シルバーブラスト

水月さなぎ
水月さなぎ

混沌の戦場 6

公開日時: 2021年7月8日(木) 15:16
文字数:4,091

「って、おいおい。情けないな……」


 ハロルドは自分達の有様を振り返ってぼやく。


 ほとんどの機体が中破してしまっている。


 ハロルドの機体はまだ無事だが、部下達はほとんど離脱してしまった。


 犠牲は出ていない。


 しかし損耗は激しい。


 お蔵入りとは言え試作機をあれだけスクラップにしたのだから、技術者達の怨念に襲われそうな気がする。


 命があればなんとかなるが、命を長らえても後々のことを考えるとかなり気が重かった。


 しかし今は命を考えなければならない。


 ギリギリのところで命を繋いでいるという自覚がある。


 殿を引き受けているハロルドも疲労困憊が激しく、後数回ぐらいしか避けられそうにない。


 集中力が途切れたらその時こそ直撃してしまうだろう。


「まったく。あの中にいるのは何者なんだ?」


 再び砲撃が飛んでくる。


 またあり得ない方向からだった。


 どうやってあの反応速度を出しているのか、不思議で堪らない。


 しかしその前提で動けば避けられないことはない。


 しかし攻撃に転ずることが出来ない。


 近付こうとすれば、こちらが避ける余裕が減ってしまうからだ。


 撃墜される覚悟で近付けば、確実にその通りになる。


 だからこそハロルドは焦っていた。


 あれを潰さなければトリスがやばい。


 エミリオン連合軍と散々戦った後にあれだけの機体を相手にするのは、流石に無理だろう。


 だからこそここで潰しておかなければならないのだが、その道が見えない。


「ちっ。そろそろ本気で撤退を考えた方がいいかな」


 集中力が限界に達してきている。


 ここで無理をすれば自分が犠牲になる。


 幸いにして、後を任せられる戦力もあるのだから、ここは大人しく引き下がるべきだろう。


「マーシャちゃんっ!」


「どうしたっ!?」


 シルバーブラストに呼びかけるとすぐに返事が来た。


 彼らは今エミリオン連合軍の相手をしている。


 後方の戦艦を潰し回っているが、そろそろその仕事にも一段落ついた。


「手強い不明機がいる。レヴィを回してくれ。このままじゃこっちが全滅だ」


「ハロルド達が全滅……?」


 マーシャはリーゼロックPMCの実力をよく知っている。


 レヴィには及ばないが、それでも一流の操縦者達だと思っている。


 そんな彼らが不明機に対して全滅を危惧しているというのが信じられなかった。


 しかしその言葉は信じられる。


 ハロルドはマーシャに嘘をつかない。


 その信頼があるからこそ、マーシャはすぐに動いた。


「レヴィ!」


「おう。聞こえてたぜ。撃破すればいいんだな?」


「気をつけろよ。ハロルド達が手こずる相手だ」


「分かってる。というか誰に言ってるんだ?」


「もふもふマニアのアホレヴィ」


「……泣いていいかな?」


「好きなだけ泣け」


「うわああああああーーんっ!」


 漢泣きで向かっていくレヴィ。


 マーシャはシルバーブラストの操縦席でやれやれと肩を竦めた。


 これでハロルド達は安心だろう。


「さてと。じゃあ私達も向かおうか」


「え? ここでエミリオン連合軍を削るんじゃないの? アニキがいれば不明機いっこぐらい問題無いと思うけど」


 シャンティが不思議そうに首を傾げる。


 もっともな疑問だった。


「ですです~。数を減らしておいた方が後が楽ですよ~」


「そうなんだけどな。ちょっと嫌な予感がして」


「嫌な予感? アニキが負けるかもしれないってこと?」


「それは無い」


「断言したね」


「レヴィだからな。私にとっては宇宙一の操縦者だ。負けることなどあり得ない」


「うわー。堂々とのろけた」


「らぶらぶですね~」


「………………」


 オッドも砲撃支援をしながら口元を緩めている。


 戦場でほのぼのした空気が微笑ましいと思ったのかもしれない。


「負けるとは思わないけど、何か別の要素で手こずるかもしれない。そんな気がするんだ」


「それって亜人の勘? 女の勘?」


「両方だな。組み合わせると最強だ」


「確かに最凶だね」


「あのセッテが出してきた切り札なら、普通の操縦者じゃない可能性が高い。例えば、操縦者が亜人とか」


「え? でも生き残りはアネゴとトリスって人だけじゃないの?」


「ロッティにはそれなりにいるぞ。移住してきた亜人の生き残りがな。もちろん子供も居る」


「へえ~。そうなんだ」


「みんなもふもふなんですよ~」


「シオンは会ったことがあるんだ」


「天国でした~」


「あはは」


「だからもしかしたら他の生き残りを捕らえてアレに乗せているのかもしれない。そうなると敵というよりはただの被害者だ。レヴィがそれに気付いたらきっと、攻撃を躊躇う」


「その時はアネゴが殺すの?」


「まさか。レヴィの前でそんなことは出来ない」


 レヴィはきっと助けようとするだろう。


 マーシャに出来るのはその邪魔ではなく、手助けだ。


「天弓システムならば全方位から一気に攻撃出来るからな。動きを止めて操縦席以外をガリガリ削ってやるさ」


「あ、それ面白そうですです~」


「え、えげつな……」


「……中の操縦者はかなりの恐怖だろうな」


 天弓システムは一対多数に対する武装だ。


 それをたった一機の戦闘機に使用すれば、逃げ場の無い包囲網が出来上がる。


