シルバーブラスト

水月さなぎ
水月さなぎ

怒れる猛獣マーシャちゃん

公開日時: 2021年12月21日(火) 14:02
文字数:4,185

 そしてレヴィに遅れること半日でリネス宇宙港に到着した。


 時間を掛けたのはもちろんわざとだ。


 それに怪我人であるクロドに負担を掛けない為にも、あまりスピードを上げる訳にもいかなかったという事情もある。


 ようやく追いついて、レヴィと合流しようと思って携帯端末に連絡を入れてみたのだが、その時に出たのが本人ではなく他の男の声だったので、マーシャは一気に警戒した。


「誰だ?」


 マーシャは険しい声で電話の向こうにいる相手に問いかける。


 レヴィの携帯端末を拾っただけなら構わない。


 しかしもしも他の理由があるのならば、容赦はしないと決めていた。


 男はリネス中央警察のレイジ・アマガセ警部と名乗った。


 そしてレヴィが今現在、ピアードル第一刑務所にいる事を離すと、今度こそマーシャがキレた。


「一体どういうことだっ!」


 トラブルに巻き込まれるかもしれないと心配していたが、まさか檻の中に居るとは思わなかったらしい。


 マーシャの髪の毛ともふもふが一気に逆立つ。


 レイジはその反応も予想していたらしく、怒髪天のマーシャにも落ちついて対応していた。


 まずこの携帯端末は本人から強引に奪ったものではなく、刑務所に入る前に同意を得て没収した彼の荷物だということも説明した。


 事情を話し、麻薬の密輸について何か知らないかと質問される。


「……そういうことなら私達は何も知らない。知っているのは元々の依頼引受人であるクロド・マースだ。今は大怪我をしてこの船で療養中だがな」


「その男を引き渡して欲しいと言ったら?」


「もちろん引き渡す。だが巻き込まれたレヴィはどうなる? 彼の身柄は返して貰えるのか?」


「俺個人としてはそうしたいところだが、実際に麻薬を運んだのは彼だ。共犯としての疑いが晴れない以上、そう簡単にはいかないことを理解して欲しい」


「………………」


「こちらの警察組織も今は随分と厄介なことになっていてね。特に、彼が乗ってきたあの戦闘機に興味があるらしい」


「レヴィを拘束したところで無駄だぞ。彼にあの戦闘機に関する開発知識は無い。彼は操縦者であって開発者ではないからな」


「だからこそ、あの機体を造ったのが誰なのか、それを突き止める為にも捕まえておく必要があるらしい」


「それなら簡単だ。あれは私が造った」


「貴女が?」


「そうだ。私は操縦者であり開発者だ。あの機体については誰よりも熟知している」


「……それを奴らに知られたら、貴女まで狙われると分かっていて言っているのか?」


「私は売られた喧嘩は買う主義だ。もしもそいつらが私に牙を剥くというのなら、こちらも容赦はしない」


「正面切って売ってくるとは限らないぞ。今回の麻薬密輸事件と絡めて、共犯扱いで逮捕してくる可能性もある」


「どうやって? 直接運んだレヴィや、元々運ぶ筈だったクロドだけならまだしも、私を捕まえるのは無理がありすぎるぞ。証拠不十分だ」


「そんな道理が通るような連中じゃない」


「……なるほど。貴方もなかなか苦労しているようだな、アマガセ警部」


「分かってくれて嬉しいよ」


「まあ、搦め手については心配無い。謀略に最も有効な手段は何か知っているか?」


「謀略返しか?」


 目には目を、歯には歯を、謀略には謀略を。


 確かに正しい反撃だった。


「間違ってはいないが、もっと的確な、そして容赦の無い反撃方法がある」


「?」


「権力さ。謀略を狙う奴は、大抵が富と権力を求めている。謀略はその為の手段に過ぎない。だからこそ、権力には何よりも弱いのさ」


「……確かにな。だが一般の旅行者である貴女がどうやってそれを行使するつもりだ?」


「そうだな。たとえば私を敵に回せばロッティ政府を含めて、リーゼロック・グループが黙っていないと言ったら?」


「………………」


 エミリオン連合も含めた宇宙経済に影響を与えているリーゼロック・グループのことは辺境のリネスにも知れ渡っている。


 その権力がどれほど絶大なのかも知っている。


 レイジは冷や汗混じりに問いかけた。


「まさか、貴女はリーゼロックの関係者か?」


「クラウス・リーゼロックは私の保護者だよ」


「………………」


 クラウス・リーゼロック。


 リーゼロック・グループの創始者であり、現在は会長もしている。


 その身内だというのなら、確かにリーゼロックを敵に回すことになるだろう。


 リーゼロックを敵に回せば、ロッティ政府も敵に回すことになる。


 マーシャに手を出せば国際問題にまで発展するということだ。


「……もしかして、レヴィン・テスタールもリーゼロックの身内か?」


「レヴィはリーゼロックの身内というよりは、私の身内だ。その気になればリーゼロックを動かすことも出来るが、現状でそこまで大事にするつもりはない。ただ、私にはいざとなればそういう手段があるということは示しておこう」


「………………」


 恐ろしい脅迫だった。


 この電話が上層部に盗聴されていることもきっと気付いているのだろう。


 これで上層部はマーシャへの対応を変えざるを得ない。


「貴女の意志は十分に伝わったと思う」


「それは良かった」


 マーシャの声が少しだけ機嫌のいいものへと変わった。


 やはり伝わったことは気付いているのだろう。


 機嫌がいいと同時に、少しだけ意地の悪い声だった。


「とにかく、クロド・マースの身柄だけは引き渡して貰いたい。そうすればレヴィン・テスタールに会えるように手配する。解放までは確約出来ないが、これが俺に出来る限界だ」


