リネス宇宙港から飛び立ったシルバーブラストは、ディルグッド星系へと向かっていた。
クロドの船『ステリシア』の管制頭脳はある程度調べてしまったので、今度は彼が依頼を受けたというディルグッド星系第二惑星『ミスティカ』へ向かうことにしたのだ。
ミスティカに向かえば新しい手がかりを掴める筈だ。
「ああ依頼人から辿るつもりだけど、そこからどやってワクチンが麻薬に切り替わったのかについては、結構手こずりそうだなぁ」
今は自動操縦にしているので、マーシャもリビングでくつろいでいる。
そこにはレヴィとタツミも居て、三人でのんびりとお茶を楽しんでいる。
「大体、やり方が卑怯だよな。感染病が蔓延している星にワクチンを偽装して、麻薬を持ち込むなんてさ」
タツミはそのやり方に憤慨しているようだ。
リネスに感染病が蔓延していたのは本当で、各国からワクチンが送られてきた事も事実だった。
問題はその状況を利用して、麻薬を持ち込んできたやり口だ。
ハッキリ言って気に入らない。
他人の善意と弱みにつけ込むようなやり方は性に合わない。
レヴィも同意して頷いた。
「まあこっちは随分と迷惑を被ったけどな。その分、人体強化麻薬ミアホリックがラリーに流れ込むのを阻止できたんだから、それで良しとしておこうぜ」
もっとも、流れ込んだ麻薬は他にもあるだろうし、これからもレヴィ達の知らないところで流れ続けるだろう。
それらを阻止する為にも、今回の大本だけは突き止めておきたい。
その為に、宇宙船に関してド素人のタツミまで同行しているのだから。
「今回の件を突き止めたとしても、ミアホリックそのものの流れまで止められるかどうかは分からないぞ。複数の経路から入手しているのなら、この一つを潰したとしても無駄になる。私はむしろその可能性の方が高いと思っているけど」
「それはどうかな?」
マーシャの推測に、ニヤリと口元を吊り上げるタツミ。
どうやら彼には確信があるようだ。
「どういうことだ?」
レヴィも首を傾げている。
「いや、確かに経路は分岐していると思う。そうでなければ、一度失敗しただけでルートが潰れてしまうからな。だけど話を聞く限りミアホリックは特殊麻薬だ。製造元まで複数在るとは思えないんだよ。大本は一箇所で、そこから偽装して別れている筈だ」
「なるほど」
「それなら話は簡単だな」
大本の製造工場を突き止めて、そして潰せばいい。
密輸経路は潰せなくても、製造元さえ潰してしまえば、手持ちのミアホリックはすぐに尽きる。
そうすれば限られたミアホリックを使い切ってしまえば何も出来なくなる。
いや、限られているからこそ無駄に使おうとはしないだろう。
その出し惜しみにこそ、つけ込む隙がある筈だ。
「今のラリーがどれだけその物騒な麻薬を持っているかは分からないけど、早いとこ潰しちまわないと、お嬢が危険だからな。何としてでも突き止めてやるさ」
物騒な笑顔でやる気を漲らせるタツミ。
彼にとっての最優先順位は、やはりランカなのだろう。
「そしてお嬢に褒めて貰うんだ。またキスさせてくれねえかな~♪」
……本質はただの駄犬なのかもしれないが。
「あのなぁ……あの時だってキスさせて貰ったんじゃなくて、タツミが勝手にランカから奪ったんだろうが」
心底呆れた口調でツッコミを入れるマーシャ。
乙女の唇をあんな形で奪うような男は、百回ほど地獄に堕ちればいいと思っている。
マーシャの物騒な気配を敏感に察したレヴィは、少しだけ身震いして距離を置いた。
「だってお嬢が今までで一番可愛かったからつい……というかあまり嫌がってなかったように見えたし」
「派手なびんたを喰らっといて何を言うか」
「あれはほら、照れ隠しだと思うんだけど?」
「………………」
本当にそうなので何も言えない。
しかし物騒に唸るマーシャを見て、流石のタツミも少し後退した。
「とにかく、今後は本人の許可無くあんなことはするな。本気で嫌われてしまうぞ」
「それは困るっ! お嬢に嫌われたら生きていけないっ!」
うわああああ、と頭を抱えるタツミ。
少しだけ想像してしまったらしい。
