「っ!」
ぴょこんとした獣耳が出てくる。
外気に晒された所為でぴくんと動く獣耳。
しかしそのまますやすやと眠るマティルダ。
酒の影響もあるのだろうが、今は安心してくれているのだろう。
クラウスを信用したのか、それともレヴィアースを信用してくれているのか。
どちらにしても、安心してくれているのは嬉しい。
「なんとまあ……亜人じゃったのか……」
流石に驚きを隠せないクラウス。
「まあ、そういう事情なんです」
「ついこの間、亜人は全滅したと聞いたばかりなのじゃがなぁ」
「………………」
惑星ジークスの情報はロッティにも流れているらしい。
各惑星の情報が彼には流れてくるのかもしれない。
ここまで経済を支配する立場になると、宇宙情勢にも詳しくなければ足下を掬われてしまうからだ。
「レヴィアースはエミリオン連合の軍人。つまり、ジークスの一件に関わっていて、この子達を助けたという訳か」
「………………」
「もちろん、任務には背いておるのじゃろう?」
「………………」
探るようなクラウスの視線を真っ直ぐに受け止めるレヴィアース。
軍人としては後ろめたいが、人間としては胸を張れる。
その信念でクラウスを見つめ返した。
そしてそれを感じ取ったクラウスはふっと口元を緩めた。
「面白い奴じゃのう。エミリオンではなく、うちのPMCに欲しいぐらいじゃが、転職を考えてみるつもりはないか?」
「……ありがたいお話ですが、やめたくてもやめられない状況なんです」
「そうなのか?」
「ええ。見捨てられない部下もいますしね」
「そういうところは好感が持てるのう」
自分のことだけ考えるなら夜逃げでも何でもしている。
しかし見捨てられない部下がいるからこそ、レヴィアースは軍人としての自分から逃げ出すことは出来ないのだ。
オッドを始めとして、レヴィアースを慕う部下は沢山居る。
彼らを見捨てて自分の為だけに生きられるほど、レヴィアースは器用ではないのだ。
軍を退役するのならば、部隊指揮が出来る人材をきちんと教育して、引き継ぎまで済ませてからだと決めている。
しかしそういった考え方が部下の教育を促進させ、レヴィアースの能力を引き上げている。
結果として、エミリオン連合軍はレヴィアース・マルグレイトを手放したがらない。
最悪な意味での悪循環だった。
「ならば儂が個人的に引き抜き工作でもしてみるかのう」
「エミリオン連合にも影響力があるんですか?」
「軍になら多少はな。うちからもいくつか兵器を輸出しておるからのう」
「なるほど」
確かに多少は影響力があるだろう。
しかしレヴィアースを引き抜けるかどうかについては微妙だった。
『星暴風《スターウィンド》』としてのレヴィアースをエミリオン連合軍が手放したがるとは思えない。
レヴィアースは良くも悪くも自分の影響力というものを理解していた。
それが自惚れならば多少は気楽なのだが、客観的に見ればそれでも足りないというのが周りの評価でもある。
「まあ、引き抜くなら軍人以外がいいですね。運送部門とかがあればそちらに配属して貰いたいぐらいです」
「そうなのか?」
「元々好きで軍人になった訳ではありませんから。俺はホルンの出身なんですよ」
「なるほど。兵役からの引き抜きか」
「その通りです」
「ということは、エミリオン連合に引き抜かれる程度には優秀ということじゃな」
「………………」
その通りではあるのだが、そうなればますます軍にしか採用されない気がして辟易としてしまう。
「まあ、その話は置いておこう。今はその子達を優先したいのじゃろう?」
「はい」
「その子達が儂でも構わないというのなら、面倒を見てやってもよいぞ」
「え?」
「児童養護施設には預けられない。かといってこんな子供達に仕事をさせるのも気が進まない。ならば直接面倒を見るのが無難じゃろう?」
「ですが、そこまで迷惑を掛ける訳には……」
「迷惑という訳でもない。儂は独身じゃからな。子供も居なければ孫もいない」
「そうなんですか?」
「経営一筋じゃったからのう」
「意外です」
「という訳で、孫っぽい存在が居てくれると、それなりに癒やされるかと思ってな」
「なるほど。ですが亜人の子供を引き取っていると分かれば、他への影響が無視出来ないものになると思いますけど」
「それはリーゼロックの力を舐めすぎじゃ。この程度、どうとでもなる」
「そうですか」