「いいだろう。だが相手は怪我人だ。あまり手荒なことはしない方がいい」


 マーシャは引き渡しを約束してから通話を切った。


 そして怒髪天を復活させて、すたすたとクロドの居る部屋へと向かう。


 耳の毛も、尻尾の毛も逆立っている。


 今は自分の船の中なので、他人がいてもそれらを隠していない。


 レヴィが出て行ってからは、マーシャはクロドの世話を引き受けていた。


 クロドはマーシャが亜人だと知って少しだけ戸惑っていたが、今度は別の意味で驚いていた。


「マーシャ? どうしたんだ?」


 いきなり怒り心頭のマーシャが部屋に入ってきたので、首を傾げるクロド。


 しかしマーシャはそんなことお構いなしに、クロドの胸ぐらを掴み上げた。


 それでも辛うじて理性は残っているので、怪我が悪化しないギリギリの強さで締め上げている。


「一体どういうことだっ! レヴィを騙したのかっ!!」


「ちょ、ちょっと待ってくれっ! 一体何の話だっ!?」


 いきなり締め上げられたクロドは全く事情を知らないので、混乱しながらも苦しそうに訴えた。


 いきなりの豹変ぶりに恐怖していたが、今はビクつくよりも事情を訊く方が先だった。


 マーシャはクロドを締め上げる手を緩めないまま、レヴィが出て行ってからどうなったのかを話した。


 いつの間にか麻薬を密輸させられていたこと、そしてその所為でレヴィがリネス警察に捕まったことを説明する。


「なっ!?」


 クロドの顔から血の気が引く。


 彼も初めて麻薬のことを知ったのだ。


 騙されていた事にも気付かず、ワクチンだと信じていたものは麻薬であり、それをリネスに運び込もうとしていた。


 もしもそのまま引き渡しが成功していたらと思うとぞっとする。


 マーシャもクロドのそんな反応を目にして、彼が自分達を騙そうとした訳ではなく、本当に何も知らなかったのだと理解する。


 締め上げる手はようやく離れたが、それでも怒りは収まらなかった。


 彼が騙された所為でレヴィが巻き添えを喰らったかと思うと、ひたすら忌々しい。


 レヴィが助けた相手でなければ、半殺しにするまで殴っていたところだ。


 そういう物騒な事情も相まって、マーシャは獣のように唸った。


 その唸り声に身震いするクロド。


 怒れる狼の唸り声は、荒事に慣れている筈のクロドですら恐怖させるほどに物騒だった。


 そしてマーシャの方は容赦をするつもりはなかった。


 暴力で痛めつけるつもりはないが、それ以外の部分では容赦をしないと決めた。


「リネス警察はお前の引き渡しを要求している。レヴィの身柄を取り戻す為にも、大人しく捕まって貰うぞ」


 マーシャは冷徹に言い放った。


「………………」


 流石にあっさりと頷くことは出来なかった。


 その必要があることは理解しているのだが、自分からそれを了解するのは躊躇われた。


 そんなクロドの躊躇いを見ても、マーシャは容赦をするつもりは無いらしく、遠慮無く畳み掛ける。


「嫌だと言っても縛り上げて連れて行くからな。迂闊にも騙されたあげく、こちらまで巻き込んだ責任はきっちり取って貰う」


「……分かっている。どう考えても俺が悪い。引き渡してくれ。それでレヴィが戻ってくれるのならば文句は言わない」


 ここまで来ればクロドも観念するしかなかった。


 ここで拒否したとしても、マーシャは本当にクロドを縛り上げて警察に引き渡すだろう。


 彼自身も、この状況で逃げ出すほどの恥知らずではない。


 最低限、巻き込んだレヴィの事は取り戻さなければならない。


 今も恋人の心配をしているマーシャの為にも、自分が捕まることは必要不可欠なのだと言い聞かせた。


「……まあ、お前を引き渡したところで、向こうが大人しくレヴィを返してくれるとは思えないけどな。それでも、何もやらないよりはマシだ」


「どういう事だ?」


「共犯者扱いしているのなら、簡単には解放してもらえないという事だ」


「………………」


 しかもそれだけではない。


 彼らがスターウィンドの技術に興味を持っているのなら、自分達の事も放っておかない筈だ。


 逃げるのは簡単だが、その前に何としてもレヴィの身柄を取り戻さなければならない。


 マーシャにとって、今のレヴィは人質扱いなのだ。


 もちろん、リーゼロックの権力を使えば取り戻すのはそれほど難しくはない。


 しかしなるべくならば自分の手で取り戻したかった。


 迷惑を掛けたくないという気持ちもあるが、これはマーシャ自身の意地でもある。


 いい加減、大人になっているのだから、保護者に頼らずに自分の力で何とかしたいという気持ちが強いのだ。


 クラウスはもっと頼って欲しいと考えているのかもしれないが、マーシャは出来るだけ自立して、自分の力で何でも出来るようになりたいと考えている。


 だから、その意地を張り通すのなら、レヴィを取り戻すことも難易度が上がるだろう。


 恐らく、身柄の引き渡しと同時にシルバーブラストの事も調べようとしてくる。


 そんなことに応じるなど論外だが、しかしレヴィの事は取り戻したい。


 その妥協点を探すのが先だな、と深いため息を吐く。



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