ラインハルト星系第五惑星『スターリット』。
物語の舞台はここから始まる。
幹線道路を縦横無尽に走る大型バイクの姿があった。
片側二車線、合計四車線の道路だが、車の数はそれなりに多い。
都市部へのバイパスでもある為、交通量がかなり多いのだ。
車の速度は必然的に落ちる。
時速六十キロも出ていればいい方だろう。
だが黒い大型のバイクは九十キロを越える速度で走っていた。
車の間を縫うように走り、ぐんぐんと抜いていく。
そんな危険な運転をしているにもかかわらず、危なげな感じは一切しない。
追い抜かれる車も、そのバイクの所為で危険に陥ることはなかった。
不安を感じるほどにバイクは車体を寄せてこなかったし、なんだか自然な走りをしているように思えるのだ。
遠くから見ても、それが自然に思えるほどになめらかな疾走。
実に見事な走行だった。
しかし見る者が見れば嫌でも分かってしまう。
これだけの運転をこなすのは恐ろしい反射神経とハンドルテクニックが無ければ不可能だと。
道路の状態、風の動き、そして周りの車の車線変更などに対する反応。
それらに対して瞬時に反応して、運転に反映させられるだけの能力が無ければ、このような走行は不可能なのだ。
スターリットの郊外であるアドレア地方まではあと少しで到着する。
バイクを運転している男はヘルメットの中でニヤリと口元を吊り上げた。
「何とか間に合いそうだな」
めまぐるしく変わる景色を見て、満足そうに呟く。
それなりに鍛えられた体つきをした男だった。
ヘルメットをしている所為で髪の色までは分からないが、特徴的な金色の瞳は悪戯っぽく煌めいている。
「もうちょっと飛ばしてみるか」
多少の安全運転(?)を考慮していたつもりだが、少し退屈になってしまった。
自分の能力ならばもう少しスピードを上げても大丈夫だと判断する。
何とか間に合いそうだが、余裕を持って到着するに越したことはない。
依頼人との待ち合わせまであと十五分。
到着見込みまであと十分ほどだが、更に加速すれば六分ぐらいにまで短縮出来るかもしれない。
男はアクセルを更に回してバイクを加速させた。
★
アドレア地方にあるとある屋敷で、中年男性が今か今かと運び屋の到着を待ちわびていた。
取引相手に渡す筈の商品が宇宙船の事故により到着が遅れてしまったと連絡を受けたのが二日前。
何とかギリギリでスターリット宇宙港に到着した荷物は、部下の手によってここまで運ばれる筈だったが、取引開始時刻まではどうやっても間に合わない。
確実に一時間は遅れてしまう。
そこで何とか間に合わせる為にスターリットでも有数の運び屋へと依頼したのだ。
個人の運び屋だが、彼に依頼すれば確実に間に合わせてくれるという評判だった。
最速で荷物を運んでくれる。
一時間ぐらいならば余裕で短縮してくれる。
業界ではかなり有名な男だった。
男の名はレヴィ。
本名ではないのだろうが、『最速』の異名を持つ運び屋だった。
それでも厳しいことに変わりはない。
スターリット宇宙港からこのアドレアまでは高速道路を使っても四時間はかかる。
航空機やシャトルを使えばその限りではないが、自然の景観を大切にしているスターリットでそれらを使うことは許されていない。
使えないことはないのだが、手続きがかなり厄介で時間がかかってしまうのだ。
少なくとも事前申請無しに出来ることではない。
結果として、地上の交通機関に頼るしかなくなってしまう。
『最速』のレヴィならば何とか間に合わせてくれる。
そのような評判を当てにして依頼してみたが、取引開始時刻まで十分を切ると流石に不安にもなってしまう。
本来ならば間に合わない。
到着はギリギリになる。
それは分かっていても、男は不安を拭えない。
彼の取引相手は大変気が短いし、とても忙しい身の上だ。
事情を話しても納得はして貰えなかったし、何としてでも間に合わせろと言われた。
万が一間に合わなければ、不興を買うことになるだろう。
そうなれば今後の利益に影響する。
男は特殊な品物を仲介する業者の一人で、取り扱う代物はかなり高価な場合が多い。
取引相手を一人でも失えば、かなりの損失になってしまうのだ。
それどころか、業界に不評を広められれば、今後はこの商売でやっていけなくなるかもしれない。
今回の取引相手はそれぐらいの影響力があるのだ。
何としてでも間に合わせなければならない。
