シルバーブラスト

水月さなぎ
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マーシャVSレヴィ デートと尻尾びんた 6

公開日時: 2022年3月26日(土) 05:06
文字数:3,569

「あー、シオン、タツミ。こっちでそれらしき男を見つけたんだが……」


『え?』


『マジかっ!?』


「マジっぽい。とりあえず尾行してみたら何か分かるかもしれない。シオンは監視衛星に潜り込んで軌道上から監視してみてくれ」


『了解ですですっ!』


『俺もそっちに向かおうか?』


「いや。タツミが来たら気付かれる恐れがある。ラリーではS級指名手配レベルの有名人なんだろう?」


『……流石にそれは大袈裟だと思うけど』


 自分でそんな事を言っている奴ほど、その認識には大きな齟齬があるものだ。


 マーシャはそれをよく知っているので、船の中で待機しているように言い含めた。


「向こうはこっちの顔は知らないだろうし、尾行しても気付かれにくいと思う」


『ならそっちは任せるですです~』


『頼んだぜ』


「うん」


 通信を切ってから、マーシャは深々とため息を吐いた。


 折角のデートが台無しである。


 だけどその為にここまでやってきたのだから、あっさりとデートに戻ることも躊躇われる。


 せめてもう少しだけこの時間を楽しみたかったが、ハンバーガーショップにいる男はもうすぐ店を出てしまうだろう。


 気付かれないように尾行するには、そろそろ準備をしなければならない。


「すげえ偶然だな」


「うん。まあデートはまた次の機会にしよう」


「映画見たかったのに……」


「これが終わったら見に行けばいいさ」


「一緒に行くよな?」


「もちろん」


 デートを一旦諦めて立ち上がろうとすると再び携帯端末が鳴った。


「ん?」


 今度はシオンからではない。


 ヴィクターからだった。


「博士? どうしたんだ?」


『はろー。マーシャ。デートは楽しんでいるかしら?』


「……みんな同じ事を言うんだな。楽しんでいたところだけど、いろいろ台無しになったよ。特に博士のビキニ姿を見たらげんなりした」


『失礼ね~。例の麻薬の解析が終わって、ついでに無効化武器の製作も終わったから連絡したのに』


「本当かっ!?」


『本当よ。ロッティからシルバーブラストへの遠隔操作だから、多少のタイムラグがあって手間取ったけれど、後はオートマトンに量産プログラムを仕込んでおいたから、自動的に無効化弾丸を作ってくれるようになっているわ』


