それから楽しい夕食の時間だった。
マーシャはランカの膝の上で熟睡してしまったようで、まだ寝ぼけ眼だ。
「よく眠れましたか?」
「あ、うん。重くなかったか?」
「いえいえ。堪能させてもらいました」
「………………」
何を? とは訊かない方がいいのだろう。
マーシャは複雑な表情で黙り込んだ。
もっとも、悪い気分ではなかったが。
初めて友人と呼べる人間に出会えた事も、いきなり友人の傍で熟睡してしまった事も、マーシャにとっては初めての経験で、心のどこかがふわふわしていた。
レヴィと一緒にいる時とも、シオンたちと一緒にいる時とも違う、奇妙な感覚だった。
夕食は刺身がメインの海鮮づくしだった。
肉類の材料も沢山あったのだが、二つを組み合わせるよりも、統一した方がいいと判断したらしい。
刺身を筆頭に海鮮バーベキューの準備もしてある。
それらは刺身をある程度食べ終えた後にするつもりだ。
コンロの熱気を刺身に浴びせると、味が落ちてしまう。
他にもシーフードのサラダやスープなどが並んでいて、十分にご馳走と言える食卓だった。
「いただきまーす」
一番元気のいい声で箸を取ったのは、刺身大好きなタツミだった。
八年間の餌生活からオッドの手作りご馳走、という転化に感激しまくっている。
刺身醤油とわさびをかき混ぜてから、早速食べまくっている。
「最高だっ! 最高だっ! ちょー最高だっ!!」
涙ぐみながらひたすら食べる。
「あまりがっつくのはみっともないから止めなさい、タツミ」
そんなタツミを窘めながらも、上品に箸を進めるランカ。
その速度はやや速いように見えるので、やはり気に入っているのだろう。
もちろんマーシャ達も食べまくった。
いつも五人で食卓を囲むのも楽しいが、こういう外部の人間を交えるのもまた楽しい。
オッドの方も空になった皿を手早く片付けながら、しっかりと食事を摂っている。
その間にバーベキューの準備もしていた。
蟹や魚の切り身、貝殻に詰め込んだウニやアワビなど、豪華食材が勢揃いだった。
コンロをセットして、その上に具材を乗せていく。
そして白とピンクの混じった不思議な板を網の端っこに七枚並べた。
一つが拳二つ分ぐらいの大きさのその板を、ランカが不思議そうに見つめている。
「これは何ですか?」
「岩塩プレートという」
「塩、なのですか?」
「ああ。岩塩が特産の惑星で買いだめしておいたものだが、折角だからバーベキューで使ってみようと思って」
わざわざ船に取りに戻ったのだ、とオッドが火を入れながら言った。
「軽く食材を炙った後、このプレートの上でじっくり焼いてみるといい。ただ塩を振るのとは違った味わいがある筈だ」
つまり岩塩を鉄板に見立てて焼く、という事らしい。
「へえ、面白そうだなっ!」
タツミが楽しそうに身を乗り出す。
興味津々のようだ。
「私達は今まで見たこと無いぞ、これ」
マーシャが不思議そうにオッドを見る。
どうして今まで出さなかったのかと言いたいらしい。
「バーベキューをするような機会が今まで無かっただろう。これは厨房で使うよりも、こういうパーティー的な場所で使う方が盛り上がるんだよ」
「ははあ、なるほど。そういう事なら、私達もバーベキューパーティーをもっとしてみようか」
「それは構わないが、船の中だと難しいと思う」
「それもそうだな。じゃあロッティの家で」
「……基本的には賛成なんだが、あの庭は整いすぎているぞ」
ロッティにあるマーシャ達の自宅は、庭園も含めて整えられている。
そんな庭園でバーベキューパーティーというのは酷く不似合いだし、肉の脂や煙などで庭園の空気を壊すのもどうかと思ったのだ。
「気にしない。それよりもバーベキューを楽しみたい」
「まあ、マーシャが気にしないのなら構わないが」
持ち主であるマーシャが気にしないのなら、オッドがあれこれ言うような問題でもない。
好きにさせることにした。
軽く炙った具材を岩塩プレートの上にそれぞれ乗せていく。
焼き加減は好みがあるので各自に任せることにした。