一介の運び屋に自身の運命を委ねることになるのは業腹だが、他に方法が無い以上はやむを得ない。
残り七分を切ろうとしていたところで、バイクの排気音が聞こえてきた。
「っ!!」
男が喜色満面の表情で向かってくるバイクを見る。
ものすごいスピードで近付いてくるバイクは、かなり強烈なブレーキ音と共に男の前へと停まった。
「あんたがカラレス・フォートか?」
バイクから降りた男がヘルメットを外して問いかけてくる。
手には後部シートに固定していたトランクケースを持っている。
ヘルメットを外した男、運び屋のレヴィは赤い髪を露わにしていた。
年齢は三十になるかならないか、ぐらいだろうか。
思ったよりも若い姿に驚く。
「ああ。カラレスだ」
「じゃあ依頼完了だな」
トランクケースを渡すレヴィ。
そして金色の瞳でカラレスを見た。
「ありがたい。これが報酬だ」
カラレスは懐にしまっていた封筒をレヴィへと渡す。
それなりに厚いので、期待していた程度の金額は入っているようだ。
「それではこれでっ!」
「あ、おい……」
引き留めようとするレヴィだが、カラレスはすぐに屋敷の中へと入っていった。
どうやら取引時間が迫っていて焦っているようだ。
レヴィとしては無茶な依頼を引き受けたのだから、もう少し報酬について交渉したいと思っていたのだが、カラレスの方はそんな余裕が無いらしい。
「まだ少しぐらいは大丈夫だと思うんだけどなぁ」
一人取り残されたレヴィは呆れたようにため息を吐く。
封筒を開けて入っているお札の枚数を数える。
「ふむ。三十万ダラスか」
二時間の走行で得た報酬としては破格だと言える。
二十万ほど貰えればいいと思っていたが、無茶であることは理解していたようで、それなりに奮発してくれたらしい。
「これは、交渉すれば五十万ぐらい貰えたかもなぁ」
とりあえずの報酬でこれならば、きちんと交渉すればもっと貰えたかもしれない。
レヴィはそう考えるが、考えただけだった。
あまりがめつくなるつもりはない。
お金は必要だが、がっつくほどに執着がある訳ではない。
日々の暮らしと、それなりの娯楽、そして仕事に必要な経費さえ稼げれば十分なのである。
「まあ、生活費と娯楽費としては十分すぎるかな」
このまま首都にあるアジトに戻ってのんびりするかと考えていると、レヴィの持つ携帯端末が着信音を鳴らしてきた。
「誰だ?」
携帯端末を取り出して着信を確認すると、仲間の少年からだった。
「おう、どうしたシャンティ」
『アニキ。お仕事終わった?』
携帯端末の小さな画面には亜麻色の髪の少年が映し出されていた。
灰色の瞳がくりっとしていて、少女と見紛うような愛らしい顔立ちをしているが、これでもれっきとした少年である。
ちなみに女装をさせるとすごく似合うということも知っているが、本人がかなり嫌がるので滅多にしない。
「何とか終わったところだ」
『へえ。すごいね。間に合ったんだ』
「まあな。それほどでもある」
『謙遜しないのがアニキらしいよね』
「報酬もそれなりだぞ。三十万ダラス。儲かった」
『大儲けだね。まあ儲からなくても僕がいるから安心だけどさ』
「なるべく非合法には頼りたくないからなぁ」
『確かにね。使わないに越したことは無いと思うよ』
シャンティはまだ十四歳の少年だが、ネットワークの情報スペシャリストでもある。
電脳魔術師《サイバーウィズ》という特殊な技能を持っていて、自らと機械を接続することにより、ネットワークの深部にまで潜り込むことが出来る。
非合法な情報に触れることが出来たり、国家レベルの機密情報まで盗み出すことが出来る。
そういったスキルを持っていれば、あらゆる方法でお金を引っ張ってくることが可能だが、なるべくならばそういったことはしたくない。
それにこの素直な少年の手を汚すようなことはさせたくなかった。
その為にも真っ当な運び屋としての仕事のみで自分と仲間を養っていかなければならない。
いや、養うという言い方は正しくない。
シャンティも運び屋のサポートとして大活躍しているのだ。
情報収集のエキスパートとして、依頼人の素性や背後関係、運んで欲しい荷物の詳細などをきちんと調べてくれる。
それによって後から厄介事を引き起こしそうな依頼や、こちらに泥を被せてくるような凶悪な依頼人を避けることに成功している。
石橋を叩いて渡る、をきちんと実践してくれる少年なのだ。