「それは助かる。ありがとう、博士」


 ランカから預かったミアホリックのアンプルの解析と無効化薬の製造をヴィクターに依頼したマーシャは、シルバーブラストの設備を彼に使って貰っていた。


 ネットワークによる遠隔操作なので、多少のタイムラグは存在していたが、それでも僅か八日で無効化弾丸まで完成させるのだから大したものだ。


 変態だが天才であることは間違いない。


『どういたしまして。お礼は次の予算の倍増でいいわよ』


「……金食い虫だなあ。何か面白い研究テーマでも見つけたのか?」


『フラクティール・ドライブが完成したばかりなのに気が早いとは思うけど、ちょっと面白いことを思い付いちゃったのよね』


「何をだ?」


『自由跳躍ドライブ。つまり、フラクティール無しにどこでも跳躍出来るドライブの開発に挑んでみようと思って』


「それは凄いな。よし。そういうことなら予算は惜しまないぞ」


『マーシャならそう言ってくれると思っていたわ。それから暇潰しに二人のデートも観察していたんだけど』


「それはしなくていい。というかどこから覗いていた?」


『ミスティカの監視衛星を通して、街中の監視カメラに次々と乗り換えていって追跡していたのよ』


「………………」


 そんな手の込んだ真似をしてまで覗き見されていたことが嫌すぎる。


『そこまで嫌そうな顔をしなくてもいいじゃない。マーシャのあんな楽しそうで可愛い顔って久しぶりに見たわよ。面白かったわ』


「………………」


『それにマーシャの現在地が分かったお陰で、役に立つ物をお届け出来ると思うわ』


「え?」


『これから尾行するんでしょう? でも二人で尾行すると目立ちすぎるわよ。尾行ドローンをお届けするから、ちょっとその場で待機していてくれるかしら?』


「ドローン?」


『ええ。飛行ドローンで配達中だから、もうすぐお届け出来るわよ』


「?」


 そう言ってすぐに空から小型のドローンが降りてきた。


 本当にすぐだった。


 小さな包みを落とすと、再び飛んでいった。


 子供が遊んでいるとでも思われたのだろう。


 それほど注目はされなかった。


『それを開けてみて』


「うん」


 ヴィクターがわざわざ届けてくれたのなら、きっと尾行に役立つものだろう。


 マーシャは期待して箱を開けた。


 そして中から飛び出してきたのは、五匹の黒い虫だった。


「ひっ!?」


 黒くて、てかてかして、触覚の長いアレである。


 台所天敵害虫を目にしたマーシャは髪の毛を逆立てて仰け反った。


「うわっ!」


 まさか喫茶店のテーブルでこんなものを目にするとは思わなかったのだ。


 こんなものが箱から出てくるとは思わなかったマーシャは、反射的に叩き潰しそうになったが、すぐに思い留まった。


 そして声が聞こえてきた。


『落ちつきなさいよ、マーシャ』


「………………」


 そのGがいきなりしゃべり始めた。


 予想はしていたが、喋るGを目にしたマーシャは嫌すぎる顔で黙り込んだ。


「それが、ドローンか?」


『その通りよ。びっくりした?』


「壊してやりたいと思う程度には」


『便利なのに酷いことを言うわね。まあ気持ちは分かるけど』


「こんなドローンを作って通信してくるなんて、博士はGにでも転生したいのか?」


『そんな訳ないでしょ。これはどこにでも潜り込めることを優先したフォルムよ。本当のGみたいにどこにでも潜り込めるんだから。壁の隙間も下水道もお手の物よ。完全防水加工もしているしね』


「………………」


 高性能なのは分かったが、Gの外見に拘る理由が理解出来ない。


『これは尾行用特殊ドローン、ゴキレンジャーよ』


「ゴキレンジャー……。それで五匹もいるのか」


 げんなりするマーシャだった。


「レンジャーって事は、カラーリングはあるのか? 見たところ全員同じ黒だけど」


 レヴィだけは少しだけ面白そうだ。


 見た目がどうこうよりも、ここまで小型で高性能なドローンに興味があるのだろう。


 ちなみに喫茶店のテーブルに五匹のGが居ることについては、さりげなくハンドバックで隠しているので苦情は出ていない。


 というよりも、見られたら大惨事である。


 喫茶店のテーブルに五匹ものGがいる所などを見られたら、間違いなく客が逃げる。


 そして今後の客足にも影響する。


 自分達の所為でそんな迷惑を掛ける訳にはいかない。


『もちろんあるわよ。ちょっと眼の辺りに注目していてね。右からイエロー、ブラック、レッド、ブルー、パープルよ』


 紹介されたゴキレンジャー達は、それぞれのタイミングで眼球部分をぴかぴかと光らせた。


 その色がそれぞれのカラーになっているらしい。


「……‥見たくなかった」


「右に同じ」


「大体、なんでGなんだ? 監視用端末なら鳥とかでもいいじゃないか」


『このゴキちゃんたちならどこの居住可能惑星でも存在しているからよ。見つかったとしても、一番怪しまれない形態でしょう? 要するに場所における互換性の問題よ』


「……まあ、そうかもしれないけど。どこの居住可能惑星にもいて、どこの世界でも嫌われている害虫であることは確かだけど」


『あくまでも尾行用ドローンなんだから、好かれる必要なんて無いでしょ』


「………………」


『それはともかくとして、尾行ならあんた達よりもこの子達にやらせた方が確実じゃない? 建物の中にまで入り込めるし、監視カメラも、盗聴用のマイクも備えているから、中の様子も探れるわよ。更に羽根による自立飛行も可能なのよ』


「むぅ……」


 無駄に高性能だな……という言葉は辛うじて飲み込んでおいた。


 ヴィクター・セレンティーノが手がける作品が高性能なのは当たり前なのだ。


『どうするどうする?』


 楽しそうに問いかける五匹のG、もといゴキレンジャーを操るヴィクター。


 かさかさと五匹のGが楽しそうに動いている。


 機械の虫だと分かっていても、近付かれると後ずさりしたくなる。


 何も脂っこいヌラヌラテカテカな質感まで再現しなくてもいいじゃないかっ! と怒鳴りつけたくなるのを必死で堪える。


「では尾行を頼む。こっちは離れた位置から様子を探ることにするから」


『まっかせなさ~い♪』


 ヴィクターはノリノリで動き始めた。


 五匹のGはそれぞれバラバラに行動する。


 客の視線から逃れつつも素早く移動するその姿は、本物のGよりもずっと捕まえにくそうだった。


「……すげえ物を開発してるなあ、あの変態」


「言えてる。まあ尾行はリスクもあるし、アレが役に立ってくれるなら、今回は利用させてもらうさ」


 携帯端末とゴキレンジャーの通信をリンクさせて、あれらが捉えている映像をこちらでも受け取れるようにしておく。


 急いで店を出る必要は無くなったが、それでもここから移動した方がいいだろうということになり、マーシャ達は今度こそ席を立って会計を済ませた。


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