「あまり長い時間乗せると塩辛くなるかもしれないから、その辺りの加減は食べながら決めてくれ」
そんな注意を促しながら焼いていく。
岩塩プレートの上でじゅうじゅう音を立てている蟹や魚の切り身を、それぞれが興味深そうに見ている。
そして頃合いかな、と思う頃にそれぞれが皿の上に持っていき、食べ始める。
「旨っ!」
「美味しいっ!」
「~~~~っ!!」
「最高ですです~っ!」
「いいね、これっ!」
「うめえっ!」
全員が大喜びだった。
オッドも自分の分を取って食べる。
最高に美味しかった。
岩塩プレート焼きは初めてだったが、大成功だと言えるだろう。
それから他の具材で試したり、野菜を乗せたりしながら大いに盛り上がった。
「いいですね、オッドさん。本当に欲しくなってきました。みんな揃ってうちの食客になりませんか?」
食べ終わった後は、ランカが前以上の本気姿勢でオッドを含む全員を勧誘していた。
部下扱いは出来ないので、食客としての勧誘になっている。
半ば以上はマーシャを傍に置きたいという欲求もあるのかもしれない。
ランカは八年前の事件以来、自分から友人を作ろうとしたことは一度も無かった。
危険に巻き込む可能性がある以上、どうしても傍に居て貰うことは出来ないのだと理解したからだ。
自分に関わった所為で大切な友人を死なせてしまうなど、とても耐えられない。
しかしそれは自制していただけで、本当はいつだって寂しかった。
友達を作りたいと願っていた。
誰よりも頼りにしていたタツミと八年も離ればなれになっていたのだから、その孤独はより一層深くなっていた。
マーシャを見た時、一目で強い人だと分かった。
立ち振る舞いやその動きから、弱さを一切感じなかったのだ。
その後、巻き込まれた戦闘を見て、やはり自分の直感は間違っていなかったと確信した。
だから友達になりたいという言葉が素直に出てきた。
自分から誰かを求めたのは八年ぶりだ。
戸惑いもあるけれど、今はその気持ちに素直でありたいと思う。
そこまでランカの気持ちを理解した訳ではないが、マーシャは申し訳なさそうに首を横に振った。
「ごめん。気持ちは嬉しいけど、私はリーゼロックの身内だから。ずっとここに留まることは出来ないんだ」
「そうですか……」
しょんぼりと肩を落とすランカを見ると、とても悪いことをしたような気持ちになってしまう。
自分を好きになってくれた友人をそのままにしておくのが辛くて、マーシャは殊更明るく言った。
「大丈夫。落ちついたらまたこの星に遊びに来るよ。そうしたらオッドにいっぱいご馳走を作ってくれるように頼むから」
「本当ですか?」
「もちろん」
「尻尾も触らせてくれます?」
「……もちろん」
「耳も?」
「……いいよ」
「膝枕も?」
「ええと……それはちょっと……」
「膝枕も?」
「……はい」
しょんぼりしながら上目遣いで言ってくる美少女には、とても逆らえなかった。
美少女が相手だと、どうしてもこちらが悪者になったような気になってしまうのが困る。
その点、美少女は得なんだなぁ、と少し羨ましくなったりもするのだが、マーシャは自分が美人だと思われていることには全く気付いていない。
そんな二人のやりとりを見て、レヴィが微笑する。
初めての友達相手に、戸惑ったり、嬉しそうにしているマーシャを見て気分が和んだらしい。
それは横に居たタツミも同様で、レヴィと同じ表情でそれを見ている。
「でも折角出所してきたんだから、もう少し俺に構って欲しいなぁ……」
「本当に犬なんだな。そこまでご主人様が恋しいのか?」
ぼやくタツミに呆れたように突っ込むレヴィ。
「当たり前だ。お嬢の傍に居られるならそれなりに満足だけど、構ってくれたらもっと嬉しいに決まってる」
「なるほど」
自分もマーシャに関しては似たような気持ちを抱いているので、共感は出来た。
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