シルバーブラスト

水月さなぎ
水月さなぎ

クラウスとの再会 6

公開日時: 2021年5月4日(火) 22:19
文字数:3,723

 時間は少し遡る。


 パーティー会場で一旦レヴィ達と別れたマーシャは、そのまま最上階へと移動した。


 クラウスから伝えられている部屋に向かい、そして呼び出しボタンを押す。


 少し待つと中から人が出てきた。


「あの……」


 おどおどした、気弱そうな青年だった。


 普段は研究者と聞いているので、正装の経験があまりないのだろう。


 立派なスーツを着ているが、恐ろしく似合っていない。


 如何にも着慣れていないという感じだった。


「初めまして。クラウス・リーゼロックからこの部屋に来るように言われた者だが」


 マーシャはにっこりとその青年、ユイ・ハーヴェイへと笑いかける。


 ドレス姿の美女に笑いかけられて、ユイも赤くなってしまう。


「では、貴女がリーゼロック卿の言っていた投資家の女性ですか?」


「一応そういうことになるな。本職は宇宙船操縦者だが、投資家としてもそれなりに稼いでいる」


「それなりに、ですか」


「名前はマーシャ・インヴェルク。話を聞かせて貰ってもいいだろうか?」


「あ、はい。もちろんです。僕はユイ・ハーヴェイといいます」


 慌てて中にマーシャを招くユイ。


 この部屋にも慣れていないのだろう。


 動きがぎくしゃくしている。


 その様子が微笑ましかった。


 中の部屋はマーシャが取ったものと同じ間取りで、かなり広かった。


 豪華なテーブルとソファがあったので、ユイはそこにマーシャを促した。


 そして二人で向かい合う。


 そしてユイは飲み物を用意した。


 れっきとした交渉の場なので酒ではなくお茶を出す。


 この部屋に予め用意されていたものだが、品質はかなりいい。


 マーシャは用意されたお茶を飲む。


 すっきりとした味わいで、体内に残ったアルコール分を少しだけ吹き飛ばしてくれるような気分になった。


 正面に座ったユイの姿を改めて観察する。


 金髪にブラウンの瞳。


 年齢は二十代後半ぐらいだろう。


 こういった場には慣れていないようで、まだそわそわしている。


 なんとなく、研究一筋の人間なのだろうと思った。


 しかし研究にしか興味が向いていない訳でもないようで、ドレス姿のマーシャにちらちらと視線を向けている。


 それは交渉の場には必要のない、マーシャ自身への興味だった。


 マーシャは黙っていれば文句無しの美女なので、こうやって見惚れられることも珍しくはない。


 マーシャもそういった視線には慣れているので、適当に受け流しておく。


 しかしいつまでも見惚れられていては話が進まないので、早めに話を切り出すことにした。


 あまり長い時間レヴィと離れていたくないという、個人的な気持ちもある。


「資金援助をして欲しいということだが」


「あ、はい。そうなんです。ただ、金額がかなり大きいので、ミス・インヴェルクは大丈夫でしょうか?」


「大丈夫、とは?」


「その、あまりにも大きな負担になるようでしたら、最初から断ってくれてもいいという意味です」


「リーゼロック卿からは兆単位の金額が必要になると聞いている」


「はい。そうなんです」


「研究内容次第だが、その気になれば払える金額だ」


「そ、そうなんですか?」


 兆単位の金額というのは、宇宙船操縦者が片手間の投資活動で稼げるような金額ではない。


 しかしマーシャには可能だった。


 それだけの天才性を有しているのがマーシャ・インヴェルクという存在なのだ。


 ユイはマーシャの天才性を知らない。


 しかしマーシャの様子を見る限り、それが誇張でも何でもない、ただの事実だということは感じ取れたようだ。


「それよりも研究内容を聞かせて欲しい」


「あ、はい。僕は宇宙船の航行技術について研究しています」


「リーゼロック卿からはワープ航法と聞いているが」


「はい。一応、分類としてはそうなります」


「一応?」


「船単体での跳躍が可能な訳ではありませんから」


「となると、何か別の要素が必要になるということか?」


「はい」


「そうなると、推進機関に手を加えるという訳ではないようだな」


「はい。まったく別の要素になります。少し話題が逸れますが、宇宙には歪みを抱えた特殊な地場があることはご存じですか?」


 話題が逸れると言っているが、ユイの瞳には熱が籠もっている。


 これこそが本題に関係のあることなのだろうと感じ取ることが出来た。


 マーシャもそれを見て気を引き締める。


「もちろん知っている。そこに近付いただけで電波が乱されたり、船体が破損したりする危険な地場のことだろう?」


 船乗りの間では危険な場所として情報共有が行われている。


 不用意に近付けば大惨事になりかねないので、そういった情報は常に公開されることになっているのだ。


「ええ。僕たちが知る宇宙の中には、そういった危険な場所が沢山あります。僕はその磁場のことを『フラクティール』と呼んでいます」


