しかしマーシャの到着を待つ前に、トリスの戦闘機がやってきた。
真っ白な機体。
ホワイトライトニング。
白き閃光となって敵を蹴散らし、奥深くまでやってきた。
エミリオン連合軍はまだ残っている。
しかしトリスはマーシャ達を利用する形で戦場をすり抜け、ここまでやってきたのだ。
たった一機で敵陣の奥深くまでやってくるという行動は正気を疑うが、元よりそんなものは捨てている。
正気を保つのではなく、狂気を武器にしてここまでやってきたのだから。
「げ。トリス? うおっ!? 危ないなっ! 俺まで巻き添えかよっ!?」
トリスがレヴィごと砲撃してきたので慌てて避ける。
レヴィならば確実に避けると確信しての行動だったが、砲撃されたレヴィはたまったものではない。
「トリス! お前ちょっとは考えて攻撃しろよ!!」
ホワイトライトニングはリーゼロックの技術が流用されているので、通信コードはレヴィにも伝えられている。
トリスに通信を送ると冷たい声が返ってきた。
「貴方がその程度でどうにかなる筈が無いだろう。邪魔はしないでくれ。あれも、セッテも俺が殺す」
「おい。ちょっと待てよ。あの中に居るのは……」
「関係無い。誰だろうと、敵は殺す。それだけだ」
「だから待てよっ! 殺すなとは言わないからちょっとは待てっ! 犬でも待ては出来るんだから……って、うぎゃーっ! 今度はマジで撃ってきやがったなっ!?」
「いや……今のはお前が悪いと思うぞ……」
マジで撃ってきたトリスにビクビクするレヴィだが、犬呼ばわりされれば撃たれて当然だった。
ハロルドの呆れ声もレヴィには届かない。
しかし咄嗟の攻撃も楽々避けるあたり、やはり天才だった。
しかしほのぼの(?)した空気はそこで終わる。
「やあ。やっと会いに来てくれたね、トリス・インヴェルク」
「セッテ。やはり、そこにいるな」
スクリーンに映し出された姿を見てトリスが激昂しかけるが、辛うじて押しとどめる。
冷静さを失えば、七年前の二の舞だ。
今度こそ逃がす訳にはいかない。
だからこそ、冷静さと、冷徹さを自らに強いる。
「ああ。しかし驚いたよ。生け捕りにして貰う筈だったのに、まさか蹴散らしてくるとはね。頼もしいお仲間がいるようだ」
「俺が頼んだ訳じゃない」
トリスはバッサリと切り捨てる。
「えらい言われようだな……」
「小さい頃はあんなに可愛かったのになぁ。可愛げがなくなるほど捻くれたのは嘆かわしいな。終わったらもふもふして可愛がって素直さを取り戻してやらないと」
「余計に捻くれると思うぞ」
「いやいや。トリスだから大丈夫だ。あんなにいい子だったんだから」
「……もういい」
通信を傍受していたハロルドとレヴィはアホな会話を続けている。
同時にセッテの船から目を逸らさないように気をつけていた。
七年前の二の舞になりたくないのはハロルドも同じだった。
レヴィはマーシャからその顛末を聞いているので、今度こそ逃がさないと決意を固めている。
「君の相手はそこにいる。機体名はキュリオス。プロセッサーも含めて私の研究の途中過程だが、なかなかの成果を出している。存分に戦ってくれ」
「……プロセッサー?」
処理装置、という言葉に首を傾げるトリス。
システムアシストのことだろうか。
しかし次の瞬間、戦慄がトリスを支配した。
その意味に気付いてしまったのだ。
「まさか……」
「ああ、気付いたようだね。プロセッサーは一応生身の亜人だよ。君に誰よりも近い存在でもある。あの時君から採取した細胞から創り上げたクローンだからね」
「な……」
そのあまりにもおぞましい言葉に怒鳴ることすら忘れてしまうトリス。
つまり、あのキュリオスの操縦者はトリスのクローンなのだ。
あの時から培養して成長させたのならば、まだ幼い少年だろう。
しかしそんな少年にそこまでの技術が身につくだろうか。
