「俺のことはもう気にするな……と言っても無駄なんだろうなぁ」
俺が頑固な性格だというのは自覚している。
自分自身に誓ったことを簡単に覆せるような性格ではないのだ。
「はい。それだけは俺の中で絶対に変わらないものだと言い切れます」
その頑固さが、今は厄介なのかもしれない。
しかし、それでもレヴィは俺に笑顔を向けてくれる。
幸せになって欲しくて、幸せになろうとすることを諦めて貰いたくなくて、俺に言葉をぶつけてくれる。
「俺を護りたいって思ってくれているのなら、そのままでもいいさ。その気持ちを蔑ろにするほど、俺は罰当たりじゃないつもりだからな。だけど大切なものが一つきりでなければならない理由なんて、どこにもないだろう?」
「………………」
「大切なものが二つあったっていいじゃないか。俺も、そしてシオンも、どちらも優先したっていいじゃないか。どちらかを選ばなければならない時が来るかもしれない。その時が来たら納得出来るまで悩めばいい。それに、俺だっていつまでもお前に護られるほど弱くはないつもりだぞ。今まで以上に強くなるって決めたからな。俺にだって護りたいものはある。絶対に失いたくないものがある。だから、俺は欲しいものを諦めたりしない。というかオッドが護る必要がないと思えるぐらいに俺が強くなったら、その時は安心してシオンを選べばいいと思うぞ」
「……何だか、すごく都合のいい選択肢のように思えるんですが」
「都合が良くて何が悪い? 誰に迷惑を掛ける訳でもないんだ。都合の良すぎる答えを選んだっていいじゃないか」
あっけらかんとレヴィが言う。
どちらかを選ぶのではなく、どちらも選べと。
諦めるのではなく、手を伸ばし続けろと。
「………………」
レヴィの言葉が俺の中に溶け込んでいく。
都合の良すぎる答えなのに、何故だかそれを否定する気になれない。
或いは、レヴィだからこそ素直に頷けるのかもしれない。
他の人間が同じ事を言っても、俺は耳を傾けたりはしなかっただろう。
同じ苦しみを味わって、同じ恐怖を知っているお互いだからこそ、共有出来る想いがある。
レヴィは諦めなかった。
そして今は幸せそうだ。
自分も、同じように出来るだろうか。
他ならぬレヴィが背中を押してくれるのなら、幸せになることを諦めたくないと、そう思えるようになった。
俺は俯きながらも、少しずつ言葉を紡いだ。
「特別な誰かなどいらない……。そう考えていても、どうしても耐えきれない夜があります」
「うん。分かるよ」
かつてはレヴィも同じ気持ちを味わっていた。
その度に、違う女性の肌を求めていた。
ひとときの温もりに癒やされていると錯覚して、それに溺れていたいと願う。
レヴィがマーシャと再会してからは、そういうこともなくなった。
いつだってあのもふもふ……ではなく温もりが傍に在るからこそ、レヴィは安心して笑っていられるのだろう。
それが幸せで、嬉しくて、それだけで十分だと思える。
「凍えそうな夜を、いくつ過ごしたか分からない。だけど、あの子が傍に居ると、それが無かったんです」
「シオンは温かいだろう?」
「はい。ほとんど強引に人のベッドに潜り込んできたりもしましたが、あの子が傍に居ると、凍えることはありませんでした」
身体が寒いという意味ではない。
心がどうしようもなく寂しさを訴えてきて、凍えそうになるのだ。
気がつけば傍にあった温もり。
ひたすらに自分を慕ってくれている、一途な少女。
失うのが怖くて、手に入れることすら躊躇われて、それでも拒絶しきれなかった小さな宝物。
それが俺にとってのシオンという存在だった。
「シオンが好きか?」
「………………」
レヴィが静かな口調で問いかけてくる。
俺は即答出来なかった。
気持ちははっきりしているが、やはりまだ迷いも消えないらしい。
「言えよ、オッド。早く決めないと手遅れになるぞ」
「手遅れとは? どういうことですか?」
「お前が知っているシオンにはもう会えなくなるかもしれないってことさ」
「ど、どういう意味ですかっ!?」
その言葉に自分で驚くぐらいに取り乱してしまう。
しかしレヴィは真っ直ぐに俺を見ていた。
それはまるで覚悟を問いかけているような眼差しだった。
「答えが先だ」
「レヴィ!」
「分からないのか? 中途半端な覚悟で今のシオンには会わせられないんだよ」
「………………」
「で、どうなんだ? 好きなのか?」
「……失いたくないと、思うぐらいには」
呻くような声で、それでもはっきりと言った。
シオンへの想いを、きちんと形にした。
レヴィもそれを見てようやく安心してくれたらしい。
きつい視線が緩んで、俺をいたわるようなものに変わっている。
「シオンにもそれを言えるか?」
「……はい」
ここまで来たら、意地を張っている段階ではない。
シオンを放っておけない。
そして会いたいという気持ちは嘘偽り無いものだ。
だったらもう、覚悟を決めよう。
「よし。なら行ってこい。シオンは変態博士……もといヴィクターのところに居る。今頃は強制成長の調整を受けている真っ最中だろうよ」
「強制成長?」
「ああ。子供のままだとどうしてもお前を振り向かせられないからって、強制的に大人になろうとしているみたいなんだ。シオンは精神年齢が追いつくまで敢えて身体の成長を止めているとマーシャが言っていたが、その気になれば逆のことも出来るらしい。まあ、実年齢が一歳程度なのにあの外見なんだから、よく考えれば当然だけどな。つまり放っておけば次に会うのは二十歳過ぎの美女シオンかもしれないってことだ」
「………………」
「もちろん、そんなことをしてシオンに負担がかからない訳がない。何らかのリスクはあるだろう。俺は一番大きな影響は精神だと思うんだがな。子供の心に大人の身体。これはどう考えても、悪影響しか想像出来ない」
「……でしょうね」
「それでもお前に振り向いて貰いたくて、成長することを選んだんだ。だからお前が止めに行って、今のシオンで問題無いって納得させてやらないと駄目なんだよ」
「行ってきます」
俺はそれ以上の問答をしなかった。
今までそれを教えてくれなかったレヴィを責めたい気持ちはあったが、それでも今は時間が惜しい。
調整がいつ終わるのか分からないが、急がなければ取り返しのつかないことになる。
すぐにそう判断して、俺は部屋を飛び出した。
そのまま勢いよく走り続ける。
一刻も早くシオンの居る所に向かわなければならない。
★
「やれやれ。すげー慌てようだな」
飛び出していったオッドを見送ったレヴィは、苦笑混じりに肩を竦めた。
「そんなに急がなくても、処置は明日以降なんだけどな」
もちろんこれはわざと言わなかったことだ。
それに嘘は言っていない。
今現在、調整を行っていることは紛れもない事実なのだ。
だけど本当のことを言えば、オッドはまたギリギリまで悩むかもしれない。
ならば追い詰めておいた方がいいと判断したのだ。
「これでめでたくロリコンカップル成立、かな」
考えて見たらものすごいカップリングだが、七年前のマーシャと自分の見た目も似たようなものだった筈だ。
七年経った今ではそれなりに釣り合いが取れている。
シオンの見た目も、少しずつ成長するのなら、釣り合いが取れるようになるだろう。
その頃には中身もしっかりと成長してくれる筈だ。
新しいカップルの誕生に、レヴィは密かな祝福を贈る。
幸せを願ってくれた相棒に、今度は自分が幸せを願う。
今までの感謝と共に、自分よりももっともっと幸せになって欲しいと思った。
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