「それは公式用語か?」


「いいえ。僕の造語です。研究解析するにあたって、名称があった方がいいと思いましたので」


「なるほど。そんな危険な場所を調べる意味は? もちろんあるんだろう?」


 宇宙の歪みは誰も近付けない危険な場所だ。


 マーシャにとってもその認識は変わらない。


 宇宙空間は未知の危険で溢れている。


 最新鋭の宇宙船シルバーブラストを保有しているマーシャだが、だからといって決して宇宙の危険を侮っているつもりはない。


 常に厳粛な気持ちで宇宙と向き合っている。


 また、そうでなければ船乗りになる資格などないと考えている。


 原因不明の電波の乱れ、近付くだけで計器が狂う特殊な磁場。


 そして不用意に近付けば宇宙船そのものが破壊される危険な場所。


 マーシャにとってそういう場所は人が干渉してはならない部分という認識だった。


 人が触れられない領域。


 マーシャも研究者なので、そこに踏み込むことはある。


 しかし宇宙空間においては、船乗りとしての厳粛な認識の方が上回っている。


 しかしユイはそこに踏み込んだ者だ。


 少しだけ興味が湧いてきた。


「もちろんありますよ。フラクティールは宇宙航行における新たな可能性を秘めています」


「というと?」


 ユイの声に興奮が混じる。


 どうやらここからが本番らしい。


 マーシャも興味が湧いてきたので先を促す。


「結論だけ先に言いますね。フラクティールは確かに危険な場所ですが、未来の宇宙航行においては最大の切り札となりえます」


「どういうことだ?」


「あの歪みこそがワープ航法を実現しうる自然現象なのです」


「………………」


「何の準備もないままフラクティールに近付けば、確かに計器は乱されますし、船体も破壊されます。しかし歪みの波長を合わせて近付けば、長距離ワープが可能になるのです」


「っ! それは既に実験済みのことなのか?」


 マーシャの声が少し震えた。


 興奮と期待が混じった震えだった。


 ワープ航法は宇宙航行における最大の課題であり、人類の夢でもあった。


 人為的にそれを行うことは研究者達の夢でもある。


 マーシャのシルバーブラストは航行速度こそ軍艦よりも上回るという自負があるが、それでもワープ航法までは不可能だ。


 星の海を本当の意味で自在に渡るには、まだまだ性能が足りていない。


 それが宇宙航行の限界でもある。


 しかしその限界は、限界のままではない。


 いつかは突破出来ると信じている。


 マーシャ自身も研究者の一人として、開発者の一人として、それを夢見ている一人なのだから。


 だからこそユイの話が本当ならば、投資を惜しむことはないだろう。


 実用段階になったら真っ先に試したい。


 いや、真っ先に試す権利を主張する。


 その為にも自分が投資をしなければならない。


 期待に満ちた銀色の瞳に射貫かれて、ユイは少しだけ後ずさった。


 しかし彼も本気で助力を望んでいるので、怯んでばかりはいられない。


 意を決してタブレット端末を取り出した。


 映像データを検索して、マーシャに見えるように差し出した。


「………………」


 マーシャはその映像の再生ボタンを押す。


「これが通常の状態でフラクティールに近付いた時の記録です」


「………………」


 実験機なのだろう。


 宇宙船にしてはかなり小さい。


 恐らくは自動操縦で近付いている。


 その結果は予想通りのものだった。


 フラクティールへと近付いた白い機体は、すぐにふらつき始める。


 それだけではなく、みし、きし、という音と共に機体が凹み、両翼が折れた。


 六秒ほどで機体が粉々になる。


 粉々になった機体はゆっくりと形を変えていき、やがて塵と化した。


「これが通常の状態だな」


「ええ。そしてこちらが波長を合わせた機体で近付いた映像です」


 続いて別の映像データを呼び出す。


 マーシャは再生ボタンを押した。


 これも無人機なのだろう。


 しかし先ほどの映像と違うのは、空間の歪みが更に大きくなったように見えたことだ。


 端から見ると歪みが酷くなったように映る。


「この歪みは……」


「フラクティールの波長を計測して、同じ波長の歪みを発生させています」


「そんなことをして機体は無事でいられるのか?」


「問題ありません。この歪みは同じ磁場を形成すると同時に、機体を護る防御フィールドとしての役割も果たしているのです。この技術を形にするだけでも一苦労でしたが、まあ見ていて下さい」


 この先こそを見せたいのだろう。


 ユイの声が子供のように弾んだものになる。


「………………」


 マーシャは食い入るように画面を見つめた。


 画面の中の機体が歪みに近付いていき、そして……消えた。


「っ!?」




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