「ランカ」
「何?」
「それ、私にも教えてくれないかな?」
「それって?」
「鉛玉の発射。面白そう」
「マーシャは射撃も得意でしょう? こっちの技術はあまり必要無いと思うのだけれど?」
「だから、興味本位だよ。駄目かな?」
「教えるだけなら構わないわよ」
「やったっ!」
マーシャは大喜びで尻尾をぶんぶんと振った。
銀色の瞳は嬉しそうにキラキラしている。
「といっても、これは反復練習で身につく技術だから、私が教えられるのは基本的なやり方だけになるけど、それでもいい?」
「もちろんっ!」
それなら、という事でランカは鉛玉の握り方、指の動かし方、力を解放するタイミングなどを簡単に教えて、そして目の前で再び実演して見せた。
それだけのことだが、それ以上の事は教えられなかった。
理屈ではなく身体で覚えることなので、それ以上を言葉にするのは不可能なのだ。
「ははあ~。なるほどね」
マーシャは基本的なことだけを教わって、後は渡された鉛玉で実践してみる。
「はっ!」
気合いの入ったかけ声と共に、手から鈍り玉が発射される。
岩に当たったそれはめり込むことなく、弾き返されて地面に転がった。
「ありゃ。威力が出ないなぁ」
初めてなので、やはり威力を載せる事が出来ず、不満そうにぼやくマーシャ。
「………………」
しかしランカは微妙な表情で庭に降りていき、岩の状態を確認する。
マーシャが当てた部分には、僅かな罅が入っていた。
「……マーシャ。初めての試射でこの結果なのに、不満を口にするのは酷いわよ」
「え?」
「私が鉛玉の訓練を始めて、岩に罅を入れられるようになるまでは二年もかかったのよ」
「あ……うん……ほら、私は元々の力が強いから……さ……」
ちょっぴり恨めしげに、涙目で睨まれると弱るしかないマーシャだった。
美少女にこんな表情をさせてしまうと、罪悪感が半端ない。
しかし少しコツを教わっただけでそこまで出来るのだから、やはりマーシャの天才性は凄まじいものがある。
「う~。悔しいけど、まあいいでしょう。それよりもお礼をしないとね」
「え?」
「え? ではなくて。この無効化弾丸のお礼よ。解析や開発、材料費も含めると結構なお金がかかったでしょう? 費用はもちろん請求してくれて構わないし、お礼も上乗せしないとね」
「うーん。お金には困っていないから別にいいんだけどな」
「そうはいかないわ。施しは受けたくないもの」
「それならお金じゃなくて物がいいな」
「何か欲しい物があるの?」
「せっかくだから、着物を何着か見繕って欲しい。ランカが着ているのを見ると、私も色々と着てみたくなるし」
「あらっ! それは名案だわっ! マーシャに似合いそうな物を張り切って選ばせてもらうわねっ!」
嬉しそうに手を叩いてはしゃぐランカ。
頭の中では既にあれこれと、マーシャに着せたい着物のイメージが湧いているらしい。
「もちろん尻尾の穴も開けておくわっ!」
「……そこは別に拘らなくてもいいんだけど」
「いいえっ! マーシャに着せるなら尻尾は出さないと駄目よっ!」
「えー……」
そこまで力説されても……と困るマーシャ。
しかし嬉しそうなランカを見ると、水を差すのも悪い気がしてくる。
「でも本格的に着物を選ぶなら、サイズを合わせないとね。後で採寸させてくれるかしら?」
「それはもちろん」
「ふふふ。楽しみね」
「なんで採寸が楽しみなんだ?」
「尻尾のサイズも採寸するからよっ!」
「それは明らかに採寸関係無いぞっ!」
「そんなことはないわよ。尻尾径をきっちり測ることにより、尻尾穴をアジャストさせられるじゃない」
「適当でいいよっ!」
「そういう訳にはいかないわ」
「何でっ!?」
「面白いから♪」
「………………」
もう好きにしてくれ……と脱力するマーシャ。
レヴィに再会してからは、ロッティの外にもこのもふもふを好意的に捉えてくれる相手ばかりに巡り会うので、嬉しいやら脱力するやらで複雑なマーシャだった。
その日の食事は、キサラギ本家の料理人が腕によりをかけたものになった。
新鮮な生魚の刺身や、丁寧に出汁を取った煮物や和え物などの繊細な味の和風料理がずらりと並ぶ。
それらの料理に舌鼓を打ちながら、マーシャ達は今後の予定を話し合っていた。
どうしても伝えておかなければならないことを、まずは切り出す。
迎撃衛星とその乗っ取り、それによる軌道上からの超長距離狙撃の可能性についてだ。
「……そんなこと、本当に可能なの?」
その話を聞いたランカは、難しい表情で考え込む。
迎撃衛星は文字通り、その惑星の絶対守護を担うものであり、それは国の所有物であって、個人の好きにしていいようなものではない。
その防壁は強固極まりないし、それ以前に、そんなことをしてしまえば惑星リネスそのものを危険に晒してしまうと分からない筈が無い。