遠い過去に実際に言われた台詞なだけに、ダメージもかなりリアルだった。
「まったく……」
そんなタツミを見て、やれやれとため息を吐くマーシャ。
お互いにこれ以上無いほどの恋心を抱いている癖に、駄犬の行動一つで台無しになっているのだから困ったものだ。
マーシャはそのまま寝転がって、レヴィの膝まで移動した。
「寝る。しばらく起こすな」
「俺を枕にするなよ」
「うるさい。枕は黙ってろ」
「へいへい」
文句を言いつつも、膝の上に乗ってきたマーシャの頭を優しく撫でてやる。
マーシャは身体を丸めて、すうすうと寝息を立て始めた。
「いいなあ。ラブラブじゃん」
「ふふん。羨ましいか」
「すげー羨ましい」
自分もランカに膝枕をして貰いたいなぁ……と思いながら見ているタツミ。
自分達とは違う関係だが、それでも本当にラブラブなのだなぁ、と思うとやはり羨ましかったのだ。
しかしマーシャの眠りはすぐに妨げられた。
リビングに警報が鳴り響く。
垂れていた耳がぴくっと反応して、即座に起き上がるマーシャ。
レヴィ達を置き去りにして操縦室へと向かう。
レヴィはのんびりと立ち上がり、操縦室とは逆方向に向かった。
「何処に行くんだ?」
「もちろん、戦闘準備だ。今のところタツミの出番は無いから、のんびりしていていいぞ」
「って、やっぱり襲撃かよ」
「みたいだな。ラリーの追っ手か、それとも別口か。とにかく蹴散らしてからのんびりしよう」
「ちょっと待てよ。どれぐらいの戦力かも分からないのに、この船一隻だけでどうにかなるのか?」
「俺とマーシャが揃えば何とでもなるさ」
「……すげー自信だな」
「事実だからな」
「………………」
「信じられないなら操縦室でも見物してろよ。面白いものが見られるぜ」
「そうさせてもらう」
それだけの自信があるのなら、見物させてもらおうと思った。
宇宙は素人でも、戦闘はプロだ。
畑違いの分野でも、それを見れば達人同士として腕前は分かる。
レヴィは不敵な笑みを残してから格納庫へ向かった。
マーシャは操縦室に辿り着くと、シオンに状況を報告させた。
「何だか団体さんがお出ましです。数は戦艦三、あの規模だと戦闘機は三十ぐらいだと推測するですです~」
「ふうん。どこの所属か……は訊くまでもないよな」
スクリーンに映し出された敵の戦艦を睨み付けながら、マーシャはニヤリと笑う。
「一応、相手の管制頭脳に侵入して調べたよ。所属はリネス宇宙軍第三艦隊。どうやらラリー一家って軍とも一部癒着しているみたいだね~」
今度はシャンティが報告してくれた。
ちゃっかり敵の管制頭脳に割り込みを掛けて調べてくれたらしい。
「待機している戦闘機の数も調べようか?」
電脳魔術師《サイバーウィズ》が本領を発揮すれば、監視カメラにアクセスして格納庫にある戦闘機の数も調べることが出来る。
しかしマーシャはそれには及ばないと首を振った。
「どちらにしてもその程度なら蹴散らせる。そうだよな、レヴィ」
『はっはっは。俺の活躍をご所望かな?』
既にスターウィンドで待機しているレヴィは準備万端だった。
「もちろん。私は母船をやるから、細かいのはよろしく。もちろんシオンの天弓システムで援護する」
『オッケー。軽く片付けてくるぜ』
これから命懸けの戦闘を行うというのに、二人とも軽い調子だ。
これは緊張感が無いのではなく、戦闘そのものを日常の一部として受け入れているからこその態度なのだろう。
『じゃあ行ってくるぜ』
「行ってらっしゃい」
『帰ったらもふもふさせてくれよな』
「いつもしているじゃないか」
『それもそうだ』
気が抜けそうになるぐらい、日常的な会話だった。
少し遅れて操縦室にやってきたタツミが、そんな二人の会話を聞いて呆れてしまった。
余裕どころではない。
敵の戦力などお話にならないとでも言いたげだ。
スターウィンドが格納庫から発進すると、敵が近付くまではスターウィンドと一緒に飛んでいる。
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