「男の秘密を探るには色仕掛けで攻めるべしって教えて貰ったです」
「……誰に?」
「シャンティくんから貸して貰った本に」
「………………」
シャンティの奴は絶対にお仕置きしておこう。
子供になんて本を薦めているんだ。
子供同士仲良しなのはいいことだが、やっていいことと悪いことの区別ぐらいはつけさせろと言いたくなる。
外されたボタンを留めてから、盛大なため息をつく。
「その知識は間違いだから、参考にするな」
「間違ってるんですか?」
「時と場合による」
「時と場合?」
「完全に間違っている訳ではないのが問題だが、少なくともそういう趣味を持たない人間には効果が無い。やるだけ無駄だ」
動揺ぐらいはするが、それで秘密をぶちまけたりはしない。
だから無駄なのだ。
「そういう趣味って?」
きょとんとしたシオンの表情が無邪気すぎて、余計な知識を詰め込ませるのも気が引けるが、教えない訳にもいかない。
「ロリコ……もとい、少女に興奮する性癖の持ち主、という意味だ」
「オッドさんは違うですか?」
「断じて違う」
不思議そうに問いかけてくるなっ!
怒鳴りつけたくなる衝動を辛うじて堪える。
シオンに悪気は無いのだから、怒鳴りつけたら可哀想だ。
しかし頭痛がしてくるほどにしんどいやりとりだった。
何が悲しくて自分が少女愛好家ではないことを主張しなければならないのか。
しかも服をはだけさせようとした少女を腹に乗せた状態で、だ。
端から見たら説得力がなさ過ぎる。
そんな自分自身の状況を思い出して、再びため息。
「とにかく、そういうことを軽々しくしない方がいい。シオンがいつか好きになれる相手が出来た時の為に取っておけ」
「色仕掛けは恋人限定ってことですか?」
「その通りだ」
「はーい。じゃあオッドさんの恋人に立候補するですです!」
「……は?」
元気よく手を上げるシオン。
何を言っているのか意味不明だ。
「なんでそうなる?」
悪ふざけの続きだろうか。
どちらにしても、俺にその気は無い。
ロリコンになるつもりもないし、特定の恋人を作るつもりもない。
レヴィはその葛藤を乗り越えたようだが、俺にはまだそんな意志の強さは無い。
「だってオッドさんのご飯、美味しいですし」
「………………」
つまり、食事目当てか。
そんな理由で恋人に立候補されても困る。
というよりも、それは恋愛感情とは言わない。
しかしそんな理由で恋人に立候補されたことで、少女を餌付けしてしまったような気分になってかなり凹む。
「本で読んだことがあるですよ。『毎日僕の為に味噌汁を作って欲しい』っていうプロポーズ。それの逆ヴァージョンですね。毎日あたしの為にご飯を作って欲しいですです♪」
「………………」
頭痛のオンパレード状態になってきた。
そんな理由でプロポーズするな。
「あたしは毎日オッドさんのご飯が食べたいですです。だから恋人に立候補なのですよ」
「そんなことをしなくても食事ぐらいならいつでも作ってやる。その程度の理由で恋人に立候補する必要は全く無い」
「そうなんですか?」
「そうなんだ」
脱力しそうになる。
いい加減、降りてくれないだろうか。
「分かって貰えたなら早く降りてくれないか?」
「あ、そう言えば。秘密を暴きたくて色仕掛けをしたのでした」
「するな」
「オッドさんはロリコンじゃないので引っかからないということですね?」
「その通りだが、わざわざロリコンという言葉を出すな」
否定の意味で使ってくれるのはありがたいが、それでも言葉には出されたくない。
俺は断じてロリコンではない。
しかしこういうものは自分で主張すると何故か空回りするという理不尽な法則があるので、出来れば口には出さずに周りからきちんと認識される方がありがたい。
ロリコン趣味ではないのなら、どういう趣味なのかというと、特に決まった好みはなかったりするのだが。
どうしようもなく一肌が恋しくなった時に、適当な店に行って相手をしてもらう程度のものでしかない。
