それからレヴィとギルバートはセイバーズ社へと向かった。
今回レヴィに乗せる為の機体を調達する為だ。
ここでレヴィにはシード・セブンの扱いに慣れて貰う必要がある。
セイバーズ社の人間には話を通してあるようで、レヴィ達はシード・セブンの置かれている場所まで通された。
まさか軍事訓練に使うとは思っていないセイバーズ社のスタッフは、民間機としては最高の機体ですよと自慢してくれた。
軍用機には及びませんがとは言わなかった。
レヴィはさっそくコクピットに乗り込んでからコンソールを弄っている。
戦闘機のコクピットとコンソールは基本的な部分はどれも共通しているので、扱いに困るということはない。
これが軍用機だとあれこれ機能が付け加えられたりしているので、特殊な知識と技能が必要になるが、民間機はその辺りシンプルに出来ている。
ちなみにスターウィンドは特殊仕様なので、軍用機よりも更に複雑な構造になっている。
レヴィも完璧に扱えるようになるまでにはそれなりの時間がかかった。
マーシャとヴィクターの遊び心とこだわりが満載の特別機《エクストラワン》なので、とんでもないじゃじゃ馬仕様になっているのだ。
困ったことに、そのじゃじゃ馬を馴らすのが楽しいと思ってしまうのだから、レヴィも重症だ。
マーシャはそんなレヴィの好みを知っていて、普通の人には扱いづらい仕様にしてくれたのだろう。
「なるほどなるほど。大体分かった。飛ばしてみてもいいですかね?」
セイバーズ社は機体の試運転も行うので、発着場からそのまま宇宙空間まで行けるようになっている。
いちいち軌道上にいる管制施設に許可を取る必要が無いのだ。
「構わん。一時間ほど動かして慣れておけ」
ギルバートがそう言ってくれたので、レヴィは遠慮無くシード・セブンを発進させた。
爆音と共に上昇していくシード・セブンをギルバートは目を細めて眺める。
久しぶりにレヴィの操縦を目にしたが、綺麗な離陸だった。
初めて乗る機体だが、あれならすぐにコツを掴めるだろう。
きっちり一時間でレヴィは戻ってきた。
離陸と同様に綺麗な着陸で機体を停止させる。
「どうだった?」
「悪くはないですね。これならまあ、いけると思いますよ」
「それは良かった。最新鋭機が相手だから油断するなよ」
「分かってますって。ちなみにレーザーはぶっ放していいんですか? この機体速度で模擬弾ミサイルオンリーだと流石に辛いんですけど」
どれだけ乗りこなしたところで、機体性能の差だけはどうしようもない。
それを補うのが腕の見せ所だが、攻撃手段まで制限されるとかなり厳しい。
「出力調整はしてもらっている。当たっても機体に害は無い。無論あちらも同じ条件だ。ただし当たればきちんと判定されるがな」
「なるほどなるほど。つまり遠慮無くぶっ放せるってことですね?」
「そういうことだな。手加減はしなくていいぞ。こてんぱんにしてやれ」
「部下が気の毒になる台詞ですねえ」
「挫折を知らないエリート揃いだからな。たまには苦境を味わってもらった方が成長に繋がる」
「厳しい上司だこと」
レヴィはふざけたように言うが、ギルバートが若手の育成に力を注いでいることは知っている。
そうすることで死なせずに済む部下が増えるかもしれないと願っていることも、よく知っている。
だからこそレヴィも協力しようと思ったのだ。
★
「本日から諸君の特別教官を引き受けてくれる、タツミ・ヒノミヤだ。諸君の模擬戦相手を担当することになるから、遠慮無くぶちのめしてやりたまえ」
「………………」
おいこらオッサン……と蹴りたくなったが、辛うじて堪えておく。
こういう茶目っ気もギルバートの持ち味だということを、レヴィは初めて知った。
彼の部下として直接動いたことはないのだが、目の前に居る生徒(?)の顔を眺める限りでは、そう珍しいことでもないようだ。
「タツミ・ヒノミヤだ。今日から二週間、よろしく頼む」
レヴィは敢えて無愛想にそう言った。