合法とは言え、真っ当な商売をしているとは言えないレヴィにとって、この情報選別スキルは大変ありがたいし、重宝もしている。
「それで、どうしたんだ?」
『うん。アニキ、この後予定入ってる?』
「いいや。家に帰ってオッドに何か作って貰おうと思ってるけど」
オッドというのはレヴィの仲間の一人だった。
運び屋としてのレヴィは二人のサポートメンバーがいる。
メインの運びはレヴィ自身がやるが、その他のサポートはオッドやシャンティに任せることが多い。
シャンティは情報収集や選別を担当するが、オッドはその他の雑用だけではなく、レヴィの護衛も兼ねてくれている。
戦闘能力が高いオッドは、危険な依頼の時には必ず護衛に付いてくれるのだ。
レヴィとしては大変ありがたい、昔からの相棒でもある。
彼自身が最も信頼する相棒と言っても過言ではないだろう。
もちろんシャンティの事も信頼しているが、あの少年に関しては相棒というよりも保護者という意識の方が強い。
頼りにしている部分も大きいが、いざという時は自分が護ってやらなければならないと思っている。
『新しい仕事の依頼が入ってるんだけど、どうする?』
「急ぎか?」
『うん。引き受けるつもりなら夜に待ち合わせ場所を指定してきたよ』
「どんな依頼だ?」
『セリオン峠までトランクを一つ運んで欲しいんだってさ』
「妙な依頼だな。セリオン峠って、何も無いところだよな」
『うん。そうだね。でも報酬は破格だよ』
「どれぐらいだ?」
『前払いで五百万ダラス』
「………………」
『ちなみに成功報酬は一億ダラスだってさ』
「シャンティ」
『何?』
「思いっきり怪しくないか?」
『うん。怪しいね』
「それを引き受けろって言うのか?」
『リスクに見合う報酬だと思うよ』
「それはそうかもしれないけどなぁ。後々の厄介事に繋がるような仕事は、いくら報酬が良くてもご免だぞ」
『分かってるよ。でも向こうはアニキを名指ししてきた』
「俺を?」
『うん。ただの運び屋じゃなくて、アニキ一本で名指ししてきた。一応、依頼人についても調べてみたけど、シロだったよ』
「ますます怪しい」
『まあね。でもちょっと興味湧いてこない?』
「………………」
確かに興味は湧いてくる。
シャンティは情報収集のエキスパートだ。
個人情報もネットワークを介して管理される現代において、電脳魔術師《サイバーウィズ》に対して素性を偽るのは不可能に近い。
入国管理にも個人情報は提出させられるのだから、そこの管制システムに侵入出来るシャンティの手にかかれば、その情報は丸裸に等しい。
そしてそこに偽造の気配があれば、シャンティが気付かない筈がないのだ。
偽造した身分も含めて、本来の素性を徹底的に洗うことが出来る。
シャンティは電脳魔術師《サイバーウィズ》としては最高峰の技倆を持っている。
だからこの少年の情報収集能力を疑うつもりはない。
それでも依頼人を怪しいと思った。
シャンティの能力が及ばないぐらいに徹底した情報隠蔽が行える相手かもしれない、ということだ。
そうなると興味も湧いてくる。
それだけのことが出来るとなると、かなりの財力、あるいは権力が必要になる。
それほどの相手が自分を名指しにしてくるという事実にも思うところはある。
今のレヴィはただの運び屋だ。
しかし昔は違う。
財力も権力も持たなかったが、過去のレヴィは一部の世界においてそれなりの影響力を持つ存在だった。
その素性を知った上でこんな依頼をしてきたのだとすれば、運び屋としてのレヴィではなく、別の狙いがあるのかもしれない。
もしかしたら危ないことになるかもしれない。
出来れば関わり合いになりたくはない。
しかしこういう嫌な感じのものを放置したままにしておくと、後々の厄介事に繋がる恐れもある。
関わっても、避けても、厄介事が待っている。
どちらにしても悲惨だった。
ならば関わっておいた方が処理出来る可能性が高い。
もしかしたら物騒なことになるかもしれないが、それでも何もせずにただ恐れているのは性に合わなかった。
相手の狙いが何であれ、可能な限り受けて立つ。
レヴィはそんな気持ちになっていた。
「確かに、興味はあるな。今後の安全を確保する意味でも」
『アニキならそう言うと思っていたよ。僕にとっても他人事じゃないしね。全面的に協力する』
「頼りにしてるよ」
『任せて』
レヴィだけではなく、シャンティも過去に事情を持つ少年である。
探られて痛い腹を山ほど持ち合わせている。
そしてレヴィとは運命共同体でもあるのだ。
だからこそ、脅威に対しては全面的に協力する。
今の平穏な暮らしを守る為にも、リスクは極力排除しなければならないのだ。
『じゃあ引き受けるってことでいいんだね』
「前金だけでもぼろ儲けだしな」
『あはは。近い内にご馳走でも食べに行く?』
「いいかもな。いつもオッドに作って貰うばかりじゃ悪いしな」
『うん。僕、海産物の美味しいところがいいな』
「考えておく」
『よろしく~。ちなみに待ち合わせ場所はここだよ』
シャンティは地図データを送ってきた。
見慣れた地図には知っている場所が記されていた。
「セレナス?」
『知ってるところ?』
「ああ。馴染みの酒場だ」
『へえ、そうなんだ。だったらある程度は任せて大丈夫そうだね』
「とりあえず、オッドには声を掛けておいて、近くに待機していてくれ。武装は一応、最大レベルで」
『りょーかい。オッドには伝えておく』
「依頼人のデータも送って貰えるか?」
『うん。ちょっと待ってね~』
シャンティは端末を操作しながら会話しているので、同時進行でデータも送ってくる。
依頼人は名前ぐらいしか分からない筈だが、シャンティは顔写真から素性まで、一通りのデータを送ってくれた。
この少年が電脳魔術師《サイバーウィズ》としてのスキルを発揮して集めたデータなのだろう。
送られてきた写真は女性のものだった。
年齢は二十歳になるかならないかぐらいだった。
若い女性で、黒い髪と銀色の瞳を持つ美女だった。
「美人だな」
『第一声がそれなんだ。確かに美人なお姉さんだと思うけどさ。アニキってこういうのが好み?』
「外見は結構好みだな。素性は……投資家?」
『うん。結構稼いでいるみたい。腕のいい投資家だよ』
「ふうん。まあ、金は持っていそうだな。それ以上のことは調べられなかったのか?」
『少なくともデータ上は綺麗なものだったよ。経歴に不審な点は見当たらなかったし。これ以上調べようとするのなら、彼女の知り合いの記憶を頼りにするしかないね』
「なるほど」
データはいくらでも改ざん出来る。
しかし人の記憶はそうもいかない。
確実に素性を洗おうとするのならそこまでするべきだが、そうなるとこちらが調べようとしていることも知られてしまうリスクがある。
電脳魔術師《サイバーウィズ》としての限界はあっても、そこが安全圏からの調査であることに変わりはないのだ。
「まあいいか。カレン・ロビンスね。とりあえず会ってみることにしよう」
『そのままお持ち帰りモードになったらちゃんと連絡してね。一時退散するから』
酒場での待ち合わせなので、そういうことになる可能性も考慮したのだろう。
シャンティにはまだ分からない世界だが、レヴィがそういう面でそれなりにお盛んなのは知っている。
節操が無い訳ではないのだが、気に入った女性とはそれなりに親密になることに抵抗はないらしい。
特定の女性を作ったりはしていないようだが、遊びの範囲ではそれなりに楽しんでいるのだろう。
「分かった。まあ、美人さんだからそれも悪くないけどな。相手次第かな。依頼人だから無理に誘うつもりは無いし」
『うん。じゃあ連絡よろしく~』
「おう」
そのまま通信は切れた。
レヴィは通信端末を懐に戻してからヘルメットを被る。
今からスターリットの首都ケネシスまではバイクで二時間ほどかかるが、飛ばせば一時間ほどで到着出来るだろう。
「出来れば着替えたいしなぁ……」
待ち合わせが酒場ならば、それなりの格好をしていきたい。
美女と待ち合わせなら尚更だ。
ライダースーツのままというのはあんまりだろう。
怪しいと思っていても、美女が相手ならばそれなりの楽しみもある。
男というイキモノのどうしようもない部分だが、これはこれで仕方がないと思っている。
むしろそういう楽しみを失ってしまえば枯れていく一方だし、これで正しいと思っていたりもする。
「よし。少し飛ばすか」
レヴィはバイクに乗り込んでから、すぐにアクセルを全開にした。
運び屋としてではなく、美女との待ち合わせに張り切るという意味で自らのテクニックを全開で発揮するのだった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!