「ところで、どうして俺にそんな話をしたんだ? 俺から麻薬の密輸について訊きたかったんじゃないのか?」
相手の警戒心を解きほぐす為の世間話にしては内容が殺伐としているし、内情を話しすぎている。
彼がレヴィにそんな話をする意図が分からず、首を傾げた。
「どうしてだと思う?」
しかし初老の警官は面白そうにニヤニヤと笑うだけだった。
嫌な予感がしたレヴィは僅かに身を引いた。
「……おいおい。まさかミアホリックって麻薬の密輸が、ラリー一家、もしくはキサラギ一家の差し金とか言うんじゃないだろうな?」
こういう時の勘は、困ったことに外れてくれない。
レヴィの言葉に初老の警官がニヤリと笑う。
「そのまさかだ。そしてその場合、間違いなくラリー一家の仕業だろうがな」
「………………」
「今回君が運んできたのはワクチンの筈だった。そうだな?」
「少なくとも俺はそう思い込んでいたぞ」
「中身を調べなかった理由は?」
「アタッシュケースにロックがかかっていたからだ。こいつは受取人のみが解除出来る仕組みだったからな。無理にこじ開ければ契約違反になりかねない」
「なるほど。正しい選択だ」
「それでも爆発物や武器が入っていないことぐらいはスキャンしたぞ。中身が液体で、しかも薬品となれば、普通はそのままワクチンだと信じるさ。ましてやクロドはそれを命懸けで守ろうとしたんだからな。彼が俺達を命懸けで騙す理由は無かった筈だ」
「ふむ」
「そうなるとクロドが最初から騙されていたってことになるんだが、彼も熟練の運び屋だ。取引先が分かりやすく騙してきたのなら、そこまで簡単に引っかかるとは思えない。きちんと運ぶものの現物を確認して、それから依頼を受けた筈だ」
「だろうな」
「それがどこで麻薬なんぞに入れ替わったのかは知らないが、下手をするとクロドに依頼をした業者もそれを知らなかった可能性があるぞ。あくまで下っ端に金を握らせて、荷物を入れ替えられたって言われた方がしっくりくる。クロドが現物を見てそのまま受け取ったのか、それとも出発前に届けてもらったのか、そこが肝になると思う」
「なかなか鋭いな。もしかして昔は警官だったりするのか?」
「馬鹿言うなよ。俺は軍と警察が大嫌いだ」
忌々しげに吐き捨てるレヴィ。
紛れもない本心だったので、表情までも険しかった。
「その割には……いや、何でもない」
「ふん」
その割には元軍人っぽい雰囲気があると思ったのだが、所労の警官はそれを口に出さなかった。
レヴィが容赦無く睨み付けてきたからだ。
触れてはならない過去なのだと、賢明にも理解したのだ。
この話題を終わらせる為に、話を戻すことにした。
「君が受け取ったあの麻薬は、恐らく軌道上ではなく地上で引き渡しが行われる筈だった。君はあの戦闘機でここまでやってきたからこそ、軌道上の宇宙港を利用したんだろう?」
「ああ」
「しかし元々あれを運ぶ筈だったクロド・マースは宇宙船でこの星にやってくるつもりだった」
「そうだろうな」
「そうなると地上で引き渡しをするのが自然だ。地上にはラリー一家の意気がかかった連中がうじゃうじゃいるからな。宇宙港の職員の半分はそうだ」
「……そりゃまた、すげえな」
そこまで念入りに根回しをしなくても良さそうなのに、と呆れるレヴィ。
「ワクチンだと信じ込んだまま受け取り、そしてそれはラリー一家の元に運ばれる筈だったんだろう」
「ワクチンそのものはどうなる? この惑星で感染病が蔓延していたのは事実なんだろう?」
「それは別口から運ばれている。現状はそこまで切羽詰まった状況でもない。先んじて運ばれたワクチンでかなり落ちついたからな」
「………………」
「この状況を利用して麻薬を運び入れようとしたのなら、しかもミアホリックを手に入れようとするほどに見境が無いのなら、そんなことをする組織は限られている、ということだ」
「なるほど。それでラリー一家か」
「そういうことだ」
「そこまで分かっているのなら俺に拘る必要は無いだろう? さっさと解放して貰いたいんだが」
「困ったことにそうもいかない。無実だという証拠が何も無いからな。君が麻薬を運んできたことは事実だ」
