そしてユイ・ハーヴェイの研究成果であるフラクティール・ドライブがいよいよ実用可能段階にまで進んだ。
本体である機械の組み立てを不眠不休のオートマトンがやってくれる現代では、理論さえ固まれば実用化は恐ろしく早い。
マーシャが援助してわずか半年ほどで、安全基準をほぼクリアした実用化にまでこぎ着けるのだから、かなりのハイスピードだった。
もちろん、それだけのハイスピードを実現出来たのは、マーシャだけではなく、宇宙有数の設備を持つリーゼロックが全面的に協力してくれたから、という理由も大きいのだが。
基本的にはマーシャの影響力が最も大きいだろう。
そして公的な安全基準ではなく、独自の安全基準をクリアしたフラクティール・ドライブがシルバーブラストに実装されるまで三ヶ月の期間を要した。
開発そのものに半年しかかかっていないのに、シルバーブラストに実装するのに三ヶ月もかかったのは、船に合わせたチューニングや小型化が必要だったからだ。
チューニングはそこまで時間を必要としなかったが、小型化となると設計から見直す必要があったので、少し時間がかかってしまったのだ。
ユイに小型化の研究を進めさせる訳にもいかないので、マーシャとヴィクターの二人で行った。
基本的にはマーシャが個人使用するシルバーブラストに実装する為の小型化なのだから、公的な安全基準クリアという課題を残しているユイの手を煩わせる訳にはいかなかったのだ。
もちろん、全ての宇宙船に実装出来るようになる為には小型化も最重要課題なのだが、それは数年後でも構わないだろう。
しかしマーシャは待ちきれなかったので、自分達で研究を進めていたのだ。
そして完成して、シルバーブラストに実装されたのがつい先日のこと。
シルバーブラストそのものの大きさと重量を変える訳にはいかなかったので、居住部分を多少犠牲にしたり、他の部分の小型化という、内部のダイエットが必要になったが、それでもシルバーブラストは以前の外見のまま、大幅にパワーアップすることになった。
十万トンクラスの船が外部アタッチメントではなく、内蔵ドライブとしてフラクティール・ドライブを実装しているのだ。
今のシルバーブラストは間違いなく宇宙最高性能だと断言出来るだろう。
もちろん、フラクティール・ドライブが実装される前からそうだという自負はあったが、より小型化と高性能化、そして新機能が加わったことにより、更に堂々と胸を張って言える代物に成長したのだ。
シルバーブラストはマーシャにとって己の半身であり、かけがえのない相棒でもある。
自分と一緒に成長してくれるのがとても嬉しい。
「んふふ~」
マーシャはシルバーブラストの操縦席に座って、かなりご機嫌に尻尾を揺らしている。
いよいよフラクティール・ドライブを自分の船で利用出来るのだ。
これで遙かに遠くまで行けるし、未知の世界にも行けるかもしれない。
もちろん、軽々しくロッティを離れたりは出来ないが、それでも今までよりもずっと遠くに行けるのは楽しかった。
「嬉しそうだな、マーシャ」
「もちろん。嬉しいに決まっている」
レヴィが副操縦席から話しかけてくる。
戦闘機操縦者である彼は、シルバーブラストが稼働中は基本的に暇なのだ。
しかしいざという時は誰よりも心強い戦力となってくれることを知っているマーシャは、レヴィが副操縦席に座って何もしないことに不満は抱いていない。
「どこに行こうかな~」
マーシャはスクリーンにフラクティールの分布図を映し出す。
実用化にこぎ着けるまでの性能実験で、確認されている全てのフラクティールのゲートイン・ゲートアウト座標も解析済みである。
フラクティールはこれから『フラクティール・ゲート』と呼ばれるだろう。
ユイがそう名付けたので、技術発祥であるリーゼロックがそういう公式発表をする筈だった。
ここから一番近いフラクティール・ゲートは残念ながら使えない。
何故なら、ゲートアウト先がとんでもない場所だからだ。
「ここは駄目だな」
マーシャはそのゲートに×印を付けておく。
「どうして駄目なんだ?」
「ゲートアウト先が原始太陽系まっただ中だった」
「マジか……」
「マジだ」
「恐ろしいな」
「ああ。だから確認されたフラクティール・ゲートは、一度無人機で全てゲートアウト先をチェックしている」
「それが正解だな。どこに出るかも分からないんだから」
「そういうことだ」
安全性は何よりも優先される。
特に民間で利用するものは客の命を預かるのだから、何があっても大丈夫という安全基準が必要だ。
しかし軍艦や特殊な事情を持つものはその限りではない。
多少のリスクを受け入れてでも性能の引き上げを優先する場合がある。
リーゼロックPMCで利用するものや、リーゼロックの社員が利用するものに関しては、一般の安全基準よりも性能の引き上げを優先している場合が多い。
もちろんこのシルバーブラストもそうだ。
まだまだ公的な安全基準はクリアしていないが、そこを優先してしまうと性能が下がってしまう。
具体的にはドライブ起動から跳躍準備までの時間が長すぎる。
マーシャはその時間を短縮する為に、多少の安全基準を無視した。
そうすることによって生じるリスクについては、シオンが処理を担当してくれるので問題はない。
安全基準はクリアしていなくとも、安全であると確信しているのだ。
「それで、今回はどこに行くつもりなんだ?」
「ん~。そうだなぁ。なるべく長い距離を跳躍してみたいからなぁ……」
マーシャがじっとスクリーンを眺める。
フラクティール・ゲートの分布図と、ゲートアウト先の比較を行い、そして決めた。
「よし。ここにする」
「どこだ?」
「ここだ」
マーシャが端末を操作して一つのフラクティール・ゲートのマークを青色から赤色に変えた。
「ここからかなり近いゲートだな」
「うん。でも跳躍距離が長い。ここから惑星リネスまで行けるからな」
「……通常航行だと二ヶ月ぐらいか?」
「うん。それぐらいかかるな。このシルバーブラストでも通常航行なら半月はかかる」
「………………」
シルバーブラストの基本性能もかなり凄い。
しかし呆れるにはこの非常識に慣れてしまっているレヴィだった。
「それにしてもリネスか。確かニラカナからの移住者がいる場所だったか?」
「詳しいな」
「昔、任務で少しだけ関わったことがあるんだ」
「へえ~。じゃあ行ったことがあるのか?」
「いや。ニラカナには何度か行ったけど、リネスには行っていないな。ニラカナの人たちにリネスへの移住者がいるって聞いただけなんだ」
「へえ。なるほどね」
「じゃあ初めてだな」
「おう。初めてだぜ」
「楽しみだな」
「おう。楽しみだな」
マーシャの尻尾が更に揺れる。
レヴィと一緒に初めての場所に行く。
未知の場所を旅する。
そのことが嬉しいのだろう。
「よし。シオン。跳躍準備だ」
「オッケーですです~」
「シャンティはシオンのサポートを」
「いえっさー。アネゴ」
「………………」
シオンとシャンティは仕事が山積みだが、オッドは何もやることがない。
戦闘時以外は砲撃手の仕事は無いのだ。
レヴィと同様、暇そうにしているが、これからフラクティール・ドライブで跳躍するのは楽しみらしい。
その表情が少しだけワクワクしているのが分かった。
「よーし。フラクティール・ドライブ起動準備。その間に座標E-四六七八へと向かう」
E-四六七八はこれから向かうフラクティール・ゲートの座標を示す位置だった。
マーシャはノリノリで操縦桿を握り、かなりのハイスピードでE-四六七八へと向かうのだった。
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