昔はそれなりに本気で付き合っていた女性もいたが、今となってはそういう気持ちで女性を欲しいと思ったことは無いし、これからも無いだろう。
情が薄いとか、女性に興味が無いとか、そういうことではないのだが、俺自身の中で優先順位がハッキリしている以上、特定の女性を作るのは不誠実になるような気がする。
あの日から、俺にとっての最優先順位に位置する人間はたった一人なのだ。
一度死んで、拾い直した人生を生きている俺にとって、その時間を与えてくれたレヴィこそを一番に護りたいと思っている。
ちなみに、これは断じて恋愛感情ではない。
レヴィがマーシャと幸せそうにしているのを見るのは好きだし、もっとそういう時間を持って欲しいと願っている。
この感情はどちらかというと家族愛に近い。
放っておけない弟のような気がしてくるのだ。
恩人であると同時に、護りたい家族。
俺にとって、レヴィはそういう存在だ。
だからこそ、いざという時はレヴィを優先する。
恋人を作っても、レヴィの安全を一番に考えてしまうのなら、いつかは裏切ってしまうかもしれない。
不用意に相手を傷つけることもないだろう。
だからこそ、俺は特定の相手を作ろうとは思わない。
それに、作るのが怖いという気持ちもある。
「でもオッドさんの秘密はちょっと興味があったんですけどね~」
「誰にだって言いたくないことのひとつやふたつはある。それを暴くのは趣味のいいことではないぞ」
「ん~。分かったです。オッドさんには嫌われたくないので、肝っ玉に命じておくですよ」
「……玉はいらない」
時折、言葉が下品になるのは誰の影響だろう。
シャンティだったら後で説教しておく必要がある。
しかしシオン自身が読んでいる本の影響ならば、誰を責めることも出来ないのが困りものだ。
女の子なのだから、出来れば下品な言葉遣いは止めて欲しい。
可憐になって欲しいなどと勝手なことを言うつもりはないが、それでも下品なのはどうかと思う。
「いい加減降りてくれないか」
「あ、はいです~」
シオンは素直に俺の上から降りようとしてくれたが、僅かにバランスを崩した。
「あれ?」
ぐらりと傾く小さな身体。
高さ的には大したことないが、それでも怪我をさせてしまうかもしれないと思ったら身体が勝手に動いた。
「危ない!」
頭から落ちそうになるシオンを咄嗟に引き戻そうとするが、少し間に合わなかった。
俺も一緒に落ちそうになる。
仕方ないのでシオンを抱きかかえてから自分が下に落ちる形で保護した。
「う……」
ソファから転がり落ちてしまう。
しかし背中から落ちて受け身を取ったので、大したことは無い。
シオンがあのまま落ちていたら頭を打っていた可能性もあるので、これぐらいで済んだのは幸いだろう。
そのまま起き上がろうとしたのだが、
「うっ!」
すぐ傍にあったテーブルに気付かず、角で頭をぶつけてしまう。
「………………」
猛烈に痛い。
頭がじんじんして涙が出そうになるが、そこは男として堪えるべきだろう。
最近のレヴィならば簡単に涙目になってしまいそうだが、俺はまだそこまで感情を素直に出すのは難しい。
あの歳であれぐらい素直になれるというのは、とても貴重なことだとは思う。
俺はまだ見栄を捨てきれない。
「だ、大丈夫ですか?」
庇われたシオンは俺の上から心配そうに覗き込んでくる。
「大したことはない。シオンの方は怪我はしていないか?」
「あたしは大丈夫ですです」
「それならいい」
シオンを庇ったのに本人に怪我をさせてしまっていたらあまりにも意味が無い。
その点では多少なりとも報われたと考えていいだろう。
しかし折角直した服も、バランスを崩して衝撃を受けたことにより、再び不味いことになっている。
というよりも、先ほどよりも不味い。
生地が伸びて、シオンの肌がより露わになっている。
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