「プロセッサーだと言っただろう。生身の脳と機体のシステムを直結させている。お陰で消耗は早いが、また創り出せばいいだけだからね。まだまだ研究過程だが、現状では一対多数でも圧倒出来るぐらいのスペックを誇っているよ」
「………………」
「君は仲間の遺体を取り戻す為、そして私を殺す為にここまで来たんだろう? 生きている同胞、しかも自分自身を前にして、本気で戦えるかな?」
「………………」
つまり、これはトリスに対する切り札なのだ。
ここでトリスの動きを封じることが出来れば、彼を捕らえることが出来る。
そう考えている。
しかしこの段階で黙っていない人間もいた。
途中で通信に割り込んだのはレヴィが先だった。
「随分と舐められたものだな。トリスには攻撃出来なくても、俺には攻撃出来るぜ。仮にトリスの足止めに成功したとしても、俺たちが大人しくトリスを引き渡すと思うか?」
「ついでにお前も逃がさないから覚悟しておけ」
ここにいるのがトリスだけだったなら、それも可能だっただろう。
しかしここにはレヴィがいる。
ハロルドがいる。
マーシャ達も向かってくる。
この戦力を相手にしてトリスを捕獲することなど、出来る訳がない。
「君たちが何者なのかは分からないが、トリス・インヴェルクの救援に来たということは、リーゼロックの関係者なのだろうね。しかし対策はしてある。君たちの相手は別に用意しておいたから、存分に暴れてくれて構わないよ」
セッテがそう言ったのとほぼ同じタイミングで、離れた位置の空間が歪んだ。
「あ……」
「まさか……」
空間が歪むのは偽装を解除したから。
そしてそこから出てくるのは……
「そのまさかだ。あいつ、まだ戦力を温存していたらしい。あれはエミリオン連合軍か?」
「それにしちゃ感じが違うっつーか……」
戦艦二隻に戦闘機がざっと五十はある。
二人で相手をするのは骨が折れそうだ。
マーシャが到着すればその限りでは無いが、それまでは何とか時間を稼がなければならない。
しかしトリスのことを考えると心配にもなる。
「しかし海賊団を殲滅する為に温存した戦力にしては過剰だな」
「これはエミリオン連合軍の戦力じゃないよ。私の固有戦力さ。正確には研究成果だがね」
「おい。まさかとは思うが、あの戦闘機に乗っているのも全部クローンじゃないだろうな?」
「いや、そこまで予算はかけられないよ。金のやりくりはそれなりに大変でね。あっちは別の方法を取り込んである」
「別の方法?」
「あれらは無人機さ」
「なんだ。それなら楽勝じゃないか」
無人機は自動操縦なので、単調な攻撃と動きしか出来ない。
そんなモノが五十機集まったところで、レヴィの敵ではない。
そう考えていた。
しかし次に告げられた情報は最悪のものだった。
「確かに無人機だが、有人機と大差ない仕様になっているよ。あそこにあるのは死体から採取した脳細胞を復元して、デジタル人格として復元したものだからね。要するに疑似AIという訳さ」
「な……」
「なんてことを……。つまりあの中に居るのは生身を持たない子供達ってことか……」
「胸くそ悪ぃ……」
レヴィが心底怒りを込めて呻く。
珍しく本気で怒っていた。
死体を弄んだことによる憎悪に支配されたトリスの気持ちが少しだけ分かった。
確かにこれは、許せそうにない。
そしてそれを目の当たりにしたトリスが憎悪に堕ちることになっても復讐を望んだ理由が分かった気がした。
そしてそれ以上に耐えられなかったのはトリスだった。
「お前……お前はどこまで……どこまで俺たちを弄べば気が済むっ!? ふざけるなっ!! ふざけるなああああああーーっ!!」
トリスが涙混じりの怒り声でセッテへと突撃していく。
キュリオスのことも、新たに現れた戦力のことも関係ない。
ただセッテを殺す為に動いている。
怒りに支配されて、冷静さを失い、暴走してしまう。