 出力を調整して、外装から徐々に削っていけば、最後に操縦席が残るという有様だ。


 確かに効果的だが、中に居る操縦者は自分の身体が削られていくような恐怖に苛まれるだろう。


「命は助けてもトラウマを植え付けるだけのような……」


「大丈夫だ。トラウマはトラウマで上書き出来る」


「はい?」


 意味が分からない、とシャンティがマーシャを怪訝そうに見る。


「亜人だと分かったらレヴィが真っ先にもふもふしに襲いかかるだろうからな。砲撃の恐怖など、もふもふトラウマにすぐ上書きされるだろうよ」


「……理屈は分かるけど、すっごく駄目な感じだね」


「レヴィならやりかねない……」


 オッドも呆れながらため息をついている。


 レヴィならば本当に新たなトラウマを植え付けかねないと考えているのだろう。


「シオン。天弓システム最大展開、最大出力で可能な限りエミリオン連合軍の戦闘機を削れ。その後レヴィの応援に向かう」


「了解ですです~」


 シオンはフルパフォーマンスを発揮して天弓システムを暴れ回らせる。


 百の遊撃ビームが的確にエミリオン連合軍の戦闘機を撃墜していく。


 戦闘機の砲撃ならば動きに合わせて良ければいいだけだが、小型ビームが相手では速度が違いすぎる。


 反応が間に合わずに次々と撃墜されていく。


 エミリオン連合軍にとっては悪夢だろう。


「ファングル海賊団の方もだいぶ削られているけど、あっちは生き残らせる必要も無いから別にいいか」


 冷徹な計算をするマーシャだが、決して残酷な訳ではない。


 彼らが生き残ったとしても、マーシャには助けることが出来ない。


 エミリオン連合軍に捕らえられれば、死ぬよりも酷い目に遭うことは確実だ。


 ただの死刑ならばまだマシだが、他国の軍と通じて利益を得ていたファングル海賊団にはむごい拷問が待っているだろう。


 家族のことも調べられて盾にされるかもしれない。


 それを考えたら、散る覚悟がある分、ここで死なせた方がまだ救われる。


 ただのエゴかもしれないが、マーシャはそう割り切っている。


 助けるのはトリスだけ。


 彼だけは助けなければならない。


 身勝手だろうと、エゴだろうと、助けると決めたのだ。


 だからこの気持ちは貫く。







「うー。うー。困った。困ったぞ……」


 レヴィは不明機と交戦しながら困った声で唸っていた。


「おい。『星暴風《スターウィンド》』。何遊んでやがる。さっさと潰しちまえよ」


 至近距離まで近付いても楽々砲撃を避け続けるレヴィの操縦技術と反応速度には相変わらず驚嘆させられるが、ハロルドは同時に呆れていた。


 遊んでいるように見えたのだ。


 長引かせれば犠牲が出る。


 だから早く潰しておけと言っているのだ。


「分かってるんだけどさー。殺したくないんだよな」


「は?」


「もしかして、あの中に居るの、亜人の子供じゃないか? って思って」


「……なんでそう思う?」


「俺の中にあるもふもふレーダーがビンビン反応してるんだ」


「………………」


 そんな馬鹿な……と言えないのがレヴィの驚異的な部分だった。


 自他共に認めるもふもふマニアであるレヴィにはそういうものがあるのかもしれないと思ったのだ。


 本当にレーダーがビンビンしているのなら、中に居るのは亜人の子供であるかもしれない。


 しかしいくら亜人だからといって、ここまでの戦闘能力を発揮出来るだろうか。


「マーシャがもうすぐ来る筈だから、それまでは時間稼ぎだな」


「マーシャちゃんが来たら状況が変わるのか?」


「シルバーブラストにはシオンとシャンティがいるからな。あの二人に中がどうなっているのか調べて貰う」


「なるほど」


 天才レベルの電脳魔術師《サイバーウィズ》が二人がかりならば中の様子を探れるだけではなく、システムアシストも大きいであろうあの機体をほぼ無力化出来るかもしれない。


「悪くない考えだ」


「ハロルドはもう下がってろよ。集中力が限界だろ。いつ被弾するか分からないぞ」


「馬鹿にするな。これでも隊長だぞ。まだまだいける」


「おっさん、歳なんだから無理すんなよ」


「やかましいわっ! お前だってあっという間にアラフォーだぞっ!」


「気分はまだまだ若いぜ。もふもふエネルギーで癒やされればまだ若返るな」


「………………」


 本当に若返りそうで嫌だった。


 今でも十分に二十代中盤で通じるぐらいに童顔なレヴィだ。


 気持ちが若いということなのだろうが、もふもふエネルギーで本当に若返ったら怖すぎる。


 その間にもレヴィはひょいひょいと攻撃を避けている。


 動きを見る限り余裕すらあるようだ。


 やはり彼は天才なのだろう。


 それだけではなく、彼の専用機であるスターウィンドの力も大きい。


 レヴィの力を最大限に発揮出来るスペックを持つ特別機《エクストラワン》。


 マーシャがレヴィの為だけに造り上げた機体。


 レヴィとスターウィンドが合わさると、本当に無敵状態が出来上がるのだなと呆れてしまう。


 これは模擬戦をやってもまだまだ勝てないだろう。


 一対一は諦めているが、一対多数でもまだ怪しい。


 しかしあのアホ発言を繰り返すレヴィを一度ぐらいは凹ませたいと思ったりもする。


「なんだかなぁ……」


 尊敬したいのに出来ないという、かなり複雑な心境になるハロルドだった。



読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート