「良かったですです~」
「危うく座れないところだったな」
「まあ座れなくてもVIP席に移動すればいいとは思うんですけどね」
「……そんな恐ろしい金を払うつもりはないぞ」
「その時はあたしが払うですよ~。というか、今からでも移動するですか?」
「遠慮しておく」
「そうですか。まあこっちの方が臨場感はありますしね~」
「………………」
金銭感覚が恐ろしすぎる。
VIP席も確かにあったが、あれは飛翔券関係無しの完全別料金だ。
しかも恐ろしく高い。
そんな金を二人分、あっさりと払うお子様。
想像したくもない。
というか、シオンがその金額を払う様子を見せたら目立つことこの上ない。
余計な注目を集めれば、トラブルも引き起こされるかもしれない。
それはご免被りたい。
「もうすぐ始まるんですよね?」
「ああ。後十分ほどでレース開始だな」
スタート地点はこの会場なので、浮遊した機体が集まってくることになっている。
スタートの時点で見応えはたっぷりだが、シオンは別のことが気になるようだ。
「誰に賭けたんですか?」
「気になるのか? ほとんど入場料みたいなものだから、相手のことは全く知らないんだが」
「そのなんとなくで賭けた相手が気になるですよ」
「レーシング・ネームだから本名は分からないが、『グラディウス』という奴だな。恐らくは男性の操縦者だ」
「格好いい名前ですね~」
「しか倍率が高いということは、弱いということでもあるからな。実際の操縦が格好いいかどうかは微妙だぞ」
「名前負けですか~」
「………………」
酷いことをさらりと言う。
しかしまあ、間違ってはいないのかもしれない。
俺もこれが大当たりになるとは全く思っていないし。
完全に入場料代わりだ。
「オッドさんはどうしてその人に賭けたですか?」
「誰に賭けたらいいのかも分からないからな。倍率の高さだけで選んだ」
「一番外れやすいですね~」
「まあ、そうだろうな。中に入って見物出来ればそれで良かったから、あまり気にしていない」
「なるほど~。でもマーシャと一緒に働いているとお金の心配はしなくて良くなりますからね~」
「……確かにその通りだが。金銭感覚が麻痺してきそうで恐ろしくもなる」
「別にいいと思いますよ。だってレヴィさんはマーシャとずっと一緒にいるでしょうし。レヴィさんの部下であるオッドさんもずっとマーシャ達と一緒にいるってことでしょう?」
「まあ、そうなるだろうな」
俺自身、レヴィから離れるつもりはない。
昔ほど過保護になるつもりはないが、それでもいざという時はきちんと護れるように、近い立ち位置を保つつもりだ。
最近はそれも必要無いかもしれないと考えているが、俺がそうしたいと思っている間は、このままでいい。
レヴィもそれを許してくれている。
「あ、来たですね~」
「ああ」
ぞろぞろと次のレースの機体が集まってきた。
スカイエッジが十機も並ぶとなかなかに壮観だ。
彼らはこれからスタートの合図と共に飛び立ち、空を舞い、次々と浮島を避けて飛んでいく。
直線距離だと三十キロほどの空路を駆ける筈だが、障害物を避けたりするので、実際の距離はもっと長いだろう。
その差をどれだけ縮められるかが操縦者の腕にかかっている。
「えーっと、オッドさんが賭けたのはどの機体ですか?」
「あそこだな。機体の名前が書いてある。後方にある」
「あ、なんだか目立たない感じですね」
「倍率が高いからな」
『グラディウス』の操縦者は確かに目立たない感じがした。
後方に回されているからというだけではない。
高度の差もあり、実際には前方後方の距離差は関係ないことになっている。
音速で飛び交ってしまえばそれぐらいは誤差にもならない。
後方にあるから目立たないというだけではなく、操縦者の雰囲気そのものに覇気が無いように思える。
「あの人、なんだか落ち込んでいるように見えるですよ」
「分かるのか?」
「分かるというか、感じるです。肩がちょっとしょんぼりしていますし。あまり飛ぶのが好きじゃないのかもしれないですね」
「……どうだろうな」
飛ぶのが嫌いなら、そもそもスカイエッジに乗ろうとは思わないだろう。
最終的に嫌いになったのなら、とっくにレーサーを辞めているだろう。
あんな空気を出しながらも、まだ操縦席に座っているということは、彼なりに譲れない理由があるような気がした。
「彼にも何か理由がるのかもしれない」
「………………」
そんなことを言うと、隣に居たシオンが呆れた視線を向けてきた。
呆れているというよりは、呆れ果てているような視線だった。
そんな視線を向けられるようなことを言った覚えは無いのだが。
少し腹立たしくなってきたぞ。
「何だ?」
「……オッドさん」
「だから、何だ?」
声にまで呆れが混じっている。
そこまで呆れられるようなことはしていない……筈だ。
「あの『グラディウス』さんなんですけど」
「ああ」
「女性ですよ」
「っ!?」
シオンにそう言われてぎょっとする。
慌ててグラディウスの操縦者に視線を移す。
顔はヘルメットで隠れていてよく分からない。
体つきは操縦者としてある程度鍛えられているので少しばかり骨太になっているが、男性にしては華奢に見える。
しかし肝心の胸元のボリュームは……
「………………」
実にささやかながら、多少は膨らんでいる。
てっきり胸板だと思っていたのだが、実は女性の膨らみらしい。
「………………」
ぱっと見では気付けなかった。
しかしじっくり見ると確かに女性だと思う。
女性をじっくり見るのは失礼かもしれないが、本当に女性だという確信を持つ為にはやむを得ないと理解して欲しい。
「見ていて気付かなかったですか?」
「う……」
それは、呆れた視線も向けられるだろう。
