それからシルバーブラストはスターリットへと戻った。
宇宙港を介さずに飛び立ったことについては、予め監視衛星の目を誤魔化していたらしく、咎められることは無かった。
これはシオンの手際なのだが、改めて凄まじい。
電脳魔術師《サイバーウィズ》としては破格の性能を秘めているようだ。
とことんまで非合法なことをやりまくっているが、その非常識さにも慣れてきたレヴィ達だった。
自分達も合法とは言えない立場なのだ。
運び屋としては非合法な荷物は運んでいないつもりだが、立場そのものが非合法なのだ。
書類上は死んでいる筈のレヴィとオッドは身分を偽装しているし、シャンティに至っては元々の戸籍が存在しないので、これも偽装している。
素性を改められると、三人ともかなり不味いことになるのだ。
だからマーシャ達の非合法手段を今更責めるつもりもなかった。
ただ、その手際の良さに惚れ惚れしたり、呆れたりするだけだった。
スターリット宇宙港へ堂々と入港し、シルバーブラストを停泊させてから、改めてスターリットへと入国する。
レヴィ達は出国すらもしていないことになっているが、これもシオンが管制頭脳を誤魔化して通した。
シャンティがやってもよかったのだが、シオンに経験を積ませたいというマーシャの提案でそうなったのだ。
鮮やかな手並みで管制頭脳を誤魔化してみせたシオンにシャンティも感心しているようだ。
元々の性能が違いすぎるのだが、それでも経験不足な部分があるので、シャンティは細かい部分をアドバイスしていた。
シオンはそれを素直に聞き入れている。
どうやら子供達は子供達で仲良く出来ているようだ。
美少女と美少年が並んで歩いていると、大変微笑ましい。
下手をすると美少女二人に見えてしまうが、それを言うとシャンティが怒りそうなので黙っておいた。
宇宙港を出たマーシャは思いっきり身体を伸ばした。
耳尻尾はカツラと腰巻きで隠している。
スターリットで亜人の姿は目立ちすぎるので、仕方の無いことだと思うのだが、レヴィとしてはあの可愛らしい姿をもっと見ていたかったので、少しばかり残念だった。
「今回は助かったよ。いろいろありがとう」
マーシャはレヴィとオッドに礼を言う。
それから携帯端末を操作した。
追加の報酬を振り込む為だ。
桁の違う数字が預金残高に表示され、レヴィとオッドは複雑そうな表情になった。
報酬額に呆れているのもあるし、住む世界が違いすぎる金額でもあったからだ。
「これからどうするんだ?」
ひとまずの邪魔者を追い払ったので、これからどうするのかが気になる。
マーシャは肩を竦めてからレヴィに笑いかけた。
「少しの間このスターリットでのんびりするつもりだ。その後のことは、まだ考えていない」
「考えていない? あれだけの船を造っておいて?」
何か目的があるからあそこまで高性能な宇宙船を造り、その管制システムの要となるシオンを造ったのではないのかと思ったのだが、どうやらそういう訳でもないらしい。
「まあ、目的はあるけど」
「教えたくないのか?」
「そういう訳じゃないんだが……」
マーシャは何故か言いにくそうにしている。
やはり教えたくないのかもしれない。
過去に助けた縁があったとしても、今も頼りにしてもらえる訳ではないらしい。
それが少し寂しかった。
「のんびりするならうちに泊まるか? 客室ぐらいなら空いているぞ」
「その提案は魅力的だが、少し遅かったな」
「え?」
「もうホテルを予約してしまった」
「マジか……」
「こちらに戻ってくる段階で、この宇宙港にあるホテルを予約してしまったんだ。最上階スイートだからキャンセル不可だし。しまったなぁ……」
困ったように頭を掻くマーシャ。
レヴィの家に泊まれる機会を逃してしまったのが残念らしい。
「いや、でも私だけじゃなくてシオンもいるからな。セキュリティのしっかりした場所に泊まっておいた方がいいか」
自分のことよりもシオンのことを心配しているようだ。
確かにレヴィ達の住むアパートの近くは治安がいいとは言えない。
悪くはないのだが、いいとも言えない。
つまり、ホテルの方がしっかりしているということになる。
少なくとも、夜は出歩けない。
「まあ、そうかもな。それに美女と美少女があの界隈を歩いていたら流石に目立つしな」
「それは私達の事か?」
「何だ。自覚が無かったのか?」
「シオンが美少女なのは認めるけど」
「マーシャだって立派な美女じゃないか」
「………………」
何故かマーシャが赤くなった。
そしてぷいっとそっぽ向かれた。
「どうした?」
「なんでもない」
「?」
「なんでもない」
「なんでもないならいいけど」
「………………」
そして今度はむくれた表情で睨まれる。
「訳が分からないぞ」
「レヴィは馬鹿なんだなぁ」
「……どうしていきなりそんなことを言われなければならないんだ」
理不尽すぎる。
しかも罵倒するのではなく、呆れた口調でしみじみと言われるのが屈辱的だった。
「それが分からないから馬鹿なんだ」
「………………」
説明をしてくれるつもりは無いらしい。
「なるほど」
横にいたオッドにはすぐ分かったらしい。
マーシャと同じように呆れた視線をレヴィへと向けている。
「おい、オッド。お前までそんな目を向けるのは何故だ?」
「自業自得です」
「ひでえな……」
マーシャだけではなくオッドまでそんな態度を取ってくるとは思わなかった。
どんな時でもレヴィに味方してくれる忠実な部下だった筈なのだが、今回ばかりは敵に回っている。
オッドまでそんな反応をするということは、自分に落ち度があることは分かったのだが、何が悪いのかが分からない。
「俺は一旦家に戻ります」
「俺も戻るぞ」
「レヴィはもう少しマーシャと一緒に居てあげてください。折角再会したんですし、積もる話もあるでしょう」
「それならお前だって同じだろう」
「俺は貴方ほどマーシャ達に関わっていた訳ではありませんから。マーシャもレヴィと二人きりでいろいろと話したいことがあるでしょうし」
「そうなのか?」
「別に、急いでいる訳じゃない。問題が片付いたから、時間はたっぷりある訳だし」
「それもそうか。でもまあ、久しぶりに会ったんだから、俺としては飯ぐらいは一緒に食べたいな。そろそろ朝食の時間だし、一緒に食わないか?」
「……シオンはどうする?」
マーシャはシオンの保護責任者でもある。
少なくともそういう立場を自負しているので、シオンを放って出て行くことは出来なかった。
しかしシオンの方はのんびりとした口調でマーシャの背中を押した。
「あたしは食べるよりもゆっくりお風呂に入って眠りたい気分ですです。なので、二人でデートしてくるといいですよ~」
「そうか。なら先に部屋に行こうか」
「了解ですです~♪」
部屋の中に入ってしまえば、セキュリティロックがかかるので安心出来るということだろう。
「少し待っていてくれるか?」
マーシャはレヴィに振り返る。
レヴィの方も頷いた。
「そこの喫茶店で待ってるから、のんびりしてていいぞ」
「分かった」
マーシャはシオンを連れてそのままホテルエリアへと向かった。
宇宙港の中にはホテルエリアからショッピングエリア、フードコートまで全て揃っている。
到着したばかりの利用者や、出航前の利用者が不自由しないようにという配慮だろう。
どこの惑星の宇宙港も似たような構造になっているが、スターリット宇宙港はその中でもかなり大きいので、それぞれのエリアに移動するのにタクシーを拾うことになる。
戻ってくるまでに三十分はかかりそうなので、のんびりとお茶でも飲みながら待つことにした。
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