確かにレヴィアースはリーゼロックについてそこまで詳しくはない。
彼が知らない権力というのもあるのだろう。
「まあこの子達の意志も訊いてみないと分かりませんから。俺が返答する訳にはいきません」
「それは当然じゃな。しかし一応保護者の同意は得ておくべきじゃろう」
「俺としては、働かせるよりも教育を受けさせてもらえるのなら、望ましいと思っていますよ」
完全に信用した訳ではないが、それでも信用出来ないとはもう思っていない。
短い時間だが、クラウスがマティルダ達を見る目はとても温かい。
軍人という立場上、様々な悪人をこの目で見てきた。
だからこそ、人を見る目はそれなりにあるつもりだった。
そしてクラウス・リーゼロックという老人は悪人ではない。
少なくとも、マティルダやトリスを気に入ったのは本当だろう。
ならばレヴィアース自身としては二人を任せるのもありだと考えている。
働かせるよりも、教育を受けさせたいと望んでいることは間違いないのだから。
★
それからクラウスの住むリーゼロックの屋敷に到着した。
かなり大きな屋敷だった。
屋敷の大きさだけではなく、庭園の規模も凄まじい。
車で門から入って、玄関に到着するまで、五分は走っている。
その間、豊かな森や、整えられた庭園が目に入る。
「世界が違いますね……」
その規模に呆れてしまうレヴィアース。
屋外プールなどというものまで目にしてしまうと、もう完全に別世界の住人という感じだった。
同時に、あのプールでマティルダ達を遊ばせたら喜ぶだろうなとも考えた。
「リゾートみたいな自宅、というのが建造前のコンセプトじゃからな。遊び心満載じゃ」
「なるほど」
「この子達がここに住むなら、アスレチックフィールドを作ってみるのも面白そうじゃな」
「気軽に言ってしまえるのが凄いですね……」
確かにこれだけの広さがあれば森の一部を改造して、アスレチックフィールドを作ることも可能だろう。
そしてその資金もたっぷりある。
そしてこれだけ広い環境ならば、外部の目を気にする必要がない。
敷地内は一般人立ち入り禁止だし、亜人を囲っているという噂が流れることはないだろう。
こういう人物に仕える場合はは口の堅さも求められるので、外部に漏れる心配も無い筈だ。
そして外に出る時には耳と尻尾を隠せば問題ない。
贅沢すぎる環境だが、理想的でもある。
レヴィアース自身はリーゼロック家にマティルダ達を預けることには前向きになっていた。
★
精密検査も終えて、マティルダの身体にどこにも異常が無いことが分かると、レヴィアースもトリスもほっとしていた。
そして大きな屋敷と最新式の設備などを前にして、二人がワクワクそわそわしている。
探検したいという気持ちがあるのだろう。
レヴィアースも少しは同じ気持ちになっている。
この大きすぎる屋敷に一体どんなものがあるのか、余すところなく見てみたいという気持ちがあったのだ。
童心に返るという感じだが、楽しければそれも悪くないと考えるタイプなので、クラウスの許可を得てから庭の散策を始めるのだった。
部屋の中については機密情報も含まれているので許可はしてもらえなかった。
リーゼロックの規模を考えれば当然のことだったので、レヴィアースは不満に思ったりもしなかった。
「すごいな、この屋敷。歩いているだけでワクワクする」
「うん。面白い。プールとか、初めて見た」
マティルダもトリスも嬉しそうに歩いている。
トリスまでこんなに楽しそうにしているのを見るのは珍しい。
マティルダの為に行動することが多いトリスは、自分の為に楽しむのは後回しになっている印象があった。
だからこそ自分の為に行動して、楽しそうにしているのを見ると嬉しくなる。
「ここに住んだら自由に遊べるみたいだぞ」
「え?」
「?」
きょとんとしながら首を傾げるマティルダとトリス。
レヴィアースは二人にクラウスからの提案を話した。
クラウスはマティルダ達のことが気に入ったので、孫みたいな存在として面倒を見たいと考えていること。
そしてこの屋敷ならば亜人であることを隠す必要が無いこと。
無理に仕事をしなくても、しっかりとした教育を受けた上で、将来をじっくり考えることが出来ることなど、溢れんばかりのメリットを伝えた。
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