 略奪を行わないファングル海賊団がどうやって資金や技術を集めているのかは不明だが、恐らくはエミリオン連合軍と敵対している組織と協力しているのだろう。


 そしてそれは事実だった。


 そして表には出せないが、リーゼロック・グループの支援も受けている。


 そんな特殊な立場である彼らに味方をする海賊団はいない筈だった。


 しかし現実にアンノウンの戦力が現れている。


 この状況でアンノウンということは、味方ではあり得ない。


 だからこそ謎だった。


「戦闘機多数出現! こ、攻撃してきます!」


「応戦しろ!!」


 他の戦艦からも戦闘機が出撃していく。


 ファングル海賊団とアンノウンの戦力。


 どちらにも戦力を割かなければならなかったので、作戦が滅茶苦茶になった。


 しかし続けるしかない。


 戦いの火蓋は切って落とされたのだから。







「よーし。始まった始まった。さーてと。私達も動くかな」


「楽しそうだな、マーシャ」


「もちろん。エミリオン連合軍を虐め……もとい倒して、更にセッテに引導を渡せるし、トリスも取り戻すんだ。全部成功したら楽しいに決まってる」


「確かにな~。よし。俺も頑張るか」


「頑張れ。トリスを助け出したらもふもふし放題だぞ」


「マジかっ!」


「トリスの尻尾限定で」


「……家族を堂々と売ったな」


「あはは。でもトリスの尻尾は私より大きいからな。レヴィにとっては垂涎モノじゃないか?」


「よーしやる気出てきた頑張れ俺もふもふ目指して大暴れだーっ!」


 レヴィはうきうきスキップでスターウィンドへと向かっていく。


 アホな後ろ姿だがこの上なく頼もしい。


「アホ頼もしいですね~」


 シオンもニューラルリンクに入りながら楽しそうに笑っている。


 自分のフルパフォーマンスを発揮出来る機会が嬉しいのだろう。


 天弓システムはシオンの本領を発揮出来る数少ないものなのだ。


「僕は情報攪乱に集中するよ。このあたりの通信に妨害をかけて、救助船が来られないようにしておくね」


「頼む」


 なかなかにえげつない提案だが、この場のエミリオン連合軍を誰一人生き残らせるつもりのないマーシャにとっては都合がいい。


 皆殺し決定なのだ。


 そうしなければトリスの痕跡を残すことになってしまう。


 証拠となる生き残りの一切を消す。


 それがマーシャ達の出した結論だった。


 そうすることで、堂々とトリスをリーゼロックに迎えることが出来るのだ。


 帰ってきて欲しい。


 それは事後処理も含めて完璧にこなしてこそ、叶う願いなのだから。


「オッドは砲撃の方を頼むよ」


「分かった」


 天弓システムで遊撃担当をしてくれるシオンと違って、砲撃のメイン担当はオッドしかいない。


 精密射撃が得意な訳ではないが、砲撃のタイミングを計るのはかなり上手いオッドだ。


 縦横無尽に動き回るシルバーブラストに振り回されることなく、的確な砲撃をしてくれることだろう。


 元々、シルバーブラストの無茶な機動でまともな砲撃を務められるのは、戦闘機の遊撃を担当していたオッドしか居ない。


 まともな砲撃手では、反応速度が遅すぎてお話にならないのだ。


 そういう意味ではオッドもシルバーブラストにおいて最適な人材と言えるだろう。


 目立たない役割だが、それでも彼にしか出来ないことがあるのだ。


「よし。じゃあ戦闘開始だ」


「蹂躙蹂躙ですです~♪」


「口封じ口封じ~。さあ頑張るぞ♪」


「………………」


 物騒なことを口走っている子供達に対して言いたいことは山ほどあったが、戦闘前ということもあってオッドは口をつぐんだ。


 しかし複雑な気持ちになるのは止められなかった。


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