タツミの名前を借りたのは、偽名はそちらで用意しろと言われたからだ。
変装だけは完璧にしてきたが、擬装用の身分証明までは用意してくれなかった。
どうせ二週間乗り切ればいいのだから、名前も身分も適当でいいだろうということになったのだ。
それならば最近まで聞き慣れていたタツミ・ヒノミヤの名前を借りようと思ったのだ。
普段から使っているレヴィン・テスタールの身分では、レヴィアース・マルグレイトとしての共通点が多すぎるので、ここでは危険だと判断した。
簡単な自己紹介を終えてから、早速訓練スペースへと移動することになった。
『ヒノミヤ教官。まさかそれで俺達とやり合うつもりですか?』
通信を入れてきたのは生徒だった。
彼らが使用しているのはエミリオン連合軍の最新鋭機であるディオゲイザー。
まだ試作タイプだが、性能は折り紙付きだ。
彼らはテストパイロットでもあるのだ。
「そうだが、何か不満か?」
レヴィは平然とした声で答える。
『せめて同じ機体でないと勝負にならないと思いますが』
負けん気の強い性格が表出している口調だった。
その若さを微笑ましく思いながらも、レヴィは返答する。
「あいにくだが、俺はただの民間人だ。エミリオン連合軍の最新鋭機に乗せて貰えるような立場じゃないのさ」
『ハイドアウロ中将も妙なことをしますね。教官がどれほどの腕利きかは分かりませんが、機体性能にこれだけの差があって勝負になると本気で思っているんですか?』
「さてな。そいつは俺にも分からん。しかしそう思うなら試してみようか?」
『試す? このまま戦うつもりですか?』
「いいや。まずはこの民間機でどれだけのことが出来るのかを見せてやろう。この近くに競技路はあるか?」
『三つあります。競技路A・B・Cです。今座標を送ります』
レヴィの通信画面に三つの競技路の情報が送られてきた。
「なーるほど。ならば競技路Cで行ってみるか。こいつが一番難易度が高いんだろう? 誰かと競争しよう」
『本気ですか?』
「なんだ。自信が無いのか?」
レヴィは敢えて挑発するような物言いをする。
こうすれば負けず嫌いであろう通信相手は間違いなく乗ってくると思ったからだ。
『いいでしょう。機体と、そして実力の差を見せて差し上げます。ヒノミヤ教官』
「ははは。威勢がいいなあ。負けたら俺は今日でお払い箱か?」
『いいえ。俺達の模擬戦相手にはなってもらいますよ。ただし、一方的な展開になるでしょうけどね』
「うわあ。リンチする気満々だな。怖い怖い』
と言いながらもレヴィは楽しそうだった。
こういう若者の尖った態度は、聞いていて面白いのだ。
早速競技路Cに向かうと、五機のディオゲイザーが付いてきた。
「五対一か。楽しそうだな、おい」
『十秒後にスタートでいいですか? ヒノミヤ教官』
「おう。いつでもいいぞ」
『………………』
それ以上は何も言って貰えなかった。
レヴィは集中して十秒待つ。
そして十秒が経過して、五機のディオゲイザーが発進した。
機体性能が違うので、初速にも差が出る。
レヴィのシード・セブンは当然、かなり遅れて競技路に入る。
競技路Cを抜けるまでにかかる時間は、平均で十六分だと聞いている。
小惑星帯のような環境を敢えて造っており、岩石を避けながら進んでいく。
操縦技術を磨く為の競技路なので、機体速度ではなく操縦者の反応速度がものを言うのだ。
「いくら機体が速くても意味が無いんだよ、この場合は」
レヴィは無駄の無い動きで岩石をすいすい避けていく。
前を進むディオゲイザー達は無駄の多い動きで岩石を避けていた。
「………………」
それを見てレヴィが呆れる。
機体のスピードに振り回されて、動作の最適化が出来ていない。
試作機だということを差し引いても、これは酷いと思った。
レヴィがエミリオン連合軍を去ってから、操縦者の質は落ちているのかもしれない。
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