「まあ、そうだろうなぁ……」
その事実だけは変えられない。
自分の不運を呪いたくなるが、終わってしまった事を後悔しても仕方が無い。
元々きな臭いとは思っていたのだ。
それでも首を突っ込むと決めたのは、クロドのことを放っておけなかったからというのもあるし、これから訪れる場所がトラブル塗れなら、先に対処しておきたいと思ったのだ。
つまりこれは『先に対処する』という範疇内に入る……ということにしておこう。
解決したらマーシャと楽しくデートするのだ。
それだけがレヴィのモチベーションだった。
「仕方ねえな。クロドがこっちに到着するまでは我慢して檻の中に入るか。彼から事情が聞けたなら、もちろん解放してくれるだろう?」
「……それが、そう簡単にはいかなさそうだ」
「はあ?」
意味が分からず、初老の警官を睨み付けるレヴィ。
どうしてそうなる、と唸りながら文句を言う。
「原因は君が乗ってきた戦闘機だ」
「………………」
「あれはどこのメーカーでもない、特殊な技術が使われているな?」
「それはそうだが。別に関係は無いだろう? 自分達の技術で宇宙船や戦闘機を造ることは違法じゃない筈だ」
「ああ。分かっている。問題は、その技術がどこの軍よりも優れている、という事だ。あの戦闘機には永久内燃機関バグライトが搭載されているだろう?」
「………………」
「現状、どこの先進国もあの大きさの機体に永久内燃機関を搭載することには成功していない。あれだけ小型化したバグライトに、それを制御するシステム。更には五十センチ砲まで備えている。しかも外部の装甲はとんでもなく頑丈ときている。リネス宇宙軍の上層部はかなり興味津々のようだ」
「待ってくれ。確かに特殊技術が使われていることは認めるが、だからといってそれを理由に拘束される筋合いは無いぞ」
「分かっている。だからこの状況を利用しているのだ。少しでも君から情報を得る為に、麻薬の運び人として犯罪者扱いをしてから、じっくりと調べるつもりらしい」
「……待てよ。あの期待は俺が造った訳じゃない。俺から情報を得ようとしても無駄だぞ」
スターウィンドの技術が欲しいのは理解したが、それをレヴィから得ようというのは無茶な話だった。
その情報を持っているのはマーシャであって、レヴィではないのだから。
「君の言いたいことは理解している。だが上層部がそれを認めない以上、解放は出来ない」
「……少しは努力してくれよ。あんた、防波堤なんだろう?」
「だから拷問部屋ではなく取調室で話をしている」
「……おい。そこまで腐っているのか? 仮にも一国の警察が?」
レヴィが心底呆れた表情で初老の警官を見る。
しかし頭痛を堪えた表情でため息を返されるだけだった。
「言うな。こちらとしても頭の痛い問題なんだ」
「………………」
何とかしたくても力が足りない。
誰よりもそれを忌々しく思っているのは、目の前に居るこの男なのかもしれない。
レヴィはそれを悟った。
「それよりも、大人しく檻の中に入ってくれないか? 罪状が確定してしまえば、他のことで君を尋問することは出来なくなる。檻の中に居る間は簡単に連れ出せなくなるからな。君の仲間が来るまでの時間稼ぎが出来る」
「それは、やってもいないことを一時的に認めろって事か?」
「そうなるな」
「個体情報も当然、採取されるな?」
「当たり前だ」
「条件がある」
「内容次第だが、言ってみるといい」
「檻の中には入ってやる。表向き、やったことを認めてやる。だが書類上で有罪を確定するのは少しだけ待ってもらいたい」
「理由は?」
「俺の個体情報の流出を避けたいのさ。少なくともこの惑星の中だけに留めたい。外部に流出すれば、少しばかり不味いことになる。下手をするとエミリオン連合を敵に回すことになるぞ」
「……君は一体、過去に何をやらかしたんだ?」
呆れた視線を向けてくる初老の警官に対して、レヴィは苦笑して肩を竦めるだけだった。
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