迎撃衛星の私物化など、普通は考えない。
ランカは可能性としてすら考えなかった。
だからこそ、ラリーがそこまでするとは思いたくなかったのだろう。
「プログラムを見た限りだと、遠隔コントロールは可能になってる。迎撃衛星はメンテナンススタッフ以外は無人の筈だから、直接のコントロールにはほとんど干渉しない。だから異常に気付いた時にはもう遅い」
「………………」
「ランカ。考えたくないからって、可能性を否定したら駄目だ。権力や支配力に取り憑かれた人間っていうのは、それを守る為や手に入れる為なら、どんな酷いことだってやるんだ。常に最悪を考えておかないと、手遅れになる」
「……まるで、何度もそんなことを見てきたような言い方ね」
「見てきたし、経験もしてきた。だから分かるんだ」
「………………」
マーシャがどんな人生を送ってきたのか、ランカには分からない。
だけど伏せられた銀色の瞳に垣間見えた哀しみや苦しみ、そして怒りや憎しみはランカにも伝わったようで、ちくりと胸の奥が痛んだ。
亜人という種族に対して、全ての人間が友好的ではないことも簡単に想像出来る。
しかし詳しく想像したりはしなかった。
何も知らない自分に、そんなことをする資格は無いと思ったからだ。
「ラリーはどのタイミングで攻めてくると思う?」
「多分、もうすぐだと思うわ。武装や、それに例の麻薬がラリーの元に集結しつつあるしね。最終決戦は近い筈。だけど、こちらも負けるつもりなんてないわ。どういうタイミングで仕掛けてくるかまでは分からないけれど、出来る限り警戒は続けるつもりよ」
「そうだな。私も出来るだけ手を貸そう」
「いいの?」
「ここまで関わったんだから、見捨てられる訳がないだろう。迎撃衛星の方を何とかしてみるよ。ハッキングして、プログラムの修正をしてみるつもりだ。うちには腕利きの電脳魔術師《サイバーウィズ》が二人もいるんだからな」
ふふん、と得意気に笑うマーシャは二人の電脳魔術師《サイバーウィズ》を見た。
「任せるですよ~」
「僕たちに不可能は無いしね」
子供達はえっへんと胸を張った。
小さくとも頼もしい電脳魔術師《サイバーウィズ》達は、今回も大活躍してくれるだろう。
「ありがとう。お言葉に甘えて、そちらは任せるわね」
ランカもここで遠慮したりはしなかった。
ここで意地を張っていてもいいことは何も無い。
迎撃衛星による超長距離狙撃が実行されてしまえば、多くの人間が犠牲になってしまう。
それだけは何としてでも避けなければならなかった。
だから手を貸してくれるというのなら遠慮無く貸してもらい、後からめいっぱい恩返しをすればいいのだと考える。
「とりあえず、明日からシルバーブラストで軌道上に待機して、二人にハッキングを仕掛けて貰うよ。妙な動きをしたら、実力行使で止めてみせるから安心していい」
「破壊はしないでね。あれも一応、この星を護る為の大事な盾だから」
「そうしたいところだけど、でも衛星一つで多くの人命が守られるなら、破壊した方がいいんじゃないか?」
「なら、出来るだけ止める方向で。どうしようも無い時の判断は任せるから」
最も優先しなければならないのは人命であり、迎撃衛星ではない。
それは破壊されたとしても、残りの迎撃衛星でカバー出来るからだ。
壊れた物は作り直せばいい。
だけど、失われた命は二度と取り戻せない。
ランカの中で、その優先順位だけははっきりしていた。
「了解」
「今日はゆっくりしていってくれるんでしょう?」
「もちろん」
「良かった。新しい浴衣も用意してあるのよ。マーシャ専用の」
「……専用?」
「だって尻尾穴がついているもの」
「………………」
「うちの専用仕立て職人は腕もいいからね。私の着物や浴衣を沢山作ってくれているの。その人にマーシャの浴衣をいくつか作ってくれるように頼んでおいたのよ」
「えーと……つまり、それを着ろと……?」
「嫌なの?」
可愛らしく首を傾げるランカ。
上目遣いの美少女に逆らえる強者は、この場所には誰一人として存在しなかった。
それからガールズトークで盛り上がったり、露天風呂に入ったりと、それなりに楽しい時間を過ごした。
ランカはマーシャだけではなく、レヴィやシオンたちの浴衣も仕立ててくれていたようで、それぞれに似合う色や柄を着せてくれた。
シオンやシャンティの浴衣姿は可愛らしかったし、オッドもなかなか似合っていたのだが、レヴィは顔立ちの所為なのか、和装が致命的に似合わなかった。
「……あれ? 何でだ?」
「うーん。私にも分からないけど、似合ってないな」
「うぅ……」
二人して首を傾げるが、相性の問題にしておこう、という結論で落ちついた。
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