女性を男性と間違えていたのだから。
しかしあの胸部を見て女性だとはなかなか思いにく……もとい、少しばかり分かりづらかっただけなのに、そこまで呆れた視線を向けなくてもいいだろうに。
「まあそういう鈍いところもオッドさんらしいとは思うですけどね~。てっきりこのレースで唯一の女性操縦者だから賭けたんだと思ってました」
「………………」
そんな理由で賭けたと思われるのも屈辱というか、悲惨というか。
かなり駄目な感じだ。
「顔は分からないけど、もしかしたら美人さんかもしれないですね?」
「なんだ。興味があるのか?」
「そういう訳じゃないんですけど。でもオッドさんはちょっと興味湧いてきた感じですか?」
「何故そう思う?」
「なんとなくですけど。さっきからずっと『グラディウス』さんを見ていますし」
「………………」
興味が湧いてきたというよりは、本当に女性だろうかと未だに疑問が拭えずに、それを確認する為に視線を外せないというだけなのだが、確かに女性をガン見するのは失礼なのかもしれない。
興味を持っているかというと、微妙なところだ。
偶然賭けたレーサーが唯一の女性で、しかも倍率が最も高い。
不思議な流れだとは思う。
「女性のレーサーは珍しいだろうからな。多少は興味もあるかもしれない」
「なるほど~。女性だとは気付けませんでしたけどね」
「………………」
痛いところを突いてくる。
しかし否定すれば泥沼だろう。
「あ、始まりますね」
「ああ」
話題が逸れたのは幸いだ。
俺はレースに集中することにした。
十機のスカイエッジが空を舞い、次々と発進していく。
最初はストレートのコースで、すぐに浮島を避けて進んで行っている。
ぐいぐいと進むスカイエッジは浮島を避ける為に本来のスピードをかなり落としてしまっているが、その部分こそが技術の魅せどころだ。
なるべくスピードを落とさず、抉るように機体を動かして避けるのが早くゴールに到着する為のポイントでもある。
三分ほどでほとんどの機体がゴールに到達することになっている。
レースの様子は会場の中心に映し出されたホログラムディスプレイによって確認出来るので、観客の盛り上がりには全く問題無い。
帰りは高度を上げて直線距離で戻ってくる。
レース中は高度制限があり、浮島のある高度を越えると失格になってしまうので気をつけなければならない。
「………………」
「面白いですね~」
「ああ」
次々と浮島を避け、そして相手を抜き去りながら飛んでいくスカイエッジ達。
俺はその中でも、自分が賭けた『グラディウス』を注視していた。
彼女の操る機体は確かに遅い。
操縦技術にはまったく問題は無いように思えるのだが、コース選びが致命的に下手だ。
下手、というよりもまだ理解していないようにも思える。
しかし何かが引っかかる。
あのコース選びで速度を落としてしまっていることは確かだし、その所為で一番最後のゴールになってしまっているのだが、それでも彼女の飛び方は何かが引っかかる。
ずっと『グラディウス』を見ていたので、トップでゴールした『クールマジシャン』の活躍は見逃してしまった。
いつのまにかゴールをしていたらしく、『クールマジシャン』は喝采を浴びながら会場を浮遊して回っている。
これはゴールしたレーサーのサービス行為であり、今後も自分を応援して欲しいというアピールでもあるのだろう。
そして観客はそういうサービスこそを求めている。
会場はかなり盛り上がっているし、『クールマジシャン』に対する熱狂ぶりもかなりのものだ。
速度を落としたのでヘルメットを取った『クールマジシャン』はそれなりに美形だった。
女性がかなり騒いでいるところをみると、操縦技術よりも顔で売っているレーサーなのかもしれない。
もちろん、トップでゴールした以上、実力も本物なのだろうが。
次々と戻ってきた操縦者達にも拍手が送られる。
しかしヘルメットを外して観客サービスをしているのは『クールマジシャン』のみだった。
どうやらこれはトップでゴールしたレーサーだけの特権らしい。
もっとも、負けたレーサー達はメンタル的にはしゃぐような気分ではないのかもしれないが。
「………………」
最後にゴールした『グラディウス』の操縦者も暗い雰囲気のままだ。
ビリのゴールなのだから落ち込むのは無理もないのだろうが。
「終わっちゃいましたね~」
「ああ」
「次のレースも見るんですか?」
「そうだな。折角来たんだから、あと何レースかは見ていくか」
「じゃあ飛翔券を買わないといけないですね」
「そうだな」
飛翔券を購入したとしても、次のレースでは入れ替わりになる。
ただ観戦したい人たちの占拠を防ぐ為に、観客は必ずレースごとに入れ替えが行われるのだ。
かなり手間がかかるが、観客はそれで不満も無いらしい。
俺たちは一度会場から出て、飛翔券売り場へと行こうとする。
「オッドさん。次のレースを見る前にちょっと腹ごしらえしたいですです」
「分かった」
スカイエッジ・レース会場はかなり大きいので、レストランゾーンも存在している。
そこに移動すれば何か食べられるだろう。
「えへへ~。次にお出かけする時はオッドさんがお弁当を作ってくれると嬉しいですです」
「……外で食べれば問題無いだろう」
というよりも、どうして次も一緒に出かけることが前提になっているんだ?
子守を担当している以上、シャンティとシオンが出かける時には一緒に行くことになる可能性は高そうだが。
「駄目ですか~?」
「面倒くさい」
「ぶ~」
「むくれても駄目だ」
「う~」
ぷくっと膨れた顔を見ると作ってやりたくもなるが、あまり甘やかしすぎるのも良くない。
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