マーシャ達が着々と準備を進める中、トリスの方もエミリオン連合軍と戦う為の準備を進めていた。
ある程度の戦力は把握している。
ここに集まってきているエミリオン連合軍の数もそれなりに把握出来ている。
完全ではないが、海賊にしては恐ろしいほどの情報精度であることは間違いないだろう。
トリスは現在クレイドルの街中にいる。
クレイドルで確保した情報屋とのやりとりを行っているのだ。
「今のところこのクレイドル付近に集まっているエミリオン連合軍はざっと軍艦八ってところですね。戦闘機は恐らく百五十を越えるぐらいじゃないですか?」
「だろうな。ずいぶんと集まったものだ」
「ファングル海賊団っていう、面倒な海賊を仕留める為らいしんですけどね」
「なるほど」
情報屋はトリスがファングル海賊団の頭目であることを知らない。
トリスはその情報を知られていようと、そうでなかろうと構わないと考えていたが、金を払う限りに置いてこの情報屋は裏切らない。
人に対して誠実なのではなく、金に対して誠実なのだ。
そういう人間は信用出来る。
信頼は出来ないが、信用するだけなら問題無い。
「それから妙な奴らがクレイドル付近に集まってるって情報もありますね」
「……なんだそれは」
「別料金になりますが、どうします?」
「………………」
トリスは少し悩んだが、すぐに追加料金を渡した。
興味があるのはエミリオン連合軍だけだが、他にも戦力が集まっている場所があるというのは見過ごせない。
もしかしたらエミリオン連合軍の隠し球かもしれない。
だとすればどうしても把握しておく必要がある。
「エミリオン連合軍じゃないことは確かなんですけどね」
「そうなのか?」
「だって識別信号が無いんですよ」
「……何だと?」
「アンノウンの船です。下手をするとアレがファングル海賊団なのかもしれないですね」
「………………」
それは無い。
トリスの率いるファングル海賊団にも識別信号はある。
といっても、その時々で偽装しているものだが、それでも識別信号が無ければどこの宙域も無事に飛べないことが分かっているからだ。
識別信号は宇宙船にとっては身分証明のようなものであり、それを発していない船はいつ軍艦に仕掛けられてもおかしくはない不審船なのだ。
どこの海賊団も、停泊することを考えると、どうしても偽装が必要になる。
ファングル海賊団も、表向きの偽装は適当な惑星の船籍として識別出来るようにしてある。
だからこそ、明らかなアンノウンというのはおかしい。
海賊ならば停泊地を持たない訳ありだし、そうでなければ不気味過ぎる。
「詳細は分かるか?」
分かるのならば追加料金を払ってでも欲しい情報だが、生憎とそれは叶わなかった。
「いや、だからアンノウンなんですよ。こっちの電脳魔術師《サイバーウィズ》をフル稼働させても情報一つ掴めません。アンノウンの癖に防壁はかなりのものですね、ありゃあ」
「………………」
「強いて言うならそれが分かっている情報ってところですね」
「分かった」
とにかく、手強いということ以外は何も分からないということだ。
今までのやりとりから、情報の精度はそれなりに信頼してもいい。
自分のところにいる電脳魔術師《サイバーウィズ》に調べさせている情報とも矛盾しない。
こちらで分かっていること、こちらからでは分からないことの摺り合わせを行う為にこうやって金を払っているのだが、思った以上に有効な情報が手に入ったので、トリスはそれなりに満足していた。
トリスは少しだけ追加の情報料を払っておいた。
アンノウンの情報は不気味だが、何も知らずに行動を起こせばただでは済まなかっただろう。
「へっへっへ。まいどあり。あんたは金払いがいいから助かりますね。またいつでもご利用ください」
「そうさせてもらう」
そう言いつつも、今後は利用しないだろうと考えていた。
情報屋としては使える男なのでかなり重宝していたが、今回の作戦は自分自身すらも生き残れる保証が無い。
更に言えば仲間の遺体を取り戻し、セッテを殺すことが出来れば、トリスが戦う理由は無くなってしまう。
エミリオン連合軍への復讐も残っているが、それがどれだけ不毛なことか分からないほどに愚かではない。
本当に殺したい仇に辿り着くまでに、何も知らない、命令に従うだけの人間を殺し続ける必要がある。
それではあまりにも虚しすぎる。
エミリオン連合ではなく、世界が、情勢が、仲間を殺した。
そう考えなければキリがない。
ファングル海賊団もそれは分かっているのだろう。
エミリオン連合軍に対して深い憎悪を抱いているが、それでも本気でエミリオン連合軍全体を潰せるとは考えていない。
ただ、何かをしなければ壊れてしまう。
無駄だと分かっていても、八つ当たりだと分かっていても、それでもこの復讐心を満たす行動を取らなければ、自分自身を保てない。
そういう人間の集まりなのだ。
トリスはそんな人間達に対して、何の感慨も抱いていない。
自分の正体を知れば、きっと見下してくるだろう。
亜人の正体を晒して見下したり、軽蔑したりしなかったのは、リーゼロックの人間とレヴィだけだった。
全ての人間を憎んでいる訳ではない。
ただ、クラウスやレヴィ達は稀な例外だと思っているだけだ。
彼らは特別な宝石。
砂漠の中に埋もれている、かけがえのない光。
出会えたことが幸運であり、人生の宝なのだ。
だから、トリスは人間を軽蔑しない。
ただ、見限っているだけだ。
一部の特別を除いた人間達に対して、見切りを付けている。
人間に対して誰彼構わず殺そうとするのではなく、利害が一致する相手を見つけ出して利用し合う関係になったのは、そういった割り切りの気持ちがあったからこそ出来たのだろう。
「それも、もうすぐ終わる」
トリスは自分が生き残ることを考えていない。
生き残れるような作戦でもない。
それに、戦力が違いすぎる。
最低限、自分の目的だけは果たせるような作戦を組んでいるが、それでもその後はどうにもならないだろう。
全てが終わったら逃げる力も残らない。
だからこそ、ファングル海賊団はここで消滅する。
トリスの命もここで終わる。
しかしトリスはそれでいいと思っていた。
彼は生きることに疲れていたのだ。
元々、仲間の命を慮って、自分が傷つきながらも相手を殺さずに戦い続けてきた子供だった。
優しすぎる性格が災いして、その心が闇に堕ちてしまったが、根本のところでは変わっていない。
殺すのは辛いし、憎むのは疲れる。
それでも無残に殺されて、死んだ後も弄ばれ続けている仲間から目を逸らすことも出来なかった。
自分は過去に囚われているのだろう。
マーシャは未来に目を向けて生きている。
そうすることが正しいと、頭では分かっている。
それでも、トリスの心は納得しようとしない。
だから、自分はこういう生き方しか出来ないのだろうと諦めた。
この生き方を貫いて、最後は燃え尽きる。
それでいいと、自分で納得した。
「これで、最後だ」
そうすれば、これ以上殺さなくていい。
これ以上憎まなくていい。
心が少しだけ軽くなったような気がした。
「………………」
深く息を吐いた。
少しだけ、疲れたものを吐き出したい気持ちだったのだ。
今までずっと張り詰めて生きてきた。
死ぬ前に、少しぐらい気を緩めてもいいだろう。
そう思った時、幻が見えた。
「え……?」
「………………」
黒髪の女性がトリスの目の前に立っている。
獣耳と尻尾は隠れたままだが、あの意志の強い銀色の瞳は見間違いようがない。
「マーシャ……?」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!