「トリス!!」
「馬鹿野郎っ! 無茶すんなっ!!」
「駄目だ。今のトリスに言葉は通じない。俺はあいつが死なないようにサポートするから、キュリオスの足止めを頼んだ。マーシャが来たら状況を説明してくれ」
「って、下がれと言った癖に人使いが荒いなっ!」
「トリスを見殺しにしたいならそう言え」
「だーっ! 分かったよっ! やればいいんだろうがっ!」
ハロルドはやけくそな気持ちで応じた。
トリスを死なせたくない気持ちは同じなのだ。
状況はこうなってしまった以上、自分が貧乏くじを引くしかない。
「絶対にトリスを助けろよっ!」
「当たり前だろうがっ!」
「ならいい。行けっ!」
「おうっ!」
レヴィはセッテに向かって突っ込んでいったトリスを追いかける。
トリスの操縦は既に見ている。
簡単にやられるとは思わないが、それでも冷静さを欠いている今は安心してもいられない。
邪魔をしたらレヴィまで撃たれそうなのでなるべく控えるが、それでもトリスを死なせないサポートは必要だろう。
「まったく。可哀想だけど、利用されるだけのデジタル人格なら、殺した方が救いがあるな。アレが元々はもふもふ達だと思うと心も痛むが、まあ仕方ない」
レヴィはスターウィンドの砲身に永久内燃機関バグライトのエネルギーをチャージしていく。
五十機をちまちま墜としていられない。
それに動きを見る限り、亜人の反応速度だけはほぼ再現出来ているようで、動きがかなりいい。
少なくともまともなドッグファイトを行えばレヴィでも撃墜に時間がかかるだろう。
ならば正攻法以外で行くしかない。
エミリオン連合軍がまだ残っている中でこの必殺技を出すのはリスクが大きすぎるが、それでもトリスの命には代えられない。
それにエミリオン連合軍も生き残らせるつもりはないのだ。
えげつないと承知していても、それでも大切なものを護る為にいくらでも残酷になる。
優先順位ははっきりしているのだから、それ以外の部分で躊躇ったり迷ったりするべきではない。
「トリスを助ける。そしてトリスのクローンも助ける。うまくすればトリス以外にもちびもふゲットだ」
うへへへ、とだらしなく笑うレヴィ。
神業に近い操縦能力を見せながらも、その表情は駄目人間そのものだった。
しかしそんなだらしない表情をしていても、その手つきとタイミングは神がかっている。
「一撃必墜ってことで。行くぜ」
戦闘機が飛び交う宇宙空間。
その中で、剣を走らせる『線』を見極める。
それぞれの動きのパターンを把握し、予測し、射線が最大限に重なるタイミングを割り出す。
考えてやっている訳ではない。
研ぎ澄まされた感覚が無意識でそれらを判断しているのだ。
「ここっ!」
レヴィは操縦桿をぐいっと動かすと同時に砲撃のトリガーも一緒に引いた。
レーザー砲撃が旋回と同時に動き、光の剣のように敵機をなぎ払う。
『バスターブレード』
レヴィの得意技であり、彼が『星暴風《スターウィンド》』と恐れられる所以でもある。
たった一度の砲撃で七機もの戦闘機を撃墜した。
まるで光の剣に切り裂かれたように機体を真っ二つにして大破していく戦闘機。
「次っ!」
レヴィはすかさず次の砲撃へと移る。
一度チャージしてしまえば、ある程度は連発が出来るのがスターウィンドの素晴らしいところだ。
最大威力の砲撃は三射が限度だが、ある程度調整すれば十回は連射出来る。
更にバスターブレード。
今度は五機を撃墜。
立て続けに繰り返していき、僅か二分足らずで四十二機を撃墜した。
一度のバスターブレードによる最大撃墜数は八機。
最低でも五機。
七度のバスターブレードで四十二機を撃墜。
その時間、僅か一分五十六秒。
まさしく暴風と呼ぶに相応しい暴れっぷりだった。
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